東方西風遊戯   作:もなかそば

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『閑話』とついているエピソードは、時系列順ではない一話完結型の話となります。
或いは外の世界の過去話だったり、或いは早苗や西宮の小さなエピソードだったり、或いは全く関係のない話だったり。


閑話其の壱:彼と彼女の学生生活

 これは守矢神社が幻想の存在となる前の話。

 つまりは東風谷早苗と西宮丈一が未だ普通の―――いや、かなり変わった高校生と少し変わった高校生だった頃の話である。

 彼らが新しい学び舎に入り、しかし大型連休に突入する前。平たく言ってしまえば、ピカピカの高校一年生の四月の話だ。

 

「西宮氏よ。C組の東風谷氏は美人だから告白など随分とされているようなのだが」

「もぐ……剛の者も居たもんだな」

 

 場所は学校。昼休みの教室にて、弁当を開いていた糸目の少年―――西宮丈一。

 彼は横で菓子パンを食べている友人からの言葉に、自作の肉詰めピーマンを咀嚼しながら生返事を返す。

 返事をしつつ、右手に持った箸で弁当を突きながらも、もう片方の手で持った新聞に目線は固定。新聞部が作成した学校新聞、その号外だ。一枚ペラに白黒で刷られたそれは、昼休み開始直後にご丁寧に各教室を回って数部ずつ新聞部が撒いていった物であり、興味を持った学生によって昼飯ついでに回し読みされている。

 

「『女子テニス部の練習を近距離ローアングルで激写してた第二写真部に、女子テニス部が放ったサーブが激突。コカーン直撃の一撃に黄色い悲鳴でコーカン度大変動☆』―――随分身体張ってるなオイ」

「西宮氏よ、自分思うのだが突っ込みどころはそれより関係者コメントとして掲載されている『気持ち良かった』ではないかね」

「どっちのコメントか書いてないが、加害者のもんだとしても被害者のもんだとしても多角的にヒドいコメントだな」

 

 恐らくは朝練中の不意の事故、或いは故意の事故なのだろうその内容に、西宮と友人の両者は割とどうでもよさそうに、実際心底どうでもいい感想を述べる。

 次はミニトマトを箸でつまみつつ、裏面を読むために号外を裏返す西宮。その様子を気にするでもなく、友人が最初の話を続行する。

 

「それでだね。幾多の精鋭が彼女の寵愛を得ようと告白を試みたものの、全て伝家の宝刀『ごめんなさい』で一刀両断にされたという話であるが。小耳に挟んだのだが西宮氏、東風谷氏とは幼馴染なのだろう? もしや東風谷氏がウォール・マリアばりの鉄壁防御を見せているのは君と付き合ってるからではないのかね」

「ウォール・マリアってアレ漫画の開始時点で破られてなかったっけ? まぁ幼馴染なのは事実だが、別段そういう浮いた話に発展した事は一度も無ぇぞ」

「であればウォール・コチヤで良かろう。で、それはそれとして、そうでないならば東風谷氏の好みなどは分かるかな?」

「なにお前、東風谷に気があんの?」

「いや。だがその情報は高く売れそうなので興味がある」

 

 何の事は無い、高校生にはありがちな惚れた何だの恋バナという奴だ。―――目的がその東風谷早苗に憧れる生徒に対する情報売却による利益だったとしても。

 しかも今話題に挙げられたのは、彼らが通っている高校にて一年生ながらも『美少女No.1(第一新聞部による四月調査による)』と評されている東風谷早苗。多少エキセントリックな性格をしているものの、他の追随を許さない美少女である。

 だが彼女は実家である神社の方に熱心であり、浮いた話が全く浮かばない高嶺の花。すわ攻略不可能かとも噂されている美少女だ。

 

 そんな彼女と西宮丈一が幼馴染だというのは、入学してから然程日が経っていない今は未だに学校内では然程知られていなかったらしい。

 そして西宮が友人と交わした会話に、聞こえていたらしい周囲の男子から反応の声が上がる。

 

