東方西風遊戯   作:もなかそば

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絶対の意地

 

 社務所にある早苗の部屋。便宜上早苗の部屋とは呼ぶが、早苗が外の世界で生活していた部屋は母屋にあったため、幻想郷には来ていない。

 ちなみに外の世界の早苗の部屋は、本棚にはアニメ雑誌やゲーム雑誌、本棚の上やタンスの上にごちゃごちゃとロボットフィギュアが飾られた雑然とした空気から、ベッドやフロアマットの女の子らしい色合いとデザインが無ければ、男子部屋と言って差し支えない様相だった。

 こちらで言う早苗の部屋は社務所の客間の一つだったものであり、畳張りの落ち着いた小さな和室だ。

 

「涙の痕は……消えましたね」

「うん、ちゃんと可愛いから心配しなくて良いわよ」

 

 そんな部屋で、身支度を整え終わった部屋の主が鏡台を覗き込んでいた。

 紫もその後ろから鏡を覗き、太鼓判を押す。目元に残る涙の痕を消す為に、早苗は彼女から借りた化粧品(しかも何故か外の世界の高級品)を用いたのだった。ついでに紫手ずから、簡単なナチュラルメイクを施すオマケ付きだ。

 くすくすと笑みを浮かべながらのその言葉に、早苗がはにかむような表情で肩越しに紫に振り返る。

 

「いやその、可愛いだなんて」

「あら? だって早苗さんはとても可愛らしいわよ。外の世界ではモテモテだったんじゃないの?」

「んー……結構告白とかはされましたけど、信仰を集める方が大事だからご遠慮してましたんで、良く分かりません」

「……あらそう」

「それに、一番身近に居た西宮にはそういう事一度も言われた事ありませんでしたから、自分の容姿について深く考えた事はあまりありませんでしたね」

「彼には今度、女心についてレクチャーしてあげる必要があるわね」

 

 やれやれとでも言いたげに、紫は部屋の入り口へと歩みより、戸を開ける。

 しかし自分は戸の横へ避け、その戸をくぐろうとはせずに穏やかに微笑んだ。

 

「ここから先は貴方一人でお行きなさい。私がする手伝いはここまで。貴方達が霊夢と魔理沙に敵うかどうかは分からないしけど、勝利を祈って貴方達を応援させて頂きますわ」

「はい。――――あの」

「ん?」

「紫さん、本当に申し訳ありませんでした!!」

 

 しかし早苗は戸をくぐる前に、紫に向き直ると思い切り頭を下げる。

 その様子に驚いたのは紫だ。彼女としては謝罪云々は先の話で終わったと思っていたのである。

 

「……頭を上げなさい。その話はもう終わった筈でしょう?」

「ですが……先程、神社の周囲に陣地を作りに行く前に、神奈子様と諏訪子様が仰っていました。紫さんにとっての博麗霊夢さんは、きっと御二柱にとっての私と西宮みたいな存在だって。私は紫さんにとっての大事な人に、無作法に喧嘩を売ってしまったんです。だからそれを聞いて、もう一度謝らなきゃと……」

「……ええ、確かに霊夢は私にとって、御二柱にとっての貴方達のような相手よ。確かにそれで一度、軽く頭に血が上ったのも事実。でも今は貴方を許す心算でいるわ。御二柱のおかげもあるし、貴方自身が好ましい人物であるのも理由の一つ。貴方の相棒である西宮君もね」

 

 くすくすと笑いながら、紫は笑みを浮かべる。

 相変わらず胡散臭いながらも、しかし自らの非を認めて重ねて謝る早苗に向ける視線はどこか優しい。

 

「だけど貴方が気にするというのなら―――そうね、この件が終わったら霊夢と普通に接してあげて貰えるかしら? 異変が終わってこの神社が幻想郷に受け入れられた後で、貴方や西宮君が霊夢の友人となってくれれば、それ以上に嬉しい事はありませんわ」

「分かりました。微力を―――いえ、総力を尽くします!」

「……いや、友人ってそんなに根性入れてなる物じゃないと思うんだけど」

「いえ、何事も全力を尽くすのが私の信条ですので。―――それでは行って参ります!!」

 

 気合の声と共に元気良く戸をくぐり、進んで行く早苗。その背を見ながら大丈夫かなぁという思いが紫の胸に去来するが、同時に大丈夫だろうという根拠の無い楽観も内心で浮かぶ。

