東方西風遊戯   作:もなかそば

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決着

「椛、状況はどう?」

「そうッスねー……にとりはパンツ丸出しッス」

「そこはどうでも良いわ」

「あいッス」

 

 守矢神社の屋根の上にて、二人の天狗が会話を交わしていた。

 片方は守矢神社への待機を指示された犬走椛。そしてもう片方は、幻想郷最速とすら評される飛行速度(はやさ)で、迂回ルートを使いながらも霊夢達より早く神社に到着した射命丸であった。

 

 そして射命丸文、まさかの自分が吹っ飛ばした相手の行く末をスルー。

 未だにしましまパンツ丸出しで樹に引っ掛かっているにとりの存在は、彼女達の会話から秒で省かれた。

 

「……んー、早苗さんは善戦してるッスね。とは言っても、弾幕もスペカも飛行もどれもこれもオーバーペースに見えるッス。長時間はもたないッスよ」

「そちらは多分、引き付け役ね。霊夢はどうにもならないのは、風祝と信者のタッグにも分かってたでしょ。紫から話を聞いてたみたいだし。―――だとしたら、何か仕掛けるとしたら本命は魔理沙の方。椛、そっちは?」

「まぁ、作戦通りの展開ッスね」

「作戦通り?」

 

 神社の上にて椛は自身の能力である千里眼を用いて、射命丸の指示でこの場から早苗と西宮の各々の戦いをモニターしていた。

 その椛が返した西宮側の戦況についての言葉に、文が鸚鵡返しに聞き返す。

 対する椛は、『仕込み』を行った時に西宮から聞いていた言葉を思い出そうとして、

 

「やっべぇ七割忘れた」

「……凄いわ貴方の記憶力。良いから覚えてる事だけ言いなさい。あと現状」

「えーと、魔法使いさんの立場なら、弱っちい西宮君相手にスペカを放って一気に終わらせるような無駄遣いはしないだろうとか何とか。で、その予想通り、現状は追いまくられてるけど通常弾幕のみなんで、辛うじて逃げ回れてる所ッス。逃げながら向かう場所は―――地図で言うとここッスね」

「―――へぇ」

 

 思い出し切れなかった椛の言葉に、射命丸が頭痛を堪えるようにして返す。

 しかし椛が首を傾げながら返した断片的な台詞と、彼女のポケットから出された皺だらけの地図に示された目的地に、彼女の口元が笑みの形に歪んだ。

 

 元々が射命丸文は頭の回転がかなり早い妖怪だ。

 その言葉と椛が連れて行かれずに置いて行かれた事実から、ほぼ正確に西宮の意図を読み取っていた。

 

 椛を連れて行かなかった理由は、彼我の戦力差が縮まり過ぎた事で霊夢や魔理沙に本気を出させない(・・・・・)為。

 個々の戦闘能力はともかく、三対二という数的不利のある状況になったならば、流石に魔理沙や霊夢とてスペルの消耗を抑えたまま勝とうとは思うまい。

 

 妙な話だが圧倒的に不利な状況であるからこそ、西宮と早苗は辛うじて戦闘を継続出来ていた。

 遠からず負ける事が確定している相手に無駄にスペルを使う愚を魔理沙と霊夢が厭ったからであり、その結果として西宮は逃げ回り―――

 

「逃げ回った先には、面白い物があるわね。―――そこまで引き込む、か」

 

 ―――そう、これは誘い込みだ。

 窮鼠は猫を噛む為に、自らのフィールドに相手を誘い込む。

 ならば誘い込んだ先に待っているのは―――

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「どうしたどうした!? 大見得切ったってのに逃げ回るばかりかよ西宮!」

「言ってろ火力馬鹿が! 反撃して欲しけりゃもうちょい加減しやがれ!!」

「お前地味に滅茶苦茶言ってるなぁ!?」

 

