東方西風遊戯   作:もなかそば

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そういえば「もなかうどん」だととある同人サークル様と被るという指摘を受けたので、「もなかそば」になりました


宴会(終)

 さて、レミリアと西宮や早苗の間に諍いこそ起こったものの、それはさしたる禍根を残さず終わった。

 それ以外には酔いどれ同士の喧嘩から弾幕ごっこへのコンボなどは何度か発生したものの、大きな問題は起こらずに宴会は進んみ、神奈子や諏訪子は多くの人妖と酒を酌み交わし、親交を得る事に成功していた。

 

 ちなみに来ている比率は少女や女性が多いが、河童や天狗や他の妖怪・八百万の神の中には男性もそれなりに含まれていた。そうでない場合―――即ち宴会場が外見上うら若き女性ばかりだった場合、西宮は宴会場に出る前に逃げ帰っていただろう。

 誰も好んでガールズトークオンリーのど真ん中に突っ込んで行こうとは思うまい。

 

 ともあれ、これは宴会だ。

 宴会である以上、主要な飲み物は酒である。

 そして宴会で消費される酒の基本は日本酒。つまりは平均度数15度前後の度数の強い酒だ。参考までに紅魔館組が持ち込んでいたワインも10%から15%程度なので、そちらを飲んだとしても多少はマシだがあまり度数的には変わらない。

 

「東風谷って酒に弱いですからね。間違っても日本酒とか飲ませないで下さい」

「へぇ」

 

 故に西宮は前もって早苗の横に座る霊夢に警告しておいた。

 東風谷早苗はいわゆる下戸だ。外の世界で父が戯れ半分で飲ませたビールを一缶も消費しないうちに酔っぱらう彼女、間違っても日本酒など飲ませられまい。

 

 しかし、先んじて警告しておいたのが間違いだった。

 

「うへへ~……じょういちー、飲んでまふか?」

「誰だァァァァ! こいつに酒飲ませた馬鹿はァァァァ!!」

 

 宴会の途中で抜け出し、厠に向かった西宮。

 しかし厠から戻った彼が見たのは、赤ら顔で彼に絡んで来る風祝の姿だった。

 

 そして西宮の叫びを聞いた霊夢が小さく頷き、

 

「ごめん、酒に弱いって言うからどんくらいのもんか試してみようと、酒入ったコップ渡したらこんなんなったわ」

「試すな! 俺は何のためにあんたに警告したんだ!?」

「うんまぁコップ半分辺りで私もヤバいと思って止めたから……っていうか、あんたも話し方が崩れて来たわね。まぁそっちの方が気楽でいいけど」

 

 叫ぶ西宮。しかし霊夢相手に力押しで詰め寄った所で柳に風だ。

 『それじゃあ面倒事は任せる』とでも言いたげに、軽く席を立つ博麗の巫女(しょあくのこんげん)

 

「んじゃ私、適当に誰か他の奴と飲んで来るから後よろしく。……あれ? 紫じゃない、あいつ壁に向かって体育座りして何やってるの?」

「おぉぉぉぉい! 全放置ですか!? この酔っ払い放置して俺に押し付けて行くの!?」

「元々あんたの管轄のようなもんでしょ。頑張りなさい」

 

 そしてふよふよと浮いて紫の方へ向かう霊夢。

 行かせるまいと西宮が慌てて手を伸ばすが、

 

「うへへー……にゃんか気分がいいれすねぇ」

「掴むなぁぁぁぁ! あ、クソ、完全に逃げられた! 博麗、博麗ちょっとお前無視すんな!!」

 

 既に敬語も完全に抜けた罵声を飛ばす西宮だが、腰に抱きつくようにして彼をホールドする早苗が彼の霊夢への追走、或いは離脱を許さなかった。

 その手しているコップから、霊夢の言葉通り残り半分程度になっていた酒がダバァと地面にぶちまけられる。大変勿体のない話であるが、今の西宮にそこまで気遣う余裕はない。

 

