東方西風遊戯   作:もなかそば

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 何故スペルカードルールで起こす異変に出てくるのが女性ばかりなのか。
 何故力の強い妖怪に女性が多いのか。
 様々な二次創作を参考にしながら、その辺りの理由についての理由付けなどの話です。思い切り説明回。


スペルカードルールと男性と

 風神録異変の翌日。

 守矢神社の本殿に敷かれた布団に並んで寝かされていた早苗と西宮だが、先に起きたのは早苗の方だった。

 

「……んぅ……」

 

 異変の中で霊夢と戦った際の疲労が全身に残っており、身体の芯が重い。

 あれ、風邪でも引いたかなと頭の片隅で思いながら、隣から温かい体温が伝わってくるのが心地よく、そちらに身を擦りつけるようにして二度寝を―――

 

「―――………あ」

 

 ―――しようとしたところで、疲労で鈍る早苗の頭が、ようやく昨日の顛末を思い出した。

 

「ぁ……あああ! 弾幕、異変が、私!?」

 

 断片的な内容を叫んで飛び起き、本殿を飛び出していく早苗。その際になんか隣にあったものを踏んだようで、『ぐボッ!?』とかいう聞き苦しいマジ悲鳴が聞こえたが、慌てる早苗は無視。というより、耳に入ってすらいなかった。

 ちなみに東風谷早苗。身長は五尺五寸ほど。外の世界の食文化で育ったので、幻想郷の少女の中では比較的長身であり、体重も同世代の友人に羨まれる事があるレベルではあるが、不健康なほど軽くはない。

 つまりは何が言いたいかというと、隣に転がっていた誰かに合掌である。

 

 そして本殿を飛び出した早苗の目に映ったのは、境内の階段に腰掛けて話し合いを行っている二柱と紫、藍の姿だ。

 二柱の姿を見つけた早苗は脇目もふらず、両手を広げてそこに飛び込んだ。

 

「神奈子様ぁぁぁぁ! 諏訪子様ぁぁぁぁ! ご無事ですかぁぁぁぁ!!」

「おっと」

「うわっと」

「紫様パス」

「うきゃあ!?」

 

 そして人間弾幕(大弾一発)となって飛び込んできた早苗を、軍神と祟り神と、あと九尾の狐は要領よく回避。

 ミサイルよろしく飛び込んできた早苗を、何故か第三者の紫が意外と可愛らしい悲鳴と共に受け止めた。五十キロ台の早苗の突撃は相応の運動エネルギーを持っているのだが、そこは大妖怪。驚きはしたものの受け止め方に危なげはない。

 

「さ、早苗さん。目が覚めたのね?」

「はい! あれ、紫さん?」

「ええ、紫お姉さんですわ。……あの、御二柱。あなた達の管轄なんですからあなた達が受け止めてくださいよ」

 

 きょとんとした表情で腕の中から見上げてくる風祝に、紫は困ったような微笑を返す。

 ついでのように苦言を呈すが、言われた神々はどこふく風だ。

 

「すまんがまだ博麗戦の消耗が抜け切ってなくてな。それに早苗の感情表現は割りと直球で体当たりだから予想はついていたというのもある。回避運動は余裕を持って、だ」

「文字通り体当たり(物理)だけどね早苗の場合。もう、いつまでも子供じゃないんだから、自分の体格考えないと駄目だよ?」

「はぁい、ごめんなさい」

 

 てへっ、とでも言うような笑顔で謝罪し、紫から離れる早苗。

 相変わらず元気な風祝の様子に、紫は相好を崩し―――たところで、表情を引き締め直す。

 

「さて、丁度大筋でお話も纏まったことですし。早苗さんにも今回の異変の後始末についてお教えしましょう。貴方は大元の要因となった子だから、尚更ね」

「……はい」

「境界の管理者として、守矢神社に此度の異変の沙汰を言い渡します。守矢神社は異変の責任を取って―――」

 

