魔法少女リリカルなのはSEED   作:☆saviour☆

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おまたせしました。随分と遅くなってすみません。


PHASE-18 永久の夢の

 

時の庭園。

その中心部にある、あらゆる階層へと繋がる筒状の部屋にて、魔法が飛び交う戦闘が行われていた。

高町なのは、ユーノ・スクライア、アルフ。その3人に対するは大量の魔導傀儡兵士。

圧倒的数の差があれど、アルフとユーノによる援護と捕縛、なのはの殲滅により戦況は均衡を保っていた。だが、あくまでそれは一時凌ぎでしかないだろう。何せ相手は限界が見えないほど数が多い傀儡兵。なのは達は戦えば戦うほど魔力も体力も消費してしまうが故、そう長くは持たない。

 

「く…っ、数が多い……!あとからあとから…ッ!!」

「だけならいいんだけど…この………!!」

 

圧倒的物量。正直のところ、彼女らの実力であれば数の差だけなら問題ではない。ユーノが傀儡兵の動きを止め、それをなのはとアルフが殲滅すればいいだけなのだから。問題なのはそれらの個体全てがなのは達と殆ど変わらない強さを持つということ。流石に単純な命令のみをインプットされている傀儡兵はなのは達のように作戦もなくただ固定砲台の如く動かずに攻撃するという行動しか取らないため、細かい動作をされるより幾分かはマシなのだが。

 

「……っ…く、う……っ………なんとかしないと…!」

 

それでも四方八方から放たれる強烈な一撃を避けつつ、なんとか傀儡兵数体の動きを抑えているユーノにとっても、全力に近い攻撃を叩きつけなければ装甲を壊せないアルフにとっても、一撃で倒すにも莫大な魔力をのせて砲撃を放たなければならないなのはにとっても、現状は辛く厳しい戦いだった。

そのためなのか、傀儡兵による背後からの武器の投擲攻撃になのはは気付かなかった。

 

「なのはっっ!」

 

ユーノの叫びでなのはが振り返るも、迎撃が間に合うわけ無かった。

だが、すんでのところで投擲された傀儡兵の武器はなのはに直撃することはなく。

 

直上からの金色の閃光が傀儡兵の武器を、蒼の閃光が傀儡兵本体を吹き飛ばした。

 

「フェイト………?」

 

なのはを救った直上からの金色の閃光。アルフにとってそれは見覚えがあり、かつ今までずっと傍で感じてきた魔力。見れば、視界の先にフェイトが相棒を引っ提げて、そしてその傍らにはキラが佇んでいるのが見えた。

 

フェイトはなのはの元へと飛び、彼女を見つめる。対してなのはは呆然としてしまい、何を話せば良いのか、わからなかった。

 

刹那、ドゴンッッッ!!!、と。

 

空気を震わすほどの音と振動が部屋に響き渡る。音の発信源を探せば、壁を突き破って現れた大型の傀儡兵が佇んでいた。

それは、キラが接触した傀儡。

恐ろしいまでの執念で、一度はアースラへと転移したキラを探し回り続けてようやく見つけたというところだろうか。

 

「大型だ…防御が固い」

「う、うん………」

 

先程までの傀儡兵とは違う形態。戸惑いながらなのははフェイトへ返事をする。

 

「だけど、二人でなら(・・・・・)!」

 

けれど。

フェイトのその言葉で、わかる。

ずっと話がしたくて、戦い合うのが嫌で、けれどすれ違ってばかりで…だけど。

やっと、手を取り合うことができる。

 

「……うん…うん、うんっ!」

 

それが嬉しくて、なのはは不思議と力が湧くのを感じた。そして、二人は大型の傀儡兵が放つ弾幕を掻い潜り、なのはは『アクセルシューター』を、フェイトは『アークセイバー』を打ち込む。それらは魔力弾を撒き散らす大型の傀儡兵に衝撃を与え、右腕に当たる部位を切り裂いた。

思いの外、ダメージが大きかったのか大型の傀儡兵がまるで人間のように敵意を剥き出しにしつつも怯む。その隙を少女二人は見逃さない。

 

