東方西風遊戯   作:もなかそば

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急激にユニークアクセス数が上がっておりますが何事でしょうか。
皆様本当にありがとうございます。待っていてくれたという方が存外に多くて、驚くやら申し訳ないやらありがたいやらで一杯一杯です。


人恋し現人神様

「それでは行って参ります!」

「今日こそ一本取る……」

 

 博麗の巫女である博麗霊夢が、早苗の宣戦布告状を見て陰陽玉とお祓い棒を手にして博麗神社から出撃したのとほぼ同じ頃。その日も守矢神社では、最近繰り返された日常が始まろうとしていた。

 人里に向かう早苗が大幣を手に元気良く出発の挨拶をし、西宮は監視役兼訓練相手である椛相手に今日こそ一本取ると息巻きながら、風祝様も御用達の守矢神社特製の御札を手に策を練っていた。

 

 異変を起こす事が八雲との約定だが、それはもう少し神奈子と諏訪子が信仰を集め、力を取り戻してからになるだろう。

 それが守矢勢の判断であると同時に、彼女らを呼び込んだ紫の判断でもあった。

 力が整っていない状態で異変を起こされても『妖怪の山の力を示す』という紫の目的にはそぐわないので、それは当然と言えば当然の話である。流石に年単位の準備時間が必要な話ではないので、数ヶ月だけ待てばいい。

 

 その筈であった(・・・・・・・)

 その日、早苗が神社を出る前に、八雲紫がスキマを通って現れるまでは。

 

「随分と早く動いて頂けたようね。幻想入りから僅か数日で博麗神社に宣戦布告とは、相当な自信があると見て良いのかしら。流石は古の大和の時代より語り継がれし神々と言わせて頂きますわ」

 

 ずるりとスキマから出て来て、口元を扇子で隠しながら胡散臭く笑うスキマ妖怪。

 しかし彼女を迎え入れたのは、博麗神社に宣戦布告をして臨戦態勢で待ち受ける守矢神社―――などではなく、『何言ってんのコイツ』的な視線が四対であった。

 

「……八雲紫、何の話だ?」

「え? あの、神奈子さん? 貴方達、博麗神社に宣戦布告を―――」

「はぁ? いや、私も神奈子もまだ往時の力を完全に取り戻したとは言えないんだよ? まだあと最低でも一ヶ月は欲しいんだけど」

「……え? あの、霊夢が今朝がた凄い勢いで神社から出撃したって……それでたまたま霊夢を見かけた魔理沙も一緒に異変解決と息巻いてるみたいなんですけど」

 

 噛み合わない話。

 さも黒幕的なカリスマと共に登場した紫の前には、話の通じない守矢の二柱が困惑顔で首を傾げている。何事かと視線を向けて来た西宮も、その表情に浮かんでいるのは困惑だ。

 だが、紫が目にした最後の一人。守矢神社の風祝である東風谷早苗は顔色を蒼白にして、『神社って』や『まさか』などといった単語を呟いていた。

 ―――明らかに心当たりがある様子だ。

 

「……東風谷早苗」

「は、はいっ!」

 

 その様子に自然と紫の声が低くなる。

 理由は二つ。まず第一に、守矢神社を招き入れた件は紫にとってもかなりの大事業だった。

 幻想郷のバランスを憂う彼女がバランスを保つ為に行った大事業。それを破綻させかねない行動をしたと思しき早苗に対して寛容になろう筈もない。

 元々世話焼きの傾向のある彼女だが、しかし幻想郷に仇為す者に容赦はしない激情家としての一面もまた、八雲紫という妖怪だ。

 

 第二に博麗の巫女―――特に今代の博麗である霊夢は、紫が幼い頃から見守って来た娘のような存在である。

 元より初代の博麗と共に紫が幻想郷と外とを隔てる博麗大結界を作ってから、紫は全ての代の博麗と大なり小なり交友があった。しかしその紫をしても今代の霊夢は歴代最大の傑物であり、最も手のかかる教え子であり、最も可愛い娘だった。

