東方西風遊戯   作:もなかそば

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神遊び

「状況はどう?」

「あ、紫」

「賢者様、チィーッス」

 

 霊夢と魔理沙が各々の相手を下し、この神社に向かい始めるとほぼ同時。

 紫が神社の中から浮遊して、屋根の上の文と椛の元へ飛んで来た。

 文はにやり笑いで彼女を迎え、椛は元気良く頭を下げる。

 そして椛は頭を上げ、今の紫の質問に答える為に再度千里眼を山へ向ける。

 

「残念ながら西宮君も早苗さんも、各々やられた所ッス。巫女さんも魔法使いさんも、もうすぐここに来るッスね」

「そう。御二柱の方は?」

「陣地の構築は終わったよ」

 

 椛が続けざまの紫の質問に答える前に、三者の頭上から声がする。

 鉄の輪を手に持った諏訪子が、ゆったりとした動きで神社の屋根に降り立つ所だった。

 降り立った諏訪子は、まず屋根の上に立つ三者に頭を下げる。

 

「ありがとう、三人とも。おかげでどうにか迎撃準備は完了した」

「いえいえ、私は何もしていませんわ」

「ボク、『かっぷめん』を要求するッス」

「一番働いたのは私だから、私も何か要求しようかしら」

 

 対する三人は各々の反応で、しかし三人ともが笑顔で諏訪子を迎える。少なからずこの異変に協力した身として、霊夢と魔理沙が来る前に神々の準備が完了したと言う事は好ましい事なのだ。

 しかしその三者のうち、真っ先に表情を引き締めたのは紫だ。

 

「聞いていたかもしれませんが、もうすぐ霊夢も魔理沙もここに来ますわ。御二柱ともに準備はよろしいですね?」

「うん、大丈夫。神奈子も私もいつでも行けるよ。神奈子はいつ来ても良いように、陣地の方で待機してる。私もこっちに少し様子見に来ただけで、すぐに向こうに戻るから。……あ、早苗と丈一は負けたみたいだけど、怪我は無い?」

「んー、少しはあるッスけど、すぐ治る程度ッスよ。心配する程のもんじゃないッス」

「西宮君は霊樹まで引き付けて、魔理沙にマスタースパークまで使わせたからね。名誉の負傷って事でしょ」

 

 そして観戦していた天狗二人の言葉に、安心したように諏訪子が『そっか』と笑みを浮かべた。

 だが、その天狗二人の言葉に急激な反応を見せたのは紫だ。

 

「霊樹? 霊樹って、山の七合目くらいにある大きな樹の事よね?」

「ん? ええ、そうよ。そこまで引き付けて霊樹の力を借りて弾幕を―――どうしたの?」

 

 はっとしたように文に質問をした紫が、文の言葉を聞いて震えだす。

 ぷるぷるとした震えは秒を追うごとに大きくなり、しまいには紫は声を殺して肩を震わせ笑い出した。

 

「ぷっ……くふっ、な、なるほど……いや、見事。見事よ。まさかそこまで粘るなんてね。諏訪子さん、ここには魔理沙は来ませんわ」

「何でよ? 目に涙を浮かべるくらい一人で笑ってないで、私達にも分かるように説明してくれない?」

「まぁ待ちなさい。ねぇ文、椛さん。魔理沙の西宮君との戦いの前後での動きを思い返してご覧なさい? 答えは自ずとそこにありますわ」

 

 胡散臭く紫が言った言葉に、言われた文と椛、そして横で話を聞いていた諏訪子も疑問符を顔に浮かべる。

 魔理沙は確かに西宮を弾幕勝負で完膚なきまでに撃破し、その場から真っ直ぐに神社へ向けて飛び立った。

 方向が間違っているわけではない。七合目まで来れば、あとは山の高い方へ向かうだけだ。そうそう間違える筈も無い―――とまで思考した所で、文が気付いた。

 彼女は驚いた表情で椛に向き直り、

 

「……椛」

「はい? なんッスか文さん」

「天狗の里って何合目にあったっけ」

「えーと、だいたい八合目くらいッス」

「場所は?」

「えーと、ここから真っ直ぐ霊樹に向かう途中――――あ」

 

 言われた言葉に椛も気付く。そして横で話を聞いていた諏訪子もほぼ同時に驚愕を表情に浮かべ、思わず声を大にして叫んだ。

 

「それって、天狗の里直撃ルートを通ってる!?」

「大正解ですわ。ええ、しかもこれ、仕掛けた本人がそこまで考えていたかは分からないけど―――天狗の立場を考えると、なかなか面白い事になるわよ」

 

 両者の言葉に口元を扇子で隠し、しかし笑いは隠しきれずにプルプル震えながら紫が返す。

 彼女は口元を隠したまま、

 