 椛の見る先―――つまりは西宮と魔理沙の戦闘は一方的な展開だった。

 地上すれすれを飛び回る、否、正確に言うならば駆け回る(・・・・)西宮に対し、魔理沙が上空から一方的に攻撃を加えている。そんな状況だ。

 

「しかしお前、珍しい移動の仕方してるな」

「そうしねぇと避けれねーだろうが!!」

 

 上空からの魔理沙の声に怒鳴り返した西宮がやっているのは、弾幕勝負の定石である空中戦―――ではない。

 攻撃をほぼ放棄しているが故の、地面を転がるようにして逃げ回る地上戦だ。

 

 飛行術にもタイプがある。例えば風を操って自らを飛ばす物や、自らの身体を軽くさせて浮遊させる物が一般的だろうか。

 それ以外にもベクトル云々重力云々と色々あるが、先述の代表的な二つのうち前者は弾幕にも応用が効き、後者は体捌きの面で応用が効く。

 西宮が習得しているのは後者だ。

 

 結果として彼がこの戦闘で選択したのは、飛行術で自らの身体を軽くし、ギリギリの低空で飛行しつつ、要所要所で足を使って駆け回る事だった。

 加減速と方向転換を足で行うそれは、熟練した飛行技術を持つ相手から比べれば稚拙な技だ。少なくとも弾幕勝負に慣れ、飛行に習熟した人妖がそれをわざわざ行うメリットは無い。

 

 移動の自由度で見てもそうであるし、空中ならばグレイズすればどこかへ飛んで行くだけの至近弾が、対地攻撃として放たれた場合には地面で爆ぜ、弾幕自体の余波や飛散する飛礫などで却って危険だと言うデメリットもある。実際、西宮は直撃弾こそ無い物の既に余波や飛礫でボロボロだ。

 更には何も無い平原などならばまだしも、ここは障害物の多い山中だ。地上すれすれで戦うならば、岩なり木々なりに衝突する危険もある。

 

 しかし飛行に不慣れな西宮にとっては、不慣れな飛行を行うよりも加減速と方向転換が急角度で行えるこの移動方法は都合が良かった。

 少なくとも不慣れな飛行で空中戦を挑んでいれば、最初の十秒で落とされていただろう。

 

 魔理沙側としても、地上の敵を相手に戦うのは不慣れだというのは大きい。西宮にとっては移動上の障害物である木々や岩が、魔理沙にとっては射撃上の障害物になっているのだ。

 霧雨魔理沙の弾幕は威力こそ高いが、レーザー系とマジックミサイルという直進弾が主体。―――誘導弾系の物が無く、この手の射線妨害に極めて弱い。

 紫から聞いた魔理沙の戦闘スタイルから西宮が得た情報だ。

 

 元来であればスペルを使っていない状態とはいえ、魔理沙自身が元々非常に高い攻撃能力を持つ魔法使いである。

 霊夢が『柔』で『防』ならば、魔理沙は完全な『剛』で『攻』。正面切っての撃ち合いを最も得意とするタイプだ。付け焼刃の戦闘経験しか無い西宮が真っ向から相手をすれば、本来であれば相手にもならない事は請け合いだろう。

 そう考えた上での、魔理沙が不慣れな対地戦。

 加えて西宮自身が要所要所で御札や霊弾で相殺を狙い、或いは威力を削いでいる事まで含めて、彼我の実力差を考えれば脅威的な粘りと言える。

 

 そしてその脅威的な粘りを支えるのは、ひとえにその付け焼刃の戦闘経験(・・・・・・・・・)のおかげだった。

 たかが数日の攻防で劇的に戦闘能力が向上するわけではない。技術も体力も身に着くには圧倒的に時間が足りない。多少マシになり、幾らか慣れるのが精々だ。

 或いは霊夢や、そこまで行かなくとも早苗程の才能があれば話は違うのだろうが、生憎と西宮はそこまでの才は無い。

 