 そして、表情を引き締めての紫の言葉に、早苗は思わず居住まいを正す。

 元々がこの異変の原因は早苗の暴走が原因だ。自分は途中で脱落してしまったが、果たして異変はどのような結末を迎えたのか。或いは何か禍根が残っていないか。

 不安そうに―――というかどこか悲壮な表情を浮かべる早苗に対し、紫は殊更に厳しい表情を浮かべ、その背後に藍も神妙な表情で控える。

 そして紫はその厳しい表情を崩さないまま―――告げた。

 

「―――宴会をしましょう」

「はい?」

 

 殊更に重々しく紫が言った言葉の内容に、早苗がぽかんとした様子で間抜けな声をあげる。

 元からこの紫の提案を知っていたらしい二柱が、早苗の反応に堪え切れずに噴き出した。藍は微笑だが、口元がピクピクしているので、意外とウケているようだ。紫も三者の笑いに釣られるように、口元を隠して上品に笑った。

 自分をからかうために殊更に重々しい空気を出していたのだと悟った早苗が、『もうっ!』と声をあげて怒った。

 

 その頃西宮はまだ悶絶していた。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 ―――宴会。

 それは異変から一夜明けた守矢神社で、異変後に天狗側との折衝やら何やらに向かっていた紫が戻ってきてすぐに主張した内容だ。

 

 神奈子が十分な力を見せ、妖怪の山侮るべからずの認識が幻想郷に浸透し、天狗の面目も保たれたという十全以上の結果になるだろうという見通しが立ち、笑顔満面の紫。

 どうやら魔理沙を天狗の里に突っ込ませた西宮の作戦を奇貨に、天狗側とも有為な交渉を纏めることが出来たようだ。

 意外と天狗の頭領である天魔が乗り気だったというのも大きい。頭領という立場とプライドから拒否的な立場を示していたが、彼女個人としては美麗で華麗な弾幕ごっこ自体には憧れがあったのかもしれない。

 

 そして異変が終わったら宴会で騒ぐのが最近の流行で流儀とは、その紫の言。

 早苗が起きて来るまでに既に文と椛が動いており、今日中には文々。新聞の号外で宴会の告知が成されるそうだ。

 神々としても今後幻想郷に馴染んでいくために、幻想郷の各勢力に挨拶が出来るならば願っても居ない。そこで親交を深め、信仰が得られるようになれば万々歳だ。

 とはいえ幻想郷に慣れていない守矢勢としては、疑問もある。

 

「―――今日告知、開始明日。なぁ八雲紫よ、これで本当に十分に集まるのか?」

「あらあら、神奈子さん。幻想郷の住人をまだまだ分かっておりませんわね。ここの住人、宴会には目がありませんのよ」

 

 しかし守矢勢を代表して神奈子が言った言葉に、『もちろん私もね』と茶目っ気を出したウィンクを加えて紫は返答。

 

「うわキツ」

 

 そしてそのウィンクにこうコメントした九尾が、足元に開いたスキマに悲鳴とともに落ちていった。もはや紫に構って欲しくてわざと失言しているようにしか見えないとは、後に彼女を評しての諏訪子の弁である。

 

「躾がなっていなくて申し訳ありませんわ」

「いやまぁ、うん。まぁこういう愛情もアリなんじゃないかな……」

 

 満面の笑顔の紫に対して、諏訪子はこうコメントしておくに留め置いた。藍が紫を尊敬しているのは態度の端々から分かるし、紫が藍を信頼していることも、また分かる。

 であればこれも、彼女らの長い生を彩るスパイスめいたやりとりなのだろう。たぶん。

 

 ともあれ藍が脱落(自滅)したところで、入れ替わりに本殿の方からのろのろとした足音。ずるずると体調不良のゾンビのような動きで出て来たのは、無論西宮だ。

 

「東ぉぉぉ風ぃぃぃ谷ぁぁぁぁ……」

「あれ西宮? どうしたんですか、そんな辛そうに鳩尾を抑えて。怪我ですか? その、無理せずまだ寝ていたほうが……」

「寝てたところで鳩尾踏んづけて行きやがったのはお前だぁぁぁぁ!!」

 

 突っ込みとして叫ばれる雄叫び。しかしそこが限界だったようで、西宮は力なくその場に座り込む。

 

「あ、ダメだ。なんか今ので残存体力使い切った気がする。ああ御二柱、紫様、おはようございます。その様子ですと事後処理にも大きな問題は無さそうで」

「……ああうん、おはよう丈一」

 