「天狗の里に魔理沙が突っ込んだ場合、流石に傍観を決め込んでいる天狗も無視はできない。或いは魔理沙の方から積極的に、黒幕へ至る障害として天狗に攻撃を仕掛けるかしら? ともあれ天狗側は強制的に霧雨魔理沙という異変解決のプロと戦う事になる」

 

 そう、それは以前文と紫が『天狗はそうすべきだった』と話した、異変解決の専門家と戦い、自らの力を幻想郷に示すという行為に他ならない。

 

「天狗達としては全く望んでない、寝耳に水の戦いでしょうけど……その結果として魔理沙を撃退すれば、『天狗侮るべからず』という声は確実に幻想郷内で上がるわ。無論、霊夢と相対する上に異変の主導者と見なされるこの神社には劣る事になるでしょう。けれどそれでも、文だけが力を示す事に比べると段違いに、天狗の名声は守られると言って良い」

「撃退できなかった場合はどうなるのさ、八雲紫?」

「天狗上層部は石頭の馬鹿の集合ですが、そこまで無能ではありませんわ。特に天狗の里を統べる天魔に関しては、文以上の実力者。既に消耗している魔理沙に負ける事は十中八九無いでしょう。そもそもやる気が無かっただけで、天狗達も望めば異変を起こせるだけの実力は確かにあったのですもの。加えて仮に負けても、魔理沙相手に十二分に戦う姿を見せれば、実力を示すには十分ですわ」

 

 故に彼らとしては望んでいない形なのかもしれないが、魔理沙が天狗の里に突っ込んだ場合は天狗は彼女を撃退し、その名を幻想郷に広める事が出来る。

 加えてこの戦いは、石頭で現状を見ようとしない天狗上層部にとっても良い薬となるだろう。

 幾ら石頭とはいえ、自分達の枕元まで弾幕勝負という新しい幻想郷の在り方を象徴する足音が迫ってくれば、現状への認識を変えずにはいられまい。

 

 重ねて言うが、霧雨魔理沙は異変解決の専門家。弾幕勝負におけるその戦闘力は、博麗霊夢にこそ劣るが幻想郷でも指折りと言って良い。

 流石に天魔ならば消耗している彼女の撃退は可能だろうが、逆に言えばそれは他の天狗による撃退は難しいとも言える。

 それほどの力を彼女は持っているのだ。

 

「天狗も今の幻想郷でスペルカードルールを破る事が、どのような意味を持っているか分からないわけでは無い。故に彼らはスペルカード戦で魔理沙と戦い、天狗の頭領である天魔は重い腰を上げ、彼女自らの力を示す事になる。そして同時に彼らは時代の波を実感する事になるでしょう」

「その場合、私が上層部に怒られそうな気もするんだけど。私が麓で二人と戦ったから、里に奴らが攻めて来たのだ~、とか言って」

「まさか。上層部には貴方を叱責するなんて出来ませんわ。何故なら幾ら天狗の里が危機感を持ったとしても、彼らだけでは今の幻想郷で有力者であり続けるのは難しい。今の幻想郷の有力者である紅魔館、白玉楼、永遠亭、そして新たにその列に加わるであろう守矢神社―――そのいずれとも、天狗は友好的な関係を築けていないもの。貴方やその後輩を除いて、ね」

「……成程」

 

 紫の言葉に文が納得の頷きを返す。

 今の幻想郷のルールを破る事は天狗には出来まい。行えばそれは、他の全ての人妖の怒りを買い、天狗そのものが幻想郷から排斥される原因になりかねない。

 

 そして天狗がこのルールの中で山での指導的な地位を保とうとするならば、既にこのルールの中で高い地位を築いている他の組織との繋がりが殆ど無いのは痛い。

 これまでスペルカードルールに馴染まず孤高を保とうとしていた事が完全に裏目に出ている。

 故にこそ、既に外との繋がりを多く持っている文、そして椛に対して、天狗上層部は強く出られない。

 

 存外に妙手だと、文は内心で思考する。

 守矢神社の神々は魔理沙相手に無駄な消耗を強いられる事が無くなり、天狗は自らの力を示しつつも危機意識を得、文と椛は天狗社会内での自らの立場が良くなる可能性が高い。

 三者三様、各々に得る物のある結果となる。まぁ天狗の里は多少被害を受けたり上層部内で内輪揉めや代替わりが発生する可能性もあるが、それは時代の移り変わりに必要な痛みだ。

 