「行くよバルディッシュ」

「こっちもだよ、レイジングハート」

 

たったそれだけお互いが聞こえる程度に呟いて。

行使する魔法も、放つタイミングも、傀儡兵に当てる部位についても何一つ打ち合わせを指定ないにもかかわらず、彼女らはそれぞれ最適なタイミングで。

 

「サンダー・スマッシャー!!!」

「ディバイーン・バスター!!!」

 

ドンッッッ、と。

 

空間すら揺るがす衝撃と光を持って大型の傀儡兵を葬りにかかった。桃色と金色の光はその威力を持って傀儡兵に着弾、けれど大型の傀儡兵も負けじと持ち前の防御力と砲撃で悪あがきの相殺を試みる。拮抗し合う力と力の衝突は光の粒子を辺りに撒き散らし、暴風さえ引き起こしていた。

だが。

 

「「せーの!!」」

 

以前とは違う、二人同時に合図の台詞を口にして。

 

ただそれだけで、桃色と金色の砲撃は傀儡兵と時の庭園の壁を突き破った。

 

 

 

 

「フェイト…!!フェイトぉッ!!」

 

一時的に傀儡兵の猛攻が収まったそんな一時。フェイトの復活に、アルフは涙混じりにフェイトへと抱きついた。ずっと心配していたのだろう、そばにいてあげたかったのだろう。まるでストッパーが外れたようにアルフを子供のように喜び、泣いた。

フェイトはそんなアルフの頭を優しく撫でる。その様子はまるで親子のようだったり、姉妹のように見えた。そのせいなのかキラは思わず微笑んでしまう。なのはとユーノすら同様に。

 

「アルフ…心配かけて……ごめんね…」

「うん…うん…っ!」

 

アルフにとって、ずっと悲しい思いをしてきたフェイトがこうして誰かと手を取り合ってくれること、そしてプレシアによる明確な拒絶により先程まで寝込んでしまっていた彼女の存在を今自分の傍で感じれることは嬉しくて仕方ないのだ。何よりもご主人に願っていたことが(・・・・・・・・・・・・)、ようやく叶ってくれたから…。

 

「…キラ、ありがと。アンタの、おかげだよ」

 

涙を拭いながら、アルフがお礼を告げる。フェイトがここに居てくれるのもキラがフェイトの傍に居てくれたからこそだ、と思ったが故に。

 

「そんな僕は…。僕は、何もしてない。フェイトは自分の力で気付くことができたんだ(・・・・・・・・・・・)。僕がしたのは…今もこれからも、二人の力になるんだって決めたことくらいだよ」

 

謙遜しているような言葉だが、実際キラはそう思っている。けれどフェイトにとっては大事なことに気付かせてくれた恩人であり、家族のような存在だった。

 

「それは違うよ。アルフがいて、バルディッシュがいて、そしてキラが居てくれたから私は立ち上がれたんだ。…もう、迷わない。前に進む。決めたんだ、私は。母さんと話をして……今までの私と、決着をつけるんだって。そのための勇気をキラ、あなたからもらったんだ。勿論、アルフとバルディッシュにも」

 

グッ…と、キラはフェイトから伝わってくる想いに嬉しくて涙がこみ上げてくるのを感じた。最初は突然の出来事で怪我の治療と食事の提供までしてもらい、挙句元の世界に戻る算段がつくまで彼女達の住居に居座らせてもらい、そのための恩返しのためとジュエルシードの収集を手伝おうとしたが、結局足を引っ張っていた自分が、誰かの…何よりフェイトの助けに慣れたんだと、彼女本人から聞くことが出来て嬉しくない筈がなかった。

 

「………ありがとう。フェイト」

「うんっ」

 

互いに笑顔で向き合う。

 

 

そこには誰も侵すことのできない絆があったーーー。

 

 

 

ーーーのかはさておき、ここはまだ騒動と傀儡兵で溢れる時の庭園内部。突如として訪れた轟音と振動が、その場の優しい空間を現実の位相へと引き戻す。

 

「ッ!!、危ないッッ!!!」

 

瞬間、キラ達を狙っていた傀儡兵に気付いたなのはが魔法弾を放つ。

桃色の弾丸は傀儡兵が攻撃を開始するよりも前にその傀儡兵へと着弾し、爆散する。

 

