東方西風遊戯   作:もなかそば

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第一章 風神録篇
プロローグ


 それを『昔』と表現するか否かは、人によって感覚が分かれる話だろう。

 その事件の当事者である双方にとっては人生の半分以上、ともすれば三分の二近くほど昔の話、即ち『大昔』になるのだろう。しかしその当事者の片割れ―――東風谷早苗という名の、とある神社の見習い風祝が仕える二柱の神々からすれば、つい先日の話と表現出来る。

 つまりは十年経つか経たぬかといった程度の過去の話だ。

 

 それは少女―――当時は幼女―――東風谷早苗にとって人生初の聖戦であり、宗教戦争だった。

 

「かみさまはいるもん! かなこさまも、すわこさまもわたしたちをみまもってくれてるもん!」

 

 始まりは些細な事だった。

 小学校に上がったばかりの早苗が、その教室で初めて出来た学友に自分の家の話をしたのだ。

 信仰の廃れた現代。霊感の特別強い彼女以外の人には見えないが、八坂神奈子と洩矢諏訪子という名の二柱の神々は彼女にとっては両親と同等に―――或いはそれ以上に敬愛すべき対象だった。

 嬉々として自分の家である神社とその信仰について語った早苗に、しかし学友である少年は致命的な一言を投げ付けてしまった。

 『へんなの。かみさまなんて、いるわけないじゃん』と。

 

 大事なものを、自身の信仰とその対象である神々を馬鹿にされた早苗は怒った。それはもう怒った。

 顔を真っ赤にして涙と鼻水を流しながら、早苗は激情の赴くままに少年の顔面に拳を叩き込んだ。

 明確な宣戦布告。彼女にとっての聖戦のスタートだった。

 

 この年齢では男女の別など、あってないような物である。すぐさま少年も怒鳴りながら反撃し、しかし早苗もやり返す。

 エスカレートする喧嘩。他の学友たちが騒ぎ始め、喧嘩の空気にアテられたのか泣き出す子供も出る始末。

 目端のきく何人かが先生を呼びに走り、何人かは止めようとするものの当事者双方の―――特に早苗の激怒ぶりに手が出せない。

 そして結局、学友の連絡により駆け付けた先生が両者を止めるまで、その彼女にとっての聖戦は続いたのだった。

 ちなみに彼女はそれを今でも自分の勝利だと言って憚らず、少年は今となってはそれについて嫌そうに顔を歪めるだけで。勝敗についての言及を避けている。

 

 

 そして東風谷早苗は本来明るい少女である。

 その日、そんな彼女が学校から家に帰り、風祝としての修行の間も俯いたままであった。

 更にはおやつの時間になっても『要らない』と言って、大好きな筈のクッキーに見向きもしなかった。 

 彼女の様子に慌てたのは両親もであるし、彼女を娘同然として見ていた二柱の神もだ。

 

「どうしたんだい、早苗。学校で何か嫌な事があったのかい? 悪い子にいじめられた?」

「ほら、クッキーもあるぞ。お茶もある。少し休憩しながら話をしようじゃないか」

 

 そして神々が信者に供え物を差し出すというそんな異常事態を経て、幼い風祝は漸くぽつりぽつりと事情を語り出す。

 つまりは学友である少年に言われた言葉と、その後の喧嘩だ。

 それを聞いた二柱の神はどこか寂しそうに苦笑し、早苗を強く抱きしめる。

 

「あのね、早苗。早苗が私達の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、今の時代じゃそれは仕方ない事なんだよ。人間達は私の事も神奈子の事も忘れてる。その子供の言った事は、悲しいけど今の時代じゃある意味当たり前の認識なんだ」

「私達はそれが原因で早苗が喧嘩をして怪我をしたり、友達を嫌いになってしまう方が悲しいぞ。次からはもっと友達と仲良くしような」

 

 優しくそう言われて、彼女は諏訪子と神奈子の胸の中で泣き出してしまう。

 自分を想ってくれる神々の言葉が嬉しくて、でも彼女達の言い分が悲しくて、彼女達の今の立場をどうにもできない自分が悔しくて。

 結局その日、早苗は二柱の胸の中で泣き疲れて眠ってしまった。

 

 

 

 そんな彼女にとって予想外の事が起こったのは翌日。休日となる土曜日の朝の事だ。

 長い階段を上った先に立地し、交通の便が甚だ悪い守矢神社に、息を切らせながら一人の少年がやって来たのだ。

 箒を手に境内を掃除―――と、本人は思っていたが今にして思えば散らかしていただけだった気がする―――をしていた早苗は、参拝客かと思って挨拶をしようとしたところで固まった。

 それは彼女が人生初の聖戦を行い、散々殴り合った学友の少年だったのだ。

 

 何を言うべきか分からず固まる早苗に対して、先に動いたのは少年だった。

 彼は早苗の姿を見付けると駆け寄り、頭を下げたのだ。

 