「おいおいマジかよ西宮!? あの東風谷さんと!?」

「あー、そういや登下校一緒にしてるのは見たことある」

「ヒャッハー」

「喋らなければ美少女No.1の東風谷さんの話だとぉ!?」

「お前ら好きだなオイ、この手の話題」

 

 周囲の声を聞いた西宮は呆れた声。しかし実際、早苗の外見が綺麗だというのは認めるところではあるので、内心では呆れと納得がほぼ等分だ。

 浮世離れした雰囲気も、近くに居なければ『高嶺の花』と見ることも出来るのだろう。喋ると色々台無しなのだが。

 

「しっかし、東風谷の好みねぇ……」

 

 付き合いこそ長いが、お互いそういった話題で話をした記憶は殆ど無い。丁々発止とアホな事で喧嘩をしていた記憶の方が圧倒的に多いのだ。

 故に彼女の普段の言動から彼女の好みのタイプを想像しようとした西宮だが、出て来たキーワードはやはり『信仰』だ。

 

「……やっぱりあいつの今時珍しいレベルでの信仰っぷりを認めてくれる相手じゃねーの? まずは大前提で」

「東風谷さんってそんなに熱心なのか? 信仰宗教とか」

「信仰と宗教って繋げて読むと音的に大分危ない響きになるな。まぁ、あいつん家は新興どころか滅茶苦茶古いが。諏訪大戦とか建御名方神とか洩矢神とか、あいつと付き合いたいならその辺程度は抑えておいた方が良い」

 

 いつの間にか周囲に集まって来た男子生徒達に呆れた視線を向けながら、西宮はまずミニトマトを口に運び、空いた箸を教鞭のようにして右手に持つ。

 そして数秒。もぐもぐとミニトマトを咀嚼して飲み込んでから、周囲で待つ男子生徒に対し―――

 

「なぁ、再来月の体育祭で男子専用競技で『100m脱衣競争』ってあるんだけどこれ誰が出るんだよウチのクラス?」

「そこで号外の話題に戻るのか。流石だな西宮氏。―――良かろう、東風谷氏の話題さえ頂けるならば自分が責任持って脱ごうではないか」

「今じゃなくて良い。何故第一ボタンを外す」

 

 学生服に手をかけた友人を手で制し、号外から視線を外す。

 号外裏面に記載されている体育祭競技にある『走り脱衣』『飛び脱衣』などの頑なに脱衣オンリーな男子競技の一部から目を逸らしつつ、今度は早苗の話題に立ち戻りだ。

 しかし数秒、何から話すべきか首を傾げ―――

 

「まぁ古事記や日本書紀に出てくるような話題は飛ばすぞ。必要なら古文の先生にでも聞け。丁度中間テストの予習にもなるだろ」

「恋話から古文の予習に話が繋がるとは恐れいったな……」

「あいつの家が古い神社なんだから仕方ないだろ。つーか、あいつの私生活がだらしないの知れ渡ってきたら、そこまで人気は出なくなると思うんだがね。神社の掃除はしっかりする癖に自分の部屋は掃除出来なくて、お袋さんに怒られて大体泣き付いて来るんだ」

「西宮氏。それは君にか」

「まぁ、大体は」

 

 そして沈黙。西宮の言葉を咀嚼するように、周囲の男子生徒達が揃って沈黙。西宮は視線を号外に向け直す。

 数十秒。それだけの間を置いて、西宮がまたも体育祭の競技紹介の中に不審な競技名を発見した辺りで、友人が周囲の男子生徒を代表するかのように声をあげた。

 

「西宮氏。その台詞から察するに、君はよく東風谷氏の家にお邪魔するのか?」

「ん? まぁほぼ毎日だな。俺あいつの家の神社でバイトみたいな扱いになってるし。バイトっつか神職見習い?」

「ガッデム! 神は死んだ!!」

「それ仮にも神社で働いてる人間の前で言う言葉か」

 