「もう時間が無い。なのは、駆動炉へ急ごう!!」

「それならこっちに。駆動炉へ続くエレベーターまで案内するよ」

「うん……ありがと!…、アクセルシューター!!!」

 

速度、精度、ともに非常に優秀な飛行能力を持ち、更に時の庭園に関してこの場で一番詳しいフェイトに続いてキラとアルフ、そしてなのはとユーノも飛翔、ついでに接近しつつあった傀儡兵へ砲撃。三百六十度、空間のあらゆる方向から五十にも及ぶ傀儡兵達の攻撃が迫り来るため、休む暇もない。流石に全てを相手にすればこちらの魔力がもたないので、蹴散らすのはあくまで行く先々に立ち塞がる傀儡兵のみだ。

 

「アーク、セイバーッッッ!!!」

「おおおおおおおおおッ!!」

 

障壁となる傀儡兵をサイズフォームの『バルディッシュ』を持つフェイトと背中にエールストライカーフォームの“赤い翼”を顕現させ、“ビームサーベル”を装備するキラが先行して薙ぎ払っていく。二人とも斬撃を用いた高速戦闘が得意なのか、お互いがお互いにサポートし合うように林の如く群がっている傀儡兵の合間を潜り抜け、そのすれ違いざまに斬り裂いていった。

まさに暴風。

もしも傀儡兵達が人間と同じ知性を持つ生命体であったのならば、あまりの凄さに声を荒らげて逃げ惑うに違いない。

 

「……キラは、大丈夫?」

 

ふと、フェイトは並走して飛んでいるキラへと問いかける。大丈夫、というのはキラの体調を気にしているためだ。

というのも、キラはアースラの一室にいたフェイトのところまで行くのに連戦に連戦を重ねており、残量魔力もそんなに多くはなかった。プレシアと戦った直後に休憩(気絶)したとはいえ、魔力は完全に回復したわけではないし、その後にはそんな状態でたった一人、多くの格上傀儡兵と戦ったためである。故にアースラへと管理局員に送ってもらった時、キラの魔力は殆どカラカラの状態であった。

そのため、フェイトがキラへと必要最低限以上の魔力をわけたつもりなのだが、フェイトもなのはとの全力全開の勝負から完全回復していたわけではなかったので、正直渡した魔力が足りているのか、体調は、調子はどうなのかフェイトは気になっていた。

 

「うん、大丈夫。まだ充分戦えるよ」

 

キラは迫りきていた傀儡兵の一体を切り伏せてから、手のひらを多少開いては閉じてを繰り返して答える。確かに魔力の残量は多くはないが、少なくとも“アグニ”及び“ビームライフル”を連射しなければあと二時間は戦えるだろう。念の為“シュベルトゲベール”も使わずに魔力の節約をしているが、これは万が一の時の切り札として残してある。

とはいえ、“ビームサーベル”も“赤い翼”も少なくない魔力を消費するため、サーベルに関しては敵を切り裂く瞬間のみ、魔力刃の出力を上げるという方法をとっていた。…出力調整ができるあたり、今のキラはだいぶ魔導師として魔法の扱いに慣れているようだ。

 

「…そう。けど、無理はしないように」

 

わからなくもないが、フェイトは相変わらず心配性だなぁ、とキラは思った。しかし同時に彼女に心配させてしまうほど自分の不甲斐なさを感じてしまう。

と、そうこうしているうちに駆動炉へと続くエレベーターの前まで到着した。

 

「ここからなら駆動炉まですぐに向かえるよ」

「うん……ありがと!」

 

フェイトとキラ、二人が先行して進行方向の傀儡兵を切り裂いていったからか、なのは達は魔力を殆ど使わずに済んだ。駆動炉なんていう次元空間を彷徨う“時の庭園”において心臓部のような場所に行くため、そこには強大な傀儡兵達が配置されているに違いない。これからの戦闘はきっと激しいものとなるだろう。そう考えれば、魔力をできるだけ使わずにここまで来れたのはなのはとユーノにとって有難いことこの上ない。

