東方西風遊戯   作:もなかそば

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宴会部分はさほど加筆せず、エピソードの追加という形になりそうです。


宴会(中)

「じゃあ妖夢はとにかく材料を切ってって! 西宮は無理しない程度に、自分の作れる料理!」

「はい、分かりました鈴仙さん!」

「別に怪我ったって、料理くらいなら不都合そこまで無いんですけどね」

 

 守矢神社の社務所に作られた台所に立つのは陣頭指揮を取る鈴仙、そしてその補佐である妖夢と西宮だ。

 

 表の方では紅魔館、永遠亭、白玉楼+八雲一家という、幻想郷でも屈指の組織の長達が酒を酌み交わしている。恐らく二柱もそこに加わり、親交を深めている事だろう。

 加えてぽつぽつと他の幻想郷の住人、つまりは鬼だの騒霊だの七色人形遣いだの人里の守護者だの、或いは神奈子や諏訪子以外の八百万の神や、果ては妖怪の山の住人である河童や天狗まで来る始末だ。

 流石に天狗の長である天魔は来ていないが、射命丸が椛を含む若手を数人連れて飲みに来たのである。

 曰く、『天狗の里もこれからは徐々に外と交流を始めねばなりませんからね。まぁ手始めと言う事で』との事である。彼女は彼女なりの考えがあるのだろう。

 

 ともあれ先の騒動の後、紫が幽々子に宥められて肩を落としたまま表の宴会場に向かい、妖夢が『汚名挽回です!』と間違った言葉を叫びながら、鈴仙の手伝いを所望。

 そして客人にばかり働かせては守矢神社の恥と、結局消毒して薬を塗り終わった所で料理に復帰を宣言した西宮の三名は現在、そんな徐々に規模が大きくなる宴会に対応する為、料理とつまみの作成を行っている最中なのだ。

 

 一応参加者達が各々好き勝手に酒なりつまみなり持って来ているが、盛り上がってくればそれでは足りるまい。

 三者は大急ぎで料理に取り掛かる。その後ろで、

 

「鈴仙さん、私は何をすれば良いですか!?」

「その辺で穴掘ってそれを埋める作業を繰り返してて!!」

 

 初手から米を洗剤で洗おうとした早苗が、戦力外通告を受けて立っていた。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 一方、表の方ではそろそろ本来の開始時刻になろうという頃で―――しかし既に宴はかなりの盛り上がりを見せていた。

 神奈子や諏訪子も挨拶も兼ねて様々な人妖と酒を酌み交わし、応じる側も盃を高く掲げてそれに応える。

 どうやら提案者である紫の言う通り、この宴会は守矢神社が幻想郷に対して自らの存在を自己紹介する為、非常に効果的に働いているようだ。起こした異変を肴にこうして酒を飲みかわすのが、幻想郷の流儀なのだろう。

 

 ちなみに提案者にして功労者である八雲紫は、先の勘違いの件で落ち込んだ結果、神社の外壁に向かって三角座りをした挙句に壁に向かって愚痴を吐いていた。

 

「ふふふ……ええ、そうよ。悪い? 大妖怪ともあろうものがあんな恥ずかしい勘違いをして悪いの? 仕方ないじゃない、なんで消毒液を塗られるだけであんな艶っぽい声を出すのよ。ゆかりん乙女だもん、思春期だもん、勘違いしたって仕方無いじゃない……ねえ貴方もそう思うわよね?」

「咲夜ー、あのスキマは何をしてるの?」

「お嬢様、アレは人生の敗北者という奴です。余り直視しない方が良いですよ。視覚からスキマ菌が感染します。どうしても視界に入れる必要がある場合は、ガラスを通すか鏡の反射を使って視認しましょう」

 

 負のオーラを発しながら壁に話しかける様子たるや、はっきり言って誰も近寄りがたい威容、いや、異様であった。

 そしてそんな一部の例外を除いて宴が非常に盛り上がっている頃、

 

