さて、彼女と彼の最初の聖戦から十年近くが経過した。
信仰が薄れ、最早守矢の神社の者にも早苗のような例外を除けば見えない程に力が衰えていた神奈子と諏訪子。その二柱は自分達の声を聞ける程の霊感を持つ相手が早苗以外に、それもこんな近くに居た事に喜んだ。
彼女達自身がどうこうと言うより、彼女達の姿が見えるほどの飛び抜けた才能を持ち―――しかしそれ故に他の子供と比べて浮いていた早苗にとって、良い友人になると思ったのだろう。
早苗もまた、自分にしか見えないと思っていた二柱の声を聞ける相手が出来たのが嬉しかったのか。積極的に西宮が守矢神社に来るように勧めた結果、西宮丈一は守矢神社に頻繁に出入りする少年時代を送る事となった。
彼自身としても、神々という神秘に興味があったのもあるだろう。
加えて些か複雑な家庭の事情も加わり、彼は小中学校、そして高校時代と毎日のように守矢神社に出入りする日々を送った。
早苗の両親もまた、変わった所がある娘と仲の良い友達として、彼を積極的に歓迎した。
諏訪子と神奈子も早苗の良き友人であり、自分達の声を聞ける西宮に対しては好意的であった。
しかし十年近くの時が経過して今、聖戦当時からずっと変わらず早苗と西宮の仲は―――すこぶる悪かった。
「ったく、このぐらい自分でやれよ……わざわざ俺を呼ぶなよ、
「むむ、その言葉は不敬ですよ
ある日の夕方、守矢神社の敷地にて。
木の棒の先に白い紙をくくり付けた祭具である
ぷんすかという擬音が付きそうな様子で大幣を振り回して指示を出す先には、同じく学生服姿の西宮丈一が手際よく注連縄を神木にくくりつけて行く。
―――この十年近くで二人の容姿も随分と変わった。
早苗は緑のかかった髪を長く伸ばし、自らが仕える二柱を象徴する蛙と蛇の髪飾りを付けている。
姿形は随分と女性らしくなってきたが、二柱に言わせると『まだまだお転婆』らしい。
ただ、喋りさえしなければとびっきりの美少女ではあるので、最近は学内外の男子から告白されるなどの事も増えて来たようだ。
一方の西宮は、やはり背が伸びたというのが最大の成長だろう。同年代に比して高い身長と、年齢にしては落ち着いた様子から、外見は早苗と同い年にしては幾分大人びて見える。が、実は早苗の方が2ヶ月ばかり生まれが早いのだが。
ともあれ彼の外見を一言で言うと、長身で黒髪の糸目の少年だ。細められた糸目は一見して温厚そうだが、外見を裏切って彼自身の素の口はかなり悪い。
当人曰く、早苗との言い争いで培われたスキルらしい。
そもそもこの二人の関係たるや、早苗は例の一件以来西宮を『自分と一緒に二柱に仕える後輩』と見た上で先輩風を吹かしたがるが、西宮がそれに対して反発するの繰り返しだ。
西宮はあの一件以後は二柱と交流を得るようになり、それを経て二柱を信仰するようになったが、早苗に対しては初対面が初対面だったせいか『守矢の風祝』ではなく『ワガママな学友』として扱っている気が強い。
風祝として指示をしたがる早苗と、学友としての感覚で彼女と接している西宮だ。互いの感覚が噛み合わずに衝突するのはしょっちゅうであったし、それこそ小学校までは殴り合いも多発した。
ちなみに基本的には早苗の全勝であった。後に非想天則なるものが出来た折には、神力でその身を強化していたとはいえ、妖怪や鬼と肉弾戦を演ずる風祝である。
流石に霊力神力の御威光も殆ど無い喧嘩では単純な身体能力で劣るものの、格闘戦のセンスの方が並ではなかった。
そして、その互いに反発しあう関係が破綻しなかったのは、守矢の二柱が喧嘩の度に仲裁するのもあるだろうが、やはり彼ら自身の性質が大きいだろう。