 

「フェイトちゃんは………お母さんのところへ…?」

 

ふと、駆動炉へ向かう前になのはがフェイトへ問う。きっと、なのはも心配しているのだ。フェイトが母親から拒絶されてしまったその瞬間を見ていたが故に。

 

「うん………………」

「………わたし…その、うまく言えないけど…」

 

本音を言えば、彼女(フェイト)の傍に居てあげたい。彼女(フェイト)には悲しい思いをさせたくない。

フェイトの思いを知っているわけでも、ましてや彼女本人の口から聞いたわけでもない自分がこんなことを思うのは烏滸がましいかもしれない。

けれど、それでも。

やっぱり心配なものは心配なのだ。

 

「……………………頑張って」

 

だが、フェイトは歩もうとしている。立ち止まらず諦めず、未来へと進むために。本当の自分をはじめるために。

なら、なのはにできることは送り出してあげること、応援してあげることだろう。自己満足に過ぎないかもしれないが、今の自分にできる、精一杯の応援だ。

 

 

「……うん。ありがとう」

 

 

フェイトはそう言って、微笑んでみせた。

 

 

 

 

“時の庭園”が、揺れる。

 

「……………来るのね………」

 

その“時の庭園”の最深部、そこにアリシア・テスタロッサが眠る培養機と共にプレシア・テスタロッサが佇んでいた。“時の庭園”が揺れるということは激しい戦闘がこの庭園内にて行われているからこそであり、プレシアが配置した傀儡兵達を相手に戦っている者がいるということだ。だが、庭園が揺れる最大の原因は次元震だろう。次元震とは次元空間内にて発生する地震のようなものであり、これは次元災害というあらゆる『世界』に被害を及ぼす災害だ。プレシアの元にある、発動された九個のジュエルシードと“時の庭園”の駆動炉。それが今の激しい揺れを招いているのだ。次元震がこのまま続き、大きくなっていけばいずれは多くの『世界』を飲み込む次元断層が生まれることだろう。そうなればもう、誰も止められない。

 

「…だけど、もう…間に合わないわ…………ね。アリシア……あと、もう少し………」

『プレシア・テスタロッサ。終わりですよ……』

 

ふと、脳内に声が響いた。念話だ。その瞬間、少しずつ強くなっていた揺れが突如として収まり、プレシアは原因を探るために空間モニターを手元に展開する。…が、念話での接触をしてきたタイミングで揺れが収まったことから、原因は容易に気付ける。

 

時空管理局、次元空間航行艦アースラ…その艦長、リンディ・ハラオウン。

先程まで会話していた声だからわかったというのもあるが……次元震を抑え込めるほどの実力を持つとなれば、アースラにおいて彼女くらいだろう。

 

『………次元震は私が抑えています。駆動炉もじき封印。あなたのもとには執務官が向かっています』

 

展開した空間モニターを覗けば、確かに黒きローブに身を包んだ執務官の少年がこちらへと向かってきていることがわかる。場所も特定したところ、もうすぐそこまで来ているようだ。同時に駆動炉についても白き魔導師たる少女と結界魔導師の少年によって殆ど制圧されているような状況だった。

…けれど、関係ない。次元震を抑えられようが駆動炉を制圧されようが、もう遅い。あと数分もすれば、津波の如く巨大な衝撃がこの空間を襲い、プレシアの目的は達成される。

即ち。

 

『忘却の都アルハザード……かの地に眠る秘術……そんなものはもうとっくの昔に失われているはずよ?今やその力は、存在するかどうかすら曖昧なただの伝承です』

 

忘却の都……いや、『永遠の都・アルハザード』。今となっては実現不可能とされる、時を操り、死者すら蘇らせることができる秘術が眠るという世界であり、プレシアの目的はその世界への到達だ。だが、アルハザードは次元断層に沈み、その存在はもはや確認できないため、伝説上のものとされている。

つまり、過去にアルハザードという世界すらあったのかどうかすらわからないのだ。次元断層に沈んだ、というのもただ憶測でしかなく、アルハザードという世界は何処かの魔導師が嘯いた空想上のものでしかないという見解もあるほどに。

 