 その彼女に『異変を起こす』という目的も関係無しに喧嘩を売った形となる早苗に対して紫の視線が鋭くなり、自然と身体から妖力が漏れる。

 しかしその彼女に対して、横合いから待ったがかかった。

 

「すまない、八雲。私達の監督不行き届きだ」

「私からも謝るよ。まずは少し落ち着いてくれないか」

「――――……そうね」

 

 神奈子と諏訪子が紫に声をかける。

 その声を聞き、境界の大妖怪の怒りも勢いを削がれる。息を吐き、早苗に向けていた鋭い視線を引っ込める。残ったのはいつも通りの胡散臭い表情だ。

 しかし早苗は先に向けられた視線と妖力―――即ち彼女がこれまで接して来た優しい『紫さん』ではなく、幻想郷を守る妖怪の賢者『八雲紫』としての姿の片鱗を見た事もあってか、目の端に涙を浮かべて蒼白なまま崩れ落ちそうになっている。

 

 無理もあるまい。霊力の素養こそ歴代博麗に匹敵するほどの物があるが、所詮は妖怪も神々も殆どが力を失った外の世界から来た少女だ。紫のような存在と本気で相対した事など無いのだろう。

 幾ら大きなポカをやらかしたからと言って、たかが数えで20も生きていないような童女に本気で怒りそうになるとは大人げ無かったか。紫が内心でそう考えていると、崩れ落ちかけた早苗を支えるように横に立つ姿が見えた。

 西宮だ。

 

「大丈夫だ、東風谷。落ち着いて深呼吸」

「……は、はい……」

 

 彼の指示通りに早苗は大きく息を吸い、吐く。

 その動作を数度繰り返し終わった所で、彼女は今度は怯える事無く―――いや、怯えながらも逃げはせず、真正面から大妖怪八雲紫の顔を見据えた。

 

「紫様、申し訳ありませんでした。恐らく私は取り返しのつかない事をしたのだと思います。―――今から私の思い当たる心当たりについてお話します。どうか……可能であればどうか、私のみの責任として、御二柱と西宮を責めないで下さい」

「―――良いわ、約束しましょう。言って御覧なさい」

 

 紫はその言葉に胡散臭く笑みを浮かべる。

 大妖怪の圧力に怯え、しかしそれでも逃げずに真正面から向かい合う。

 確かに未だ紫からすれば童女ではあるが、その心根は実に幻想郷に見合った物だ。紫からすれば心地良いと言っても良いだろう。

 

 どうせ紫が二柱を呼んだのだ。ならばその二柱に仕える多少早苗がミスをした所で、理由を聞く程度はしてやっても良いか。

 そう考えながら、紫は早苗に話を促した。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「……やっちゃったね」

「……やっちゃいましたわね」

 

 そしてぽつりぽつりと話し出す早苗の言葉を聞き終わった所で、諏訪子と紫が溜息を吐いた。

 意図せずとはいえ、博麗への明確な宣戦布告だ。

 今更霊夢が言い訳など聞く筈があるまい。何か言う前に弾幕が飛んで来るだろうとは紫の言だ。

 その言葉を聞き、早苗が悲壮な顔でその場に集まっている皆に告げる。

  

「やはり、私が責任を取って謝罪して来ます……。弾幕で撃たれようが何を言われようが、何をされても構いません! 私のせいで御二柱と西宮に迷惑をかけるわけには……」

「黙れ」

 

 それは全てを自分の責任として、この件を無かった事にしようという言葉。

 それに対して紫が、諏訪子が、神奈子が各々の理由から反論を口にしようとする。

 しかしそれらに先んじて真っ先に早苗の言を断ち切ったのは、紫でも諏訪子でも神奈子でもなく、早苗の横に立つ西宮だ。

 彼はいつも閉じ気味の糸目を見開き、睨むように早苗を見ている。

 

「お前が一人で責任取る? 何をされても良い? フザけんじゃねぇぞ、本気で言ってんのか」

「そっ……それ以外にこの件を収める手段があるんですか!? 誰かが責任を取らないといけないなら私が―――」

「良いからちょっと黙ってろ。―――八雲様、一つ提案があります」

「ふぅん? 言って御覧なさい」

 