神の存在を信じていなかったが、自分が軽い気持ちで相手が大事にしているものを蔑ろにしてしまったと気付いたが故、謝りに行かねばならないと思い神社に行く。その事例からも分かるように、西宮は口こそ悪いが根の部分では相手の痛みがわかるタイプだ。
後述する家庭の事情も関わってくるのだが、些か斜に構えた面が強いが思慮もこの年齢にしては深く、大人びている。
対する早苗は一見すると真面目で礼儀正しいが、思い込みが激しく暴走すればどこまでも走って行ってしまう暴走直情型だ。
しかし暴走癖こそあるが、基本は優しく思いやりがあり真面目な性質の持ち主である。故に自分に非があって西宮を怒らせた時は、二柱に諭されて頭さえ冷えれば、自分の非を認める事が出来る。そして非さえ認めれば相手に謝る事が出来る人間だ。
要は互いに何度喧嘩をしても相手を許せる間柄であり、性格だったのである。
互いにぶつかり、非がある方がそれに気付いて謝り、謝られた側は許す。
そしてまた暫くしたら、詰まらない事で喧嘩する。
それこそ神奈子や諏訪子が呆れるほどに、早苗と西宮はそれを繰り返して来ていた。
「……ッと、これで良し。確認頼む、東風谷」
「ええ。―――うん、問題無さそうですね」
そして十年近く繰り返して現在。
神木に西宮が結んだ注連縄を早苗が確認し、OKを出した。
最近になって一子相伝の秘儀を受け継ぎ、正式に守矢の風祝として認められた早苗。しかしやはり現代女子高生、力仕事は苦手分野であった。
太く長い注連縄を持ち運び結び付けるような、こういった力仕事主体の神事は西宮がヘルプで呼ばれる事が多い。
神事を部外者に手伝って貰って良いのかという葛藤も早苗の内には無いでもなかったが、その神である二柱直々に許可が出るにあたって、それ以降早苗は力仕事には積極的に西宮を呼び出すようになっていた。
また、その関係が続く中で変わった事と言えば、彼らが互いに苗字で呼び合うようになった事か。
本当に小さい頃は『早苗ちゃん』『丈一くん』と呼び合っていたのだが、いつの間にやら互いの呼び方は苗字となっていた。幼児期から少年期に移る間に発生した照れが原因だというのは、守矢の二柱の共通見解である。
「しっかし、どうしたんだこの注連縄。なんぞ新しい神事でもやるのか?」
「えぇと……神奈子様のご指示です」
神木に巻いた注連縄を見ながら、巻いた当人である西宮が首を傾げる。
神社を囲むように敷地に巻かれた注連縄は、これまで無かった新しい物だ。
何の意味があるのかと問うた西宮に、早苗は僅かに口を濁す。
西宮はそれに疑問を覚えたものの、神奈子の名前が出たので追求を取り止める。
早苗が二柱に関して嘘を吐かない事は知っていたし、その程度には彼は声しか聞こえない二柱の神々を信頼していた。
「ふぅん。なら良いけど……お前また信仰得ようとして暴走して変な事するなよ?」
「失礼な! そんな事しません!」
「やりかねないから言ってるんだよ。小学校二年生の給食時間、放送室をジャックして参拝を要求する放送を流したお前を俺は生涯忘れん。お前はあの時英雄だった。負の方向で」
「いえいえあそこで先生に止められなければ成功してましたってアレ」
「するわけねぇだろっていうかなんで俺まで怒られたんだ。今にして思えば理不尽だなオイ」
「あー、すいません。あれ私が用意してた原稿の最後の方、連名にしてたんですよ。いや、仲間外れは可哀想かなーって……」
「全世界的に不要な心遣いをありがとう。十年来の疑問が解けたよありがた迷惑だこんちくしょう」
そして余った注連縄を肩に担ぎ、西宮は先に立って守矢神社の本殿へ歩いて行く。