「……急性アル中―――とまで行く飲酒量じゃないよな。度数と分量で換算すると、親父さんがビール半缶飲ませた時と似たようなもんか。状態的にもそれと同じ程度に見えるし。……いざとなったら鈴仙さんやそのお師匠様に頼むか。鈴仙さんのお師匠様は相当な名医だって聞くし、どうにかなる……よな?」

 

 内心で霊夢に向かって中指を立てながら、呻くように呟く。

 無論永琳は名医どころか不死の妙薬まで作り得るレベルの医師であるのだが、流石に彼はそこまでは知らないので、彼女への信頼も疑問形である。

 

 ともあれ逃げた霊夢に内心で悪罵を向けながらも、腰に抱きついて来ている早苗が少々暑苦しいので引き剥がす事にする西宮。

 剥がされた早苗は『うへー』という些か少女としてどうかと思う声と共に、力の抜けた笑みを浮かべている。

 

「……お前普段からアホ面晒して生きてるのに、今は更に三割増しでアホ面だな」

「だれがアホ面でふか!」

「ううむ、反撃も力が無いし。どうしたエイプキラー、必殺のコングパンチは何処行った」

 

 腕をぐるぐる振り回してパンチして来る早苗に対し、その頭を掴んで押しのける事で対処する。

 早苗は幻想郷の少女にしては長身の部類に入るが、外の世界基準で言えば女子平均よりは上といった程度だ。対する西宮は現代男子高校生にしてもそれなりの長身だ。リーチが違う。

 結果として頭を抑えられれば、早苗の腕は西宮に届かなくなる。

 

 少し知恵を絞ればもっと攻撃手段がある気もするのだが、どうやら現状の酔いどれ早苗さんには攻撃手段変更という概念は無いらしい。

 頭を抑えられながらぶんぶんと腕を振り回す御姿。これが現人神と言われて信じる人は少数派だろう。

 

「……もうこれ、社務所の布団に放り込んだ方が良いんじゃねーかなぁ。普段から残念な奴が、酔っぱらっていつも以上に残念になってるよ」

「あやや、風祝さんは潰れるのがお早い事で。もしかして酒が駄目な人でしたか?」

 

 そしてその駄風祝(だぜはふり)と化した早苗の頭を掴んで押しのけている彼に、横合いから声がかかる。

 一本足の高下駄に、烏の濡れ羽色の漆黒の髪。文花帖という表紙が付いた取材メモを胸ポケットに入れたまま歩いて来るのは、烏天狗の新聞記者にて今回の一連の事件の功労者の一人でもある射命丸文だ。

 横合いから声をかけて来た彼女に西宮は視線を向け、頷き、

 

「ええ、こいつ所謂下戸でして。ついでに言うと外の世界では二十歳未満の飲酒は違法なんですよね。俺がこいつの親父さんの晩酌相手をしてたのも、実は違法です」

「なっ!? なんという悪法……! 外の世界はそこまで腐り切っていたのですか……!」

 

 驚愕し、身を震わせる射命丸。恐らく本人的には義憤なのだろう。天狗は鬼ほどではないが酒好きで知られる妖怪であり、彼女もその例外ではないらしい。そんな彼女には二十歳未満の飲酒を禁ずる法律など、信じられない悪法だったようだ。

 胸ポケットから文花帖を取り出し、羽ペンで何事かを書き綴り始める。特集でも組む心算なのだろうか。

 西宮の内心では、これでこの反応をするならば、かつてアメリカで行われた禁酒法についての話をしたら彼女がどんな反応をするのかという興味が湧く。流石に今は早苗が眼前で腕を振り回している状況をどうにかする方が先決なので、放置したが。

 