 周囲の男子の一人が頭を抱えて天を仰ぎながら叫んだ言葉に、思わず西宮が突っ込む。

 しかし周囲の男子達からすれば彼の先の発言は捨て置ける物ではない。ガッデムと叫んで天井を仰ぎ見ていた男子が、ぐいんと音がしそうな動きで西宮に視線を向け直して再度叫ぶ。

 

「おま、それは少し家の中を探索すれば東風谷さんの嬉し恥ずかしい下着が置いてある脱衣場へのスニーキングミッションも可能だって事じゃないですかねぇ!? なにそれハレルヤ! 神は居た!」

「お前さっきの発言から舌の根も乾かぬ内に神再誕とか潔いな。つか発想がそこから入る辺り、立派に変態だなオイ」

「俺は変態じゃないよ! 例え変態だとしても変態と言う名の変態だよ!」

「自覚がある辺り本当に潔いよお前」

 

 友人は選ぶべきかとやや本気で悩みながら、しかし西宮はその友人(へんたい)を更にヒートアップさせる言葉を吐いてしまう。

 

「つーか下着なんぞ、あいつの場合脱衣場まで行かんでも部屋に脱ぎ捨ててるし」

 

 告げられた言葉に、反応は絶叫。

 

「うわああああそれ以上言うな! 女子に対する幻想壊れる!」

「西宮氏、君がそれの片付けをしているのか? そこまでいくといっそ羨ましくないな」

「ヒャッハー」

「なにその楽園(ぱらいそ)! すいません、入場料おいくらですか!?」

 

 喧々囂々。

 空前の盛り上がりの中で一人が西宮に向かって羨望の混ざった声をあげた。

 

「おま、どんだけ仲良いんだよ西宮!?」

「まぁ悪くはないとは思うが、同時にしょっちゅう喧嘩する間柄でもあるしなぁ……」

「それは俗に言うケンカップルの範疇ではないのかね西宮氏」

「いや今はどうでも良い! 重要な事じゃない! 重要なのは西宮、分かるだろう!? 部屋に転がっている東風谷さんの下着の色とデザインだ!」

「おい、まずは誰かこの馬鹿どうにかしろ。具体的にどうするかまでは言わなくて良い。そこまでこいつの行く末に興味無いから」

 

 一人だけ凄いテンションになってる友人がいたので、西宮と他の友人達は手を取り合って紳士的にその友人(へんたい)を排除した。

 掃除用具箱に封印された彼は皆から忘れ去られ、封印が解かれるのは放課後の事になるのだが、一切本筋とは関係無いのでその辺りは割愛する。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「早苗の弁当、美味しそうだねー」

 

 そして西宮の教室でそんな騒動が起こっているのと同刻。

 こちらは屋上で友人数名と昼食を食べていた早苗は、肉詰めピーマンを頬張っていた所で横合いから声をかけられた。

 横を見やると、西宮ほど人付き合いが如才ないわけではない早苗にとって、この新しい学び舎でのまだ数少ない友人と言える少女が、少し物欲しそうに早苗の弁当を覗き込んで来ていた。

 

「まぁ美味しいですけど。どうしたんですか、お弁当忘れたんですか?」

「お母さんが寝坊してさー。今日はコンビニのパンで我慢」

 

 ぶー、と唇を尖らせる友人の様子に、周囲の他の友人達から笑い声が上がる。

 そのうち一人が『私は自分で作ってるよ』とカミングアウトすると、周囲から上がったのは『すごーい』だの『私絶対無理ー』だのという歓声だ。

 そしてコンビニのパンを頬張っている友人が早苗に視線を向け、問いかけて来る。

 

「早苗って神社のお仕事で朝早く起きてるんでしょ? 早苗も自分で弁当作ってるの?」

「いいえ、早起きなのは事実ですけど料理は得意じゃなくて。いつも西宮に作って貰ってます」

 

 何気なく早苗が返した言葉に、周囲が固まる。

 早苗と友人をやっていると、一度は聞く名前。西宮―――西宮丈一。

 彼女達の同級生の男子生徒にして早苗の神社のアルバイトのような事をやっている少年、なのだが―――

 