「……開始時刻はまだの筈なんだけど、何でもう始まってるのよ。しかも主賓である筈の私とかガン無視で」

「おーおー、盛り上がってるじゃないか。どれ、私も混ざらせて貰おうかな」

 

 ―――守矢神社とは別の意味での、この宴の主役。主賓である博麗霊夢の到着であった。

 横には一緒について来たのだろう。魔理沙も箒に跨って飛んできている。

 

「……って言うか魔理沙、アンタ天狗の里に突っ込んで大暴れして帰っただけじゃない。何で来たのよ」

「おいおい霊夢、宴会に私を呼ばないなんざ、おでんを食べに行って卵を頼まないようなもんだぜ?」

「私、おでんの卵ってモッサリしてて好きじゃないのよね。大根のが好き」

 

 などと会話をしながら宴会場に降り立った二人に、周囲の酔っ払いどもから歓迎の声が上がる。

 特にわざわざ立ち上がってそちらへ向かったのは、この神社の神の一柱である神奈子だ。

 

「すまないな、博麗。急な宴会だが楽しんで行ってくれ。怪我は大丈夫か?」

「なんとかね。飲んで騒ぐくらいなら問題無いでしょ」

「へぇ、アンタがこの神社の神様か。私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ。宜しくな」

「ああ、宜しく頼むよ霧雨。あと正確に言うならば、この神社で祀られているのは私だけではないのだが―――」

 

 ちらりと神奈子が視線を向けた先では、紅魔館組と一緒に酒を飲んでいる諏訪子の姿。

 より正確に言うならば、レミリアと諏訪子が互いに絡み酒を行っている状態である。

 この両者、互いに幻想郷の少女達の中でも特に外見年齢が低い部類なので、その二人が酒を酌み交わしていると中々に外界基準では背徳的な光景だ。

 

「祟り神ねぇ。あっちの大きい方の神は霊夢とやり合ったそうだけど、貴様は何もしていなかったそうじゃないか。外見も何と言うかチビっこいし……本当に凄い神なのか?」

「んだこらミシャグジ様舐めるなよ吸血ロリータ! チビっこいってんならアンタだってそうじゃないか!」

「な……! 何を言うかこの蛙娘! 私を見て分からんのか、この立ち昇る大人の色香が……!」

「乳臭さなら立ち昇ってるけどねぇ!」

「き、貴様言っちゃならん事を言ったなァァァァァ! そこまで言うなら貴様の実力、この気高き夜の女王、レミリア・スカーレットが測ってやろうではないか!!」

 

 そして売り言葉に買い言葉で、神社からやや離れた空へ飛んで行く二人。程無くして宴会場から少し離れた空に派手な弾幕が飛び交い始めた。

 神さびた古戦場(※即席)を舞台に、吸血ロリータVSケロケロロリータの対決である。酔っ払いどもが飛び交う弾幕を見て歓声を上げた。

 

「……まぁ、もう一人の神はあんな感じだ」

「あー、まぁ、元気で良いんじゃね? レミリアと正面切ってやり合えるなら相当なもんだ。そのうち私もお相手願いたいもんだぜ」

「まぁ私に面倒かけないなら何でも良いわ。それじゃ、宴会を楽しませて貰うわよ」

 

 困ったような神奈子の言葉に、魔理沙はからからと笑って、霊夢は興味が無さそうに答える。

 そうして挨拶を終えた霊夢と魔理沙が宴会場に入ると、神社の方から元気な声が宴会場に響き渡った。

 

「皆さーん、お料理の追加が出来ましたよー!!」

 

 そう言いながら神社の中から大きな皿と、そこに盛られた料理―――鈴仙が作った筍御飯や、筍と人参のピリ辛炒め。並びに西宮が作ったブルスケッタ、冷製パスタなど―――を持って来たのは東風谷早苗だ。

 縁側にテーブルを置き、そこに並べられた料理に宴会参加者達が群がって行く。

 ちなみに『追加が出来た』などと言いつつも、彼女は料理自体には一切貢献していない。

 