 考え無しで無鉄砲。だが根の部分で自らの非を認められる強さと家族を想える優しさがあるこの少女。そして憎まれ口を叩きながらも彼女の横に立つ少年。

 ―――彼らならば多分大丈夫だろう。

 

 根拠の無い楽観、しかし矛盾するようだが根拠はある。

 つまりは彼女が根拠としているのは、根拠と呼べぬ程度の根拠。それは―――

 

「ン千年生きた女の勘ですわ。―――なんてね」

 

 くすりと笑ってそう『根拠』を呟き、彼女はゆったりとした動作で床に座る。

 手助けするだけの事はした。後は神々と、そして西宮と早苗の奮戦を祈っておこう。

 そう結論付けながら、彼女は早苗の背中を見送った。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「―――遅かったな、東風谷。こっちの準備は今しがた終わったぞ。これ以上遅れるようだったら呼びに行った所だ」

「文さんも今負けた所ッス。とはいっても大した怪我も無く、今は迂回ルートでこっちに戻ってこようとしてる所ッスね。神様達の準備は七、八割。も少し時間を稼ぐ必要があるかと。あとにとりはパンツ丸出しで樹に引っ掛かって気絶してるッス」

「会った事も無いその河童、エラく不憫な事になってるなオイ」

 

 そして社務所にある自室から出た早苗を迎えたのは、神社の敷地の外から戻って来た西宮と椛だった。

 何故外から戻って来たのかと言う疑問から、僅かに首を傾げる早苗。

 その様子に気付いたのだろう西宮が、『ああ』と納得したような呟きと共に話を始める。

 

「仕込みだよ。丁度今終わった所だ」

「ボクも手伝ったッス。褒めろ!」

「あ、えぇと……ありがとうございます?」

「褒められたッス! 感謝の気持ちは『かっぷめん』で良いッスよ!」

 

 西宮の横でバタバタと尻尾と両手を振って褒めろアピールをする椛に、早苗は良く分かっていないながらも礼を述べる。

 その全く分かっていない謝礼に気を良くした椛、露骨にお礼の品まで要求するが、やはり安かった。

 

「まぁそれくらいで良いなら、まだまだ備蓄はありますし……ところで西宮、作戦は決まってるんですか?」

「一応な。お前は顔に出るから特に説明はしないでおくぞ。全部終わったらネタばらししてやるから、その時に聞いて驚くなよ? いや、やっぱり驚け」

「どっちですか」

「聞いて驚くなと言うのが定型文だが、やっぱり驚いて欲しいという人情が混ざった」

「まぁ別に良いですけど。西宮がアホなのはいつもの事ですし」

「アホ言うな馬鹿東風谷」

 

 いつも通りの馬鹿な会話。どうやら完全に調子の戻ったと思しき早苗とのやり取りに、どこか嬉しげに口元に笑みを浮かべた西宮。

 ひとしきりいつものやり取りが終わったところで、西宮は横に立っている椛に向き直り、頭を下げる。

 

「椛、色々助かった。射命丸さんにも、戻ってきたら礼を言っておいてくれ。あの人が時間を稼いでくれたから、こちらの仕込みも出来た」

「了解ッス。……作戦実行の方は、ボクは手伝わなくて良いんスか?」

「策を考えると、むしろ俺と東風谷だけの方がやり易い。その気持ちだけ受け取っておくよ」

「手伝えばその貸しを盾にもっと『かっぷめん』を要求できると思ったのに……」

「お前潔いくらい馬鹿で、いっそ好感が持てるな」

 

 呆れながら、飛行術で浮上して高度を取る西宮。

 早苗もそれに続いて浮き上がる。

 

「迎撃場所とかは決めてるんですか?」

「ああ。まずは博麗と霧雨が来る前にそこまで移動するぞ」

「分かりました。―――それと……」

「ん?」

 

 地上では椛が両手を振りながら『頑張れー』と叫んでいる。

 そちらに軽く手を振ってから、目的地―――つまりは霊夢と魔理沙の想定侵攻ルート上に移動を開始する二人。

 そんな中、早苗が拗ねるような表情を西宮に向ける。

 

「……さっき一回だけ『早苗』って呼んだのに、もう『東風谷』に戻りましたね」

「あー……そんな風に呼んだか? 意識してたわけじゃないんだけどな」

「呼びました。私は忘れません」

 