「早苗、彼氏に弁当作って貰ってるの!?」

「幼馴染ですよ」

 

 周囲で湧きあがる黄色い声に、渋い顔をして早苗は返す。

 この場に居るのはいずれも年頃の少女達だ。こういう話題には殊更に敏感なのだが、早苗の表情は苦虫を数十匹纏めて噛み潰したように渋かった。

 その様子に周囲の少女達も盛り上がるのを止めて、『はて?』と首を傾げる。

 

「そーなの?」

「そーなんです。そもそも西宮は酷いんですよ? 見て下さいこのピーマン。私が嫌いだってのをずっと前から知ってるのに、健康に良いからとか言って入れ続けて来るんです。信者が風祝に対する態度としてはあり得ません。肉詰めにする工夫は認めますが」

 

 そう苦々しく言いながら、ピーマンの肉詰めを口に放り込む早苗。

 『んー美味しい』などと言ってる所、どうやら信者作のピーマンの肉詰めは風祝の舌に合ったようだ。

 彼氏の手料理というより、まるで母親が子供にピーマンを食わせる為の工夫だ。周囲の少女達のテンションが一段階下がる。

 

「じゃあ付き合ってるとかそういう話じゃないんだ?」

「そういう色気のあるお話ではないですね。むしろあの糸目、いっつも私を無下にて……」

「む、無下って……何があったの?」

 

 ぶつぶつと呪詛のように呟くその言葉に、腰が引けながらも周囲の友人が問いかける。

 その友人に対して早苗は大層ご立腹の様子で、箸の先にタコさんウィンナーを刺してぷんすかと語り始める。

 

「まず敬意が足りません。私は風祝で、西宮は神職見習いです。私の方が偉いのに……」

「風祝ってなんだっけ?」

「巫女の変異種じゃなかった? えーと、ほら。ザザミに対するギザミみたいな」

「普通の巫女は赤いからザザミで、風祝の衣装って青いらしいから早苗はギザミだね」

「モンスターで例えないで下さい」

 

 後にエイプキラーと例えられる少女、東風谷早苗。外の世界での例えはショウグンギザミ(モンスターハンター)であった。どうやら彼女は可愛さとは無縁な物に例えられる運命らしい。

 

「それにですね。この弁当の件で世話になってるからと、先日神奈子様と諏訪子様のアドバイスを受けて料理を作ってあげようとしたんですよ! なのに西宮の奴、全力で逃げたんですよ!? 幾らなんでも失礼でしょう!!」

「神奈子様と諏訪子様?」

「あ、え、えーと……ウチの神社の偉い人の名前です」

「ふーん」

 

 そして危うく自らが信仰する二柱である神奈子と諏訪子の名前を出した早苗だが、言い逃れに成功。

 自分にしか見えず、声も自分と西宮以外には聞こえない相手だ。迂闊に名を出すと変な子扱いされるのは幼少時に経験済みである。

 幸いにして神社云々には興味が無いらしい周囲の少女達はそこには突っ込まず、代わりに突っ込まれたのは別の点だった。

 

「早苗って料理できるの?」

「いいえ」

 

 素朴な疑問に対する返答は、『どうだ文句あるか』と言わんばかりに胸を張って笑顔で告げられた否定の言葉だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 一方の教室では、西宮から彼と早苗の日常を聞き出した男子生徒達が呆れ果てた様子で西宮を囲んでいた。

 当の西宮は喋りながらも弁当を完食し、意外と律儀に『御馳走様』と手を合わせてから弁当箱を鞄に仕舞い直している。

 

「―――話を整理しよう、西宮氏。君は放課後はほぼ毎日東風谷氏の神社で神職見習いとして働いている。東風谷の御両親との仲も良く、父君からはよく晩酌や将棋の相手に誘われる」

「うん」

「更に東風谷氏も君に対しては無防備で、下着が脱ぎ捨ててある部屋の掃除を任せられるレベル。それどころか君が部屋にいる状況で無防備にベッドで寝る」

「掃除や宿題を俺に押し付けてな」

 