 ちなみに禁酒法ことボルステッド法、より正確に言うならば国家禁酒法と呼ばれる法律自体は文の言う通り史上稀に見る悪法であるのだが、“この法律が施行されるほど社会が腐っていた”というより、誤解を恐れずに言えば“この法律によって社会が腐敗した”とでも言うべき現象が発生している。

 無課税の密造酒を造り売るマフィアの資金力・影響力が激増し、酒絡みの犯罪も激増し、闇酒場に通う善良な一般市民だった方々も激増した。

 事程左様に酒というのは人類の文化の横を歩み続けていた存在であり、締め付ければ諦めるというものでもないのである。

 

「分かりますよ、西宮さん。外の世界は悪しき帝国が酒を独占する為にそのような法を作り、民衆は酒を求めるレジスタンスとなっているんですね……!!」

「………えぇと、まぁ、御想像にお任せします」

 

 そして射命丸の勘違いを、敢えて訂正まではしない西宮である。

 内心で彼女がこの問題について書く記事がどうなるのかに興味があったからであった。

 

 ともあれ熱くなっていた事に気付いたのだろう、射命丸がそこで咳払いを挟む。

 

「失礼しました。……西宮さんはその悪法の中で敢然と酒を嗜む正義の体現者だったんですね」

「別にそんな大層なもんでもありませんでしたが。こいつの親父さんと飲む程度で、ここまで大規模な宴会も初めてですしね。……飲みながら将棋とかも良くやった物です」

「将棋ですか。河童のにとりと、その親友であるウチの椛が良く対戦してますね。確か先日は―――椛の桂馬が命を賭けた特攻戦術で自爆を敢行。愛する香車への最後の台詞を呟きながら、敵の角と金を巻き添えに閃光の中に消えたとか。結果的に桂馬に仕込まれていた炸薬のせいで、盤面壊れてドローゲームだったそうですが」

「色々おかしいですよね。絶対それ色々おかしいですよね」

「椛とにとりですよ? おかしくならないわけがないじゃないですか。マップ兵器が将棋に搭載される魔改造ルールですよ、彼女たち以外には理解不能です」

 

 胸を張って射命丸が言った言葉に、西宮が早苗を抑えていない方の手で軽く自らの顔を覆った。

 川城にとりという河童については彼は知らなかったが、椛の親友という時点で色々とお察しである。

 

「……じょういちは、お父さんと良くのんでましたよね」

 

 そして西宮に頭を抑えられていた早苗が、彼と射命丸の会話を聞いてぽつりと呟く。

 いつの間にか腕を振り回すのを止めて、俯きがちに呟かれた言葉。

 俯いたまま、瞳にじわりと涙が浮かぶ。

 

「お父さん、お母さん、げんきかなぁ……」

「あ……すまん、無神経な会話だった」

 

 酒の力もあるのだろう。外の家族を思い出してぐすぐすとしゃくり上げる彼女に、西宮は困ったように言葉を返す。

 射命丸は溜息を吐いて、西宮の背を後ろから押した。

 

「うわ!?」

「ほら、謝るより先に慰め方があるでしょ。女の子の扱いについて分かってないわね」

 

 記者ではなく個人としての口調で呟かれた言葉を受けながら、押された西宮はたたらを踏みながら僅かに前進。しゃくり上げる早苗と至近距離で向かい合う事になる。

 早苗はそのまま何も言わず、彼の服を掴み、胸に顔を埋めるようにしてぐずり始めた。

 

「……あー……俺が泣かしてりゃ世話無ぇよ、ったく」

「泣かせた自覚があるなら、泣き止むまで付き合ってあげなさいよ」

 

 ぐずる早苗の背中を撫でる西宮に、呆れたように言う射命丸。

 しかし彼女の言とは裏腹に、背中を撫でられて安心したのか、早苗の身体からすぐにくにゃりと力が抜ける。

 慌てて支える西宮の胸で、早苗はすぅすぅと寝息を立てていた。

 

「……寝ましたが」

「あら無防備」

 