 ともあれ映画やゲームで良く見る生存者に群がるゾンビの如く、料理に群がる酔っ払いの群れ。

 その勢いをニコニコして眺めていた早苗だが、霊夢に気付くと小走りでそちらに近付いて行く。

 

「霊夢さん、来てくれたんですね!」

「タダ飯の機会は逃さないわよ、私は。……随分と宴会は盛り上がってるみたいね」

「ええ、皆さん気の良い人ばかりで……こんなに楽しんでくれると、もてなす側も嬉しいですね!」

「そう、それは良かったわね」

 

 繰り返すようであるが、彼女は料理には一切貢献していない。

 

「あ、そうだ。霊夢さん、異変が終わったら一つお願いしたい事があったんです」

「お願いしたい事? 面倒事じゃないでしょうね」

「えぇと、どう取るかは霊夢さん次第ですけど……」

 

 そして、にべもない霊夢の言葉に早苗が苦笑。

 しかしそれも一瞬で、彼女は咳払いと共に霊夢に向き直り、

 

「霊夢さん、私とお友達になって下さい!!」

「……え?」

 

 両手を胸の前で握って、精一杯叫ばれた言葉に、珍しく―――非常に珍しく、霊夢が驚きを完全に顔に出して硬直した。

 対する早苗はそのまま前進し、霊夢の手を握り締める。

 

「風祝と巫女という違いはありますけど、同じ神に仕える身として霊夢さんの戦いぶりに感動したんです! 人の身でありながら、あそこまで霊力神力を使いこなすなんて……いつか私も霊夢さんみたいになりたいんです!! それにあの短いやり取りでしたけど、霊夢さんは良い人だと思いましたし、是非とも私とお友達になってください!!」

「え、あの、ちょっと……」

「おぉ、こりゃ珍しいぜ。霊夢が慌てる姿だ」

 

 にやにやと笑った魔理沙が、横合いから『良いんじゃないか? 可愛い後輩が出来たみたいで』などとからかうような口調を霊夢に向ける。

 対する霊夢はあまりにも明け透けに好意を向けて来る早苗にたじたじであった。

 

 誤解の無いように言っておくが、元々博麗霊夢は他人に好かれ易い少女である。

 紫のように彼女を娘同然に想っている者も居るし、魔理沙やレミリアなどの彼女を大事な友人と考えている者も多い。

 ―――が、いかんせん幻想郷の人妖は割と素直じゃなかったり、持って回った言い回しを好んだりする。

 特に歳経た人外はその傾向が強く、加えて言うならば霊夢が好かれ易いのは魔理沙のような例外を除けば何故かそういう歳経た人外が多かった。魔理沙も素直に好意を表す方でもない。

 

 それが何を意味するかと言えば―――博麗の巫女という特殊な境遇も相まって、彼女は同世代の少女からこういった明け透けな好意を向けられる事に慣れていなかったのだ。

 博麗霊夢、珍しく驚いて腰が引けている。

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! いきなり友達になれって……」

「駄目、ですか……?」

「いやいや、酷い奴だなぁ霊夢は」

「ああもう、そんな目に見えて落ち込まないでよ!! ―――魔理沙、何笑ってるのよ!?」

 

 早苗を動物に例えるならば、間違いなく犬であろう。

 叱られて尻尾を垂れる犬のように、早苗は霊夢の言葉に落ち込んだ様子を見せる。

 そして笑う魔理沙に、怒る霊夢。

 やはり彼女はどこか育ての親同然である八雲紫に似た部分があるのだろうか。壁際で体育座りをしているスキマ妖怪同様、霊夢もどうやら早苗相手だとペースを崩される部分があるようだった。

 

 そしてそんな騒ぎになっている場所に、近付いて来る姿が一人。

 長い黒髪を持ち上品に笑う―――ただし先程までは品を投げ捨てた罵り合いをレミリアとしていた―――その女性の名を、蓬莱山輝夜。

 永遠亭の主にして、かの伝承に語られる『かぐや姫』。何人もの貴公子の求婚を断った求婚バスターである。

 