 だがその『多少マシになった』こそが、西宮を幾度も被弾から救っている。

 椛とて天狗。それも射命丸文に付き合ってあちこちに出向いている、見た目と言動にそぐわぬ実戦経験豊富な天狗だ。

 彼女相手に身に付けた技術が、僅かな差で西宮の敗北を押し留めている。

 

「もう少し……ッ!!」

 

 そしてギリギリで敗北を回避しながら、西宮は山中のある一箇所を目指していた。

 そこは山中にある巨木を目印として椛と『仕込み』をした場所。即ち、窮鼠が猫を噛む為のフィールドだ。

 

「いつまで追い駆けっこを続ける心算だよ! あんまり私は気の長い方じゃないんだぜ!?」

 

 上空から僅かに苛立ちを含んだ魔理沙の声が響く。

 この追い駆けっこは、どうやら彼女のお気には召さなかったらしい。

 魔理沙が遂に一切合財吹き飛ばすために上空からスペルを放とうかさえ考え始めた瞬間―――西宮はこの戦いが始まって初めて足を止めた。

 

「―――そりゃ悪かった。退屈させた礼だ」

 

 飛礫、泥、至近弾で上着はボロボロ。

 所々肌から血が滲み、肩で息をしている西宮が、しかし満身創痍で上空の魔理沙に攻撃的に歯を剥いた笑みを向ける。

 すぐ傍には樹齢千年を越えるであろう巨木。その巨木に寄りかかるようにして、西宮は懐から一枚のカードを取りだした。

 それを見た魔理沙が、嬉しそうな声で地上の西宮に向けて叫ぶ。

 

「スペルカード……! ハッ、やっとやる気になったかよ西宮!!」

「悪いな、ちょっと俺だけの力じゃ撃てないからよ。―――お前をここまでエスコートしてやる必要があったわけだ」

 

 そう言いながら、彼は片手にスペルカードを持ち、もう片方の手ですぐ傍の巨木に触れる。

 樹齢千年を越えて、既に霊樹(・・)となり自らが霊力を持っているその巨木に。

 その霊樹の周囲には、木々に紛れるように多くの御札。霊樹の霊力を引き出すための陣地であると、魔理沙はその魔法知識から直感的に判別した。

 ―――この場所まで釣り出された。その事に魔理沙の目が見開かれる。

 

「お前、最初から―――ッ!!」

 

 そして、その驚愕する魔理沙に向けて、西宮は高らかに自身のスペルカードの名を告げる。

 命名決闘法―――スペルカードルール、転じて弾幕ごっこというのは幻想郷では女の遊びなどと称されている。その要因は色々あろうが、その分析は後にして。

 ともあれそれでも今の幻想郷で異変を起こすならば、弾幕勝負は避けて通れない。

 ノリノリでスペルカードを考える早苗に急かされるように、そうであるならばと二枚だけ作ったスペルカードの、そのうち一枚。西宮にとっては紛れもない切り札だ。

 

「―――“禊祓”(みそぎはらえ)黄泉返り(よもつがえり)!!」

 

 黄泉返り(よもつがえり)

 ―――古事記曰く、かつて黄泉の国へとイザナミを連れ戻しに行ったイザナギが、しかし黄泉の住人と化したイザナミと黄泉の住人達に追いまくられて逃げ出した出来事だ。

 結局イザナギは大岩で黄泉の国への道を塞ぎ、その大岩を挟んでイザナミとイザナギは互いにこう告げた。

 

 『私はこれから毎日、一日に千人ずつ殺そう』

 『それなら私は人間が決して滅びないよう、一日に千五百人生ませよう』

 

 それが人間の生死を現す始まりとなったとされているその逸話。

 語られた人の生死の如く、西宮の眼前に生まれた霊弾が消滅と再生を繰り返しながらも、徐々にその数を増やしていく。

 

