東方西風遊戯   作:もなかそば

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宴会(下)

 西宮と鈴仙が最後の料理を終え、その料理を運び出した時―――既に宴会場は完全に出来上がっていた。

 あちこちで人妖が酒を酌み交わし、或いは騒ぎ、或いは潰れての無礼講である。

 ロリータ同士の弾幕バトルは引き分けに終わり、諏訪子は神奈子の隣で酒を飲んでおり、レミリアは霊夢や早苗、魔理沙の元でやはり酒を飲んでいる。両者ともに心なしかボロボロだが満足げではあった。

 

 その代わりと言うように、神さびた古戦場(※即席)では他の人妖による弾幕が展開されていた。

 先のレミリア・諏訪子戦に勝るとも劣らない絢爛豪華な弾幕。

 小柄な影が放つそれは『集束』と『拡散』を軸とした力押しの弾幕で、もう片方は手にした枝のような物から放つ虹色の弾幕で対抗しているように見える。

 共通するのはいずれも異変の首謀者クラスの実力者であると言う事だ。

 

 西宮からすれば初めて見る、幻想郷でも最上位に位置する者同士の弾幕戦。遠くに見えるそれに、思わず目を奪われる。

 料理の皿を手に持ったまま、彼は思わず足を止めてその弾幕に見入っていた。

 

「……すっげぇな」

「あれは鬼と……もう片方はウチの姫様ね。宴会ではよく誰かが弾幕やったりするのを肴に飲んだりもするのよ」

「鬼っつーと、まぁ日本妖怪の代表ですね。んじゃ、それと張り合う鈴仙さんのところの姫様って何って話になるんですが」

「……んー、かぐや姫って言って通じる?」

 

 困ったように鈴仙が告げた言葉に、西宮が数秒中空を見るようにして思考を巡らせ、

 

「昔々あるところに、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり」

「そうそれ」

「ちなみに東風谷に聞くとこの辺から話がワープ進化を開始する気もするんですよね。以前あいつ近所の子供相手に桃太郎を話す際に、『お爺さんは山へ人狩りに、お婆さんは川へ干拓に行きました』とか言ってたし」

「干拓って普通海よね。川でやるもんじゃないわよね。って言うかお婆さんがどうでも良くなるくらいに、お爺さんがアグレッシブというか世紀末よね」

「ヒャッハー奪え奪えーとでも言うようなお爺さんだったのでは」

「医者として言わせてもらえば、恐らくその老人には生涯介護は要らないわね。……姫様相手に変な昔話を披露しないと良いけど、あの風祝さん」

 

 時既に遅し。後のフェスティバル。アフター・ザ・カーニバル。平たく言えば後の祭りであった。

 よもや東風谷早苗が先んじてかぐや姫=竹取の翁という新説を語っていたとは夢にも思わない二人、会話しながらも料理を適当にテーブルに並べて行く。

 

「ウチの姫様って、実はその話に出て来る『かぐや姫』なのよ。あの弾幕はその伝承に出て来る難題を元にしてるのよ」

「……またブッ飛んだ話になったなぁ。神、妖怪、そしてかぐや姫ですか。何でもありだな幻想郷」

 

 呆れたような西宮の溜息と同時に、料理が並べ終わる。

 すぐさま目端が利き、なおかつまだ食べる気のある数名が集まってきた。

 

「あらあら、今度の追加は煮物とチーズフォンデュね~。兎さんは和食、そちらの信者さんは洋食派かしら」

「幽々子様、がっつかないで下さいよ、はしたない」

 

 真っ先に来たのは亡霊の姫、西行寺幽々子。

 その後ろからついて来た妖夢が呆れたように言うが、幽々子は構わず料理に手を出して御満悦だ。

 素手で煮物を摘まんで食べると言う無作法に、妖夢が後ろで渋い顔をしている。

 対する鈴仙と西宮は苦笑しながら、

 

「他の人の分まで食べないで下さいよ」

「まぁ、喜んで頂けたなら幸いですけど」

「ええ、美味しいわ~。私には妖夢の料理が一番だけど、やっぱりたまには違うタイプの料理を食べないとね~」

 