 ぶすっとした表情になって、早苗は西宮を追い越すように速度を上げる。

 追い越された西宮は呆れたような目線を早苗に向けつつ、ぼそりと呟く。

 

「お前だって『丈一』とか呼んだだろ。お前にそう呼ばれるのが懐かし過ぎて、こっちこそ驚いたっつの」

「元は貴方が他の子にからかわれて、私の事を名前で呼ばなくなっちゃったんじゃないですか」

「お前だって俺の事を名前で呼ばなくなったろ」

「それは貴方が私の事を名前で呼ばなくなったからです」

 

 ふん、と顔を背ける早苗。

 機嫌を損ねた事を確信させるその動作に、西宮は溜息を吐く。

 これから巫女と魔法使いを迎撃するのにこれで大丈夫なのかと内心思う西宮だが、先行する早苗が顔はそっぽを向いたままで質問を投げかけて来た。

 

「作戦の詳細は聞きませんけど、一つ教えて下さい。勝算はどれくらいありますか?」

「まず異変の内容を考えると、どちらかには神奈子様と諏訪子様の所まで辿り着いて貰わないと困る。博麗は多分俺達の手には負えないから、狙いは霧雨。奴を神奈子様と諏訪子様の所まで行かせなくすれば目的達成で、成功の可能性は三割って所だな」

「ねぇ、それかなり低くないですか?」

「高いぜ。少なくとも幻想入りしたばかりの俺達が、異変解決の専門家相手に出し抜ける確率としちゃ破格だろ。―――それに三割ありゃクリーンナップは張れるさ。そう悪い賭けじゃない」

「私、野球はあんまり見ないんですけどね」

 

 西宮が告げた言葉に、早苗は小さく肩を竦める。

 

 ―――異変の目的は勝敗に関わらず、守矢神社の力を山の内外に示す事。

 故に霊夢か魔理沙―――可能ならば調停者である博麗の巫女に、神奈子と諏訪子の元まで辿り着いて貰わねばならない。それは大前提の一つだ。

 しかし先程神社を出る際に椛が言っていた、『神々の準備は七、八割』という事を考えるとこのまま通す訳にも行かない。

 

 つまり西宮と早苗に求められる役目も、先の射命丸に近い。

 『時間を稼ぎながら、可能ならば敵の力を削ぐ』というその目的。射命丸と違うのは、早苗と西宮には彼女のように手加減する余裕など無いだろうし、全力をぶつけても勝利はおろか、撤退に追い込む事すら逆立ちしても不可能だろうという点だ。

 

 ならば西宮の言う成功率三割に賭けてみるのも悪くは無いだろう。

 神奈子と諏訪子が力を示すだけならば博麗の巫女相手で十分。魔理沙まで行かせてしまうのは、未だ本調子とは言えない神々に余計な負担を与える事となる。

 故に彼女は、可能ならばここで追い返す。

 

「……分かりました。成功率三割に乗りましょう。大丈夫、必ず出来ます」

「その根拠の無い自信が出て来る不思議な方程式は何だよ。根拠無いだろ絶対」

「まさか。方程式と言うか、根拠はあります」

 

 早苗が西宮の方に振りかえり、くすりと笑う。

 それも先程までの拗ねた表情ではなく、むしろ相手を信頼し切った無垢な笑顔で。

 

「西宮はさっき、『失敗した分は俺達自身で取り返す』と言いました。貴方はあんな状況で嘘を吐くような人じゃない。私は貴方とその言葉を信じます」

「―――……っ反則だろ、それ」

「ふふっ」

 

 その笑顔に、今度は西宮が顔を逸らす。

 明らかに照れたその様子に、早苗がしてやったりとでも言うように含み笑いを漏らした。

 そしてひとしきり笑い終わった所で、飛行しながら早苗が西宮に近付き声をかける。

 開戦前の、最後の作戦会議だ。

 

「―――それじゃ、西宮。信頼してますから、その作戦を成功させる為に私が何をしたらいいのかを教えて下さい」

「……ああ。お前の役割は難しいが単純だ。それは――――」

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「勝った気がしねー。あいつまだ余力残してただろ絶対」

「良いじゃない。そうだとしても、私達も余力を残したまま進めたわけだもの」

 

 そして、程無くして。

 霊夢と魔理沙は妖怪の山の七合目辺りを飛行しながら、そのような言葉を交わしていた。

 眼下の山は鬱蒼と木々が茂っており、人の立ち入らない妖怪の山らしさを醸し出している。

 