「………違うわ。アルハザードは今もある。失われた道も次元の狭間に存在する……」

 

だというに。

プレシア・テスタロッサは断言する。

見据えた先は誰もが空想だと、幻想だと諦めた果ての世界。彼女ほどの実力を持つ魔導師が曖昧な存在を『ある』と言いきるのだから、何かしら根拠があるのだろう。しかし。

 

『随分と分の悪い賭けだわ…。仮にその道があったとして、あなたはそこに行って何をする…?失った時間と犯した過ちを取り戻す?』

「………そうよ、私は取り戻す。取り返すわ……私とアリシアの過去と未来を」

 

あの日、魔力駆動炉『ヒュドラ』が暴走していなければ。

あの時、アリシアとリニスを守れる力があったなら。

 

 

今この瞬間は、きっと家族との平和な日々があったはずだからーーー。

 

 

「取り戻すの……。こんなはずじゃなかった世界の全てを………!」

 

 

 

 

走る。

 

「気をつけて、キラ。もうフェイトから聞いたと思うけど、その穴は一度落ちたら戻ってこれない虚数空間だから」

「魔法が発動できない空間…だよね」

 

次元震の影響か、もはやボロボロとなった“時の庭園”内部の廊下を、フェイトとアルフ、そしてキラはひたすら走る。傀儡兵の存在はもう殆ど確認することはなく、スムーズにプレシアのもとへと向かうことが出来ていた。

 

(…母さん)

 

プレシアのもとへ赴く理由は一つ。

 

(わたしは貴方に利用されていただけなのかもしれない……。ただの人形でしかなかったのかもしれない)

 

拒絶されたあの瞬間。今までの自分の全てを否定されたあの瞬間に、心の中で何かが崩れていく感覚があったのを今でも覚えている。

怖い。

明確な憎しみをのせたあの視線が、怖い。

だけど。

 

(…それでもわたしは母さんに伝えたいことがある。たとえ耳を傾けてもらえなくても……)

 

逃げてばかりではいけない。立ち止まってもいけない。ちゃんと向き合って想いを伝えて…前に進まなくてはいけない。

『フェイト・テスタロッサ』を始める、そのためにーーー。

 

(お願い、間に合ってーーー!!)

 

走って、走って、プレシアのもとへ。

時間に余裕はない。待ってもくれない。だからこそ、後悔しないためにも全力で走る。そしてーーー。

 

「……チェックメイトだ、プレシア・テスタロッサ」

 

プレシアとアリシアがいる深層部の空間。ようやく辿り着いたその場所へ、最初に侵入していたのはアースラ所属の執務官、クロノ・ハラオウンだった。

…一人で行動していた彼は額から血を流しているようだった。五人で何とか捌いていた大量の傀儡兵を相手にしたのだろう。無理もないが…同時にその程度の傷で済んでいることから(・・・・・・・・・・・・・・・・)、彼の計り知れない強さが伺える。

そんな彼は、言う。

 

「知らないはずがないだろう…?どんな魔法を使っても……過去を取り戻すことなんかできやしない!」

 

それは、失った過去を取り戻すと告げたプレシアに向けた言葉。

 

「世界はいつだって……『こんなはずじゃない』ことばっかりだよ…!ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ」

 

それは説得するための上部だけ取り繕った言葉ではなかった。まるで自分自身にも言い聞かせている(・・・・・・・・・・・・・・)ような、そんな感覚があった。

 

「こんなはずじゃない現実から逃げるか立ち向かうかは個人の自由だ。…だけど、自分勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は…どこの誰にもありはしない!!」

 

 

 

 

「母さん…ッ!!」

 

クロノの言葉を聞いていたプレシアがフェイトのその呼び声に反応する。

 

「………何を、しにきたの…?」

 

その表情は呆れているような、苛立っているような、そんな顔をしていた。

 

「消えなさい。もうあなたに用はないわ……」

 

フェイトを視界から外し、プレシアは再びクロノの方へと向く。現状で一番厄介で警戒すべきはクロノだと判断したからだろう。

…プレシアにとって、フェイトはもう気にもとめない存在でしかないのだろうか。

 