 さりげなく従者自慢を入れるその言葉に、褒められた妖夢が顔を赤くする。

 そんな従者を横目で見ながら幽々子は笑い、宴会場の二箇所を順に指差した。

 

「まぁ、貴方達もお疲れ様ね。永遠亭の薬師さんはあちら、風祝さんはあちらに居るわよ~。もう料理の追加は要らないだろうから、楽しんでらっしゃいな」

「ええ、ありがたく――――って、あの。何で師匠がカップ麺食べてる白狼天狗に酌をしてるんですか。何あのカオス。ぶっちゃけ力関係おかしいでしょう。横のてゐがドン引きってどういうレベルよアレ」

「薬師さん、若い子扱いされて舞い上がってるわね~。そういう意味で、白狼天狗の子は大した策士と言えるのかしら。いえ、策じゃなく総天然ね、あれは。無為無策が転じて賢者が如き結果を引き寄せる。そういう意味では、得がたい才の持ち主とも言えるけど」

 

 煮物を摘まんだ指を、ぺろりとどこか艶めいた動作で舐めながら、幽々子が飄々と笑う。

 対する鈴仙は、敬愛する師匠の突発的な奇行を見ながら嫌そうな顔だ。今から自分があのカオスに踏み込まねばならない事を考えたからだろう。

 或いは遠くで弾幕戦をしている輝夜も、あのカオスに巻き込まれるのを嫌がって弾幕戦に逃げたのかもしれない。

 

「……まぁ、嫌ですけど私は向こうに戻ります。西宮君、飲みすぎないように」

「了解です、ドクター鈴仙」

「宜しい」

 

 ドクターと呼ばれた鈴仙が、嬉しそうに、かつ僅かに照れたような笑みを浮かべて永遠亭のメンバー(+椛)が酒盛りをしている方へ戻って行く。

 それを見送ってから、西宮は白玉楼主従に一礼。

 

「それでは私もこれで失礼致します。西行寺様も魂魄さんも、どうか楽しんで行って下さい」

「本当に礼儀正しい子ね。相手に応じて使い分けている、要領の良い子と言うべきかしら」

 

 その一礼に対し、幽々子は僅かな笑みと共に言葉を返す。

 礼儀正しさを評価している一方で、しかしその口調と表情にはさして相手を褒めるような色は含まれていない。頭を下げていた西宮からは見えていないが、むしろ僅かに眉根を寄せる事で、否定的な感情すらその顔には浮かんでいる。

 

 そして西宮が早苗の方へ向かうのを待って放たれた言葉は、より明らかな否定要素を含んでいた。

 

「―――けど、その要領の良さが仇になる事もある。天狗や紫のように賢しさを美徳とする相手には好かれるでしょうが、反面それを小賢しいと断じる相手からの心象は悪くなるわ。そうね、幻想郷の上位者の中では、鬼や吸血鬼、あとは花畑の妖怪辺りが危ないかしら」

「……幽々子様、それ本人に言ってあげましょうよ」

「いやいや妖夢、別に私は賢しさが悪いとは言ってないわよ。今はまだ、言った所で混乱するだけでしょうし、賢者が幻想郷で疎まれているわけでもないしね~。でも賢しいのと小賢しいのは別で、彼は未だにその境界線上に立っているわ~」

 

 幽々子は呟きながらも、再度煮物を手で摘まむ。

 背後の妖夢が諦めたような溜息を吐いた。

 

「んー、美味し。……それで、えっとね~。小賢しさと賢さの境界は曖昧だけど、私はそれはどれだけ他者を利せるかによると思っているわ~。器の大小と言い換えても良いわね。―――自分を利する為だけに知恵を使う者は小賢しく、その過程で他者を想い得る器があれば賢者。故に賢者は慕われ、小賢しい者は嫌われる。……まぁ、私見だけどね~」

「その論で言うならば、天狗の里・射命丸さん達、そして自分が所属する守矢神社の三つを利する策を出した西宮さんは、賢者に該当するのではありませんか?」

「だから私も断定はしていないのよ~。言ったでしょ、『境界線上』なの。幻想郷基準で見れば些か過度なくらいに目上を立てる彼の言動は、ともすれば強者に媚びる姿勢になりかねない。外の世界にありがちな処世術で、そして彼自身もそういった事は必要な事と考えている節があるわ~。それを悪い考えとは言わないけど、行き過ぎれば信を失う。彼が守矢神社の外交交渉の窓口に成り得る立場だというのを考えると、それは好ましくないのよね~」