 いつもは見せないその表情に怯みながらも反論する早苗。しかし西宮はそれを聞かずに彼女を押しのけ、二柱の横にいる紫に向き直り、頭を下げる。

 

 しかし、紫としては西宮に対しての興味は守矢組の中で最も薄い。神奈子と諏訪子が主であり、早苗が従。西宮はその従の従程度の認識だ。

 たかが人間と、どこかで低く見ている面もあるのだろう。以前のやり取りで評価は上方修正され、『人間にしては興味深い』程度には感じているが、逆に言ってしまえばその程度だ。

 特に戦闘能力に関しては、鍛えればある程度は物になるだろうが、現状では見るべき所は無い。異変において戦力になる事は無いだろう。

 

 それ故に紫は西宮が発言を求めた事に対して、非常時故にどこか投げ遣りに応答する。が―――

 

「この一件を以て異変と為し、我ら守矢神社一同で博麗の巫女を迎撃します。調停者たる博麗神社への宣戦布告は、強弁すれば異変と断じる事も出来るのでしょう?」

「―――」

 

 ―――だが、その告げられた言葉に対して、紫は僅かに驚きを顔に出す。

 考えなかったわけではない。むしろ、早苗の話を聞いた後に彼女が真っ先に思い浮かべた解決方法だ。驚きの内容は、彼女が然程重要視していなかった西宮の口からこの意見が出た事である。

 

「……確かに私も同じ事を考えていたわ。妖怪の山の力を示す為に後に異変を起こすのに、この段階で山の神社の風祝たる早苗さんが霊夢に降伏してしまうのは不味い。力を示すどころか却って侮られる原因になりかねなくなる。けれど良く考えたわね」

「八雲様が先にスキマでいらっしゃった時に現状を見て『異変を起こした』と言っておられましたので、この状況は強弁すれば異変と言える状態だと判断しました。ならば予定を繰り上げて、この状況を異変と称して、予定を前倒しして強行する事も出来ると思った次第です」

「良い判断だよ、丈一」

「ああ。早苗一人に責任を負わすなどしてたまるか」

 

 そして言葉を交わす紫と西宮の横で、諏訪子が跳ねるように立ち上がり、神奈子が拳と掌を打ち合わせる。

 神奈子はそのまま強気な笑みを口に浮かべ、紫に向けて声をかける。

 

「八雲紫、丈一の言う通り私達は早苗の宣戦布告を以て異変と為し、博麗の巫女を迎撃する。スペルカードルールに則った異変だ。問題あるまい?」

「ええ、その形式でやって頂き、妖怪の山の力を示す事が出来るならば私としては願ったり叶ったりですわ。―――ですが、力は大丈夫ですか?」

「まだ往時の全力にはやはり劣るな。だが、十分だ。幾ら話に聞く博麗やその相方の霧雨が相手と言えど、人の子一人や二人相手に力を示すならば存分に出来よう」

 

 嘘ではない。しかし本音でもあるまい。

 往時程の力は無いとはいえ、神奈子とて現状で既に天狗が喧嘩を売るのを控える程の神だ。現状の力でも、弾幕を用いた異変というルールの中で力を示すのは可能だろう。

 

 だがそれで確実かと言われれば不安も残る。神奈子は軍神。決して戦を軽視はしない。

 それが例え、スペルカードルールという決め事の中で行われる『異変』であろうとも、可能ならば万全で挑みたかったと言うのが本音だろう。万全を怠ったが故に万が一の筈の敗戦を喫した戦いというのを、彼女は軍神として幾度となく見て来たのだ。

 しかしそれでも、神奈子は現状での異変の開始。即ち開戦を選択する。

 

「そうだね。どの道ここで頭下げても、状況が良い方に転ぶわけでもないだろうし。それにね、早苗は私達の娘も同然だよ。娘に責任取らせて知らんぷりなんて、私は御免だね」

 