「あなたに……言いたいことがあって、来ました………」

 

それでも、フェイトは正面から立ち向かう。

 

 

 

「…私は、アリシア・テスタロッサじゃありません」

 

「私は、ただの失敗作で…偽物なのかもしれません」

 

「アリシアになれなくて……期待に応えられなくて……いなくなれっていうなら遠くに行きます」

 

「…だけど」

 

「私は……フェイト・テスタロッサは……」

 

「あなたに生み出してもらって、育ててもらった…あなたの娘です………今までもずっと、今もきっと」

 

「母さんに笑ってほしい…幸せになってほしいって気持ちだけは本物です」

 

「私の…フェイト・テスタロッサの……本当の気持ちです」

 

 

 

それは母の愛情を求めて戦ってきた少女の想い。痛い思いを、辛い思いを、悲しい思いを、幼いながらも何度も味わってきた彼女が、それでも諦めずに手に入れようとした願い。

否定され、拒絶され、それでも残ったのは母への愛。

 

「…………ふふ。………ふ、あはははははははは………!!」

 

それを聞いたプレシアは何が可笑しかったのか、小さく笑っていた。フェイトの言葉が馬鹿馬鹿しいと思ったからか?滑稽だと思ったからか?

 

「だから何!?今更(・・)あなたを娘と思えと言うの!?」

「……あなたが、それを望むなら……わたしは世界中の誰からも、どんな出来事からもあなたを守る」

 

どんなに酷いことをされようが、言われようが関係ない。結局、フェイト・テスタロッサの『今まで』がそう簡単に消えるわけでないのだから。

故に。

 

「…わたしがあなたの娘だからじゃない」

 

手を差し伸ばしてーーー、答える。

 

「あなたが……わたしの母さんだから………」

 

ーーーほんの瞬間。

プレシアの表情が、緩んだように見えた。

 

(…………ああ)

 

フェイトとプレシアのやり取りを見ていたキラは、思う。

彼女達は不器用なだけだったんだと。

甘えるのが下手で、愛情の向け方が極端で……だから、彼女達に必要だったのは話し合う機会と時間だったのだ。

 

「………くだらないわ…」

 

プレシアがフェイトの言葉を一蹴する言葉が聞こえる。そして、そのまま杖を振るうと、発動済みの九個のジュエルシードがキラキラとひかりだした。

刹那、“時の庭園”に再び揺れが訪れる。抑えられていた次元震が発生した訳では無い。

 

『艦長…ダメです、庭園が崩れます!戻ってください…!この規模の崩壊なら次元断層は起こりませんから!』

 

プレシアは庭園そのものを壊すつもりだ。彼女は彼女の最初の目的を果たすために(・・・・・・・・・・・・)

 

「…っ!!させない…プレシアさん!」

 

有耶無耶にさせない。すれ違いのまま、何も語らないままで、結末を迎えさせない。少なくとも、キラ自身がそれを許さない。

 

しかし。

 

プレシアのもとへ駆けて行こうとしたキラの体を、魔力の帯が突如として締めつけ、その動きを封じ込めた。

驚いて、罠にでも引っかかったかと思いはしたが、見ればプレシアが来させないように“バインド”を発動したようで。

 

「巻き込まれたくなければ、きてはいけないわ…」

「………ッ!!!」

 

遮られる。キラ・ヤマトに、介入の権利は与えられない。死なせないと、救うと決めたのに、このままでは何も出来ないまま終わってしまう。

 

「キラ!大丈夫かい?」

 

アルフが近づいてきて、キラにかかった“バインド”を解こうとする。

しかし、“バインド”さえ解ければまたプレシアの元へ行くことは出来るだろうが、それでは助けられない。手を差し伸ばしても、拒まれてしまうのがオチだろう。それはキラにかけられた“バインド”が物語っている。

 

「僕は、どうしたら……」

「…キラ?」

 

もしも、自分に問答無用で誰でも救えてしまう力があったなら。

ありもしない、今更そんなことを願ったところでどうにかなる訳では無いのに、『こうであったなら』を思ってしまう。

 

『マイマスター』

「『ストライク』?」

 

しかし、突然『ストライク』が声をかける。そして告げる。

 