 膝を抱えるようにしてその場に座り込む西宮に、なんとも言えない表情を返す諏訪子。しかしそれも数秒。頭を振って気分を切り替え、諏訪子は早苗と西宮に声をかける。

 

「よし。二人揃ったし、改めて礼を言うよ。良くやってくれたね、二人共。神奈子が博麗の巫女と戦い、奮戦しながらも敗北。これにより異変は成り、紫の目的も遂げられた。二人で霧雨魔理沙を追い返したのは大金星だよ」

「えへへ! ありがとうございます、諏訪子様」

「出来る事をやったまでですが鳩尾痛い」

「あー、西宮……気付いてなかったとはいえごめんなさい」

「早苗も大きくなったからなぁ。童の頃と違い、重さも馬鹿になるまい」

「神奈子様ぁ! 重さとか言わないでください!」

 

 諏訪子が改めて信者二人に礼を言ったはずが、そのまま割とグダグダで平和な空気に突入する守矢組。まぁ、つまりは異変を超えていつもの状態に落ち着いたということだろう。

 その様子を苦笑しながら眺めていた紫は、ふと思い出したように彼女にとって重要度の低い事柄を告げる。まるで雑談のように―――というか実際雑談のつもりで放たれた言葉。

 

「でも実際ここから見ていた椛さんの話だと、早苗さんの弾幕は綺麗なものだったという話ですわ。スペルカードルール初心者とは思えないとも言われていたし、いずれ見せて貰いたいかもね。西宮くんのは、見栄え的にどうかと思うとも言われてたけどね。いずれ霊弾に様々な色やパターンを付けられたら面白いかもしれませんわ」

 

 くすくすと笑いながら告げられた言葉に対し、

 

「……見栄えって、そんな重要ですかね?」

 

 しかし返された言葉は意外にも、スペルカードルール―――弾幕ごっこの本質を理解していない、きょとんとした素の声だった。

 その言葉に紫は僅かに眉をひそめる。

 

「……あら。スペルカードルールは撃ち合いであると同時に、その弾幕の美しさを競う物でもあるのよ? 見栄えというのは重要だわ」

「見栄えっていうのも個人の感覚なんで難しいんですよね……女性の間にはその辺り、同じものを綺麗だと思える共通認識みたいな感覚があるのかもしれませんけど」

 

 だが紫の言葉に返された声は、困惑したような西宮の声。

 懐から取り出したスペルカード―――“禊祓・黄泉還り”を見ながら、彼は思考を整理するように数秒の間を置いて言葉を続ける。

 

「……当てて撃ち落せば勝ち。その部分は分かりやすいんですけど、綺麗さってなるとどうしても……。俺のこのスペルにしろ、狙いはとにかく大量の弾を生成しての面制圧であり、幾何学的な模様とかそういうのはパターン化のし易さから避け易さに繋がるから邪魔、とか考えてたんですよ」

「その結果が単色の増殖型無秩序バラ撒き弾、か。……てっきり不慣れから見栄えに気を配る余裕が無かっただけかと思ったんだけど、そういうわけでもなしと」

「単色の弾をばら撒いた方が遠近感を多少狂わせられるかな程度の狙いはありました。色を変えるのも検討しましたが、上手く迷彩として本命の弾を当てる手段が思い浮かばなくて―――という発想自体が、多分スペルカードルールからはズレてるんでしょうけど」

 

 そうして言われた西宮の言葉に、紫の反応は深い溜息。

 その反応を見た西宮が味方を求めて左右を見るが、神奈子は苦笑、諏訪子は困ったような表情で、早苗は『むむむ』と唸りながら西宮のスペルカードを凝視している。彼女はどうすれば西宮の弾幕が綺麗な物になるか考えているのかもしれない。

 

 その三者を横目で見て、妖怪の賢者は困惑したように批難めいた言葉を告げる。

 しかしそれは、西宮個人に対するものではなく―――

 

「……男ってだいたいそうなのよね。だから女子供の遊びだなんて言うのよ、あいつらは」

 