 涙の痕が残る寝顔を見ながら、残った二人は言葉を交わす。

 このまま放置するわけにもいかないので、西宮は早苗の背と膝裏に手を回し、抱き上げた。

 

「射命丸さん、神社の社務所に続く扉開けて貰えません?」

「ええ、分かりました。―――すいません、風祝さんが寝ちゃったので寝室に放り込んできますねー!」

 

 射命丸が宴会の中心部の方へ声をあげる。

 聞いているのかどうか怪しい酔っ払い達の声がそれに応じるが、少なくとも諏訪子と神奈子という責任者二人はこちらを見て頷いていたので、途中退席も問題あるまいと二人は判断。

 射命丸が先行して戸を開け、早苗を抱きかかえた西宮がそれに続く。

 

 そして神社に入り、入って来た戸を閉めた辺りで射命丸が呟いた。

 

「―――貴方達は外の世界に家族を残して来たの?」

「そうなりますね。以前御二柱に話を聞いた時に、どの辺まで事情を理解していますか?」

「貴方達の外での事情にはその時は興味無かったからね。早苗さんが風祝で、貴方が平信者にして神職見習い。二人して御二柱について来たって事くらいしか」

 

 大荷物(さなえ)を運ぶ西宮のペースに合わせるようにして、並んで歩きながら射命丸が眠る早苗の頬をつつく。

 早苗は一瞬寝苦しそうに眉を顰めるが、目覚める様子は無い。

 それを確認した上で、西宮は内心で思考を整理する。

 

 レミリアは彼が外の世界の空気を色濃く纏っていると言い、早苗はその空気が薄いと言っていた。

 しかし外への未練はその逆だ。早苗が色濃く、西宮は薄い。

 そもそも早苗は外に残した両親を忘れて生きられるほど、情が薄い人間ではない。

 幻想郷に来てからの狂騒のような毎日で押し流されていたが、心のどこかで引っ掛かっていたのだろう。

 

 故に外の話題、特に家族の話は早苗が居れば出来るまい。

 外の話題は彼女の心に郷愁を引き起こす。先の会話で迂闊にも西宮が口に出し、彼女を泣かせてしまったように。

 

 だが深く寝入っている今ならば問題無いと西宮は判断。

 話す相手を選ぶ内容ではあるが、横を歩く烏天狗は信頼できる。―――いや、信頼したいという気持ちも西宮の中にはあった。

 

 八雲紫が多くの天狗の中から彼女を呼び、彼女に請い、彼女はそれに応じた。

 つまりはこの神社の為に骨を折ってくれた八雲紫が信頼している人物であると同時に、彼女自身もこの神社の為に尽力してくれたのだ。

 無論各々の目的はあったのだろうが、それでも彼女達が行った行為に対して守矢側が恩を感じないで良いという理屈にはなるまい。

 

 それらが西宮が彼女を信頼したいと思った所以だ。

 或いは彼自身、誰かに話を聞いて貰いたいという意図も無自覚に持っていたのかもしれない。

 

「正確に言うならば、御二柱は俺も東風谷も連れて来る心算は無かったようです。ただ、東風谷に関しては外の世界からこちらへ来る過程で力を借りる必要があったため、御二柱は東風谷にだけ事情を語って協力を求めた」

 

 角を曲がり、足を止める。

 射命丸がその動きから察して、西宮が足を止めたすぐ横の襖を開けた。

 

「しかし東風谷は、幼い頃から自身の両親と同様に慕っていた御二柱を、力を失いかけている御二柱だけで幻想の地に送り出すのを良しとしなかった。故に自分もついて行くと宣言し―――後事、つまりは奴の家族と外の神社については俺に託す心算だったそうです」

「だけど、貴方はここに来てるわよね?」

「それが事故だったんです。御二柱とこいつが幻想郷に来る為、外の世界で最後と呼べる奇跡を行使した瞬間―――俺は偶然、その範囲内に踏み込んでしまっていた」

 