「随分と慌ててるわね、霊夢。貴方はこういう相手は苦手だったのかしら」

「輝夜、あんたねぇ……ややこしい時にわざわざ首突っ込んで来るんじゃないわよ」

「あら、別にややこしい事は無いじゃない。素直な後輩に懐かれて困るクールな先輩、テンプレよテンプレ」

 

 ころころと笑う月の姫に、霊夢は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 その横の早苗は急に乱入して来た輝夜に目を白黒させ、

 

「えぇと……」

「はじめまして、山の上の巫女。私は竹林の永遠亭の主、蓬莱山輝夜よ。イナバからも話は聞いていたわ」

「イナバ……あ、鈴仙さんですか。という事は、貴方が竹林のお医者様ですか?」

「それは私の従者の永琳のこと。私は姫だから……そうね、ペットを愛でるのが仕事かしら?」

「非生産階級って奴だな」

「優雅で良いじゃない」

 

 からかうような魔理沙の言葉に、輝夜が楽しそうに笑い声を上げた。

 先程までレミリアと煽り合いをしていたとは思えない泰然自若とした態度に、からかっても無駄かと判断した魔理沙が肩を竦める。

 

 そして霊夢は未だ憮然とした様子で輝夜を指し、

 

「ちなみにこいつ、実は外の世界でも物凄く有名人よ。『かぐや姫』って早苗も知ってるでしょ?」

「え? ええ。えーと、『今は昔―――』」

 

 思い出すように中空を見ながら、かぐや姫の伝承を呟き始める早苗。

 自分から早苗の興味が他所へ逸れた事で一息吐く霊夢に、自分の事を思い出した早苗がどんな反応をするか楽しみにしている輝夜、そして成り行きで見守っている魔理沙。

 その三者の前で早苗は、

 

「『―――竹取の翁というかぐや姫ありけり』」

「「ぶふっ!?」」

「ちょっと待てェェェェェェ!? お爺さん!? 私が竹取の翁!!?」

 

 竹取の翁とかぐや姫を組み合わせた、全く新しい昔話を展開した。

 まさかの竹取の翁=かぐや姫説。当の本人である輝夜が全力で突っ込みを入れ、横では魔理沙と霊夢が吹き出した。

 それを見て自分の間違いに気付いた早苗が、慌てたように訂正する。

 

「あ、えと、ごめんなさい。なんとなくの大筋は覚えてるんです。確かかぐや姫がスペースインベーダーだったんですよね」

「スペースインベーダー!? せめて宇宙人とか月人って言ってよ! 何その安っぽい光線銃とか持ってそうな単語!! 『光る、回る、音が出る!』みたいな!」

 

 ばたばたと腕を振り回して訂正を要求する輝夜に、早苗は困ったように首を傾げる。

 輝夜としても、なまじ早苗に悪意やからかいの意図が全く無いだけに、かなり対処に困るようであった。

 

「……どうよ。私がペース乱されるのも分かるでしょ?」

「凄いな。霊夢に続き輝夜まで手玉に取るか……」

 

 そしてそんな輝夜と早苗を見ながら溜息を吐く霊夢に、感心したように頷く魔理沙。

 彼女達に構わず、周囲の酔っぱらいの殆どは遠くに見えるロリータVSロリータの弾幕戦に歓声を上げている。

 数少ない例外は弟子を労おうと神社の中に足を向けた月の医師と、カップ麺を奪取する為にその医師にやや遅れて神社に向かった千里眼わんこ。そして未だに壁に話しかけている境界の賢者くらいのものであった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 一方、神社の台所では妖夢が必要な材料をほぼ切り終わり、皿にあけた所であった。

 それを見た鈴仙が満足げに頷き、

 