 ―――意外にも可愛らしく『ぷぅ』と頬を膨らませた、非常に女性らしい感想だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 ―――神でも妖怪でもそれ以外でも、力の強い人外には美しい女性が多い。

 それは自然淘汰の結果でもあるし、元々の発生からしてそうなり易いという傾向でもある。

 

 或いは人の信仰から生まれた存在故、或いは逆に信仰を得る為、人を惹きつけ魅了する為―――その他諸々の理由はともあれ、人外は人の理想としての美を高いレベルで調和させた姿になり易い。

 また、元が動物などから変じたものであれば元の性別に引き摺られるが、そうでない―――例えば性別の無い物から生まれた付喪神やらといったものは、何故か女性の比率が高い。或いはその辺り、人と関わらねば生きていけない存在として、人に好かれやすい姿で発生するようになっているのではないかという論説も、識者や賢者の間では存在する。

 そして同時に、生き延びる上でも美醜というのは存外に重要だ。いかにもな怪物相手ならば、人は逃げるか退治しようとするもの。しかし相手が美しい人型であれば、対話を試みる者も一定程度は生まれてくるし、退治に来たが思いとどまるという者もやはり一定数は生まれてくる。

 

 この一定程度というものの積み上げが、千年生きる気満々の長命種族だと馬鹿にならない。素の生存率として、いかにもな化外めいた外見の者よりも美しく人に近い者の方が高い理由だ。

 特に人間の生存圏が広くなってきた近世以降だと、人に近い外見の者ならば人に紛れて生きていけたというのも大きい。

 

 であれば元の発生段階で女性比率が高いとはいえ、別に女性ばかりが残る道理は無いのではないかとも思うかもしれないが、そこは男女の性質・気質の差が絡んでくる。

 幻想郷の中にわざわざ人里というものが作られている事からも分かる通り、人がいるからこそ妖怪は存在出来る。人と妖怪は切っては離せない。―――存外に、妖怪は人間の影響を強く受けている。

 そしてある種人間以上の高次生物である妖怪というものは、それだけにある意味では純粋だ。女性はその通り、人間の思い描く女性的な気質・性質に引き摺らる。男性は逆に、その通り男性的な気質・性質に引き摺られる。

 

 そしてこの場合の男性的な気質とは何か。

 誤解を恐れず言ってしまえば、良く言えば豪放磊落で決断的。悪く言えば好戦的で支配的。そういう部分が少なからず出るのが、男性型の妖怪の特徴である。無論、例外はあるが。

 そして近世以降になり人間の力が強くなってくると、そういう気質の強い妖怪から良く死んだ。そしてそういう気質の強い妖怪ほど、得てして力が強い。或いは逆に、力が強いからこそそういう気質に偏るのか。

 

 ともあれ結果として、良く生き良く残り、結果として長寿から強い力を手に入れる人外の割合は、女性の方が圧倒的に高くなる。

 今の幻想郷の人妖の中では高い能力を持つ男性の人外など極々少数派である。その少数派の紛うことなきトップである半人半妖の剣士の爺は支配的であるというより求道的であり、とにかく剣技を鍛えてたまに強い敵と戦えて稀に美人の尻を追い回せれば人生幸せというユカイ脳で生きていたところを、なんやかんやあって生前の西行寺幽々子の父親に拾われて紆余曲折の末に今に至るとかいう話だ。

 紫が生前の幽々子と知り合った時には妖忌は既に幽々子の付き人的な立場であったので、一度その辺りの知り合う前の事情を紫が聞こうとしたが、

 

『おう、あれなるは鎌倉の幕府が出来る前のご時世よな。あれは儂が賭け将棋で義清相手に互いに熾烈なイカサマ合戦をして互いに指摘しあって最終的に酒瓶で殴り合いを―――』

 

 語り出しからして幽々子の父である“歌聖”こと西行法師、俗名を佐藤義清という偉人のイメージが壊れそうだったのでその辺りで全力で止めた。

 紫が生前の幽々子と知り合った折に見た西行法師は、落ち着いた物腰で風雅を好むナイスミドルだったのだが―――いや、考えてみれば西行法師なる人物は出家をする際にすがりついて止めようとする娘を蹴倒して出家したという逸話もあるので、若いころは相当アレだったのかもしれない。