 

 そのまま指を舐め、幽々子は次にチーズフォンデュに目を付ける。

 小さく切られたフランスパンをチーズに浸し、嬉しそうに口に運び、

 

「もぐ……あら、洋酒に合いそうね~。―――ん、ごほん。まぁ、要はバランスよ~。霊夢や魔理沙と違い、彼は決して強くない。故にまずは他者に礼儀を以て話す姿勢は決して悪くないわ。何の力や裏付けも無いのに、いきなり慣れ慣れしく話す輩よりは好印象ね~。ただ、彼は良くも悪くも外の世界の感覚に染まり過ぎている」

「……それがつまり、彼に感じる『小賢しさ』ですか」

「ええ。そこから先、幻想郷で真に信頼を得るにはもっと別の何かが必要。つまりは彼はこの幻想郷の住人達から本当の意味で友誼を築き、信頼を勝ち得うるのか。一人や二人じゃなく、もっと大勢から―――つまりは幻想郷に受け入れられるのか。それが出来れば賢人となり得、出来なければ小才子で終わるでしょうね~」

「手厳しいですね」

「でも事実よ~」

 

 呟く幽々子の視線は宴会場の一角。

 風祝たる東風谷早苗が居る場所と、そこへ向かう西宮の後ろ姿を捉えている。

 

「さて、どうなるのかしらね~? 個人的にはどちらに転んでも面白い―――と言いたい所だけど、紫はこの神社を随分好いてるみたいだし……」

「幽々子様的にはどうですか?」

「保留ね。こんなすぐに結論なんか出せやしないわよ。ただ、悪い感じはしないわ~。少し無骨な軍神様も、幼そうに見えて割と腹黒い一面がありそうな祟り神様も、天真爛漫な風祝さんも、良くも悪くも賢しげな信者さんも」

 

 言って幽々子は、小さく笑う。

 紫は幻想郷のバランスを考えて、外の世界から神々を引き込んで来たそうだが―――随分とまた、信者二人まで含めて面白そうな連中を引き当てたものだと思いながら。

 そして彼女は背後に控える半人前の従者に声をかける。

 

「―――妖夢」

「はい」

「貴方の判断でこの神社に関わり、必要だと思えば東風谷さんと西宮君に手を貸してあげなさい。彼女達も幻想郷には色々不慣れだろうしね~」

「心得ました。ただ、その場合の幽々子様のお世話は……」

「白玉楼には他にもお手伝いの幽霊は居るから大丈夫よ~。別段こっちに付きっきりになれってわけでもないしね。要は気にかけておいてあげなさい程度の話でしかないわ~」

「そう言う事でしたら承知いたしました。……やはり先程の基準で言うならば、幽々子様は『賢者』ですね」

 

 『結局この神社の皆さんの事を考えてるんですから』と笑う妖夢に、しかし幽々子は頷かない。

 薄く笑うだけで答える幽々子は、先の基準で言うならば自分はあくまで『小賢しい』存在でしかないと考えている。

 何故ならば守矢神社の人々と妖夢が関わることの真の目的は、神社の手助けなどではなく―――

 

「―――結局のところ、そこと関わった事で可愛い妖夢の成長の糧になるのではないか。その目的なんですものね~」

「……え?」

「なんでもないわ~。それより妖夢、この煮物、味が染みてて美味しいわよ~。貴方も食べて御覧なさいな~」

 

 そして桜の姫は笑いながら、従者の口元に煮物を押し付ける。

 慌てて『自分で食べれます!』と騒ぐ彼女を見ながら、幽々子は思う。

 偉そうな事を言ってしまったが、自分こそが『小賢しい小才子』にしか過ぎないのだと。

 何故なら自分は、常に自分が本当に好きな人々の為に動き、その為に他を利用する事も辞さない悪い女なのだから―――そう内心で呟きながら。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「あ、西宮ー! 料理は終わったんですか?」