 けろけろと楽しそうに笑いながら、諏訪子も戦意を主張する。

 早苗も西宮も知らない事ではあるが、守矢の血族は元々が諏訪子の遠い遠い子孫だ。

 幾千もの世代を重ね薄れた血であるが、確かに血族。加えて娘同然と育てて来た早苗の為。予定の繰り上げ如きがどうしたと言うのか。

 故に諏訪子は戦意の赴くままに手の中に洩矢の鉄の輪を作り出し、それを弄びながら早苗に声をかける。

 

「だからさ、早苗。気にしなくて良いんだよ。私ら迷惑だなんて全然考えてない」

「私も諏訪子に同感だな。失敗したと思ったなら、反省して次に生かせばいい。早苗はそれが出来る子だ」

「諏訪子様、神奈子様……ごめん、なさ……ごめんなざい……」

「そういう時は『ありがとう』だよ」

「そう言う事だ」

「……っ、ひっく……えぐ……!」

 

 まるで恨む様子も無く、朗らかにとすら言って良い様子で笑う二柱。

 自分が愛されている事と、自分を愛してくれる二柱にこんなにも迷惑をかけてしまったと言う事が、彼女の涙腺を緩めてその頬に涙を伝わせていく。

 

 思えば外の世界に残してきてしまった両親も、この二柱と同じくらい自分を愛してくれていた。自分が急に居なくなった事で、彼らはどんなに心配しているだろうか。西宮が居るなら大丈夫かと思ったけど、彼までこちらに来てしまった。

 大丈夫なのだろうか。心配しているだろうか。心配だ。会いたい。

 

 悲しみ、嬉しさ、二柱への情、両親への情、望郷の念。

 それら全てがこの機に一度に溢れ出たかのようだった。

 座り込み童女のように泣き出す早苗。それを見る二柱は困ったように、しかし優しく彼女の頭を一度ずつ撫で、紫に視線を向け直す。

 

「八雲紫、そういう事情だ。迷惑をかける結果になったのは謝るが、その分私達が帳尻を合わせよう。だから早苗を責めないでやってくれ」

「分かりましたわ。―――貴方達を選んだのは間違いでは無かったようですね」

「ちょっと、それ皮肉?」

「いえ、ただの本音です。心からの、ね」

 

 了承の言葉の後に呟いた言葉に、諏訪子が怪訝そうな声で問うてくる。しかし胡散臭い笑みを浮かべながらも、紫のそれは紛れも無い本音だ。

 

 ―――八雲紫は幻想郷を愛している。

 それは彼女がこの幻想郷を創ったというのも大きな理由だが、人と妖怪が隣り合い、時に襲われ時に退治し、それでも互いに友人と言える関係を保っている―――この幻想の楽園の厳しくも不思議な温かさを、彼女が誰よりも愛しているからだ。

 人間を遥かに超える能力を持ちながらも、人間と同じか、或いはそれ以上に情が深い境界の大賢者。彼女にとって外の世界から呼び寄せた守矢神社の面々が見せた家族愛と呼べる物は、非常に好ましい物だった。

 

 ならば、故にこそ―――

 

「―――気が変わりましたわ。今回の異変、私は完全に傍観する心算でしたけど……少しだけ依怙贔屓をしてしまいましょう」

 

 ―――故にこそ、外では生きていけなくなった彼女達には、この幻想郷に根付いて欲しい。

 この異変の中で力を示し、確固たる信仰を勝ち得て欲しい。

 

「元より異変は当事者たちだけで起こす物ではありません。紅魔館の時も白玉楼の時も永遠亭の時もそう。或いはその辺をうろついていた者がたまたま巻き込まれたり、或いは何らかの目的を以て異変の解決に向かう者を妨害したり。それらまで含めて騒ぎを楽しむのが異変の雅というものですわ」

 

 紫は内心に芽生えたその感情のままに嬉しそうな笑みを浮かべ、手にした扇で線を引くようにして、自らの眼前にスキマを開く。

 そしてそこから転がり出た人影が二人。

 

