東方西風遊戯   作:もなかそば

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宴会(上)

 ―――宴会当日。

 夕方からの開催を告知された宴会であり、どうにか明治時代式の竈の扱いの基礎を急ピッチで教えられた西宮が、午前に買い出しに行き昼前に戻ってきた、丁度その頃。

 

「失礼、お邪魔するわね。貴方が新しく幻想郷に来た神? 私は蓬莱山輝夜、竹林の永遠亭の主と言えば分かるかしら?」

「え? え、あ、はい。申し訳ありません、俺―――じゃなくて私達はその信者です。すぐさま御二柱を呼んで参りますのでお待ちください、蓬莱山様」

 

 まさかの第一参加者の登場であった。

 外から戻ってきて境内で買い物袋を手にしていた西宮、長い黒髪に緋色のロングスカート姿のお人形さんのような美少女とエンカウント。

 開始予定時刻の四時間以上前から来る人妖が居るとは予想外だった彼は、大慌てで社務所に飛び込んで二柱を呼びに行く。それなりに取り繕ってはいるが、上位者を相手にする時の『私』ではなく素の『俺』を言いかけた辺りで、慌てぶりは見て取れる。

 それを目線で追いながら、輝夜は袖で口元を隠しながら鈴の鳴るような笑い声。

 

「ふふふ、慌てちゃって。可愛いわね。ねぇ、イナバもそう思わない?」

「私達が早く来過ぎたんですよぉ……私だって同じ立場だったらそうなります」

 

 背後に長い銀髪を三つ編みにした従者を従え、挨拶代わりにと人参と筍を持参した竹林の姫。

 ちなみにその人参と筍の入った籠を背負って、輝夜の言に控えめな苦言を呈しているのは鈴仙・優曇華院・イナバである。

 永遠亭に住んでいるらしき妖怪兎達を大勢連れてやって来た彼女達、一見すると土産を持参する辺り礼儀正しいように見えるが、開始予定時刻の四時間以上前に来る辺りで既に礼儀もクソもあったものではない。

 

 そして西宮が慌ただしく社務所に入っていってから二、三分後。

 敷地の一角に勝手に敷物を敷いた辺りで、神奈子と諏訪子が社務所からゆったりとした足取りでやってきた。

 

「やあ、待たせてすまんな。竹林の姫とその従者だったか。八坂神奈子だ、宜しく頼む」

「洩矢諏訪子だよ。悪いけどまだ開始前だから、こっちの準備は全然できてないんだよね」

「あらご丁寧に。さっきの可愛い信者さんには既に名乗ったけど、蓬莱山輝夜と申しますわ」

 

 フランクに挨拶をする神奈子と諏訪子に、上品に笑いながら輝夜が挨拶を返す。

 小さく、しかしその小さな動作に可憐さを滲ませながら一礼をした輝夜は、背後に控える永琳を横目で見る。

 以心伝心。輝夜の視線を受け、今度は永琳が一歩前に出て一礼。

 

「従者の八意永琳と申します、御二柱。永遠亭では対外的な事は概ね私が取り仕切っておりますので、ご用向きがあれば私か―――私の弟子の鈴仙・優曇華院・イナバへお願いします」

「ああ、宜しく頼む。そういえばそちらの―――鈴仙だったか。人里に行った時に、丈一と早苗が会ったという話だったな」

「あ、いえ、はい! その折はお薬が世話になりました! 今後共ご贔屓に、ありがとうございます!」

 

 そして所在なさげに籠を背負っていた鈴仙に話が飛んだところで、まさか組織のトップ同士の会話に自分が混ざるとは思っていなかった鈴仙、大慌てで怪しげな単語の繋がり方の返答。

 自分で言ってからテンパった解答をしていた事に気付いたのだろう。顔を赤くしてあわあわと慌てる鈴仙に、話していた輝夜永琳、神奈子諏訪子から四者四様に生暖かい視線。

 

「うどんげ、貴方はもう少しこういう状況にも慣れておくべきね。そのうち私の名代として動いてもらうこともあるのかもしれないんだから。……それと、ここの信者さん達に用事があったんじゃないの?」

「あ、はい、師匠! えぇと、神奈子様、諏訪子様、申し訳ありません。以前御二柱の信者の方々に頼まれていた置き薬なのですが、持参したので置かせて頂いて宜しいでしょうか?」

「ああ、それは手間をかけたね。そういった事は丈一に一任してるから、背負ってる人参や筍も合わせて置き場所は丈一に聞いてもらえるかな? 今は台所に居るはずだから」

「分かりました。えぇと、それではお邪魔しますっ!」

 