「一応な」

 

 そして幽々子と妖夢に見送られて早苗の元にやって来た西宮。

 彼に一番最初に気付いたのは、当の早苗であった。歩いて来る西宮に手を振る彼女の横には霊夢が座り、霊夢を挟んで早苗の逆隣にはレミリアが腰掛けている。

 霊夢を挟んでレミリアと早苗も楽しそうに歓談している辺り、割と相性は悪くないらしい。

 そして霊夢とは逆隣の早苗の横に座って、日本酒の入ったコップを傾けていた魔理沙が西宮に声をかけた。

 

「おう、西宮じゃないか。やってくれたなこの野郎、お前の作戦で私は天狗の里に突っ込まされたんだって? 覚えてやがれよ」

「明日までな。っていうか俺まだお前に撃たれた部分が痛むんだが。そっちこそ覚えてやがれよこの野郎」

「今晩までな」

 

 互いに言い合い、シニカルな笑みを浮かべ合う魔理沙と西宮。

 元々サバサバした性格の魔理沙だ。恨みを引き摺るつもりは無いようで、その笑いには悪意も敵意も見えない。そこは西宮も同様である。

 

 そして彼は早苗の横に座っている霊夢とその横のレミリアに向き直り、丁重に礼をする。

 

「……失礼致しました。博麗の巫女様、紅魔館のレミリア・スカーレット様とお見受けします」

「きもっ」

「西宮、どうしたんですか? 頭でも打ちましたか?」

「おいお前、私に対する態度と霊夢やレミリアに対する態度が違い過ぎるだろ!」

 

 対する反応は、概ね不評だった。

 幻想郷きっての重要人物である霊夢、並びに紅魔館の主であるレミリア。その両者が相手故に、まずは礼儀正しく頭を下げた西宮。結果はご覧の有様である。

 

 当の片割れである霊夢からは「きもっ」の三文字で全否定。早苗からは真剣な目で心配され、魔理沙からはブーイングだ。

 一連の反応を受けた西宮は、がっくりと肩を落としながら呟いた。

 

「……いや、殆ど初対面のよーなもんですし、かの『博麗の巫女』や『紅魔館の主』相手に失礼があったら不味いかと思ったんですがね……」

「早苗や魔理沙から聞いてた印象と違い過ぎるわよ」

「ちゅーか私相手には初対面からタメ口だったのはどうなるんだ、オイ」

 

 そして霊夢と魔理沙からの酷評に、西宮が顔を手で覆って天を仰ぐ。

 

「……どんな印象が話されてたんですか、博麗様。あと霧雨、お前は俺との初対面がどんな邂逅だったか忘れたとは言わせねぇぞ」

「様付けは要らないわよ。ぶっちゃけ慣れてないし。……あとまぁ、聞いてた内容は……口が悪くて頭が回るけど弱っちい奴?」

「殆ど忘れてたっつの、その後のエイプキラーの印象が強すぎて」

「ロクな事言われてませんな。あと霧雨、その話はそこでストップだ」

 

 『エイプキラーって何ですか?』とでも言わんばかりの顔を西宮と魔理沙に向けて来た早苗(エイプキラー)

 彼女からの追及を逸らす為に西宮は魔理沙を口止めし、魔理沙は貸しになるとでも考えたのか、肩を竦めてそれを了承した。

 ちなみに霊夢は元々、エイプキラー云々の話には興味が無かったのだろう。会話内容に興味を示した様子は無い。

 

 そして魔理沙が沈黙した事以上に、そのエイプキラーの話題を横から断ち切る声が響く。

 西宮が来てから今まで沈黙を保っていた紅魔館の主、レミリア・スカーレットだ。

 

「つまらんな」

 

 冷めた言葉と冷めた目が西宮に向けられる。

 唐突なその言葉と態度に困惑したのは、当の西宮と早苗、そして横で話を聞いていた魔理沙だ。

 その中で一番復帰と反応が一番早かったのは、レミリアとの付き合いが長い魔理沙である。

 