「良し。一通り材料は切り終わったみたいね。料理の方はあんまり大人数だと却ってやり難いし、妖夢は宴会の方を楽しんで来て」

「えっ。良いですよ、まだ手伝えますから」

「手伝って貰おうにも、スペース自体が手狭なのよ。ほら、そっちの主の世話もあるでしょ。こっちは大丈夫だからさ」

「うーん……確かに幽々子様を余り放っておくわけにも……。すいません、お言葉に甘えます」

 

 苦笑しながらも重ねて言う鈴仙の言葉に、妖夢が迷いながらも結局頷く。

 彼女は立ち去り際に残った二人に頭を下げ、台所から離れて表の宴会に向かっていく。

 残されたのは鈴仙と西宮だ。

 

「貴方もキツいようなら戻って休んでてくれても良いわよ。もし料理が不足したら不足したで、来てる連中で勝手にどうにかするでしょ。各々持ち込みもあるみたいだし」

「いや、客人に任せきりというわけにもいかんでしょう。流石に喧嘩さえしなければ、ドクターストップかけられる程の傷でもないでしょうしね」

「まぁね。って言うかなんでその怪我であんな喧嘩に発展したのよ……」

 

 呆れたように言う鈴仙。その様子には、彼女らしくもなく余り他者への壁が感じられない。

 それもその筈、先程の台所で喧嘩しようとしていた二人へのマジギレと、その後で調味料の場所を聞きに行った所でのスキマ+白玉楼主従の勘違いなどもあって、鈴仙は早苗と西宮に対する評価を『他人』から『手のかかる患者』へとランク変動させていたのだ。

 ……ランクアップかランクダウンかはその人の判断によるだろう。

 

 ともあれ、医者見習いとしては強い責任感を持つ彼女。

 どうやら西宮と早苗に関しては医者と患者として接する事で、逆に垣根が薄れたようである。

 妖夢に関しても以前の永夜異変の後で通院していた時に友人関係となったので、彼女は割と医者として付き合った相手には遠慮が無くフランクな性質なのかもしれない。

 いや―――

 

「大体ね。小さな怪我だからとか思ったら駄目なのよ。きちんと消毒しないと化膿する場合もあるし、そもそも貴方は感染症の恐ろしさという物がね……」

「いやあの、別に甘く見ていたわけじゃ……」

「良いから黙って聞きなさい。薬があるから大丈夫とか思っちゃ駄目なの。その薬を有効に使う為には個々人の日頃からの注意が大事で、究極的には薬は使わないに越した事が無いんだから。師匠の受け売りだけどね」

「えーと……はい」

 

 ―――フランクというか、それを通り越して世話焼きお姉さんへと変貌した鈴仙。

 延々と続く医療知識を交えた彼女の説教に対し、しかし原因が自分の方にあるのは分かっているので、素直に頷くしかない西宮。

 そして、彼女が医者を志す原因となった女性がその場に来たのはそんな時の事だ。

 

「だから、怪我をした時には最初の処置が重要で―――」

「うどんげ、ちょっと良いかしら?」

「あ、師匠? どうしたんですか?」

 

 宴会を抜け出して来た八意永琳、弟子を探しに台所に来たものの、並んで料理をしながら患者に説教を続ける弟子を見て苦笑しながら声をかける。

 振り返った弟子に対して、内心では微笑ましく想いながらも殊更に厳めしい顔を作り、

 

「言ってる事は正論だけど、余り言い過ぎても相手が意固地になったりして逆効果になる場合もあるわ。そこの彼はきちんと聞いてくれてるみたいだから良いけどね。説教も薬と同じ、用法容量は適切に。必要だったらガツンと言わなきゃいけないのは当然だけど」

「う……はい、ごめんなさい、師匠」

 

 そしてしゅんとしたように頭を下げる鈴仙。頭の上のウサ耳も、心なしか力無く萎れた。

 そんな彼女に対して援護射撃をしたのは、横に居た西宮だ。

 