丁々発止と口喧嘩ともじゃれ合いともつかないやりとりをしながら、早苗はその数歩後ろを付いて行く。
故に西宮は分からなかった。
いつものように軽いやりとりをしている早苗が、いつものような明るく感情豊かな表情ではなく、どこか痛みを堪えるような寂しげな表情を浮かべていた事を。
―――しかしその表情も一瞬。
早苗は軽く頭を振って、前を歩く西宮に声をかけ直す。
「まぁその話題はそこで終わりとしまして。戻ったらお茶でも淹れますから、休んで行って下さい」
「ありがたく。ああ、そういや今日は親父さんに晩酌誘われてるんだよな。お前からも親父さんに言ってやってくれよ。俺はまだ未成年だって」
「お父さんは息子が欲しかったって言ってましたからね」
「その場合はお前が俺の姉か妹か。未来が見事なまでに絶望色だな」
「私が姉ですよ。誕生日私の方が2ヶ月早いんですから」
「そういやそうだ最悪だなオイ―――ま、実家よかマシだろうけどよ」
“実家よりはマシ”。その言葉を何の感慨も無さそうに言い切った西宮に、早苗が僅かに言葉に詰まる。
先述した通り、彼の家は些か複雑な家族事情がある。複雑というかある意味陳腐とも言えるが―――母が死に、父が再婚し、再婚相手と父とその間に生まれた子供にとって彼は邪魔者であるという、それだけだ。
良くドラマなどで見る展開だと、十にもならぬ年で彼は早苗と二柱の前で苦笑しながら言い放った。その姿には家族に対する情は見えず、どこまでも自分が置かれた状況を客観視した上での諦観があった。
邪魔とはいえど、積極的に排除されるわけではない。
必要な物があれば買って貰えるし、殊更に暴力を振るわれるわけでもない。
ただ家族との間に明確な壁があり、まるで同じ家に住んでいるだけの他人のような冷たい関係である。それだけだ。
「ぶっちゃけこっちの方が実家って感じがするわ。親父さんもお袋さんも良くしてくれるしなー」
「……言い切りますね」
「事実だしな」
しかし、言い切って軽く笑う彼の表情に暗い影は見られない。
既にそれならそれで仕方ないと、良くも悪くも前向きに割り切っている表情だった。
―――彼がそんな家庭環境でも、多少斜に構える程度の人格の歪みで済んでいたのは守矢神社の人々と神々のお陰だろう。
幾度となくぶつかり合いながらも、最も腹を割って話せる友人である早苗。
深い慈愛を持って早苗と西宮を見守ってくれた神奈子と諏訪子。
そして両親との関係が冷め切っている彼にとって、まるでもう一組の両親であるかのように接してくれた早苗の父母。
彼らの存在が無ければ、西宮丈一という人間はもっと暗く鬱屈し、歪んだ人格を持っていたに違いあるまい。
「西宮」
「ん?」
そして、そんな西宮に対して早苗は不意に―――しかし、いつになく真面目な声で問いかける。
「私のお父さんとお母さんの事は、好きですか?」
「はぁ? 何をいきなり―――」
「答えて」
唐突過ぎる質問に彼は困惑の声を返すが、その声を断ち切る早苗は真剣そのものだ。
故に西宮は困惑しながらも、この質問が何らかの意味を持っていると直感する。それも早苗にとっては大事な意味が、だ。
「……好きだよ。俺にとっちゃウチの両親よりあの二人の方が両親らしいさ」
「そう。……良かった」
そして彼女の問いかけと同じくらい真剣な声で返された言葉に、早苗は安堵の笑みを浮かべた。
―――これで懸念は無くなったと。
そうとでも言うように、安心しきった笑みを浮かべたのだ。
「……東風谷?」
「さ、早く行きましょう。お父さんってば、もうお酒を用意して待ってるかも。西宮も未成年なんだから、断るときは断るようにして下さいね? お父さんが調子に乗らないように!」