 彼女達からすればどういうわけか、山に入れば煩いだろうと思われた天狗の姿も射命丸以外に見る事は無く、彼女相手に少々手こずったものの他にはさしたる問題も無くここまで来る事が出来た。

 最も、魔理沙はその射命丸戦に少々不満が残っているようだが。

 

「なーんか不完全燃焼なんだよなぁ。そろそろ目的の神社の関係者が来ても良い頃合いだろうし、次の相手はまだかよ」

「私は楽な方が良いんだけど」

 

 そのような会話を交わしながら飛ぶ二人。

 しかし次の瞬間、

 

「噂をすれば、ね」

「甘いぜ!」

 

 両者は全く同時に回避行動に入る。

 霊夢はゆるゆると流れるように、魔理沙は鋭く直線的に。

 全く質の違う動きながらも、両者は各々自分に飛んで来た弾幕を回避した。

 

 霊夢の勘に従って進んでいた彼女達の前方―――即ち神社の方角から飛んで来た弾幕。

 それは共に同種の御札を媒介とした物であり、しかし別の個人の放った物だった。

 

「ここから先は通しません、博麗の巫女! 私が相手です!」

「……誰よアンタ。その格好から察するに少し色が違うけど巫女? ……って言う事は、あのふざけた宣戦布告を出した神社の一員ね」

 

 霊夢の方へと荒削りながらも強い霊力で弾幕を放ったのは、青と白の風祝の衣装を身に纏った少女、東風谷早苗。

 大幣を手に高々と戦意を叫ぶ彼女に対して、霊夢は三白眼で睨みつけながらもお祓い棒を手に構える。

 

「よぉ、久しぶり……って程でも無いか? “普通の魔法使い”」

「そうだな。だが私としてはお前に少し用と恨みがあるぜ、西宮」

 

 そして魔理沙の方へと霊力は弱いながらも死角を突くような嫌らしい配置の弾幕を放ったのは、ジーンズとシャツに上着を羽織ったラフな格好の少年、西宮丈一。

 多少の因縁のある両者は、互いに好戦的な笑みを口元に浮かべて睨み合う。

 

 ―――奇しくも大きく迂回しながらも速度と地の利で大きく霊夢達に勝る射命丸が、守矢神社で待つ椛と紫の元に辿り着いたのと同時。

 風神録異変は第五段階(ステージ)に突入する。

 

 

 

「“秘術”・グレイソーマタージ!!」

 

 四者の中で真っ先に戦闘の口火を切ったのは早苗だった。

 弾幕をバラ撒きながら霊夢に突撃。その愚直な突撃に対して、霊夢は嫌そうな顔で距離を置こうとする。

 

「ああもう、近付いて来ないでよね」

 

 突撃した早苗から距離を置くように、霊夢はこれまで進んで来たルートからやや脇へそれる形で山中へ飛び込んで行った。

 博麗の戦い方は元々が結界を多用する、攻か防かと言われれば防の戦い方。加えて霊夢自体のスタンスが剛か柔かで言われれば完全な柔だ。

 初手からスペルを展開しながらの突撃に、彼女はそのスペルを避け、結界で受け流しつつ距離を取る事を選択した。

 

 これはある意味、早苗がそうさせたと言うよりも射命丸の功績と言えるだろう。

 『どちらかと言えば』防であるだけで、霊夢自身は攻撃能力とて相当な物だ。

 しかし彼女は目の前の相手を『それなりに出来る』と判断すると同時に、『普通にやっても負ける相手ではない』と直感していた。

 

 弾幕ルールの第一人者としての経験、そして彼女ならではの勘で導かれたそれは、完全な正解だ。早苗と霊夢の両者の戦力は、霊夢がスペルの一つも使わなかったとしても、万一にも早苗の勝利は無いという程の差だ。

 故に彼女は相手の能力を把握し切り―――だからこそ後退防御を選択させられてしまったのだ。

 理由は先にも言った通り、射命丸戦―――正確に言うならば、霊夢が射命丸相手に受けた消耗が原因である。

 

 彼女の乱入の直前まで戦っていた河童までは、霊夢にとっても魔理沙にとっても強敵と言える相手は居なかった。

 しかし射命丸は霊夢と魔理沙相手に一歩も引かぬ戦いを見せ、彼女達の双方に陰陽玉や退魔針などのアイテムの使用おろか、スペルカードまで使わせるという消耗を強いて来たのだ。