 唯一、完全に利用される形になって割を食うのは魔理沙である。

 彼女に関しては後日何らかのフォローが必要かもしれないが、彼女自身がさばさばとした性格の持ち主であるし、組織ではなく個人であるが故にしがらみも少ない。

 珍しい魔法関係の本でも二、三冊見つくろって献上すれば、機嫌も治るだろう。そこは西宮の手が届かない範囲かもしれないので、文が請け負っても良い。

 

 となれば残る疑問は一つ。

 

「―――紫。西宮君はこれを狙ったと思う?」

「魔理沙を天狗の里に突っ込ませるところまではYES。まぁ、天狗の立場云々までは副次効果かもしれないし、そこに関しては私が他所に流す情報なんかで印象操作するというフォローが要るかもしれないけどね」

 

 妖怪の賢者は楽しそうに笑いながら、扇子を閉じて、その閉じた扇子で中空に線を引く。

 

「西宮君には最初から、弾幕では逆立ちしても勝ち目がないというのは伝えていたわ。如何に戦力を上手く使って、如何に上手く策を弄してもね。だから彼は弾幕での勝利ではなく、作戦目標の達成に目的を絞ったのでしょう。―――故に彼の作戦目標は、霊樹まで移動して、そこで魔理沙に負ける事」

 

 そこに引かれた線は妖力による結界を作り上げるが、それは防御の為ではない。結界上に描かれたのは、簡素な妖怪の山の地図だ。

 

 描かれているのは霊夢と魔理沙の当初の侵攻ルート、守矢神社、霊樹、天狗の里。そして侵攻ルート上に描かれた、饅頭のようにデフォルメされた霊夢と魔理沙の顔である。

 何故か見ている文と諏訪子の脳裏に、『ゆっくりしていってね!』などという幻聴が聞こえた。

 ちなみに椛は饅頭みたいな顔を見て、『美味そう』などと考えていた。

 

「まずは霊夢と魔理沙の予想侵攻ルート上で待ち受け、霊夢と魔理沙を引き離す。霊夢は策を弄するに当たって最悪の手合だからね。幾重にも策を弄しても、勘の一言でそれを回避される。恐らく西宮君にとっての天敵ですわ」

 

 言いながら、紫は結界上の地図に更に線を引く。

 霊夢が侵攻ルート上から逸れ、魔理沙のみがそこに残った。

 

「そして魔理沙を霊樹まで引き込む。これが最も難しい作業だったでしょうけど、西宮君はそれを達成。霊樹の元で全力で魔理沙と戦い、敗北する」

 

 魔理沙の顔が霊樹の元まで移動する。

 

「この作戦の肝は二つ。『霊樹まで移動する目的を、有利なフィールドに誘い込む為と誤認させる』ということと、『ここまでやったんだから、この後で更に何かあるわけが無い』と思わせること。そういう意味で、霊樹という存在は絶妙だった。魔理沙は恐らく、有利な戦場に引き込むと言う罠に嵌ったと思ったでしょう。強力な弾幕を霊樹を利用して放ったならば尚の事」

 

 そう、故に彼女は『その位置まで移動させ、そこで魔理沙に負けるのが目的だった』などとは露とも思わない。

 そこまでやった大がかりな罠が、よもや自分にその先に待っている本当の罠―――天狗の里直撃コースご招待への布石でしかないとは、まさに想像の埒外だろう。

 そもそも土地勘の無い魔理沙に対して、気付けと言う方が無理である。霊夢辺りならば勘で気付いたのかもしれないが。

 

「そして霊夢を引き離したのが、ここで再び生きて来る。魔理沙は霊夢ほどの神がかり的直感力は無いから、その霊樹の元から神社へ向かうとすればルートは一つ。真っ直ぐ山を登るのみ。魔理沙のような直線的な思考の持ち主なら尚更ね」

 

 霧雨魔理沙は決して頭の回転は悪くない。むしろかなり早い部類だろう。

 魔法という神秘を学び、研鑽する。それは決して頭の回転が鈍い人種には出来まい。魔法というのは頭脳を用いて覚える技術の結晶であるからだ。

 しかし魔理沙は同じ魔法使いであるパチュリーやアリスに比べ、頭の良し悪しではなく心理的傾向として、直線的な力押しを好む。

 

 そのような性向の持ち主であるからこそ、ほぼ確実に直行ルートを選ぶ筈だ。

 或いはこれが、それこそパチュリーやアリスであったならば、霊夢と合流しようとするか当初のルートに戻ろうとするかもしれない。しかし直線思考故に、魔理沙はそうは考えない。

 

 そして紫は結界を操作する。

 魔理沙の顔が神社へ真っ直ぐ向かおうとして―――しかし天狗の里に引っ掛かった。

 