「故に、私が立場上手を出せない現状では、少々派手さが足りません。妖怪の山の麓の方では、八百万の神々や河童などが慌てて霊夢と魔理沙を迎撃してくれるでしょう。ですがそれだけでは派手さに欠ける。この異変をせいぜい派手に優雅に美しく、後に御阿礼の子が編纂するであろう次の幻想郷縁起にて、他の異変に負けない……いえ、凌駕するほどに目立つ物にしてやる為に。――――ご協力下さいな、天狗のお二人」

「……いきなりですね、紫さん。自分に酔った言動と共に唐突な呼び出しありがとうございます」

「あれ? ここどこ? ボクは確か家を出た所で変なスキマに引き摺り込まれ……って、巫女さん泣いてるぅぅぅ!? だ、大丈夫ッスか!? ぽんぽん痛いッスか!?」

 

 スキマからまろび出て来たのは、守矢の面々からすれば見知った顔。

 天狗としては非主流派である烏天狗の射命丸文と、その後輩である犬走椛だった。

 椛が泣いている早苗に気付いて大慌てでそちらに駆けて行き、射命丸は周囲の状況―――戦意丸出しな様子の二柱と自分をわざわざ呼んだ紫を見て、ある程度の状況は察したようだ。

 口元を羽扇で隠しながら、にやりとした笑みを紫に向ける。

 

「―――先程協力して欲しいと仰いましたね、紫さん。謝礼として何が出せますか?」

「天狗の地位を」

 

 しかし紫が口に出した言葉は、射命丸の予想の上。

 韜晦した態度を維持できず、思わず口元が引き攣る射命丸に対して、紫は訥々と言葉を語る。

 

「現在、守矢神社は事情があって予定を前倒しして異変を起こしていますわ。ですが天狗の上層部はこの件に関して恐らく傍観する心算でしょう?」

「……ええ、間違いなく。―――愚かな事に」

「ええ、愚かですわ。そんな事をしては、この幻想郷において天狗の存在感が益々霞んで行く。どのような形でも良い、彼らは積極的にこの異変に関わるべきだと言うに」

 

 憂うような揶揄するような、どちらともつかない―――或いは当人も判断しかねているのかもしれない表情で紫が言った言葉に、しかし対する射命丸は無言。つまりは紫の言に対する消極的な肯定だ。

 その文に対して、紫はつらつらと言葉を続ける。

 

「―――故に射命丸文、貴方は『偶然』取材の帰りに山に侵入する巫女と魔法使いに会って、侵入者を迎撃すると言う『天狗社会の一員のとしての責務を果たす為已むを得ず』彼女達と戦う―――そんなストーリーは如何かしら? 手伝ってくれるならば、そのストーリーの証拠固めとアリバイ工作をこちらで持ちましょう」

「……その結果として天狗は力の一端を示し、その立場は守られる、か。良いでしょう」

 

 商談成立。

 そうとでも言うように、文はポケットに文花帳と羽根ペンを仕舞う。

 そうして守矢神社を出ざま、肩越しに紫に投げかけるのは新聞記者としての慇懃な言葉遣いではない。千年を生きた大妖怪、烏天狗の射命丸として旧知の大妖怪への言葉だ。

 

「乗ってあげるわ、八雲紫。清く正しい新聞記者としてじゃなく、天狗社会の一員として貴方の謀略に乗ってあげる。―――でも一つ聞かせて。こんなに早くに異変を起こしたって事は、何か手違いがあったんでしょ? その辻褄合わせの為に私に手を借りようだなんて、何で貴方はそこまでこの神社に肩入れをする事にしたの?」

「―――そうね。この神社が思いの外、温かく優しかったから……かしら」

「なら仕方ないわね。幻想郷を創った頃からずっと、貴方ってそういうのに弱かったし。椛はこのまま神社に置いて行くわ。貴方達の判断でコキ使って」

 