 諏訪子の返答に大きく頭を下げる鈴仙。一拍遅れてウサ耳がへにょりと揺れる。

 そして籠を背負って薬箱を持った重武装で、パタパタと社務所に駆け込んでいく。それを見送ってから、神奈子は永琳と輝夜に向き直り、困ったように頭を掻く。

 

「で、だ。せっかく足労して貰って悪いが、さっき諏訪子が言った通りまだ何も準備はできていないんだ。酒だけなら出せるが、料理はもう少し待って貰って構わないか?」

「お構い無く。こちらでも酒と料理は持参したから勝手に始めさせて貰うわ」

 

 そして神奈子の返答を聞き、気にすることはないとでも言うように笑った輝夜。妖怪兎達の方へ指示を出し、敷地の一角に張った敷き布の上に料理や酒を並べていく。

 考えようによっては結構な無礼だが、神奈子も諏訪子も祭りが大好きな大和の神だ。その手のノリは嫌いでは無いし、自分達で持って来たのを消費する分には文句は無い。

 まぁいいやと勝手な宴会スタートを事後了承。『まぁ一献』と永琳から酒を受け、神々側も返杯。そして乾杯。

 開始四時間前にして、早くも一角に宴会場が出来上がった。

 

 そして飲み始めて程無く、やって来たのは日傘を差した銀髪の従者と、紅い髪の大陸風の衣装を着た女性を引き連れた、紫がかった青髪を持つ幼い吸血鬼だった。

 

「ほう、貴様が霊夢と互角にやり合ったと言う神か。私はレミリア・スカーレット。湖畔の紅魔館を統べるヴラド・ツェペシェの末裔だ。宜しく頼む」

「お嬢様、ワインを開けてしまいましょう」

「あ、うん。甘口の奴でお願い、咲夜。私辛いの嫌だから。―――神々よ、出来れば此度の宴では、私の前に出す料理は辛子や山葵を抜くように」

 

 偉そうな挨拶の直後に甘口を所望する、カリスマとカリスマブレイクの境界を反復横跳びするかのような挨拶を見せた吸血ロリータ。

 楽しそうにその世話をする、恐らく人間であろう銀髪の従者という組み合わせ。そして従者が懐から銀時計を取り出し、次の瞬間にはどういう仕掛けか庭の一角に彼女達用のテーブルと椅子が設営されていた。

 常識では考えられないその事象に、二柱が驚きでその目を見開く。

 

「これは……驚いたな、時間操作か」

「くくく、古き大和の神々すら驚愕させるか。全く、私の従者は出来た従者だよ。―――あ、ねぇねぇ美鈴ー。クッキー持って来たでしょ、開けて良い? ふふ、それでは失礼する、神々よ。勝手に始めさせて貰うが、あちらで竹林の連中も先に始めている事だ。文句はあるまい? ―――あ、こらー! 私が行く前に始めてるんじゃないわよ!」

「別に構わんが吸血鬼。お前ちょっとカリスマを出すか引っ込めるかどっちかにしろ」

 

 一度の台詞の中でカリスマのオンオフを三度も切り替えるという離れ業を見せたレミリアに、呆れたような困ったような視線を向ける神奈子。

 その言葉にレミリアは口の端を上げた強気な笑みを浮かべる。

 

「ふっ、何を馬鹿な。私は常にカリスマたっぷりで大人の魅力マシマシな吸血鬼(ヴァンピーナ)だぞ?」

「……あぁ、何か分かった。お前は早苗と気が合いそうな気がする」

「ほう、霊夢と戦った巫女……いや、風祝だったか。未熟だが才はあると聞く。後で機会があれば話させて貰おう」

 

 そう言ったレミリアが従者―――十六夜咲夜と紅美鈴を引き連れて、咲夜が設営したテーブルへ歩いて行く。

 そこに永遠亭の住人達が声をかけ、そこからわいわいと交流が始まっている。

 既に宴会は盛り上がり始めていた。

 

「……これは不味いな。こちらの準備は済んでいないのに、早くも盛り上がっているぞ、あの辺り」

「いやまぁ今の対応見てたら、向こうもそんな事気にしなさそうだけどねぇ。いやはや、濃い連中が多いわ幻想郷。楽しそうだけどね」

 

 困惑する神奈子と、楽しそうにけろけろ笑う諏訪子。

 とはいえ彼女達とて、さほどの準備を考えていたわけではない。

 外界から持ち込んで来た酒の類と、多少のつまみと料理。そして幻想郷では珍しい珍味として、カップラーメンでも面白半分で出してみようかと考えてた程度だ。

 幸いにしてつまみや料理の材料自体は買い出しが間に合ったが、

 