その様子に漠然と嫌な予感を覚えた西宮だが、早苗は彼の横を抜けて追い越し、神社へと歩いて行く。
「あ、おい……ったく、何だってんだよ」
その様子に面を食らった西宮は、それ以上を追求する機会を失って彼女を追う。
或いは西宮の霊感がもっと強ければ、二人の様子を離れて見守っていた二柱の神に気付いたかもしれない。
しかし神事に関わり早苗の修行に付き合った結果、多少なりとも能力は磨かれたが―――彼の進歩よりも更に速い速度で信仰が薄れた二柱を見る事は、彼は未だ一度も出来ていない。
故に彼は彼女達の姿に気付かず、神奈子と諏訪子は神社へ向かう早苗と西宮の背を見送り、二人の姿が完全に見えなくなったのを確認してから声を出す。
「……大丈夫そうだね。早苗が私達と一緒に幻想郷に行っても、丈一が居れば神社の方はどうにかなる」
「だが、諏訪子。本当にこれで良いのか?」
「なにさ神奈子。もうこの地での信仰は望みようが無い。だから幻想の世界に望みを賭けようと言ったのはアンタじゃないか」
「そういう意味ではない。早苗を連れて行く事、そして丈一には何も告げずに行く事だ」
「ああ……」
幻想郷―――妖怪の賢者が創ったと言う、人と妖怪が共に生きる一種の理想郷。
忘れ去られ幻想となった存在が辿り着く場所。数ヶ月前、彼女達はその妖怪の賢者から直々に、その地へ来ないかと勧誘を受けたのだ。
妖怪の賢者は幻想郷内のパワーバランスを考えて。神奈子と諏訪子は失った信仰を取り戻す可能性を求めて。
そのような意図と利害の一致から、彼女達はこの世界に見切りをつけて、胡散臭い妖怪の賢者の勧誘に乗って幻想郷へ向かう事としたのだが―――そこで彼女達にとって予想外が一つあった。
『お二柱(ふたり)が行くなら私も行きます!』
と、別れを告げる心算で幻想入りを伝えたところ、彼女達の風祝である早苗が力強くそう宣言してしまったのだ。
当初は慌てて早苗の説得を行った神奈子と諏訪子だが、早苗の熱意と覚悟にまずは諏訪子が、そしてやや遅れて神奈子が折れた。
彼女達としては早苗には人間として幸せに生きて欲しかったのだが、そう説いた所で『私の幸せは私が決めます』と胸を張って言い切られてしまったのだ。もう何を言っても無駄。小学校にて放送ジャックまで行った信仰暴走機関車早苗さんは、彼女達には止められなかった。
かくして早苗も幻想入りする彼女達について行く事になったのだが、そこで問題となるのが彼女の両親だ。
彼らには認識できない神奈子と諏訪子はともかくとして、早苗が消えてしまう事は彼らにとっては絶大なショックだろう。
或いは胡散臭い妖怪の賢者ならば何か良いフォローが出来るのかもしれないが、その事を妖怪の賢者に聞く前に早苗が告げたのが西宮の存在だ。
『西宮は私の両親にとって、もう一人の子供のような存在です。彼も私の両親を好いてくれていますし、神事の知識もある。私達が居なくなっても、彼が居ればきっと大丈夫でしょう』
その言葉の中には信頼と申し訳なさと悲しみと、それ以外にも彼女が理解している物、理解していない物まで含めて多くの感情が含まれていた。
彼を巻き込むつもりは無いというのが早苗の意見であり、結局は神奈子と諏訪子もそれに同意した形だ。
後事を全て押し付ける形になるのは申し訳ないが、暴走傾向の早苗に比べて神力や霊力はともかくとして、世事には格段に長けている西宮だ。どうにかなるだろうというのが早苗の意見だった。
「……丈一にも、早苗にも悪い事をするね」
「そうだな。私は早苗が神社を継ぎ、丈一がその補佐。後は二人の子供が継いでいくかと想像を巡らせていたのだが」