「後は魔理沙は天狗の里に突っ込んでしまい、天狗達となし崩しに戦闘突入。結果として彼女は神社へ到着する事は出来なくなる……大枠としてはこんな物かしら」

「……考えたものね。でも紫、そんな策があるなら先に教えてくれても良かったんじゃない?」

「と、言いますと?」

「流石に西宮君が付け焼き刃で考えた作戦を、貴方が考えついてなかったなんてことは無いでしょう?」

「ええ、それは確かに」

 

 文が僅かに責めるように言った言葉に、紫が微笑と共に小さく頷く。

 妖怪の賢者、八雲紫。その異名の通り、彼女は保有する能力も絶大ではあるが、それ以上に知恵者として名が知れ渡っている人物だ。流石に十数年生きただけの人間に考えつくことを、彼女が思いつかなかったという事は無い。

 無い、が―――

 

「ですが私、それは全く不可能な策だと思ってましたわ。ねぇ文、椛さんには悪いけど彼女に百戦百敗するような人間が、魔理沙相手の引き付け役なんて完遂出来ると思う?」

「……思わないわね。実際にやったところを見るまでは」

「でしょう? だから私はこの作戦を思いついてはいても実行不可能な物と考えていた。であればこの結果は、実力以上の奮戦による一種の奇跡ですわ。よほど譲れない意地でもあったのかしらね」

 

 ―――或いは。

 “奇跡を起こす程度の能力”を持つ東風谷早苗。その未だ制御し切れていない能力も、西宮を後押ししていたのかもしれない。そういう意味ではこの結果は、早苗と西宮が互いに支えあって作った物だと言える。

 

 どこか楽しげに笑う紫の姿に、文と紫の会話を横で聞いていた諏訪子が優しい微笑を浮かべた。

 或いは彼女は、西宮の意地の出処を知っているのかもしれない。

 ちなみに同じく横で聞いていた椛は既に作戦内容理解の努力を放棄しており、今日の夕飯を考えていた。

 

 そして次の瞬間、山の途中―――八合目辺りで激烈な閃光と轟音が成り響く。

 本日二発目となる魔砲。即ち魔理沙の弾幕だ。

 

「あらあら。少し解説に時間を取られたかしら。向こうではもう始まっているようですわ」

 

 その音に紫は余裕たっぷりの胡散臭い笑みを浮かべ、文と椛は音がした方、つまりは天狗の里へと視線を向ける。

 とはいえ、流石に文の視力ではここからの視認は不可能だが。

 

「椛、状況はどうなってるの?」

「んー、今回の件に関して完全に傍観するつもりだったらしい天狗達が、慌てた様子で迎撃に飛び出してるッス。けど皆弾幕慣れしてないッスから、上手いこと纏められて、魔砲で纏めて薙ぎ払われたみたいッスね」

 

 そしてその文からの質問に椛が答える。

 その椛が不意に『あ』と驚きの声を口に出し、

 

「うわ、先日宴会のどさくさで文さんの尻を撫でた大天狗様の家が吹っ飛んだッス」

「ああまりささんなんてひどいことを。――――もっとやれー!!」

「ぷふっ! ちょっと、少しは隠しなさいよ」

 

 台詞の前半でおざなりに建前を。そして後者で高らかに本音を叫ぶ文に、横の紫が吹き出した。

 天狗の里の頭の固い上層部にさんざん苦労させられてきた文と紫としては、さぞや胸のすくような光景なのだろう。

 椛は―――苦労を苦労と認識していたどうかが怪しいので割愛する。

 

「丈一と早苗は良い仕事をしてくれたみたいだね」

 

 その様子に苦笑しながらも、諏訪子は神社の屋根を蹴って飛びあがる。

 目的地は神奈子が待っている陣地である。博麗の巫女が来る前に戻って、現状を神奈子に話しておくべきだろうと言う判断からだ。或いは自分達の信徒二人が上げた、予想を越える戦果について話したいからかもしれない。

 

「それじゃ、私は行くよ。三人とも、本当にありがとう。後で改めてお礼をさせて貰うよ」

「いえいえ、こんな痛快な物が見れただけでも十分ですよ」

「ボクはカップ麺を要求するッス」

「私としても目的がありましたから―――ぷふー!! 見て文、あの大天狗の頭!!」

「ぶはっ! ぶはははははは! アフロに、魔砲でやられて部分アフロに! いつも嫌味ばかりのあの大天狗様が!!」

 

 遂に隙間を開いて天狗の里の様子の観戦を始めた紫と、その隙間を通していけ好かない上司のとんでもない姿を見て爆笑する文。

 既に状況は終盤も終盤だ。今更隙間で観戦程度した所で、紫がこの件に最初から関わっていたなどと証明する事は誰にも出来ないだろう。

 何か言われたら『楽しそうだから隙間で見てただけ』と答えれば良い。紫の普段の姿は、その言葉に十分な説得力を与えるだけの胡散臭さがあるのだから。

 