 ふむ、と友人が深く頷く。

 その表情は呆れたような、乾いた笑いを浮かべたものだ。

 

「彼女が居ない世の男子高校生が聞いたら憤死しかねんね」

「オレ コロス。ニシミヤ オマエ コロス」

「憤死の前に俺を亡き者にしようとしてる奴も居るんだが」

「正当な怒りだ。諦め給え。君としては愚痴な部分もあるのだろうが、周囲からすれば一種の惚気話にしか聞こえないよ」

「さよけ」

 

 気のない返事の西宮に、がっくりと項垂れる友人達。

 西宮が語る早苗とのエピソードは、もはや周囲の友人達からすれば惚気にしか聞こえない。

 『リア充爆発しろ』だの『もげろ』だの『ヒャッハー……』だの『パルパルパル』だのといった声が周囲から聞こえてくるが、当の本人である西宮の心境は『知らんがな』である。

 

 しかしそんなどうしようもない空気の中、一人の友人(ゆうしゃ)が声を上げた。

 

「……色々エピソードは聞けたけどさ。結局西宮、お前は東風谷の事はどう思ってんだ?」

「あ? ……そうだな。放っておけない幼馴染だよ。危なっかしくて目は離せないし、恩も借りもある相手だ。――――ああ、それと」

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

Q.以下の文は「スクランブルエッグ」の作り方です。空欄を埋めなさい。

 

  1.( A )をボウルに割り、よくかき混ぜます。この時、箸で( B )を切る様に混ぜると、よく混ざります。

  2.薄く( C )をひいた( D )を熱します。蒼白い煙が消えたら再び( C )をひきます。

  3.( D )を弱火にかけ、1で作った物を入れて熱しながら混ぜます。

 

A.東風谷早苗さんの回答:

  A:ジャパニウム鉱石

  B:光子力エネルギー

  C:超合金ニューZ

  D:偉大なる勇者

 

先生(友人)からの一言:

  それで出来るのは「スクランブルダッシュ」です。

 

 

「……これは酷い」

「スクランブルダッシュって何?」

「古いロボットアニメのネタ。お兄ちゃんがそういうの好きだから私も分かるんだよねー」

 

 屋上も屋上で、ある意味教室以上の悲劇が広がっていた。

 料理が出来ないという早苗、果たしてどれくらい出来ないのかと友人が適当に出題した問題にこの回答である。スクランブルエッグを作るつもりが、出来るブツはスクランブルダッシュ。洩矢神とて予想できまい。

 しかし不正解を告げられた早苗は重々しい表情で頷き一つ。

 

「ふむ……意地が悪いですね。引っ掛け問題ですか」

「どこも引っ掛けるところ無いよね? 私の胸部くらい引っ掛かるところ無いよね? ―――誰の胸が(ウォール・マリア)だこの巨乳が!」

「すいません自分で言った言葉に自分でキレないでください」

 

 スレンダー(つるぺた)な友人が自虐入った突っ込みを入れ、自分でキレるという二段技を披露。

 それに律儀に突っ込みを入れつつ、早苗はぷすりと箸でタコさんウインナーを突き刺して鷹揚な頷きを一つ。

 

「まぁ待って下さい皆。今のは練習、ノーカウント、ワンモアチャンスという奴です」

「……いやもう、この回答見てるとチャンスとかそういう問題じゃない気もするんだけど……」

「いいえ、大丈夫です。私は出来ます! 早苗はやれば出来る子だって神奈子様と諏訪子様も言ってくれてました!!」

 

 そして『大丈夫なの?』という視線丸出しの友人たちの前で、早苗は雄々しく立ち上がり、タコさんウィンナーの刺さった箸を大幣代わりに九字を切る。

 

「―――建御名方神も洩矢神も御照覧あれ! ここに奇跡を! ―――風祝の早苗、参る!!」

 

 猛々しく吼える姿。しかしこんな事で、しかもタコさんウィンナーの刺さった箸を祭具に祈られても、建御名方神とか洩矢神も困るだけであろうと友人達(ギャラリー)は思う。

 しかもこの問題に答える程度で奇跡とかどれだけ料理が苦手なのか。戦慄すら混ざった様子で見る彼女達の前で、早苗が答えをその頭脳で弾き出した。

 

