艦これ×かわぐちかいじ Silent World 作:長谷川光
蒼き舞人
蝶を追いかけ続けていた彼は木々の間に作られた道に出ていた。先住者の存在を見つけた彼は静かに脳内にあるデータで人の存在の有無によって大きく影響する部分の情報を書き換えた。もっとも人工的といっても何もアスファルトだとかで舗装された道ではなく、原始的に人の往来によって何度も踏み固められて出来た実に原始的な道である
彼が[標(しるべ)]としている蝶は道に出てからというもの彼にとっては都合よく、道に沿ってゆっくりと飛び続けていた。
鬼が出るか蛇が出るかとはまさにこのことだろうと思いながら、彼は相変わらず進んでいく。
小道の先からようやく光が差し込むようになった
「あれは…?」
道の出口と思われる木々の分かれ目の先に、青い光に包まれた一つの人影が舞っているのが見えた。
袖のある装束を揺らし、クルりと回る。
蝶が羽ばたき、青い光へと近づいていく
彼はそのまま足を進めた
木々の間を蝶は素早く通り抜け、人影へと羽ばたく
ひらひらと舞う青地に緑の刺繍の施された袖は彼の見たことがない布地だった
近づく彼の目に舞っている人間のシルエットラインが明らかになる。
痩せ気味ではあるが丸みを帯びた姿その体型は女性のそれであったが、顔を覆う赤茶色の仮面の所為でその素顔は定かでない。
蒼々としたオーラの様なものに彼女の姿は包まれた彼女の仮面の赤茶色という色が不思議と目を引きつけ、促されるように仮面の表情へと目線は動かされる。
女性の着けている仮面は悲しんでいるようにも、笑っているようにも見えた。
能面のように客席ーー彼の立っている場所ーーからの視線と、仮面の目の位置で表情が変わって見えるのだろうと彼は見当をつけた。
仮面の神秘さを増幅させている青い光を放っているのが特別な布を用いた装束の所為なのか、それとも彼女自身による理不尽ーー少なくとも今までの彼の感覚上ではーーな力が作用している所為なのかはやはり彼の判別のつけられるものではない。
波打つ音を乗せた風が、木々を打つ音を作り出す
島の音を伴奏にした彼女の舞は永遠と続くかのように思われた。
青い翼に黒き紋様が刻印された“あの蝶”が彼女の髪に丁寧にふわりと着地した。
黒々とした髪は舞に併せてさらさらと揺れ続けているが、その上に蝶は気にしていないのかメタリックブルーの羽をゆっくりと開かせては閉じる。羽を動かす度に日の光を反射させる角度が変わるその様子はまるで彼女の髪飾りのようである。
舞う姿の流麗さに飲まれそうに成りながらも、害意も敵意もなく無防備に舞続ける彼女の方へと彼は数歩足を進めた。
(貴女は何者なのだ?ここは何処なのだ?)
問いかけようとした彼の言葉は、口から出すことは出来なかった。
突如として、強烈な蒼い閃光が舞っている女性から放たれた。
不意をつかれた彼も条件反射で瞼を閉じたがわずかに遅れたらしい。閉じた目を開こうと試みようとしたものの、時間が経たなければ直らないと悟るとじっと視覚が元に戻るのを待った。
彼がようやく目を開けられるようになった時、幻か何かのように、彼の目の前に居たはずの蒼い女性の姿は視界から消えていた。
目眩ませの間に逃げたのかと考えた彼ではあったが、ある一つの事実にぎょっとさせられる
蒼い女性が立っていた場所、そしてその周りには足跡一つとして残ってはいないのだ。
林から彼の立つ場所までは、靴跡がくっきりと残されているにも関わらずに、だ。
注意深く彼はもう一度辺りの地面を見渡した
舞台の四隅には模様が彫り入れられた杭があり、刺された場所をつなぐと方形の形になるように配置されている。
舞台自体は整備されていたかのように滑らかに広がる砂の上に人が立っていた証拠も、何か獣が通りすぎたような痕跡も何も残っていない。
女性にばかり向けていた目を周りに向けると、森を抜けた先には自然に出来たのであろう湾地形が写り込む。
右手に行くにつれ海面から離れていくように勾配があるが、舞台の辺りだけは傾斜が均されていたのは言うまでもない。
南洋性の高木が湾と陸を隔てるように生え、視野の右の方には木造の舟が砂浜の中で周りよりも小高くなった辺りに捨てられているのが見える。かなりの時間の間手入れされていないのか、船体を作る木材は腐りつつあるのが遠目からでも十分に見て取れた。
それ以上は人の姿も何かしらの家屋らしきものも見あたらない。
「舟ということは、近くに住民が居たのだろうな」
道の片方の終点が湾であったという事は、原住民はここで漁業をし、道を通って集落へと獲物を持って帰ったのだろうか。民族学者でもない彼が分かったものではないが、そう仮説を立てた。
しかし、それにしても船の木が腐ったまま放置されているなどよっぽどの事があったのではないか。
海軍の艦艇が軍艦行進曲に艦の色の象徴として歌われる<黒金色>に塗装されているのは船体が痛まないようにするため塗装であるのは言うまでもない。如何なる船でも手入れを怠たり、船を駄目にさせることは持ち主の大きな損害であるのは漁民で無くとも分かりきっていることだ。
しかし、今の彼にとっては他に手がかりに成るようなものがなければ調べてみよう、その様に結論を下すほど“腐った船”は今の彼にとって価値があるものだった。
一通り遠くを見回した彼は、海に面する方形の一辺の向こうに少女が寝そべっているのを見つけた。
見つめている間にも、彼女の足が波に何度か洗われた
彼女が身にまとっている服装は小袖のようなものあった。
藤色の布地で仕立てあげられたその服装を見た彼は、銀髪の持ち主はこの場所の先住民なのか、それとも自分と同じような遭難者であるのかの判断に迷った。
しかし、どちらにせよ今はとにかく少しでも彼の知らない確実な情報と、出来うるだけの協力者を求めていた彼に迷いはない。
「彼ならばそんなことも考えずに駆け寄るのだろうな」
そんなことを零しながら、彼は少女の元に近づく。
しかし近づく最中、彼は一度足を止めてしまった。
彼女の胸元が目のやりように困るほどに大胆に開(はだ)けていたのだ。
もう一度足を進めたとき、彼は無防備に寝そべる彼女の女性らしい箇所からなるべく目をそらすように努めるのであった。