 そして楽しそうな三名に苦笑して、諏訪子は急造の陣地で待っている神奈子の所へ戻るべく飛行を開始する。

 さて、この話を聞いたら神奈子はどんな顔をするだろうかと、にやにやと楽しそうに笑みながら。

 

 

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「うおぉ! 何だってんだこの天狗の群れは! くそうこいつら、どうあっても私を神社まで行かせないつもりだな? そうは問屋が卸さないぜ!!」

 

 そして魔理沙は隙間を使って観戦されている事など知る由も無く、天狗の里の中ほどまで切り込みながらも降り注ぐ弾幕を回避し、次々と反撃を放って行く。

 西宮相手では対地戦の不慣れと油断故にしてやられたが、その直後だからこそ彼女には油断も慢心も無い。ましてや現状は彼女が得意な空対空の弾幕戦だ。

 

 異変解決のプロとしての能力を如何無く発揮し、猛威を振るう霧雨魔理沙。

 対する天狗側は山の神社が博麗神社に宣戦布告をした事は知っていたが、まさか魔法使いが里に突っ込んで来るとは露とも思っていなかった為に、おっとり刀での参戦だ。

 加えて山の頂点に君臨している期間が長かった分、実戦経験の豊富な天狗は少ない。特に弾幕ごっこに関しては、男性天狗は一度もやったことが無い者すら多いのだ。

 

「そら吹っ飛べェ! 今度は二本の大盤振る舞いだ! “恋心”・ダブルスパーク!!」

 

 そして天狗達が二本の魔砲に巻き込まれ、纏めて吹っ飛んで行く。

 

 ―――かくして。

 

「どけどけぇ! 魔理沙さんのお通りだぁ!!」

 

 霧雨魔理沙、まさかの番外段階(エクストラステージ)突入。

 天狗の里での弾幕ごっこは、天狗達にとっては望ましくない事に、更に加熱して行く事となるのだった。

 

 

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 霊夢が勘に従って辿り着いた妖怪の山の山頂。

 そこは大きな湖に巨大な御柱が並び立ち、どこか神聖な雰囲気を持つ祭壇のような場所であった。

 

「……やれやれ、凄いわね。何よこの柱の山は」

 

 強力な神気を纏うその場所に、霊夢が思わず嘆息する。

 神がかり的勘を持つ彼女とは言え、まさかこれが突貫工事で作られた即席とは思わなかったようである。

 良く見ると幾つかの御柱は製作側の慌てを示すように微妙に傾いていたりするのだが、逆にそれがまるで神さびた古戦場のような雰囲気を醸し出しているから、世の中何が幸いするか分からない。

 

「出て来なさい、居るんでしょ?」

「―――我を呼ぶのはどこの人ぞ」

 

 そしてその神さびた古戦場(※即席)の中央にまで飛んだ霊夢の呼びかけに応じるように、一人の女性が御柱の上に現れる。

 注連縄を背負った深い青色の髪の女性。身に纏う強い神気は、明らかに高位の神の物だ。

 ―――八坂神奈子。かつて諏訪の地を侵略した軍神にして八百万の一柱なのだが、霊夢にはそれは分からない。分かるのは彼女の勘が告げる、『あ、なんかボスっぽい』という内容だけだ。

 

「アンタがこの神社の神様ね?」

「ああ。此度は失礼したね、博麗の巫女。八坂神奈子だ、見知り置け」

「おお偉そう。レミリアや幽々子、輝夜に萃香なんかを思い出すわ。やっぱり異変の黒幕ってのはこんな感じじゃないと」

 

 腕を組んで御柱の上から見下ろし告げる神奈子に、しかし霊夢はどこか安心したように呟いた。

 どうにも先の早苗の対応はこれまでの異変の中ではイレギュラーだったため、彼女としては些かペースを崩されていた面があったのだろう。

 

「まぁ何でも良いわ。神社への宣戦布告に関しては、アンタのところの風祝と話はついたしね。後はアンタをブチのめせば全部解決。アンタ達が奪った私の神社の参拝客も増えて万々歳よ!」

「随分と酷い濡れ衣だな。場所が場所だから、人間の参拝客など幻想郷に入ってから一度も来た覚えは無いぞ」

「うるさいわね。こっちだってここ数ヶ月真っ当な参拝客が来た覚えは無いのよ。誰かに八つ当たりでもしないとやってられないわ」

「話には聞いていたが、大概フリーダムだな博麗の巫女」

 