 碧の単色のみという、美しさという概念においては些かセンスに欠ける弾幕であるが、その弾数は侮れない。このスペルのみで見るならば、それは西宮の地力で起こし得る事象を大きく超えている。

 であれば何がこれを起こしたかというと、西宮が霊力を借りている霊樹―――正確に言うならば、この場の霊地の力である。

 

 ―――霊地、という概念がある。龍脈と言い換えれば、紅魔館の門番辺りが詳しいだろう。パワースポットと言っても良い。

 とにかく霊的な強い力の『溜まり場』と思えば分かり易い。外の世界に残る樹齢幾千年などという霊樹の周辺などがそれに当たるだろう。

 その『溜まり場』で修行する事で強い力を得たり、その力を借りて何らかの呪いが行われたりといった例は枚挙に暇が無いだろう。

 或いは古来から怪奇が頻発していた場所は、何らかの霊地であった可能性があった―――などとは大和の地を古い時代から眺め続けて来た守矢の二柱の言葉だ。 

 

 そう、『怪奇が頻発していた場所』だ。となればこの妖怪の山も、その最たる地の一つであろう。

 加えて天狗は元々が修験者と関わりの深い妖怪。その修験者が篭る山々にも霊地は多かった。

 であれば、その天狗が住み怪奇が頻発している場所である妖怪の山、必ずや何らかの霊地がある筈と当たりを付け、西宮が椛に見せて貰った地図に書いてあったのがこの霊樹だ。

 

 後は魔理沙が来る前に大急ぎでこの樹が霊地である事を確認すると同時に、今神々が神社でやっているのと同様に、御札を使ってこの霊樹周辺に簡単に陣地を作っておいた。

 そこまで込み入った物を作る必要はない。要はここに来るまでに油断している魔理沙に向けて、霊樹の力を借りたスペルカードを全力で叩き込む。その為の下地さえできていれば良いのだ。

 結果、椛の手を借りた西宮は短時間でこの場の『仕込み』を完了。

 そして辛うじてここまで魔理沙を誘い込み、自らの力だけでは決して届かない筈の“普通の魔法使い”へ向け、霊樹の力を借りた渾身のスペルカードが放たれる。

 

 かくして一連のピースは重なり合い、一つの策へと昇華される。

 射命丸の手による魔理沙の消耗、椛の手による西宮への特訓、事前に出来ていた因縁、紫から得ていた魔理沙の情報、魔理沙自身の油断、この場の地理。何れが欠けても成り立たなかったであろう策が成った。

 

 神話に謳われた逸話の如く、霊弾は再生と消滅を繰り返しながらも数を増やし、遂には膨大な数を誇る弾幕となって魔理沙へと襲い掛かる。

 個々の威力は決して高くはない西宮の弾幕が、しかし霊樹の力を借りて、初めてここで魔理沙に届き得る牙となった。

 

「―――っ!!」

 

 回避は困難。

 油断と驚きが僅かに彼女の身体を硬直させ、迫り来る弾幕への回避の機を奪う。

 

 そして――――

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「―――待っているのは、恐らく策。それも二重三重に考えられた……お見事だわ」

 

 そう呟く文は、しかし苦笑を浮かべて首を振る。

 嗚呼、上出来だ。持ち得る手札を全て生かした最上とすら言える。彼は大変良く頑張った。

 

 だが。

 だが、それでも―――

 

「―――それでも、たかが策の一つや二つでどうにかなるほど、霧雨魔理沙は甘くない。それで倒せるような相手ならば、彼女は博麗霊夢と共に幾つもの異変を解決するなんて出来なかったわ」

 

 ―――それでも、霧雨魔理沙には届かない。

 

 

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 ―――そして。

 

「“恋符”・マスタースパーク!!」

 

 回避を諦めた魔理沙が掲げたマジックアイテム――――ミニ八卦炉から放たれた魔砲が、練られた策と放たれた霊弾ごと、西宮丈一を飲み込んだ。

 