 そこまで考えたところで親友の父親のイメージが大分しっちゃかめっちゃかになってきたので、紫は思考を凍結してこの話題についての追求を永遠に取りやめる事を脳内議会で可決した。

 

 スキマを斬るとかいう斜め上の技量を持っていつつも、借金のカタに茶屋で皿洗いをさせられたりしている半人半霊。

 アレはなんかもう求道が行き過ぎて他のことが全面的にちゃらんぽらんな上に、斬る事だけなら誰にも譲らないとかいう不条理物体なので、紫としては半ば意図的に思考から弾いている。

 スペルカードルールの制定直後に超イキイキした顔で山でイガグリを拾い集め、孫娘に凄い勢いでイガグリを投擲してマジ泣きさせ、主君にマジ説教食らう自由人、いやさ自由半人半霊である。馬鹿の考え休むに似たりというが、馬鹿の事を考えることも休むに似たり、つまり無駄。

 魂魄妖忌という選ばれし馬鹿と知り合ってから、幸か不幸かそれなりに付き合いの多い紫が学んだ人生哲学であった。

 

 ―――話が逸れた。

 何にせよ、幻想郷で強い力を持つ人外に男性が少ないのは斯様な事情からだ。全体として男女比も大きく偏っている。これが人間社会だったならば生殖の問題もあり、百年も後には瓦解しているだろう男女比だ。まぁ、生命としてのサイクルが人間と違いすぎたり、そもそも自然発生的で“つがい”を必要としない種族も居たりするので、比較は全く無意味なのだが。

 ちなみに天狗のような人間から崇拝もされるタイプの人外は比較的男性比率がマシではあるが、それでもやはり大きく偏っている。

 

 幻想郷成立後の若年層(※妖怪基準)の男女比はマシにはなってきているが、やはり幻想郷のルール違反を行って“処分”される妖怪もまた、男性型の妖怪の方が多い。

 女性がトップに立って決めていることに、感情的な反発もあるのでしょうとは藍の弁だ。その辺りの機微に関しては、紫よりも傾城の白面九尾であった藍の方がよほど敏い。男女交際の経験の差である。

 

 ともあれ話が長くなったが、幻想郷の強者の女性比率が異常に高いのはこういう理由からだ。

 そして力を持つ人外の大半が女性であるということはどういう事か。

 それはつまり、今の幻想郷で行われているスペルカードルールは妖怪の賢者達や博麗の巫女が作成したものであり、そこに男の意見は殆ど加わっていないという事だ。

 つまり―――

 

「男性受け、悪いのよねぇ……」

 

 がっくりと肩を落とす八雲紫。綺麗で派手な命名決闘(スペルカード)ルールは女性には大好評を得て一気に広まったが、反面男性層からの支持が薄いのである。より正確に言うならば、見る分には好評なのだが自分でやろうとする風潮が薄いと言うべきか。

 力を持つ人妖神魔の多くが女性であるという事実から、幻想郷での何かしらの大きな事件、即ち異変はそのルールで行うというのが不文律であるが―――さて、ここで少しスペルカードルールの成立過程を見てみよう。

 

 幻想郷の歴史の話になるが、吸血鬼異変―――紅霧異変の前の、レミリアが幻想入りした直後に幻想郷征服作戦を謳いあげて暴れまわった異変―――後に定められたのがスペルカードルールだ。

 これは異変を引き起こしてもそれを決闘ルールに従って行い、一度敗れたら素直に引き下がって禍根を残さないという取り決めにより、幻想郷を幻想郷として維持するのに不可欠とされる『妖怪が人間を襲い、人間は妖怪を退治する』という関係を、疑似的な決闘という形で保たれるようにするものである。

 いちいち本気の殺し合いでやっていたら幻想郷はあっという間に滅びてしまうだろうし、かといって完全な平和状態が続くと妖怪はその存在意義を失い弱体化、或いは最悪の場合は消えてしまうのである。その点、事前に取り決めた決闘ルールによる異変とその解決というルールは非常に良く出来ている。

 