「申し訳ありません、竹林のお医者様。元はと言えば俺が馬鹿な事をしたせいで鈴仙さんに説教をさせてしまったので、原因はこちら側なんですよ。むしろ内容としては非常に為になるものですから、ありがたいくらいです」

「あら、聞き分けの良い患者さんね。貴方みたいな人ばかりだったら助かるんだけど」

 

 言外に『だから、そう責めないで下さい』と告げられた言葉に、嬉しそうに永琳は頬に手を当てる。

 愛弟子である鈴仙が医者として患者に慕われているのだ。それが悪い気になろう筈が無い。

 

「まぁとにかく、怪我人の貴方も、うどんげも。今作っている分が終わったら料理は切り上げなさいな。場は結構温まってきて、料理の消費ペースも落ち着いてきたしね。あとは必要だったら必要に感じた人が色々持って来るだろうし、各々持ち込みもあるし、今作ってる分が終わったら貴方達も楽しむ側に回りなさい」

「あ、皆さん結構持ち込んでくれたんですね。分かりました、わざわざありがとうございます」

「……そうですね。患者が無理しないなら、私が手伝う理由も薄れますし」

 

 そして永琳の言葉に西宮と鈴仙が頷く。

 新たな闖入者が来たのは次の瞬間だ。

 

「ちわーッス! 西宮君西宮君、『かっぷめん』は無いんスかー!」

「出たな駄犬」

「誰が駄犬ッスか負け犬」

 

 永琳の後ろからぴょこんと顔を出したのは、永琳にやや遅れて宴会場を抜け出した椛だった。

 目的は―――先の台詞の通り、彼女がここ数日で嵌ったカップ麺である。

 宴会ついでにあれを食べられないかと思った彼女、直接調理場に交渉にやって来たのだ。

 

「まぁあるにはある。……そうだな、幻想郷だと珍味の一種だろうし、折角だからある程度放出しちまうか」

「おお、話が分かるッスね」

「ちょっと待ちなさいよ。カップ麺って外の世界のインスタント食品よね? 身体に悪いわよ」

 

 カップ麺ばかりあっても仕方ないと考える西宮、折角だから出してしまうかと思考し、椛がそれに嬉しそうに賛同する。

 その言葉に横から噛みついたのは鈴仙だ。対する椛は頬を膨らませ、それに反発する。

 

「ぶーぶー。兎さん頭が固いッスよ。たまの宴会だからそういう品が出たって良いじゃないッスかー」

「それにまぁ、身体に悪いからって捨てるよりは良いかと。むしろこういう場で消費させてくれるとありがたいですね。……こんなもん沢山抱え込んでても困るし」

「む……それは確かに。分かったわ。でも食べ過ぎないように」

 

 結局は椛と西宮の言葉を受けて、鈴仙も納得したのだろう。

 渋々と言った様子で頷く彼女に、しかし椛はぼそりと呟いた。

 

「なんかその辺口煩いと、おばーちゃん思い出すッス」

「誰がお婆ちゃんよ。言っておくけど私、幻想郷の住人じゃまだ若い方だと思うわよ」

「それ言うならボクもそうッスよ。まぁ流石に西宮君よりは上ッスけど」

「いや人間と比較すんなよ妖怪」

 

 椛の言葉に、先程とは逆に今度は鈴仙が反発。話題が西宮に飛び、しかし彼は呆れたように返すのみ。

 そしてそれらの会話を聞いていた月の頭脳は、ぼそりと呟いた。

 

「あら、じゃあ西宮君だったわね。貴方は私と同じくらいの歳かしら」

 

 永琳が放ったその爆弾発言(ざれごと)に、西宮と鈴仙は『それはない!』と突っ込みそうになるのを全霊を費やして踏みとどまった。

 実年齢にしては無理があり過ぎるし、外見年齢にしてももう五歳程度は上に見えるのである。

 付き合いが長く永琳の実年齢をある程度知っている鈴仙は特に突っ込みを入れたかったが、全霊の気合いで堪えた。

 