「丈一も早苗も、まだ傷が癒えていまいに。準備の方は私達も手伝った方が良いのではないか?」

「だけど私ら、面通しの為にもここに居た方が良い気がするんだよねぇ。私ら代表だし、今さっきみたいに他の所からの連中が来たら挨拶しないと」

 

 そう困ったように会話を交わす二柱。

 神奈子も消耗はあったのだが、人間である二人よりも流石に治りは早い。風神録異変の終了から三十六時間以上が経過した今となっては、戦闘行為をするならともかく、普通に動く分には申し分ない程度には回復している。

 対して社務所の方で大慌てで料理に取り掛かっているであろう西宮と早苗は、弾幕勝負での負傷から未だに完全に回復したとは言い難い状態だ。

 加えて早苗は遺憾ながら料理では戦力になるまい。スクランブルエッグからスクランブルダッシュを現出させる負の方向の奇跡である。出来る事と言えば、精々西宮の傍に付けて細々とした些事を手伝わせる程度だ。

 

 客人を待たせるわけにもいかないが、急がせるのは気が咎める。とはいえ神社にはこれ以上の人員も居ない。

 さて参ったと二柱が思った所で、しかし予想外の方向から話は動く。

 

「すいません、御二柱様。台所と材料をお借りしても構いませんか?」

「む? ああ、鈴仙か。薬は置き終わったのか?」

「はい。あ、置き薬は置き終わりました。今後、二ヶ月に一度程度のペースで集金に伺わせていただきますので、宜しくお願い致します。……って、そうじゃなかった。あの、台所をお借りしたいのですが……」

 

 どうしたものかと思っていた二柱に横合いから声をかけて来たのは、ブレザー姿の妖怪兎―――より正確に言うならば、二柱は知らないが月兎―――である鈴仙だ。

 困ったような表情をして台所を借りる事を申し出た彼女に二柱は首を傾げ、

 

「料理でも作りたいのか? 私らは別に構わんが、丈一と早苗が今使っていた筈だが」

「申し訳ありませんが医者見習いとして、あの二人が怪我人だというのにガチの喧嘩を始めようとしていたので止めさせて頂きました。どうにも見ていられないので、私も手伝わせて頂きたいなと」

「それは……すまないね、鈴仙。迷惑をかけたみたいだ」

「いえ。……ですがあの二人、本当に協力して霊夢と魔理沙と戦ったんですか? なんか凄い勢いで罵声が飛び交って、ファイティングポーズで向かい合ってましたけど。『情ケ無用! 戦闘開始!』みたいなノリで」

「えーと……うん、ごめん」

 

 呆れたように言う鈴仙に、二柱は頭を下げるのみである。

 西宮丈一、そして東風谷早苗。彼らが互いに認め合う相棒関係なのは二柱には良く分かっている事実だが、何故それでも喧嘩が尽きないのかだけは彼女達をしても分からない謎であった。

 

「では御二柱の御了承も得られたんで、私は台所をお借りします。あ、持って来た人参と筍も使って良いですか? 使い慣れてるんで」

「ああ、構わんよ。それも含めて台所にある材料は全て使ってくれ。むしろすまない、迷惑をかける」

「お気になさらず。重篤な怪我こそ無いとはいえ、怪我人に料理をさせるわけにもいきませんしね」

 

 そう言いながら肩を竦める鈴仙。

 そんな彼女を遠くから見る、どこか誇らしげな竹林の医師の表情に気付いたのは、鈴仙当人ではなく諏訪子と神奈子の二柱だった。

 

「鈴仙は偉いね。良い医者になるよ」

「まだまだですよ。医術に関しては師匠からお叱りを受けてばかりです。ですが料理の腕は少し自信があるので、楽しみにしていて下さい」

 

 そして鈴仙が神社の奥に向かった所で、遠くからそのやり取りを眺めていた永琳が二柱の元に近付いて来た。

 くすくすと笑いながら、彼女は二柱に頭を下げる。

 

「すいません、不肖の弟子が御迷惑を」

「とんでもない。迷惑をかけたのはこちらの方だ、却って申し訳ないくらいだよ」

「ああ、諏訪子の言う通りだ。良いお弟子さんじゃないか」

「そうでしょう?」

 

 お互いに頭を下げあった所で、弟子を褒められておどけた様子で胸を張る永琳。

 三者は顔を見合わせて小さく笑った。

 