「どうしたんだよレミリア。さっきまでご機嫌に霊夢に抱きついてカリスマブレイクしてウザがられていたじゃないか。何だ、何か機嫌を損ねるような事でもあったのか?」

「機嫌を損ねる事? 決まっているだろう、そこの男だ」

 

 鼻を鳴らすような小馬鹿にした笑いと共に、レミリアは西宮を睨む。

 『見る』ではなく『睨む』視線は、軽い怒りと失望が混ざっていた。

 

「正直な、私は期待していたのだよ。早苗は興味深い奴だ。好ましいと言っても良い。未だ未熟でありながらも霊夢に正面から立ち向かう胆力、勝てぬまでも足止めを為す実力、そして飾らず正面から相手と向かい合う心根。いずれも私からすれば好ましいと言える」

 

 だが、と一拍を置き、レミリアは西宮を指し示す。

 

「その相棒という男がどのようなものかと思えば、私がここに来る前に外の世界で散々見て来た人種と同様の対応だ。露骨に強者に媚びるその姿勢、実にくだらん」

「おい、止めろよレミリア。確かに幻想郷じゃ少ない対応だが、別に礼儀正しいのが悪いわけじゃないだろ」

「かもな。だが咲夜は外の世界で、そういう強者に媚び、しかし弱者に強く出る人種のせいで紅魔館まで流れ着いたのだ。時間を操る能力以外は単なる幼子にしか過ぎなかった人間が、その能力のせいだけで吸血鬼の館にだ。その男の対応は、そういう人種を思い出させる」

「あんた意外と従者想いよね」

「うるさい黙れ。今ちょっと真面目な話をしてるんだ」

 

 霊夢が横から呟いた言葉に、レミリアが顔を赤くして反論を返す。

 そんな彼女に横から食ってかかったのは早苗だ。

 

「レミリアさん、訂正して下さい。西宮はそんな事はしません!」

「そうか? 言葉だけなら何とでも言える。或いはそいつがお前やその主である神に従っているのも、それが奴にとって都合が良いからに過ぎないかも知れんぞ?」

「違います。だって、外の世界では守矢神社への信仰も潰える寸前で、諏訪子様も神奈子様も殆どの力を失っておられました。私も霊力を使う事も空を飛ぶ事も出来ない、ただの小娘でしかなかったんです。だというのに西宮は私と一緒に御二柱の為に尽力してくれていました」

 

 レミリアに反論する早苗の言葉に熱が入る。

 自らの相棒を貶された事に、強い憤りを感じているのだろう。

 強い視線と共に身を乗り出すようにして語る早苗に、彼女とレミリアの間に挟まれる形になっている霊夢がのけぞった。

 

「私が失敗したら、一緒に謝ってくれました。私が変な子だと虐められていたら、私を守ってくれました。私が泣いている時には、泣き止むまで手を握っていてくれました! ―――外では空回ってばかりで何の取り柄も無かった私と、ずっと一緒に居てくれました!! 訂正して下さい、レミリアさん!」

 

 肩を怒らせ叫ばれたその言葉に、その話題の中身である西宮が照れを隠すように頭を掻く。彼の行動原理を知っている白黒魔法使いは、口の端を上げた笑みを浮かべながら、異変でしてやられた事に対する仕返しを込めて小声で一言。

 

「随分とまぁ、お互い様な関係だなお前ら」

「……何が言いたいんだよ、霧雨」

「別にィ? ただ、誰かさんが言ってた意地と同程度には、早苗も誰かさんの事が大事なんだなぁとな」

 

 対する西宮は、魔理沙と―――早苗から自分の顔が見えないようにそっぽを向く。

 一方、その早苗と言い合いをしていたレミリアは、早苗の叫びに一瞬だけきょとんとした表情を返した後、肩を竦めて『降参』とでも言うように両手を上げた。

 

「……分かった分かった、そこまで言うか。悪かったよ、確かに第一印象だけで悪く言い過ぎた。気高き夜の王のやるべき事では無かったな。外の世界での嫌な事を思い出して、少々頭に血が上っていたようだ。早苗にもそこの男にも謝罪しよう」

「っていうか私を挟んでそんな面倒そうな会話しないでよ。レミリア、あんた従者大事なのも良いけど初対面の相手に食ってかかるんじゃない。あと早苗、私に乗りかかるようにして惚気ないでってば」