 

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 遠くから聞こえて来た轟音とそちらで解放された巨大な魔砲に、博麗霊夢は彼女にしては珍しく僅かに目を見開いた。

 見覚えが無いわけではない。むしろかなり見慣れたスペルカードだ。或いは自分のスペルを除けば、最も目にする機会が多いスペルカードとも言えるだろう。

 

 『“恋符”・マスタースパーク』。

 霧雨魔理沙という少女の十八番にして代名詞にして切り札(・・・)

 彼女とて馬鹿ではない。これから先、恐らく神社に黒幕が待っていて、最低でももう一戦はあるのは分かっている筈。

 となると彼女がここで切り札を切った理由は、

 

「―――使わされた、か。やるわねアンタの相棒。雑魚に見えたのに、魔理沙に切り札一つ切らせるまで追い込んだなんて」

「……今のが何なのか、分かるんですか」

「マスタースパーク。魔理沙の代名詞で、切り札よ」

 

 呟いた霊夢に対し、正面方向から問いが投げかけられる。

 現在位置は空中。山中にて空に浮かび向かい合い、彼女に問いを投げかけて来るのは青白の風祝―――東風谷早苗だ。

 先程から霊夢と弾幕戦を行っていた彼女は、しかしこれまで霊夢相手に善戦した代償として、既に肩で息をするほど疲れ切っていた。

 

 とにかくスペルを連射し、霊力を惜しみなくつぎ込み、集中力も体力も何もかも全てを短期決戦の心算でねじ込んだ。

 故に博麗霊夢相手にこれまで戦えたのだが、既にそのいずれも限界。

 完全な詰み。そう言える状況でありながら、早苗は僅かに笑っていた。

 

「……向こうは西宮に任せました。私は西宮を信じます」

「そりゃまた随分な信頼ね。……けど、流石にあの霊力で魔理沙に勝てるとは思えないわよ」

「かもしれません。ですが、私には今更向こうに出来る事はありません。私にとっての今の問題は、貴方です」

 

 魔理沙の相手をしている西宮。彼に対して、今早苗が出来る事は何も無い。

 敢えて言うならば、信じる事か心配する事。彼女は前者を選んだ。

 

 その彼女が信じる相棒が、この戦いにあたって早苗に授けた策は一つ。

 全力を出して博麗の巫女を引き付ける事だけなのだが、その役目は既に終わったと考えて良いだろう。

 魔理沙と西宮の方でも大きな動きがあったし、そもそも早苗が限界だ。これ以上その役目を継続する事は出来ない。

 

 そして授けられた策とは別に、策ではない助言が一つだけ。

 『気になるようなら、引き付けついでにその巫女相手に言いたい事を言っちまえ』。

 それが西宮が作戦会議の終わり際、早苗に告げた言葉だった。

 

「……私が抱いてた博麗さんへの後ろめたさ、多分彼は分かってたんでしょうね」

 

 弾幕勝負故に距離を置いて対峙している霊夢には届かないような声音で、早苗は苦笑と共に呟く。

 この異変の原因となった自分の行動。今となってみれば、あれがとても軽率で、相手の立場を考えない行動だったと分かる。

 故にこそ彼女は八雲紫に謝罪をしたし、博麗神社の巫女である霊夢に対しても後ろめたさを覚えていた。

 

 それに気付いたからこそ、西宮は作戦会議の最後にあのような言葉を付け足したのだろう。

 そう思考し、その気遣いに応じる為にも、早苗は霊夢に向かって声を上げた。

 

「博麗さん!」

「うわ。……なによ、いきなり。降参?」

「いいえ、降参はしません。―――ですが、私は貴方に謝らないといけません」

「謝る……?」

 