 

 ―――霊夢の勘では、目の前の巫女は黒幕ではない。

 とすればこの巫女の先にボスが待っている事となる。故にこれ以上の消耗を抑える為にも、彼女は時間をかけてでも消耗を抑える戦い方をせざるを得ない。

 故に事故の起きやすい近距離戦ではなく、見切りのし易い遠距離戦。

 誘導弾というどこに居ても相手を追尾する弾幕を多用する彼女にとっては、近距離よりも遠距離の方がやり易い為というのもある。

 近距離でもやってやれない事は無いが、近すぎると『誘導性』という弾幕の持ち味が殺されるのだ。

 

 故にこの場で彼女が選択するのは遠距離戦。

 安全に、確実に、面倒無く勝つ為に。

 しかし―――

 

「まだまだです! 逃がしませんよ――――“奇跡”・白昼の客星!!」

「ああもう、面倒臭いわねぇ……!!」

 

 ―――しかし、早苗はそれをさせまいと続けざまにスペルを放ちながら距離を詰める。

 故に霊夢は距離を取る。

 早苗は明らかにオーバーペースなスペルの連射だ。対する霊夢は引いて時間を稼ぎさえすれば、相手は長くは体力がもつまいという見方もあるのだろう。

 

 そして結果として、彼女達は魔理沙と西宮から大きく引き離される。

 ―――そう、西宮が早苗に授けた作戦通りに。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 そして西宮は魔理沙と対峙しながら、早苗が霊夢と共に飛び去って行くのを横目で見ていた。

 魔理沙も同様だが、こちらは初めて見る相手である早苗の能力を警戒していたので、迂闊に動こうとはしなかったというのが強いだろう。

 西宮の側は、まずは作戦通りに事が運んだ事に内心で胸を撫で下ろしている状態だ。

 

 彼が早苗に出していた指示は単純だ。

 『初手から全力を出して、博麗霊夢を引き離せ』。

 それは紫から聞いた博麗霊夢という少女の戦闘スタイルと性格、そして射命丸との戦いで予想される消耗などを計算した上での言葉だった。

 

 攻より防。剛より柔。そして無駄と面倒を嫌う怠惰者。

 ならば全力で弾幕を放ちながら突っ込んで来る相手に正面切って付き合う愚を犯さず、まずは距離を取るだろうと読んだ上の指示。霊夢自身が消耗しているなら尚更だ。

 

 そしてその読み通り霊夢は距離を取り―――つまりここから離れて行った。

 博麗の巫女相手に囮をやるという難易度の高い役目だったが、早苗はどうやらその役目を十全に果たしてくれているようである。

 遠くから聞こえる弾幕音に早苗の奮戦を感じながら、西宮は魔理沙に声をかける。

 

「さて、向こうは盛り上がってるみたいだし……こっちもそろそろ始めるか」

「おいおい西宮。本気で私相手にやり合う心算か? 見た感じお前、霊夢を引き付けてった青白巫女より弱いだろ。感じる霊力、飛行の慣れ、さっきの弾幕の威力。全てが青白以下だぜ?」

「その心算だよ、霧雨魔理沙。見た感じどころか事実としてその分析は正しい。―――けどな、生憎とこっちにも理由があるんだよ。神様の『神託』でもあるしな」

「ハッ、神託ねぇ」

 

 十間ほどの距離を置いて、妖怪の山の山中で対峙する西宮と魔理沙。

 しかし魔理沙は眼前の敵の言葉を鼻で笑う。

 神託に従う―――それは即ち、この場で戦う理由を他人任せにしている事に他ならない。

 

 同じ誰かに仕える立場でも、妖夢や咲夜や鈴仙は自分の意思で誰に言われるでもなく、主人を守る為に前に出て来ていた。それに比べると、この理由は些か興醒めだと魔理沙は思う。

 粋に華麗に美しく、人妖神霊が対等に決闘する(あそぶ)舞台。序盤戦で巻き込まれる程度ならまだしも、この終盤戦に踏み込んでくるのにその理由は、彼女の美学にはそぐわない。

 