「どうだろねぇ。五年十年先でも友人関係で丁々発止とやり合ってる気もするけどね、あの二人は。……あと十年放っておいたらどうなったかねぇ。ちょっと気になる所だけど、それが見られる可能性も無くなった……というか、私達が消しちゃったんだけどね」
「私達の都合でな。我儘なものだ」
「神様失格だね」
「神とは我儘な物だろう。とはいえ、信者にこの仕打ちだ。神失格は同感だな」
諏訪子と神奈子は、早苗と西宮が去って行った神社の方角を見やり、苦笑というには苦すぎる表情を互いに浮かべた。
―――守矢神社が丸ごと幻想郷に入る、その数時間前の話だった。
# # # # # #
その夜遅く、早苗は自らと自らの両親が住む母屋を抜け出した。
目的地は自身が仕える二柱の神が居る本殿。
その周囲には西宮をこき使い―――もとい、西宮の協力を得て張り巡らせた注連縄がある。
注連縄に囲まれた範囲を幻想郷に移動させる。神奈子と諏訪子と早苗による、
自らが生まれ育った家に深々と一礼する。
母屋には両親と、そして子供の頃から一番長く深い付き合いをした友人である西宮が居るのだ。
結局父の晩酌相手にされて、そのまま泊まらせられる事になったらしい。これなら自分が居なくても大丈夫だろうと、安堵と一抹の寂しさと共に、早苗は母屋に背を向けた。
「……良いんだね?」
「もう戻れないよ?」
「はい」
そして本殿に待っていたのは、紺色の髪を持つ注連縄を背負った大人の女性―――軍神・八坂神奈子。
その隣に座るのは、神奈子とは対照的に小柄な金髪の少女の容姿をした祟り神・洩矢諏訪子だ。
最終確認とも言える両者の問いに、早苗はしっかりと頷いた。
「大丈夫です。私はお二人の風祝ですから」
「……そうか」
「ありがとう、早苗」
早苗の言葉に神奈子が、そして諏訪子が頷く。
―――そして早苗が手にした大幣で印を切り、神奈子と諏訪子が自らに残った神力でそれを補助する。
彼女達の全ての力を使って起こす奇跡。それはこの神社ごと、彼女達を幻想の世界へ飛ばす物だ。
―――そう、全ての力である。
故に彼女達は気付かない。全ての力を注力しているが故に、気付かなかった。
「……東風谷の奴、様子がおかしかったんだよな。神奈子様と諏訪子様なら何か知ってるかもしれねーし……」
家人が寝静まるのを待ち、神奈子と諏訪子に早苗の不自然な様子について聞く為に本殿へ出向こうとしていた西宮に、彼女達はまるで気付かない。
彼が注連縄の範囲を越えて―――つまりは幻想郷に飛んでしまう範囲に入った事にも、彼女達は気付けない。
「―――行きます!!」
そして早苗の声とともに奇跡が発動する。
神社の周りが光に包まれ―――そして神社の本殿、注連縄に囲まれた範囲すべてが幻想郷へと転移する。
早苗も、諏訪子も、神奈子も、神社も―――そして意図せず範囲内に踏み込んでいた西宮も。
そして――――
# # # # # #
「ようこそ幻想郷へ。そちらの巫女さんとははじめましてかしら? 私は八雲紫。幻想郷と外界を隔てる結界の管理などをしておりますわ」
「……風祝の東風谷早苗です。巫女ではありませんが、宜しくお願いします」
―――そして妖怪の山の頂上に神社が転移したとほぼ同時。
神社の本殿、早苗達三名の前に空間の切れ目が出来、そこから一人の女性が姿を現した。
リボンだらけのドレスに身を包み、豊かな金髪をロングにして、やはりあちこちリボンで纏めた金髪の佳人。同性である早苗が思わず感嘆の声をあげかけるような美女だ。
しかし周囲に纏う空気は大層胡散臭く、それ故に早苗は二柱から聞いていた『胡散臭い妖怪に誘われた』という幻想入りの動機の原因が目の前の相手に依るものだと、数瞬置いて理解していた。