 霊夢の周囲に陰陽玉が展開される。数に限りがあるが故に、早苗戦では出しもしなかった切り札だ。

 これで最終と彼女の勘が告げている。故に彼女は手加減も出し惜しみもしない。早苗戦で消耗を避けたのは、ひとえにその先にもう一戦戦闘があると予見していたから。

 逆説、これが最後であれば霊夢が消耗を厭う道理はない。

 

 しかし対する神奈子も、自らの周囲に神気を纏った御柱を何本も浮かせた臨戦態勢。

 傲岸不遜に笑みすら浮かべて、腕を組んで仁王立つその姿は、まさしく大和の軍神。戦女神に相応しい威圧感だ。

 そしてその威圧感を湛えたまま、神奈子は霊夢に問いを投げる。

 

「博麗の巫女、早苗と戦ってみてどうだった?」

「なによいきなり? ……でもまぁ、そうね。悪い奴じゃ無かったわ。それにまだまだ伸びしろが大きそうだったから、次に戦うと面倒そうね」

「ははっ、そうかそうか、そうだろう! うちの早苗は多少暴走するのが玉に瑕だが、才はあるし性格も良いしでな」

「親馬鹿って奴ねぇ」

 

 呆れる霊夢は知らない。他ならぬ霊夢自身の事を八雲紫が語る時、まるで神奈子と同じような誇らしげな笑みと言葉で語っている事に。

 ともあれ霊夢の言葉に気を良くした神奈子が腕を掲げ、展開された御柱がそれに応じて霊夢の方へと向けられる。

 

「そう言うなよ博麗霊夢。娘同然と息子同然の二人が成長を見せてくれたんだ。なれば親代わりとして誇らずにはいられまいさ。それは神でも人でも変わらない。―――そして神を祀るのは巫女の仕事だろう? さぁ、祀って(あそんで)おくれよ博麗霊夢。神遊びを始めようじゃないか!」

「残念、私はあんたの巫女じゃないわ。楽園の素敵な巫女相手に遊ぼうってんだから、相応程度には粘って見せなさいよ、山の神!」

 

 申し合わせたように同時に動いた両者の間で、御柱と陰陽玉、霊弾とアミュレットが同時に炸裂する。

 乱れ飛ぶ弾幕、それに伴って吹き荒ぶ暴風。

 常人ならば回避はおろか、真っ当に視認できるか否かすらも怪しい速度と密度の弾幕がぶつかり合うそれは、例えるならば天災に等しい。

 迂闊に介入できるような物ではないし、そもそも迂闊に触れようものならば微塵に砕かれる威力と密度を持った弾幕。

 

 それはかつて吸血鬼が亡霊の姫が、月の姫が百鬼夜行が異変の最後で見せた弾幕に負けず劣らずの力と派手さ、そして美しさを持って妖怪の山の頂上で咲き乱れる。即ちこれが異変の最終幕だと、それを見ている何者に対しても平等に告げるように。

 かくて風神録異変最後の弾幕―――否、神遊びが開始された。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「いやぁ、壮観だねぇ」

 

 そして主戦場となっている神さびた古戦場(※即席)から離れ、神社の縁側。

 そこでは鉄の輪を仕舞った諏訪子が、上機嫌でその弾幕を眺めていた。

 神社の上からは文と椛、そして紫の歓声が聞こえてくる。先程までは天狗の里(エクストラステージ)の観戦をしていた彼女達だが、魔理沙がどうやら天狗の里から撤退したらしい今となっては、神奈子と霊夢の弾幕を眺めているようだ。

 

「まぁ、私の出番が無いのは少し不完全燃焼だけど、それはそれほどまでに丈一と早苗が上手くやったって事だから、不満は無いし」

 

 そもそも何故諏訪子が観戦に徹しているのかと言えば、神奈子に事情を説明した後で二人で決めた決めごとのせいだった。

 魔理沙と霊夢が来る場合は二対二で丁度良いが、霊夢のみが来るとなっては、まさか二柱で一人にかかるわけにはいくまい。神としての矜持の問題もあるし、力を示すならばやはり一対一(タイマン)であろうという理由もある。

 

 故に程無くやって来るであろう博麗霊夢に対して挑むのは、神奈子か諏訪子のどちらか片方。

 結果として軍神故にややバトルジャンキーの気のある神奈子に、諏訪子が役目を譲った形となる。

 とはいえ諏訪子としてもそれに異論は無い。

 

「なにせこっちも気になってたしね」

 

 視線を弾幕から神社の中へ向ける。

 社務所から持って来た布団を並べて、その上に寝かされているのは西宮と早苗だ。

 神奈子が迎撃に出るのが決まった時点で諏訪子は神社に戻り、天狗の里若手による『いけ好かない上司No.1』年間ランキング保持者であった大天狗が、カツラをスターダストレヴァリエで吹き飛ばされたという迷場面を見たせいで、腹筋が攣るほど笑っていた紫に頼んで隙間を通して二人を回収して貰ったのだ。