「幻想郷か。あんた達みたいな奴らが多いなら、本当に良い場所みたいだね」

「あら、私達が善良かは保証しかねますよ? ですが良い場所なのは事実ですね」

「来て良かった。そう言えるな」

 

 諏訪子と永琳、そして神奈子は和やかに笑い合う。

 どうやら守矢神社組と永遠亭は、互いに良い関係を築けそうだった。

 

 一方その頃。

 

「やーい子供舌! この日本酒の辛さの良さが分からないなんてまだまだお子ちゃまね、吸血鬼!」

「何を言うか求婚ブレイカー! 私は500の歳を重ねた偉大なる吸血鬼だぞ!」

「プフー! その程度で私と年齢を競おうなんて、ちゃんちゃらおかしいわ! その程度の数、私の年齢で割れば殆どゼロも一緒よ」

「ババア!」

「ぬわんですってぇぇぇぇぇぇ!!? 物凄い端的に抉りに来たわねこの吸血鬼!」

 

 某吸血鬼と某竹林の姫が、たかが二十年すら生きていない西宮と早苗の喧嘩と全く同レベルの煽り合いで盛り上がっていた。

 咲夜は唯一困ったように溜息を吐いていたが、美鈴や妖怪兎達はそれを肴に酒を開ける始末。

 開始予定時刻よりまだ三時間以上も前だと言うに、既に宴会場の一角では実に幻想郷の宴会らしいカオスが現出しつつあった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 そして鈴仙が早苗達を調理場から追い出して料理を作り始めて少し経過した頃―――具体的には某吸血ロリータと某求婚ブレイカーが遂に取っ組み合いの喧嘩になり、『咲夜! 懲らしめてあげなさい!』だの『永琳! 身分の差を教えてやるのよ!』だの従者に救援を請うた挙句、その従者二名から『はしゃぎ過ぎ』と説教されている頃。

 社務所の中にずるりと空間の裂け目が出来、そこから二名の女性と一人の少女が降り立った。

 

「到着、と。宴会は表でやってるのかしら」

「そうみたいね~。表の方から良い匂いがするわ~」

「……まだ開始時刻の一時間以上前なんですけど、やっぱりもう始めてるんですね」

 

 まず裂け目―――隙間から神社の廊下に降り立ったのは妖怪の賢者・八雲紫。

 その横に立つの薄水色の着物を纏った、おっとりとした雰囲気の桃色の髪の女性は、彼女の親友である白玉楼の亡霊の姫・西行寺幽々子。そしてその背後に溜息を吐きながら立つ二本の刀を背負った生真面目そうな銀髪の少女は、白玉楼の庭師である魂魄妖夢である。

 

 三者もまた既に神社の前で騒いでいる連中と同様に此度の宴会に参加する為、紫の隙間を使ってやって来たのである。

 紫がいきなり神社の中に出た理由として、まずは宴の主催者でもある二柱に挨拶して、幽々子と妖夢を紹介しておこうと考えたのがあるのだが、

 

「御二柱も表に居るみたいね。私達もそちらへ向かった方が良いかしら?」

「だから私は普通に表から入ろうって言ったんですよ……これじゃ不法侵入じゃないですか」

 

 紫の言葉に妖夢が溜息を吐く。

 幻想郷に数少ない常識人にして苦労人でもある彼女にとって、見知らぬお宅にいきなり侵入というのは少々気が咎める状況だったようだ。

 しかし幽々子はその声に着物の袖で口元を隠しながら上品に笑い、

 

「いやいや妖夢。不法侵入っていったって廊下じゃない。ギリギリセーフよ」

「絶対にアウトですよ。ああもう、住人の方に見つかったら何と言えば良いか……」

「御二柱は表のようだし、まぁ西宮君も早苗さんも話は分かるわ。そんなややこしい事にはならない筈―――」

 

 そして、紫のその言葉が途絶する。

 その原因は廊下に立っている彼女達のすぐ横の襖、その奥から聞こえて来た声だ。

 

『や、やぁん……! 西宮、どこ触ってるんですか! 痛い、痛いですって』

『つれない事言うなよ。俺とお前の仲じゃねーか? なぁ』

『あ、やぁ……あん! 痛い、痛いですってば!』

『すぐに良くなる。我慢しろ』

 

 沈黙が、廊下を支配した。

 紫と妖夢が顔を真っ赤にして俯き、幽々子が口元を隠したまま『にやぁ』としか表現しようがない邪悪な笑みを浮かべ、小声で呟いた。

 