 恐らくは冗談なのだろうが、笑うべきか。スルーすべきか。それともまさか突っ込むべきなのか。

 攻略法の見えない『やごころ☆えーりん十七歳』の言葉に、二者が同様に凍りつく。或いは天真爛漫な早苗辺りならばさらりと切り返せるのかもしれないが、なまじ世慣れしている分、西宮と鈴仙は対応に困って硬直してしまう。

 

 その状況を救ったのは、まさかの犬走椛だった。

 

「あれ、そうだったんスか。じゃあお医者さんよりボクの方が年齢的に先輩ッスね!!」

 

 ―――訂正。更に状況をカオスに巻き込んだのは、やはり犬走椛だった。

 満面の笑みで告げられた言葉。それには一切の悪意も何も見えず、つまりは純粋に本気と書いてマジだった。

 西宮と鈴仙が硬直を通り越して停止し、余りに余りの発言にピタリと止まる。両者の頭脳は完全にオーバーフローする。

 そして二人があわや月の頭脳のお怒りかと覚悟を決めた瞬間、

 

「あら、うふふ……そうね、そうなるかしら。不束な後輩ですが、御鞭撻のほどよろしくお願いしますね、先輩」

「うんうん、良い返事ッス。山関係で困った事があったらボクに言うッスよ!」

 

 予想の斜め上に天元突破した椛の言葉が、却ってツボに嵌ったのだろうか。

 くすくすと笑いながら冗談めかして椛を『先輩』と呼ぶ永琳に、胸を叩いて請け負う誇らしげな椛。

 その様子が面白かったのだろう、永琳は更に楽しそうに、口元に手を当てて上品に笑う。

 

「ええ、お願いしますね先輩。ですがまずは、向こうで宴会を楽しみましょう。二人とも、今作ってる分が終わったらさっきも言ったように宴会を楽しみなさいね?」

「あ、そうッスね。西宮君、後でカップ麺持って来るんスよー。先輩命令ッス!!」

 

 そして椛に先導されるように去って行く月の頭脳。

 去り際に聞こえて来た、『あらやだ。私って本当にそれくらい若く見えるのかしら』という心底嬉しそうな呟きに対し、鈴仙と西宮は紳士的にスルーを決め込んだ。

 そして二人が去り、彼女達が来る前に火にかけていた鍋が沸騰を始めるまで硬直を続けてから、

 

「……鈴仙さん。実際あの人、お歳は……?」

「女性に歳を訪ねるのは止めた方が良いわよ。……まぁでも多分、私の百倍は軽く超えてると思う……」

 

 何とも言えない空気での会話。

 そして鍋が沸騰を通り越して吹き零れるに至って、ようやく二人はのろのろと料理を再開したのだった。

 

 

 ―――早苗相手にペースをかき回されて疲れた輝夜が、白狼天狗に酌をする永琳という有り得ない光景を見て仰天するのはもう少し後の話であった。

 




 後日、天狗の里に天魔が文と椛を呼んで曰く。
 
「不本意じゃが、これからは徐々に我ら天狗も外との交流を始めねばなるまい。スペルカードルールにも積極的に関わらねばなるまいいやぁ残念じゃなぁ!!」
「天魔様、少しは残念そうな顔をしてください。もっと頑張れるでしょう」
「なんじゃ文、口煩いのぉ。まぁとにかく、その先駆けとして文、犬走。そなたらの持つ人脈を、まずは教えて貰いたいのじゃ」
 
 その言葉に射命丸と椛は答えて曰く、

「そうですね、一応知人は広域に渡って居ます。何らかの口利きが出来るレベルの友人となると、八雲と守矢神社と言う所でしょうね。椛はどう?」
「守矢の巫女さんとは友達でー、神職見習いの西宮君はボクの弟子ッス。あと、竹林のお医者さんはボクの後輩ッス」
「えっ」
「えっ」

 予想の遥か斜め上にあった椛の人脈に、硬直する射命丸と天魔だった。

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