 

 未だのけぞったポーズのままの博麗の巫女が言った言葉に、レミリアと早苗が『あっ』とでも言うような表情を浮かべ、慌てて初期位置に座り直す。

 その両者を見て霊夢は溜息を吐き、エビ反りに近かった体勢を元に戻してから、言われた当人ながらも横で魔理沙と何やら小声でやり取りをしていた西宮に向き直る。

 

「んで、言われた当人としてはどう? 今のは正直、レミリアが悪かったと思うけど」

「お構い無く。どうやらレミリア様の従者さんが外で色々あったみたいですしね。……つか、これが原因で関係こじれるのは嫌なんで、無かった事で」

「分かった、私に非がある。無かった事にしてくれるならば、それはそれで助かる。―――だが」

 

 そしてレミリアは自らの非を認める発言をしながらも、西宮を鋭い目で睨みつける。

 

「やはり私は外の人間は好かん。私達のような幻想の住人を追いやるのはまだ理解できる。だが同じ人間を排斥する思考は理解できん。―――早苗は外の人間のような雰囲気は薄いが、お前は外の雰囲気を未だに色濃く纏っている。良くも悪くもだ。それを好く者も居るし、私のように嫌う者も居る。それは覚えておけ」

「……みたいですね。気をつけます」

 

 そして睨まれた西宮は、賢しげな態度がレミリアの怒りに触れた事を自覚しているのだろう。

 崩した敬語で肩を竦めるように応じ、それを見たレミリアが鼻を鳴らす。

 

「ふん、やはり賢しげだな。だが、もう一つ謝罪だ。私の睨みに怯まなかった点は評価する。少なくとも、臆病者ではないようだ」

「だろーな。それにレミリア。こいつ賢しげなのは表面だけで、根っこの行動理念は馬鹿丸出しだぞ。今回の異変で私と対峙した時に切った啖呵がだなぁ―――」

「オフレコっつってたろ霧雨ェ!!?」

 

 横合いから魔理沙が言った言葉に、西宮が思わず叫んだ。

 それもその筈、魔理沙相手に今回の異変で西宮が切った啖呵―――それは即ち、かつて二柱と出会った時に受けた最初の神託であり、『早苗を泣かせない』という彼の行動の軸だ。

 異変でテンションが上がっていたとはいえ、自分を鼓舞する意味もあったとはいえ、迂闊に吼えるべきでは無かったと内心で思う西宮。

 しかし魔理沙は、これが先の異変で嵌められた反撃の好機とでも思ったのだろう。にやりと邪悪な笑みを浮かべてそれに返す。

 

「良いじゃないか、レミリア相手に誤解解いてやろうってんだ。むしろ感謝しろよ、なぁ西宮」

「何だ魔理沙。この男、何かそんな言うのを拒むほどの恥ずかしい理由で戦ってたのか?」

「ああ、それはだな……っと、ここで話すと煩そうだ。少し離れて話をしよう。―――安心しろ、西宮。流石に話題に出すのは今回が最初で最後だ。まぁ仕返しと思え」

「分かった。ではな、三人とも」

「ちょ、おま……待てェェェェェェ!!?」

 

 止める西宮に構わず、箒に跨って飛び去る魔理沙。そして魔理沙に追随するレミリア。

 流石に両者ともに射命丸には劣るが、幻想郷の中でもトップクラスの飛行速度を持つ二人だ。

 西宮が追い掛けようにも、その姿は瞬く間に遠くに離れて行ってしまった。間抜けに手を伸ばしたポーズのまま、がくりと項垂れる西宮である。

 

「なによ、なんか恥ずかしい理由でもあったの?」

「……何も聞かないで下さい、俺の心が折れます」

「あっそ」

 

 がっくりと肩を落とす西宮。

 一応聞いたものの、特に興味は無かったらしくあっさり引き下がった霊夢。

 その両者の横で、早苗が小さく首を傾げていた。

 

 いずれ彼女が西宮と魔理沙の会話内容を知る事があるのか否か。

 それは魔理沙の気分次第であった。

 


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