「ごめん!」

「……え? あの……」

「あんなに怒るなんて、おもってなかった。さなえちゃんの大事なものをばかにしてごめん」

 

 舌っ足らずで言葉足らずだが、それ故に率直で精一杯の謝罪。

 自分の前で頭を下げ続ける少年は、その為にわざわざ休日の朝から神社の階段を上って来たのだろうか。

 そう考えて、早苗は改めて目の前の少年に向かい合う。

 彼の態度に、昨日の怒りは既に下火になってしまった。すぐさま許しても良いのだが、それもどことなく癪だ。下火と言うだけで、流石に未だ鎮火には至っていない。

 そして数秒考えた結果、早苗は手に持ったままだった箒を少年に差し出した。

 

「これ」

「……え?」

「神社のおそうじ、てつだって。わたしは許すけど、おそうじする事でかみさまにも許してもらわないと駄目なの!」

 

 両手を腰に当てて胸を逸らす。

 彼女なりに精一杯の威厳と怒りを表現したポーズ。

 そうして言われた言葉に、少年は生真面目な表情で頷いた。

 

 ―――そしてそれから小一時間ほど。

 予備の箒を持って来た早苗と、最初の箒を早苗から受け取った少年は二人で掃除―――という名の散らかす作業を終えていた。

 別に全然綺麗になっていないのだが、途中で様子を見に来た早苗の母が用意してくれた冷たい麦茶を手にして縁側に腰掛ける二人の顔には、やり切ったような充実感が見て取れた。

 

「……かみさま、許してくれるかなぁ」

「……どうだろ?」

 

 そして縁側で冷たい麦茶を飲みながら、少年がぼそりと呟く。

 横でその言葉を聞いた早苗は、ちらりと目線を誰も居ない『ように見える』本殿の方に向ける。

 縁側を見る事が出来る本殿の入り口には、彼女以外の誰にも見えない二柱の神が優しい笑顔で彼女と少年を見守っていた。

 

 途中から気付いて様子を見に来てくれていたのだが、彼女以外には父にも母にも見えない神々だ。

 彼女達に話しかけるような事をしては周囲からは変な子にしか見えない為、他の誰も居ない場所以外では彼女達に話しかけられない早苗である。

 本来であればどこででも話し掛け、笑いかけたいのだが、それが出来ないほどに―――周囲の殆どから認識されないほどに力を失っているのが彼女達二柱であった。

 

 だから早苗は、少年の言葉に対して直接神奈子と諏訪子に問いかけるような事はしなかった。

 次の言動もその後の展開を予想しての事ではなかったし、故にその後に待っていた展開は彼女にも少年にも、それこそ神々ですら思いもよらぬものだった。

 

「良い。許してつかわす」

「もうウチの早苗を泣かすなよー」

 

 神奈子が威厳を込めて、諏訪子が茶化すように少年に向けて言葉を投げる。

 それは少年に聞かせる為の物ではなく、早苗に対して『少年を許す』という意思表示をする為の言葉だ。

 

「あれ?」

 

 そう、故にそれは慮外の事態。

 早苗に投げた筈の言葉に、少年が確かに反応したのだ。

 きょろきょろと周囲を見回す。その動作に対して、驚きに目を剥いたのは早苗と、それ以上に二柱の神々だった。

 

「許すって、早苗ちゃんを泣かすなって聞こえた」

「……え?」

 

 二柱の神々は言葉も無く。

 早苗もどこか呆然と、その言葉を聞いて少年の顔を凝視する。

 きょとんとした年相応の顔は、きょろきょろと今の言葉の主を探して目線を彷徨わせていた。

 

 

 ――――これが始まりだったと、後に八坂神奈子は笑顔で語る。

 ――――あの頃は可愛かったと、後に洩矢諏訪子はにやけて語る。

 ――――あれが一つの転機だったと、後に東風谷早苗は苦笑で語る。

 ――――あれで俺は人生踏み外したと、後に少年―――西宮丈一は誇らしげに語る。

 

 東方西風遊戯、ともあれこれにて開幕に候。

 




 昔に小説家になろう様で連載させて頂いていた、東方Projectのオリ主ものです。
 様々な東方二次創作小説を見ている内に思わず腋上がって―――もとい湧き上がって来た妄想を形にしただけの小説です。
 ある意味テンプレ。

 オリ主は原作知識無し。チート能力も無し。才能の限界まで育って、正面決戦では3ボス相手が関の山です。3ボスでも勇儀姐さんとか絶対無理です。
 才能では神奈子様や諏訪子様曰く、平安の世にでも生まれていれば良い陰陽師になれたそうですが……曰く『千年に一人レベル』の安倍晴明とか、現代において神が見えるレベルの才能を持つ早苗とか、そもそも才能の面で言えば規格外過ぎる霊夢とかには敵いません。
 
 そんな感じで宜しければ、お付き合い願えれば幸いです。




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