 

「……全く、人間は大きくなるのが早いもんだよ。つい先日までは私より小さい童だったのにね」

 

 寄り添うように眠っている二人は、しかし双方自分の役目をやり遂げた満足げな表情を浮かべていた。

 神奈子が上機嫌になる筈だと諏訪子は思う。

 この異変において、早苗と西宮は各々が自らに課した役割を全力で果たし切った。彼らは既に童ではなく、神奈子と諏訪子にとって自慢できる風祝と神職見習いだ。

 

「今はゆっくり休みな。起きたら全部上手くいってるからさ」

 

 諏訪子は母性を纏った笑みを浮かべながら、自らの血族の末である少女と、その相方の少年を見やる。

 そして神社の上から歓声が響くのは同時。

 霊夢と神奈子の弾幕戦が、更に華麗さを増し加熱を開始したのだ。

 ―――最終幕(クライマックス)だ。

 

「そんじゃま、神奈子が勝つにしろ負けるにしろそろそろっぽいしね。だとしたら最後の締めは、どっちにしろ私の仕事だ。―――行って来るよ、早苗、丈一」

 

 笑みを浮かべて諏訪子は神社の縁側を飛び立ち、神さびた古戦場へ向かっていく。

 そちらでは今まさに、この異変を締めくくるかのように、一際鮮烈で強烈な弾幕がぶつかり合う所だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 何発避けたか。何発凌いだか。何発防いだか。或いは何発食らったか。

 食らった回数は五指で数えられる回数を下回るが、他はいずれも百を下回るまい。

 博麗霊夢は肩で息をしながら、眼前の神を睨み付けていた。

 

 陰陽玉は既に全弾撃ち尽くしているし、お祓い棒は折れて吹っ飛んで行った。

 何故か巫女服と分離するデザインの袖は、片方だけ外れて飛んで行き、周囲に立ち並ぶ御柱の一つに引っ掛かって所在無さげに風に吹かれている。

 

 服や装備の被害もそうだが、数発食らったダメージも馬鹿にならない。撃墜こそされていないので弾幕ルール的にはセーフだが、撃墜は回避しても自らが受けたダメージは無視できないレベルの物だ。

 身体能力を霊力でありったけ強化した上で、結界で防いでも内臓に響く威力の弾幕。そしてそれを扱う本人の能力。いずれも博麗の巫女である霊夢をここまで追い込む程の実力の持ち主だ。

 

 眼前の神とて万能無限ではない。

 速度はレミリアが上だろう。技は幽々子が上だろう。耐久力ならば輝夜が上だろう。馬力ならば萃香が上回る。

 されどそれら全てのバランスとして見るならば、八坂神奈子はこれまで叩きのめして来た異変の首謀者の中でも最優の一角と霊夢は見た。

 

「やるな、博麗の巫女。……ここまでとは恐れ入る。人の身でここまで出来る奴など、あの平安の時代の鬼才・安倍晴明以外には初めて見たぞ」

「誰よそれ。知らない奴と比較されても嬉しくないわ」

 

 そして対する神奈子の消耗も、既に満身創痍と言って差し支えない。

 背負った注連縄は千切れ、途中で背負った御柱(オプション)は折れ、服も身体も傷だらけだ。

 

 しかし第三者がこの場に居たとして、双方ボロボロのこの両者を醜いと思う者などいないだろう。

 神と人との神遊び。互いに死力を尽くして戦う両者の姿は、傷だらけながらも何故か途方もなく美しく尊い印象を他者に与える。

 だがその神遊びもそろそろ終幕。双方疲労も武装も、目に見える負傷も見えない消耗も、そろそろ限界だ。

 

「楽しかったぞ、博麗の巫女。だがこの異変は私の勝ちで終わらせて貰う!」

「冗談じゃないわ。ここで負けたら紫や魔理沙に何を言われるか分かったもんじゃないからね!」

 

 故に両者が懐から取り出したスペルカードは恐らくこれが最後。

 なればこそ互いにそれを必殺と定めて、二人は最後のスペルカード宣言を高らかに叫ぶ。

 

「『風神様の神徳』!!」

「『“大結界”・博麗弾幕結界』!!」

 

 直後、この異変にて最大最高の二つの弾幕が激突する。

 放つ二人の姿が見えなくなるほどの弾の嵐は、まさしく弾の大瀑布と呼ぶに相応しい。

 そして――――

 

「―――見事」

「当然よ」

 

 両者の弾幕が消えた時、そこに見えたのは崩れ落ちるように地面に落ちて行く神奈子と、辛うじて自力で空を飛んでいる霊夢の姿だった。

 そして辛勝に霊夢が息を吐いたのも一瞬。

 