 で、この取り決めの制定の際に定められた決闘方法は、あまり知られていない事だが実はスペルカードルールだけではない。今では異変といえばスペルカードルールか、あっても格闘込のその亜種―――宴会の異変の時に萃香がやっていたものだ―――でしかないが、一応他の方法もあることはあるのである。

 とはいえスペルカードルールによる弾幕の美しさと多様さが幻想郷で多数派である“女性”に大ウケしたため、他の決闘法はあまり使われていないのが現状だ。

 逆説、“あまり”使われていないというのは少しは使われているという事であり、そういうスペルカードルール以外のルールでの決闘の大半は男同士の決闘か、或いは少なくとも片方が男の場合の決闘である。

 

「なんでよもう……こんなに綺麗で可憐で美しいのにぃ」

「そうですよねぇ。西宮、そこのところどうなんですか? どこが気に入らないんですか!」

「丈一ぃ、そこんとこ私も聞かせて欲しいかも。別に撃ち合いが綺麗で困るもんなんてないじゃん。撃ち合いは撃ち合いで勝負は勝負なんだからさ。オマケに綺麗なら儲けモンじゃない」

 

 そしてがくりと肩を落とす妖怪の賢者に、味方についたのは現人神と祟り神だ。

 しかしその三者三様の言葉に、西宮はやや言葉を選ぶように数秒虚空を見てから、

 

「……男相手に綺麗とか美しいとか可憐とか、そういうのが褒め言葉になると思います?」

「まぁ綺麗だとは感じるかもしれないが、自分がそれをやるのは気恥ずかしいと、そういう話だろうな」

 

 言われた言葉に理解を示したのは神奈子だ。

 他の女性三名の批判めいた視線が飛んできたので、軍神は気まずそうに頬を掻く。

 

「誤解するな。過去から現在まで軍人やら戦士やらそういう職業の者は男性比が圧倒的に高い。そしてそういう職業の奴らほど、男性的な美意識を表に出しやすい。軍神としてそういう手合を多く見ていたから、男の感性についても『そういうもの』なんだろうなという漠然とした理解があるだけだ。私個人はスペルカードルールと、それを用いた弾幕ごっこが非常に気に入っている。綺麗系も良いが可愛い系の弾幕も研究したいな」

 

 そして軍神様は意外と少女趣味だった。

 『実はこういうのを考えたのだ』と藁半紙を懐から取り出したのだが、そこには少女趣味なハートマークを飛ばしまくるファンシーな弾幕案が描かれていた。

 死んだ目でそれを見る諏訪子の目の上に縦線が何本も浮かんでいるのが、第三者の目からは幻視される。祟り神の今の表情を一言で言うなら、『うわキツ』だろうか。もしくは『ないわー』でもいいかもしれない。

 諏訪子くらいの外見年齢ならばまだしも、長身で大人びた成人女性の姿をしている神奈子がハートビーム、或いはラブラブ光線とでもいうべき造形の弾幕を発射する光景は、いろんな意味で罪深いものになりそうである。 

 

「―――良いわね、神奈子さん」

 

 そして妖怪の賢者もやっぱり少女趣味だった。

 『発射ポーズはこう……いえ、こう!?』とか言いながら両手でハートマークを作る、大量のリボンで身を飾るという少女趣味衣装を装備している妖怪の大賢者。

 諏訪子の縦線が五割増しで増えた気がする。幸いにして後に彼女が言葉を選びながら説得した事により、『“L・O・V・E”LOVE†LOVE光線』なるスペルカード史上に残る黒歴史となるスペルが賢者や軍神のスペルとして世に出る事はなかった。土着神の頂点洩矢諏訪子、誰にも知られぬファインプレーである。

 

「まぁ俺に限らず男性心理ってあれじゃないですかね。『綺麗なのは分かるけど、自分でやるのは恥ずかしい』とか、『女の子がメインの遊びに混ざるのは恥ずかしい』とか、『やっぱりもっと無骨な方が趣味に合う』とかそういう感じなのでは?」

「うー……無骨ってどういうのがいいのよ」

武器無し射撃無し(ステゴロ)一対一(タイマン)ですかね?」

「野蛮ねぇ……」

 

 言われた言葉に紫ががっくり肩を落とす。

 守矢組は西宮を見て、

 