 襖の奥にあったのは、早苗の部屋だ。

 パジャマと下着が敷きっぱなしの布団の上に脱ぎ捨てられているのを見て、西宮と射命丸が双方共に顔を顰める。

 

「結果として俺までこっちに来てしまい、逆に向こうの神社は―――東風谷の両親は、俺も東風谷も居ない状態で残されてしまった」

「だからこの子は外の世界の御両親が心配ってわけね」

「恐らくは」

 

 射命丸が下着とパジャマを拾い集め、丁寧に畳んで部屋の隅に置く。

 この辺り、彼女は意外と几帳面なようだ。

 そして西宮はそれで空いた布団の上に、早苗を寝かせた。

 

「その件については八雲様が、守矢神社が異変を起こす際の交換条件として、『外の世界に残された神社と東風谷の両親へのケア』を出して下さいました。しかし異変において逆に八雲様や射命丸さんにも迷惑をかける結果になった以上、その条件をこちらから再度お願いしても良いのかどうか……」

「貴方、この子―――早苗ちゃんは大事?」

「ええ」

「だったら頼めば良いじゃない。私や紫への迷惑よりも、この子の事を優先しなさいよ」

 

 そして両者は、眠る早苗を見るようにその横に座る。

 西宮は正座、射命丸は足を崩した女の子座り。

 両者ともに会話を継続しながら、しかし互いの顔は見ずに早苗の寝顔を眺めている。

 

「外面の関係もあるから、あんまり気軽に外の世界と繋ぎを取ることはできないでしょうね。余り気軽にこの子の為に外と行き来してしまうと、『こいつばかりずるい』という意見も出かねないから。でも、あの御人好しなら無碍にはしない筈よ。元はと言えばあいつが御二柱を誘わなければ、貴方もこの子も幻想郷に来る事は無かっただろうしね。あいつの責任よ、責任」

 

 寝顔を見て小さく笑いながら、そこまで言った所で不意に何かに気付いたように射命丸が横目で視線を西宮に向ける。

 

「そういえば、貴方の家族は?」

「…………東風谷の家が俺の家族のようなもんでしたね」

「―――そう」

 

 僅かな沈黙の後、心なしか強い語調で言われた言葉。

 それに対し、射命丸は追求せずに言葉を噤んだ。

 西宮は思わず強い口調で言ってしまった言葉に、しかし恐らくそこに含まれた負の感情を分かっていて追求を止めた彼女に感謝する。

 

「この子を見てると信じられないわ。何でこの子、貴方を置いて行こうとしたのかしら。どう見ても、お互い憎からず思っているじゃない。それが恋慕か友誼か家族の情かは、私には分からない―――いえ、多分貴方達も分かっていないんだろうけど」

「そうですね、実際どうなんでしょうか?」

 

 そして詩歌でも歌うかのような口調で、どこか期待するように告げられた言葉に、しかし西宮は照れるでも怒るでもなく、静かに首を傾げる。

 

「まぁ、友誼はあります。家族の情も確実にあります。加えてライバル関係みたいな物も互いに持ってますし、恋慕も―――こいつが、早苗が目の前から消える可能性があったって突き付けられて実感しましたけど、やっぱり、あります」

「あら意外。最後の部分、自覚はあるんだ」

「薄い自覚ですけどね」

 

 苦笑する西宮に対し、射命丸も僅かに笑いを返して早苗を見やる。

 目の端に涙の痕を残す風祝は、布団の上で安らかな寝息を立てていた。

 

「多分この子も似たような物よ。千年生きた女の勘だけどね」

「下手な根拠よりも説得力があって怖いですね。―――それで、早苗が俺を置いて行った理由ですけど」

「何か推測でも?」

「推測というか、こいつは御二柱と同じくらい御両親が好きだったってだけですよ。だから御二柱の方は自分が行き、俺の自意識過剰で無ければ相棒と呼べる程度には信頼してくれていた俺に、後事を託そうとした」