「なんだそりゃ、そんな理由で私と弾幕()り合う心算かよ。そいつはちょいと粋じゃないぜ。弾幕ごっこの何たるかが分かってないな」

「仕方ねーだろ。……なぁ霧雨。俺が受けた神託ってな何だと思う?」

「あ? ……そうだな、神社を守れだの我に従えだの、そういうのじゃないのか? 私にゃ分からん感覚だが、神様直々にそう言われるってな信者としちゃ誉れなんだろ?」

「そりゃ俺にも理解できねーな。だいたい当時は神も仏も信じて無かった俺がいきなりそんな神託告げられて喜ぶかよ。そういうもんじゃねぇのさ、ウチの神様達が外の世界で今にも消えそうな有様で、最初に俺にくれた『神託』はよ」

 

 口の端を歪め、糸目を見開き好戦的に笑う西宮。

 両の袖口から飛び出した札がその手に握られ、ギラギラとした目が実力差を覆して勝機を掴む機を逃すまいと魔理沙を睨み付ける。

 

 それを見た彼女は半ば本能的に直感する。先程までの自分の物言いは間違いだ。

 こいつは言われるがままに勝負に踏み込んで来たわけではない。確固とした自分の意思でここに立っている。

 

 そう感じた瞬間、粋ではない理由で弾幕勝負に踏み込んで来た相手に醒めた筈だった興が、再度燃え上がるのを感じる。

 成り行きでブチのめした神様やら河童とも、手加減宣言をしながらかかって来た天狗とも違う。

 強い弱いの問題じゃない。―――面白い。

 霊力も弾幕慣れも弱いが、それでも本気で勝ちに来ている目だ。彼女はそういう目は嫌いじゃない。

 

「……随分とまぁノッてるみたいじゃないか、西宮。お前はこの先の神社に居る神様に何を言われたってんだ? 聞かせろよ、オフレコにしといてやる」

「『早苗を泣かすな』だとよ」

 

 そして西宮が苦笑交じりに告げた言葉に、魔理沙がぽかんと口を開けて硬直する。

 彼女からすれば、それは余りに慮外の言葉だ。

 神々が告げる神託としては余りに陳腐で、しかし故にこそ――――

 

「だったらよ、なぁオイ! ―――今にも消えそうな有様で、無鉄砲でガキ丸出しな風祝にしか姿を見られない分際で! それでもその風祝を想って告げられた言葉があって、更にその風祝がイイ女だってんなら、そりゃ叶えなきゃ男が廃るってモンだろうよ!!」

 

 ―――故にこそ、その陳腐な神託がこの男の軸だ。

 自分が傷つけて泣かせた少女を二度と泣かせるまいとする、下らなく陳腐な意地。

 西宮丈一は高らかに下らない、しかし彼にとって絶対の意地を叫ぶ。

 

 結局の所、この幻想郷での異変など、殆どが下らない意地や我儘のぶつかり合いだ。

 故にこそ―――そんな理由で立つ西宮の姿は、幻想郷の一員として相応しいものとして魔理沙の目に映った。

 

「―――良いね、痛快だ。理由があんまりにも私好み過ぎて笑えて来る。この恋色の魔法使いこと魔理沙さんをして、ちょっとばかり胸が震えたぜ。エイプキラーだの何だのフザけた呼び方しておいて、お前あの巫女大好きなんじゃねーかよ」

「正確には巫女じゃなくて風祝ってんだけどな。まぁお前と最初に会った時は面倒だから巫女って解説したけど」

「まぁ何でも良いさ。アレだ、理由は知らんが私らが行くとあの巫女……風祝だっけか? まぁ、そいつが泣くんだろ?」

「ああ。そもそもこの異変は割とあいつのミスで始まった側面が強い。だから自分のせいで神様や俺に迷惑かけたのが申し訳ないとかで、さっきはピーピー泣いていてな。……だから、これ以上あいつを泣かせない為にも、お前はここで退場願う」

「心地良いね。痛く痺れる。―――けど、異変解決は私のライフワークだ。こればっかりは譲れないな」

 

 互いに強気に笑む魔理沙と西宮の視線が交錯する。

 これ以上の言葉は不要。今は異変のど真ん中で、両者の意見は対立中。

 ならばこう言う時にどうすれば良いのかは、幻想郷の住人ならば皆分かっている。

 

「どっちの意見が通るかは――――」

「――――弾幕で決めるってなぁ!」

 

 そして両者は全く同時に弾幕を展開しながら、妖怪の山の中にての弾幕戦を開始した。

 

 




朗報:小説家になろうのパスワード再取得成功
あちらの活動報告にも書きました。当人です。


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