 その言葉に霊夢がきょとんとした様子で首を傾げる。

 早苗が見る限りずっと何事にも興味無さげな表情をしていた彼女だが、それ故にこうして初めて見せたそれ以外の表情は、年頃の少女らしくとても可愛らしい物だった。

 早苗はその表情に、『ああ、紫さんが母親代わりとして世話を焼きたくなるのも分かるなぁ』という感想を内心で抱きつつも、

 

「貴方の神社に無作法な宣戦布告をしたのは私です」

「ああ、アレあんただったの?」

「ええ。幻想郷に来たばかりで舞い上がっていたが故の無作法、謝罪いたします。ですがあれが守矢神社の総意ではなく、私の独断であることは御理解下さい」

「……えと、何て言うか拍子抜けね。レミリアとか幽々子とか永琳と輝夜とか萃香とか、異変の原因となった連中って大抵もっと我儘と言うか、我の強い連中だったんだけど。解決した後ならまだしも、こんな真っ最中に謝られたのは初めてだわ」

「悪い事をしたら謝るのです。当然の事ですよ?」

 

 困惑した様子の霊夢に、早苗は苦笑しながら言葉を返す。

 『めっ』とでも言わんばかりのその言葉に、霊夢は更に困惑を深める。

 

「……まぁ、別に良いけど。いつまでも引き摺るのも面倒だし、実害ったら私が腹立ったくらいだし……神社を物理的に潰されでもしたら、話は別だっただろうけど」

「まさか! そんな危険な事をするわけないじゃないですか」

「そうよね。幾らなんでも博麗神社にそこまで明確に喧嘩売る奴なんて居ないわよね」

 

 例えが少し過激に過ぎたかと内心で思う霊夢と、小さく笑う早苗。

 この両者がこの会話を思い出すのは、後に天人が神社を破壊した後である。

 ともあれ元より必要以上の面倒を嫌う霊夢だ。早苗の言葉に、一瞬これでこの異変は解決かとお祓い棒を仕舞おうとするが―――次の瞬間、疑問に気付いて首を傾げる。

 

「……ねぇ、謝るならなんで最初に私と遭遇した時に謝らなかったの? それに降参しないって言ってたし」

「申し訳ありません、謝罪が遅れた事は重ねてお詫びします。―――ですが私達にも、私達の都合がある。貴方には是非とも、守矢神社まで来て私達の神社の神様と戦って頂きたいのです」

 

 そして、応じる早苗は大幣を構え直す。

 息は荒く、体力霊力共に枯渇寸前だ。

 しかし戦意を崩さない彼女に、霊夢は呆れたように溜息を吐いた。

 

「……訂正するわ。あんたもやっぱり、我儘で我が強い幻想郷の住人よ」

「褒め言葉ですね。ありがとうございます」

「褒めてないわよ。……まぁ面倒だけど、ここまで来たんだしね。その神社の神様の顔を拝むついでに、弾幕勝負をしたって殆ど変わらないか。ただし思惑に乗ってあげる代わりに、今度うちの神社の素敵なお賽銭箱に素敵な量のお賽銭を入れて行くこと」

「なんか賄賂みたいですね」

「物事を円滑に進めるには必要な事もあるわ」

 

 神社の巫女として言って良いのかどうか怪しい事を堂々と宣言する霊夢。

 彼女の言葉に、要求された側である早苗は『良いのだろうか』と少し迷いつつも頷いた。

 先方の神は知らないが、自分の所の神はその程度で怒るような度量の狭い神ではないと。

 

「分かりました。後日にでも西宮と二人で訪れさせて頂きます」

「だったらお賽銭は二人分で宜しく。――――で」

 

 言いながら霊夢はお祓い棒を構え直し、早苗に告げる。

 

「この先に居る神様と戦って欲しいってんなら、これはスペルカードを用いた異変として終わらせたいって事よね」

「ええ。だったらこの戦いも、話し合いではなくスペルカードルールに則った弾幕戦で終わらせるべきです」

 