全てを覆すための、最大の一手をうつために。

 

『少々、賭けになりますが一つだけ手段があります。そのために使い魔アルフ、手を貸してくれませんか?』

 

 

 

 

『クロノ君達も脱出して!崩壊まで、もう時間がないよ…!』

「了解した…フェイト・テスタロッサ!」

 

庭園が崩壊してしまえば、この場にいる者は皆仲良く虚数空間の底へと沈むしかなくなってしまう。クロノはプレシアと対話中のフェイトに呼びかけるが…。

 

「私は行くわ……アリシアと一緒に…」

「…っ、母さん…!」

 

エイミィの警告を彼女達にも聞こえていた。故にフェイトはプレシアもアリシアも連れて脱出するつもりでいた。だが、庭園の崩壊を促進させた本人たるプレシアはフェイトの手を取るつもりはない。彼女にあるのは今も昔も、アリシアとの日々だ。

 

「言ったでしょう…?私はあなたが大嫌いだって………」

 

瞬間、プレシアとアリシアがいた足場が大きく崩壊する。同時に、プレシアのもとへ行くのを阻むかのように天井の瓦礫が降り注いだ。

 

「母さん!!」

 

フェイトが叫ぶが、プレシアがそれに応えることはない。抗うこともなく、プレシアとアリシアは虚数空間の奈落へ落ちていく。

急いで瓦礫を魔法で吹き飛ばし、落ちていくプレシアとアリシアに手を差し伸ばすが…それでどうにかなるような距離ではなかった。

 

「アリシア…!母さん……!」

 

それでも。

このまま終わりにしたくなかった彼女は無駄だと知っていても必死に手を伸ばす。涙を流して、現実を信じたくなくて。

 

「嫌だ……アリシア、母さん…!!」

 

 

 

「大丈夫」

 

ふと、背後から声が聞こえた。

フェイトが振り返れば、そこには先程“バインド”によって動きを封じられていたキラの姿があって。

 

「…キ、ラ………?」

「…今の僕には、結局どうするのが良くて、何が正しいのか、まだ分からない。……でも、これだけはわかるんだ」

 

キラはフェイトの横に立ち、虚数空間を覗く。その姿は、何だか既視感を覚えるような感覚があって…何かを察したのか、フェイトは急いでキラを止めようとしてーーー。

 

「プレシアさんがアリシアちゃんを愛したように。フェイトが、プレシアさんの幸せを願ったように」

 

 

「僕は、君の笑顔が見たかったんだ」

 

 

誰に似てしまったのか、不器用な笑顔がそこにはあって。

 

「だから、待ってて」

 

 

 

「君の元へ、すぐに戻るから」

 

 

見ていることしか出来なかった。手が届く距離にいたのに、何も出来なかった。

 

「嫌…、キラァッ!!」

「ダメだ、フェイト!」

 

虚数空間へ落ちていくキラを追いかけようとするが、アルフに止められる。庭園はもう崩壊間近だ。今すぐ移動を開始しなくては最悪間に合わないだろう。

 

結局、落ちていくキラの姿を最後に、フェイトはーーー。

 

 

 

 

「……………貴方は、本当にこれで良かったと思うの?」

 

重力に抗うこともできず、ゆっくりと奈落を落ちていく中、プレシアはキラに問う。虚数空間内であるため、魔法を行使しようとも発動と同時に魔力を分解されてしまい、結局魔法の発動は不可能だ。故に助かることはない。プレシアからすれば、キラ・ヤマトの行為は自殺そのものである。

 

「…わかり、ません。でも……」

 

だが、キラはただ何の考えもなく虚数空間へ飛び込んだわけではない。気持ちだけの行動では何も救えないことは知ってるから。

 

「『ストライク』が教えてくれた…、プレシアさんとアリシアちゃんを救えるかもしれない、最後の手段はある」

 

言って、キラはプレシアとアリシアと共に落ちていく九個のジュエルシードと向き合った。

 

「貴方……まさか………っ」

 

プレシアはキラが何をしようとしているか分かったのだろう。止めようとするが、それよりも先にキラが行動を起こした。

 