それを裏付けるように、早苗以外の二柱と八雲紫が交わすやりとりは、親しげとまでは行かないが一定程度の面識のある相手同士のものだ。
「すまないね、八雲紫。これから世話になる」
「あーうー……良い空気だねここ。なんか昔の大和を思い出すよ」
「ふふ……気に入って頂けて何よりですわ。後は貴方達が望んでいた信仰を得られるかどうかは、それこそ貴方達次第。幻想郷は全てを受け入れますが、それはある意味でとてもとても残酷な事。ですが―――」
軽く頭を下げて礼をする神奈子。周囲を見回してきょろきょろとしている諏訪子。
その両者を胡散臭い視線で見ながらも、リボンの女は芝居のかかった調子で両手を広げ―――
「―――私は貴方達
「「「四人?」」」
「あら、二人と二柱と呼んだ方が良いのかしら。それとも風祝さん、貴方は信仰を受ける現人神としての立場もあるみたいだから一人と三柱の方が正解?」
「……いえあの」
その女性―――妖怪の賢者・八雲紫が語った言葉に場が凍りつく。
早苗も諏訪子も神奈子も、別に呼び方に拘ったわけではない。単純に数がおかしいのだ。
「八雲紫。私のこの帽子は別に本体とかそういうのじゃないから、私と別に数える必要は無いよ? 時々勝手にハエとか捕食するけど」
「数えません。……え、っていうかその帽子そんな機能あるんですの? ゆかりん怖い」
カエルの頭部を模した帽子を指さした諏訪子が一縷の望みを賭けて言った言葉に紫がドン引きし、
「ははは、馬鹿だなぁ八雲紫。算数は苦手か? 良ければ私が教えてやろうか」
「要りませんわ。私これでも数字には強い方ですから。というか、何なんですか貴方達?」
神奈子が頬に汗を流しながら言った言葉に紫が怒るより先に困惑し、
「あの……まさかとは思いますけど」
「……だからどうしたのよ貴方達。何か変よ? それとも元からこうなの?」
早苗が顔面蒼白で呟いた言葉に、慇懃な態度を取るのすら止めて紫は問いかけた。
基本的に初対面かそれに近い相手には慇懃―――或いは慇懃無礼な八雲紫であったが、そんな彼女をして慇懃な態度を忘れさせる程に、目の前の三名は挙動不審だった。
祟り神は頭を抱え、軍神は冷や汗を流し、現人神は顔面が蒼白である。果たして何があったのかと思う妖怪の賢者に対し、三名を代表して早苗が絞り出すように質問した。
「……あの、この場の三名以外にも誰か一緒に来ちゃってるんですか?」
「え? 何かそれなりの霊力纏った男の子が居たから、貴方達の関係者だと思って藍―――私の式神にそっちへ向かわせたんだけど」
「…………」
思わず素の口調で質問に答えた紫に、しかし返って来たのは沈黙だった。
祟り神が頭を抱えて地面に伏し、軍神が直立不動のまま滝のように冷や汗を流し、現人神の顔色は蒼白を通り越して生物学的に有り得ない色になっている。
沈黙が重い。いや、それすら通り越して痛い。藍助けて何かこの人達怖いと、紫も内心で冷や汗を流す。
「……あの、本当にどうしたの―――」
「や………」
沈黙に耐えかねて声をかけた紫。
しかしそれを遮るように、土気色の顔色をした風祝が声を上げた。
そして次の瞬間―――
「「「やっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
「ひっ!?」
軍神・祟り神・現人神がムンクの叫び宜しく絶叫する光景に、妖怪の賢者八雲紫は思わず悲鳴を上げてしまったのだった。
# # # # # #
「……コスプレですか? 良い尻尾ですね」
「は? えーと、うん、ありがとう?」
そして同刻。
本殿から少し離れた神社の敷地にて、九尾の狐である八雲藍が現状を全く把握していない西宮と間抜けな会話をしていた所だった。