「って、ちょっと! 危ないわよ、危ないって!」

 

 霊夢が慌てて叫ぶ、その先に居るのは落下して行く神奈子だ。

 力の全てを使い果たしたどころか、意識すら失っているかもしれない。

 頭を下に落下して行く姿を見て霊夢が慌てる。落下していく先が湖ならば良いのだが、よりにもよって彼女が落ちていく先は湖の中に点在する岩の上だ。

 しかし限界寸前は霊夢も同様。飛んで行って拾い上げようにも、身体がその動きに追い付かない。

 

「ああもう、アンタに何かあったらあの青白巫女がどんな顔するかわかったもんじゃないでしょうが……!!」

 

 それでも神奈子へ向けて飛ぼうとした霊夢の脳裏に浮かんだのは、彼女に向けて自らの非を認めて頭を下げた酔狂な風祝だった。

 幾ら神とは言え、この高さから何の防御もなく、しかも堅い岩の上に頭から落ちてはただでは済むまい。

 ならばあの巫女はどんな顔をするか。

 思考のみが焦りを覚え、しかし身体はついて行かない。

 

「だあぁ、最後まで手間をかけさせるわねこの神社は……!!」

「そいつは済まないね、博麗の巫女」

 

 あわや神奈子が岩に激突かと思った刹那、霊夢の苛立ち交じりの叫びに応じるように少女の声がその場に響いた。

 落下した神奈子を受け止めながら霊夢の叫びに応じたのは、妙な形の帽子を被った少女。霊夢が知るならばレミリア辺りと外見年齢は近い。つまりは十代の前半がせいぜいの幼子の姿だ。

 そんな彼女が大人の女性である神奈子を受け止めた姿は些か不釣り合いだが、少女は意外にも危なげなくそれを為した。

 

「……誰よアンタ」

 

 そしてその少女を見た霊夢はげんなりとした表情で、しかし油断を一切見せずに問いかける。

 何故なら新たに現れたその少女も恐らく神。纏う神気は神奈子に匹敵するが、この少女の場合はどこか禍々しい厄のような物が微量だが混ざっていた。

 

「神……それも祟り神辺りかしら。ええい、これで終わりだと思ってたのに!」

「祟り神で正解。私は洩矢諏訪子、この神社で祀られている二柱のうちの片割れさ。神奈子の相方と思ってくれて良い。―――それに、これで終わりだと思っていたのも合っているよ」

 

 しかし警戒する霊夢に対して、諏訪子は神奈子を抱えたまま苦笑を浮かべる。

 力を示すと言う目的は十全に果たした。ならば満身創痍の巫女を打ち倒す事に、既に彼女は意味を見出さない。

 故に諏訪子は、怪訝そうな表情を浮かべる霊夢へ向けて宣言する。

 

「守矢神社は博麗霊夢への敗北を認める。降参だよ、私達の負けだ」

「……アンタは弾幕()らないの?」

「そっちが消耗から回復したら、楽しそうだとは思うけどね。今この状態でやる意味を私は認めない」

「……回復した後も面倒そうだから嫌よ。魔理沙辺りに頼みなさい。……って言うか魔理沙、こっちに来てないの?」

「来てないよ。天狗の里に突入して大暴れして帰ってった」

「何やってんのよあいつは……」

 

 呆れ果てたという様子で言いながら、霊夢が神奈子を抱える諏訪子の元へ降りて来る。

 対する諏訪子は苦笑でそれを迎え、

 

「悪いね。今回は色々面倒をかけたと思うよ、博麗の巫女」

「霊夢よ。……そうね、悪いと思うなら―――」

 

 霊夢が言いながら、諏訪子に向けて手を掲げる。

 中指を親指にひっかけて、たわめるように力を溜め―――

 

「―――もっと早くその神様拾いに出て来なさいよ! らしくもなく焦ったじゃないの!!」

「ぎゃぴっ!?」

 

 放たれたのは博麗の巫女渾身のデコピン。

 それを額に食らった諏訪子は神らしくも少女らしくもない悲鳴と共に、神奈子を湖に取り落とした。慌てて蛙の神と博麗の巫女が軍神の回収作業に入ったのはその直後である。

 

 ―――ともあれ、後に風神録異変と呼ばれる異変はここで終わる。

 博麗の巫女、博麗霊夢が軍神・八坂神奈子をスペルカードルールの下で撃破した事により、守矢神社側が敗北を宣言した瞬間であった。

 

 




これで大きな区切りの一つとなりますので、次から更新速度が少し落ちます。
宴会部分は色々と加筆修正もあることですし。

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