ジュエルシードは本来、願望を叶える魔導器のようなものだ。二十一個全て揃っていないと正しく発動しないのか、それとも願望を叶える機能は不完全であるのか、願いを問答無用で叶えるという形で生物に憑依し化け物と化すような場面しか見れていないような気がするが、ジュエルシードの役割が本当に願いを叶える代物であるならば。

 

キラ・ヤマトの願いもまた、叶えてくれるのだろうか。

 

九個のジュエルシードに手をかざし、願いを叶えてくれるかどうか試みる。瞬間。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉァァァああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

九個のジュエルシードはまるでキラを拒むかのようにそれぞれ膨大なエネルギーを放出する。虚数空間内だというのに、荒れ狂うエネルギーがキラへと襲いかかる。何がトリガーとなったかはわからない。

 

だが、ジュエルシードの矛先がキラ自身に向いているのなら、これはチャンスだ。

 

キラはジュエルシードを自身の内に取り込むかのように引き寄せた。

 

「ァ、があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!???」

 

感じたこともない力が体中に弾けるのがわかる。プレシアとの戦闘中に感じたあの破裂寸前のような痛みとはまた違う、存在そのものを物理的に消滅させられるような恐怖がキラを襲う。

だけど。

 

それがなんだ。

 

「こんなところで、やられてたまるかああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」

 

今この瞬間に、全てを注いで。空間を掌握したような、あの感覚すら味方につけて、全身全霊でジュエルシードを掌握することに集中する。体には亀裂のようなものがはしり、そこからは血が吹き出し始めて。

 

正直、限界なんてとうに迎えている。魔力を放出した時点で問答無用に魔力結合が解かれてしまう虚数空間で魔導師ができることなんてないにも等しい。そんな空間でキラは九個のジュエルシードのエネルギーをゼロ距離で抑え込んでいるのだ。

限界を迎えた体に魔力。そんな状態で意識を保っていることすら奇跡に近い。

 

(………………まだだ)

 

しかし、意識を落とすにはまだ早い。

 

(…まだだッ!!!)

 

限界を超えろ、全てを超えろ。

大切な人達を守るためにも、守っていくためにも。

 

「ァァァァああぁぁぁァあああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああァァァぁぁぁァぁぁあああああああああああァァァああぁああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

ーーー願いは、なんだ。

 

何かが、キラに問う。

言葉があったわけではない。脳内に響いたわけでもない。ただ心に問いかけてくるような、そんな感覚があっただけだ。

 

けれど、不思議と確信があった。

 

ーーーみんなを救いたい。

 

刹那。

 

光があった。

 

奈落の空間で、光の爆発があった。

 

魔力の処理が追いつかないほどの極光が、キラの背中から際限もなく放出し続け、まるで翼のように見える。

 

力が溢れる。

 

 

 

……ふと、気付いた。

虚数空間、キラ・ヤマトの周囲。そこに、プレシアとアリシアの存在が確認出来ないことに。何処へ…?と周囲を見渡しても彼女達の存在は視認できず、影も見えない。

彼の周りに、無限に続く空間だけがあるだけで。

 

……

………

 

いや。

 

この空間に、一際異質なものがある。

 

キラ・ヤマトは見た。

 

虚数空間、この空間において黒い亀裂がはしっていることに。

…違う、黒い何かが覗き込んで…い、る……?

 

 

「 」

 

 

バグンッッッ、と。

 

黒い亀裂から伸びてきた眩い『何か』によって、キラは体の八割喰われた(・・・・)

 

 

『ーーーnな、に、gaーーーーーー………………

 

 

人間という枠さえ超えた(・・・・・・・・・・・)彼でさえ理解を許されず(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

その意識は深淵へと飲み込まれて、、、

 

 

 

 




だいぶ遅筆すぎて申し訳ないです。年明け直前に投稿ということでテレビを見てる方、見てた方は読むのは年明けに後回しにした方も多いでしょう。

次の投稿は勿論2018年。来年もよろしくお願いします。

………ちなみに今回の内容は別に僕が狂ったわけではないです。この小説始めたときから考えていたシナリオです。…色々言われそう。

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