 呆れたようなその言葉を残し、射命丸は翼を広げて飛び立って行く。

 あとは適当なタイミングで適当に魔理沙と霊夢に勝負を挑み、適当に消耗させて適当に負けてくれるだろうと紫は判断。

 彼女は元来物事の機微には聡い相手だ。既にこの異変を守矢神社が主体となって起こしてしまった以上、天狗の彼女が必要以上に暴れる事は却って無粋だと分かっている。

 故に引き際を見計らって引いてくれるだろうと、紫は旧知の烏天狗への信頼を込めて思考を締めくくった。

 

 そして、交渉を終えた大妖怪二名から少し離れたところでは、また別の話が展開されている。

 

 地べたに座り込み、童女のように泣きじゃくる早苗。そして彼女の横に座り、泣きじゃくるその背を普段のやり取りからは想像できないほど優しく撫でる西宮。

 その西宮に向けて、早苗の周りを周回軌道でオロオロしながら回っていた椛が叫ぶ。

 

「ちょっ、巫女さんガン泣き!? 何したんスか西宮君! アレか!? 胸でも揉んだんスか!?」

「良い感じに脳味噌腐ってるな駄犬。俺じゃねぇから。良いから落ち着け、そこ座れ」

「だが断る! 女の子泣かせるなんて男の風上にも置けねぇッスよ!? それでもボクが戦い方を教えた生徒ッスか!!」

「だから俺じゃねぇっつってんだろ!?」

 

 椛の言葉に叫び返した西宮。

 やれ喧嘩かと思われたが、次の瞬間に彼の手を弱々しく引く手がある。

 泣きじゃくる早苗が、自分の横にいる彼の手を両手で掴んだのだ。

 

「ひっぐ……にし、みや……」

「……ンだよ、泣き虫。お前やんちゃな癖に昔っから泣き虫だったよな」

「……ぐす……えぅ……っぐ……悔、し……」

「……悔しいんだな。ここなら信仰が集められると調子に乗って舞い上がって、結局神奈子様と諏訪子様に負担かけた馬鹿な自分が悔しいんだな?」

 

 歯に衣着せない言葉。それは容赦の無い言動のようだが、しかしある意味では彼が一番対等の立場として早苗に向き合っているという証左だ。

 諏訪子や神奈子のように彼女を庇護すべき対象として見るのではなく、対等の相棒として見ているが故のその言葉に、早苗が涙を堪えながら大きく頷く。

 

「そうだな、俺も悔しい。こうなったのは人里の方での布教を担当していた俺とお前の責任だ。俺が途中から布教をお前に任せて疎かにし、その結果として起こった出来事でもある」

 

 だから、と。

 西宮は自分の手を掴んで泣きじゃくる少女の身体にもう片方の手を添え、抱き寄せる。

 抵抗もせずに泣き顔を自分の胸に埋める形となった早苗に、西宮は苦笑しながら言葉を紡ぐ。

 

「だから、もう少し泣いたら立ち直れ。射命丸さんが暴れた後、御二柱の前に俺達の出番だ。御二柱の負担を減らす為にも、失敗した分は俺達自身で取り返すぞ。――――良いな? 早苗(・・)

「――――……」

 

 そして告げられた言葉に、ぐすっと鼻を啜りながらも早苗は顔を上げる。

 ―――随分と聞いてなかった呼び方だ。思えば小学校の半ばくらいから、互いの呼び方を学友からからかわれるのが嫌で自然と苗字で呼び合うようになったのだった。

 先に呼び方を『東風谷』にしたのは西宮で、それが嫌で当てつけのように自分も『西宮』と呼ぶ事にしたのを思い出す。

 

「……うん」

 

 ずるいと思う。

 勝手に呼び名を変えて、今この時になって勝手に戻すのだ。

 だから自分も今だけはずるくなってやろうと、早苗は自分の幼馴染で相棒である少年に抱きすくめられているこの状況を満喫するように、彼に体重を預ける。

 

「……うん、丈一。頑張ろう!」

 

 そして涙が残る顔で、それでも精一杯の決意を込めて。

 後に幻想郷縁起に『風神録』と記されるこの異変に対し、東風谷早苗は自らの相棒と共に全力で臨む事を決めたのだった。

 

 

 


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