 

 

Q.以下の文は「スクランブルエッグ」の作り方です。空欄を埋めなさい。

 

  1.( A )をボウルに割り、よくかき混ぜます。この時、箸で( B )を切る様に混ぜると、よく混ざります。

  2.薄く( C )を引いた( D )を熱します。蒼白い煙が消えたら再び( C )を引きます。

  3.( D )を弱火にかけ、1で作った物を入れて熱しながら混ぜます。

 

A.東風谷早苗さんの回答:

  1.( 相手が右ストレートを放ったところを左掌で巻き取るように受け、すかさず相手の頭を引き込んで後頭部 )をボウルに割り、よくかき混ぜます。この時、箸で( 関節の接合 )を切る様に混ぜると、よく混ざります。

  2.薄く( 右足 )を引いた( 体重移動により相手のバランスを崩し、引き寄せるように相手の身体全体 )を熱します。蒼白い煙が消えたら再び( 右足 )を引きます。 

  3.( 体重移動により相手のバランスを崩し、引き寄せるように相手の身体全体 )を弱火にかけ、1で作った物を入れて熱しながら混ぜます。

 

 

 

 友人達はその時思った。

 『ああ、奇跡だ。負の方向で』――――と。

 そして負の奇跡を巻き起こした早苗当人は、『どうだ』と言わんばかりにこの歳にしては実り豊かな胸部を張っているが、何を誇る気か。

 この回答では既に風祝(かぜはふり)というより風屠(かぜほふり)である。

 

「……早苗、あんたはこの回答で何と戦う心算なのよ……」

「え? んーと……西宮と?」

「戦ってどうする。料理を作ってあげるんじゃなかったの? 何で西宮君を料理する方向に進んでるの!?」

「いやぁ、つい癖で」

 

 てへっと舌を出して、いけないいけないとでも言わんばかりの表情を見せる早苗。

 悪びれないのが彼女の長所であり短所である事を知っている友人達は諦めたように溜息を吐き、代表して一人が早苗に問いかけた。

 

「……もう料理は良いや。実際早苗はさ、西宮君のことどう思ってるの?」

「え? うーん、生意気で私に対して全く敬意を払わない、気が合うようで合わない幼馴染で喧嘩友達ですよ。――――ああ、それと」

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 そして奇しくも全く同時に。

 教室と屋上の二箇所で、西宮と早苗はお互いについての論評をこう締めくくった。

 

「―――あいつ、実は笑うと可愛いんだよな」

「―――いつも糸目ですけど、目を開くと実は格好良いんですよ」

 

 この瞬間がこの高校内で美少女No.1(新聞部調べ)である東風谷早苗が『攻略不可能』と断じられた瞬間であり、同時に早苗の友人達が生温かい笑顔で『コイツ駄目だ早くなんとかしないと』と判じた瞬間でもあり、遂に何かが吹っ切れた西宮の周囲の男子生徒達が満面の笑顔で一斉に西宮に上靴を投げ付け始めた瞬間でもあった。

 西宮丈一、思えば人生初の弾幕ごっこは友人達が投げ付ける上靴を避ける事だったと後に語る。

 

 ―――ともあれ。

 未だ幻想の地に入る前の、西宮丈一と東風谷早苗の学校生活。その一端だった。

 




■全くどうでもいい自分的メモ兼ねたお話■

▼西宮の友人
 リメイク前と違い、数名会話の仕方や話題で特徴づけ。
 リメイク前の通称がパンツ奉行だった彼は、やはりロッカーに詰められました。
 相変わらず名前をつけるつもりはありませんが、適度に良い空気吸いながら西宮とよくつるんでる連中です。

▼早苗の友人
 西宮の友人と同じく、会話や話題での特徴付け。貧乳さんが一人居ることが確定しましたが、自虐ネタで逆ギレという中々の会話的瞬発力を見せてくれました。

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