「成程、自分の感情は全て無視して―――か。損な子ね」

「ええ」

 

 ともすれば、半身とも言える存在を欠いたままこちらへ来た彼女は、早い段階で精神的に潰れていた可能性すらある。

 そう危惧しながら呟く射命丸に対し、頷いた西宮が早苗の目の端に浮かぶ涙の痕を指で拭う。

 むずがるように早苗が身じろぎした。

 

「―――ですが、だからこそ。俺はこいつを放っておけないんだと思います」

「おぉ熱い熱い……とでも言うべきかしらね。あんまりにも熱いんで、焼き鳥になる前に退散しましょう」

 

 その両者の姿を見た射命丸が、いつもの韜晦するような口調で言いながら立ち上がる。

 音も立てずに身を翻し、襖を開けてそれを潜り、去り際に彼女は肩越しに西宮に笑いかけた。

 

「レミリアには絡まれてたみたいだけど。確かに貴方は思考や行動に外の世界の色が濃く、それを嫌う者もこの地には多い。私も貴方が持つ要素がそれだけならば、決して貴方を好ましいとは思わなかったでしょうね。―――だけど反面、根の部分で妖怪相手にすら怯まずに、弱いながらも持てる力の限りを尽くそうとする姿は、遥か昔の大和の人間を思い出させる姿でもある。そう、私達妖怪を退治てくれようと来た、愚かしくも愛おしい人間を」

「……褒めているんですか?」

「褒めているのよ。好ましいと、愛おしいとすら言って良い。あぁ、別に惚れた腫れたって意味じゃないわよ? ―――ん、もしかしたら期待した?」

「無いとは言いませんけどね。美人にそう言われて悪い気はしません」

「あら、ありがとう。御世辞でも嬉しいけど、浮気はダメよ? ……って、話が逸れたわね」

 

 肩越しに振り向いたまま咳払いを一つして、

 

「―――故に、私は今回少しだけ世話を焼いてあげる。紫に後で話を振っておいてあげるし、会話次第じゃ早苗ちゃんの御両親へのケアを急ぐようにけしかけても良い」

「……それは」

 

 破格だ。故に西宮は思わず口ごもる。

 射命丸文は好ましい人種であるとこれまでの会話で感じていた西宮だが、しかし半面非常に計算高い相手であるとも見ている。故に悩む。果たして素直に受けて良いのかと。

 しかしそんな彼に対し、しかし彼女は笑って曰く、

 

「乙女の涙は条理と計算を覆すのが必定よ。泣いてる女の子とそれを助けたい男の子が居たら、横から世話を焼いてあげるのも年長者の権利ってものでしょ」

「―――申し訳ありません。そして、感謝いたします」

「宜しい」

 

 その言葉を最後に、射命丸はそのまま襖の向こうに消えて行った。

 それを見送った西宮が思うのは、今の部分で悩んでしまう辺り、確かに自身は外の世界のレミリアが嫌うような人種に近い面があると言う事。それは今後、幻想郷で生きようと思うならば優先的に直さねばならない点だろう。

 そして―――

 

「役者が違った、か」

 

 椛が先輩と慕う烏天狗が、自分が思っていたよりもずっと懐の深い人物だと言う事。

 自分も要精進かと苦笑しながら、寝ている早苗の髪を撫でる。

 

 しかしそんな西宮へ向けて、襖の向こう―――恐らく少し進んだ廊下の先から、烏天狗が声を張り上げて来た。

 

「あっ、そうだ。早苗ちゃんと行くとこまで行ったら特集組むから教えてね! 何なら今襲っても、私の新聞的には全然OKだから」

「最後に落とさないで下さい!!」

 

 ―――しかし結局のところ、彼女の根っこは自由奔放でゴシップ好きな烏天狗なのかもしれなかった。

 


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