「……丈一って結構そういう泥臭いの好きだよねぇ。守矢神社は女所帯なのに」

「そもそも男という奴らは機能最優先で飾り気一切なしの物を『機能美』と言ってありがたがる傾向があるからな」

「その条件で私に勝てない癖にステゴロを持ち出すとか笑わせますね西宮」

「御二柱とそのオマケ、地味に酷評してませんかね俺を。特にオマケ、お前だよお前」

 

 三者三様の酷評に西宮が怯みながらも反論するが、女性陣はあまり取り合わない。

 『ああはいはい』みたいな雰囲気で発言を流し、話題を元に引き戻す。

 

「基本こういうデリカシー無くて野蛮なのが男性ですから、昨日の異変でも弾幕やってたのは殆ど女性だったんですね」

「そうね。ちなみに天狗の里でも女性天狗へのウケはそう悪くはなかったみたいだけど、あそこって全体としてプライドが高くて保守的って言うか……。興味はあるけど、みたいな雰囲気だったっていうか……」

「ああ、なんか分かります紫さん。お高く止まっているお嬢様学校のお嬢様達が、ゲーセンで音ゲーやってる普通校の女子高生を馬鹿にしつつも実は興味津々みたいな」

「……物凄い卑近な話に落とし込まれちゃったけど、あながちそういう認識で間違ってないわね。加えて天狗は比較的男女比がマシな妖怪で、しかも社会を作るタイプだから―――」

「ああ、女性陣はそういう興味はあるけど格好つけて表に出さないという反応で、男性陣は元々スペルカードルールに乗り気じゃなかったから、私達を呼び込んで異変を起こさせる必要があったってわけだね」

「……その裏で天魔はスペルカードを何枚も作っていて、魔理沙相手にノリノリで披露してたというんだから、脱力する他ありませんわ」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべる妖怪の賢者。

 幻想郷の強者の例に漏れず女性妖怪な天狗の頭領は、魔理沙との弾幕勝負の中で10枚にも及ぶスペルカードを実にキラキラした目で披露していた。下級の天狗の中では友人同士でこっそりスペルカード戦の練習をしていた子も居たらしい。

 文や椛のようにガンガン外に出ていた天狗を例外としても、個人レベルでは天狗社会もスペルカードルールに対して好意を持っている者は居たようである。しかし、それならそれでもっと態度に出すか天狗主体で素直に異変を起こせと言いたい紫だった。

 まぁ、『時代の流れであるからして仕方ない。いやぁ残念じゃ仕方ない!』とか言いながら、天魔が魔理沙の襲撃と此度の異変を理由として、今の時代に迎合するような動きを見せようとしてくれているところが紫としては救いでもあるのだが。

 

「では八雲紫。今後は天狗の里は―――」

「ええ、神奈子さんのご想像通り。徐々に今の時代の流れに合わせ、天狗達もスペルカードを嗜むようになるでしょう。元々、個人レベルでスペルを作っていた子はそこそこ居たようですし、それが表面化した以上は、格好つけて孤高を保つ意味も無いでしょうしね」

「であれば宴会というのは、我々のみならず天狗が外に挨拶する機会ともなり得そうだな」

「なんだかんだプライドの高い子達ですから、天魔が来るかまでは分かりませんけどね。ともあれ―――」

 

 一言置き、紫が場を纏めるように言葉を紡ぐ。

 

「明日の宴会にて、改めてあなた達の存在を幻想郷の皆に知ってもらいましょう。みんな自分勝手で濃い連中だけど、きっと貴方達を歓迎してくれますわ」

「八雲様。お言葉ですがウチ調理器具もまだ電化製品系しか無いから、準備も何も出来ないのですが」

 

 妖怪の賢者が血相を変えて人里の道具屋にスキマから出現し、竈を中心とした台所用品一式の緊急納品を要求する十分前の話だった。




 説明ばかりで1万文字。自分の文章力のアレさが見えてきます。

 スペルカード以外の決闘方法も考案されたが、余り使われていないというのは忘れられがちな原作設定です。
 その中身は言及されていなかったはず……。

 天狗の頭領の天魔さんについては男性か女性かも明言されていなかったはずなので、西風遊戯では女性で行かせて頂いております。

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