 対する早苗も大幣を構え直し、枯渇寸前の体力と霊力を絞り出して弾幕を展開する。

 つまりはこれから両者が行おうとするのは、スペルカードルールに基づいた決着だ。

 応じるように、霊夢も博麗アミュレットと呼ばれる追尾弾を用いた弾幕を展開。

 その霊夢に早苗は、疲弊で額に汗を浮かべながらも笑顔で述べる。

 

「付き合ってくれてありがとうございます、霊夢さん。貴方に感謝を」

「感謝の心は現金で。いつもニコニコ、キャッシュでポン。博麗神社の今月の標語よ」

「終わった後のお賽銭ばかりに気を取られてると、私が勝っちゃうかもしれませんよ?」

「起きたまま寝言を言うなんて器用なやつね。寝ぼけてるみたいだし、いっそこのまま寝かしつけてやるわ。来なさい」

「ええ。それでは―――風祝の早苗、参りますッ!!」

 

 早苗が最後の体力と霊力で弾幕を放ちながらの突撃を敢行し、霊夢が弾幕と結界でそれに応じる。

 そしてその数十秒後。

 

「まぁ、来るなら早いうちにね。魔理沙とか他の連中と違って礼儀は出来てるみたいだから、お賽銭を入れに来たらお茶くらいなら出してあげるわ。出涸らしだけど」

 

 霊夢はその言葉を残しながら、その場を飛び去る。

 残されたのは満身創痍で地面に、しかしどこか楽しそうな笑みで倒れている早苗の姿だった。

 

 ―――かくて、この場は決着を迎える。

 一方―――

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「ったく、使わされたか。後で霊夢辺りに何を言われるか分かったもんじゃないぜ」

「……渾身の罠をスペルカード一枚でひっくり返した分際で良く言うぜ」

 

 早苗以上に満身創痍で転がっている西宮に、声をかけているのは魔理沙だ。

 霊樹の根元で大の字で倒れる彼は、元々の負傷に加えて魔理沙のマスタースパークを食らった事で見事なまでにボロボロだった。

 

 ともあれ憎まれ口を叩く西宮の様子に、放っておいても大丈夫そうだと判断した魔理沙は箒に跨って再度飛び直す。

 西宮の方も撃墜された―――即ちスペルカードルールに基づいた敗北である以上、これ以上何をする心算も無い。

 むしろこれ以上何かをしたら、それはスペルカードルールによる敗北を認めないというルール違反だ。最悪の場合、八雲や博麗が黙っていまい。それは西宮としても望むところではない。

 

「まぁ、なんだ。お前とお前の相棒に関して、悪いようにはしないぜ。お前のとこの、その酔狂な神託を出した神様もだ。異変が終わったら皆でその異変を肴に騒いで、水に流す。それも幻想郷の流儀だからな」

「ああ、そう言ってくれるとありがたい」

 

 そして魔理沙は倒れている西宮にそう声をかけ、西宮は返事をするのも億劫という様子で声を返す。

 そんな西宮の様子に魔理沙は肩を竦め、

 

「さて、霊夢と向かっていたルートとは違うが……神社は山の上だったな。だったらこのまま真っ直ぐ頂上に向かえば良いだろ」

 

 そう言いながら、当初のルートとは(・・・・・・・)違うルートで(・・・・・・)山を登る為に飛び去って行く。

 その様子を見送った西宮は魔理沙が飛び去ったのを確認してから、

 

「悪いな霧雨。勝負には負けたが、俺の勝ちだ(・・・・・)

 

 勝利を確信した笑みを浮かべ、意識を手放したのだった。

 




オリジナルのスペルカードというのは賛否両論ありそうですが、何も無しというのも見栄え的にどうかと思うのでリメイク前と変わらずで。
使用頻度は高くないどころか、あまり弾幕戦をする頻度が高くないキャラなので、どうにかお目こぼし願えると幸いです。

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