「あらやだ。ややこしい事になってるわね~。まだ日も高いのに」

「な、なななななな……」

「あらら、紫ったら顔を真っ赤にしちゃって。初心ね~」

「は、はははっ、破廉恥な!」

「妖夢も負けじと顔が真っ赤で可愛いわ~。まぁ紫から話を聞く限りだと、そう悪くない仲だったみたいだしね~。あぁ、でも風祝さんは嫌がってるみたいかしら?」

 

 釣られるように紫と妖夢も、顔を真っ赤にしたまま小声で喋る。

 その努力が実ったのか、或いは幸か不幸か、襖の奥に気付かれた様子は無い。

 それを良い事に幽々子は音も無く襖に忍び寄り、襖を小さく開けて中を覗き込もうと―――

 

「って、何してるんですか幽々子様!?」

「いやいや妖夢。もし嫌がってる少女が手篭めにされそうな場面だとしたら、ここは颯爽と助けないとね?」

「絶対興味本位でしょう! デバガメ根性でしょう!?」

 

 小声で騒ぐという離れ業を披露する白玉楼主従。

 その後ろで紫は顔を真っ赤にして、両手で頬を抑えてオロオロしていた。

 妖怪の賢者・八雲紫。弱点は色事らしい。

 

 そしてそんなどうしようもない状況に、横から声。

 

「あれ? 貴方達、何してるの?」

 

 社務所の方から声をかけて来たのは、台所で料理をしていた鈴仙だ。

 ブレザーの上からエプロンを装備し、頭に付けた三角巾からぴょこんとへにょり耳が飛び出している。

 どうやら何かの用事があって台所からこちらに来たらしい彼女に対し、しかし紫は顔を真っ赤にしてイヤイヤしているだけで、会話が成立しない。

 代わりに返答したのは妖夢と幽々子だ。

 

「いやあの、鈴仙さん、この部屋で、その……」

「風祝さんと信者さんがね~……ほら、アレよアレ。男女の秘め事?」

「はぁ!? あいつら、私が料理引き受けてやったのに何やってんのよ!!」

 

 言うべき言葉を探して迷った妖夢と対照的に、直球で告げられた幽々子の言葉。

 それに鈴仙の眉がつり上がる。

 

 それもその筈。医者見習いである彼女、両者ともに怪我をした身で喧嘩をしていた早苗と西宮を見かねて料理を買って出て、その両者には置き薬の箱を渡して治療するように申しつけたばかりなのだ。

 だと言うに何をしているのかこいつらは、という怒りは正当な物だろう。

 そしてオロオロしている紫と妖夢、そしてどこか楽しそうな幽々子の横を通り抜け、鈴仙は躊躇なく襖に手をかけ、勢いよく開いた。

 

「人に仕事させて、なぁにを盛ってるかこのアホどもぉぉぉぉ!!!」

「はい?」

「た、助けて下さい鈴仙さん! 西宮が痛がる私に無理やり消毒液を塗ろうと!」

「そうしろってその鈴仙さんに言われただろ。ほら、消毒して傷薬塗ればすぐに良くなる(・・・・・・・)って」

「凄い楽しそうに迫って来たじゃないですかぁぁぁ! 西宮のドS! さですと!」

 

 そこに居たのは、消毒液の滴るガーゼを手に、どこか楽しそうに早苗ににじりよる西宮。そして彼から逃げるように鈴仙に飛びついて来た早苗だった。

 飛びつかれた鈴仙、一瞬驚いたものの状況をすぐに把握する。

 ―――つまりは『ああ、勘違いか』、と。

 

 いや、『あらあら、そういう事ね。残念残念』と嘯く幽々子の横で、紫と妖夢は沈黙。そして鈴仙は冷めた目でその両者を見つめる。

 早苗と西宮は状況を理解できず首を傾げるのみ。ニヤニヤ笑う幽々子と、冷たい目で見つめる鈴仙の前で、境界の賢者と庭師見習いは沈黙する。

 沈黙が重い。いや、痛い。

 

「……あんたら、そんな勘違いをするなんて……思春期ね。うん、恥ずかしい事じゃないわ。医者見習いとして保証するから、気にしないで」

「嫌ぁぁぁぁぁ! せめて笑ってよ、嘲ってよ!! そういう冷徹な反応が一番嫌ぁぁぁぁぁ!!」

「違うんです、私は、その、そういうんじゃないんです鈴仙さぁぁぁぁん!!」

 

 そして状況を理解できない早苗と西宮、そしてにやにやと楽しそうな幽々子の前で、狂乱した紫と妖夢が鈴仙に縋り付いたのだった。

 


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