東方西風遊戯   作:もなかそば

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第二章 日常編(風~緋)
愉快過ぎる忘れ傘


 後に風神録異変と語られる異変―――より正確に言うならば、異変というよりも守矢神社が博麗神社に吹っ掛けた喧嘩が終了し、数日が経過した。

 早苗と西宮は各々が布教活動をしたり、それぞれに出来た友人と交友関係を深めたりといった日々を送る中、とある一つの事件に遭遇する。

 

 それは一人の少女が守矢神社を訪れた事が始まりだった。

 

「うぅ……おなか空いたよぅ」

 

 へろへろと力無い様子で浮遊しながら守矢神社へ向かうは、水色の髪とオッドアイ、そして紫色の大きな唐傘を持つ一人の少女だ。

 ただし、持っている唐傘はただの唐傘ではなく、無論それを持つ少女もただの少女ではない。

 唐傘に付属しているのは一つ目と口、そしてべろんと飛び出す長い舌。その唐傘を持つこの少女、名を多々良小傘と言い、いわゆる付喪神の一種―――『からかさお化け』であった。

 

 そして人を食う妖怪ではないものの、人を驚かす妖怪ではある彼女。

 人食い妖怪が人を食べて腹を満たすように、彼女は人を驚かす事で空腹を満たすという特性を持っていた。

 便利であろう。食料要らずであろう。しかし彼女はここしばらく、人の驚きではなく山で拾った木の実を齧る事で空腹を紛らわせていた。

 

 それもその筈。彼女は致命的なまでに人を驚かすのが下手な妖怪であった。

 大昔ならば良いかもしれない。しかし現代、それも妖怪が平然と闊歩するこの幻想郷で、昼間に真正面から近付いて『うらめしや~! おどろけ~!』と元気に叫ぶ少女に驚く輩が、果たしてどれほどいるであろうか? 正直言うと昔でもあんまり居なかった。

 

 故に彼女は随分と長い事、人間を驚かして腹を満たした事は無い。

 驚かそうとした人間に何故か食料を恵まれたり、特に御老人などには人気が高い小傘であるが、そうやって人に頼ってばかりでは仮にも妖怪としての矜持が廃る。

 なればこそ、彼女は今日もこうして人を驚かそうと努力を続けているのだ。

 努力の前に『無駄な』という三文字を幻視する者も多かろうが。

 

「……山の上の神社には、外から来たばかりの人間がいるって聞いたし……きっと驚いてくれる筈。わちき頑張れっ!!」

 

 えいえいおーと拳を振り上げ、小傘は未だに先の魔理沙による天狗の里襲撃事件の被害から復旧が終わっておらず、警備がザルな妖怪の山を上って行くのだった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 その日も山の頂上の守矢神社では、弾幕戦が繰り広げられていた。

 

「少しかマシになったッスねぇ。でもまだまだ! 無駄無駄無駄無駄ァって所ッス!!」

「くっそ、この駄犬が……!」

 

 神社の前で()り合っているのは二つの影。

 『の』の字に形成された弾幕をバラ撒きながら接近する椛と、近接しようとする彼女を突き離そうと霊弾で抵抗する西宮だ。

 弾幕ごっこは主に女性が嗜むものであるのだが、昨今の異変解決方法が弾幕ごっこ主体となっている以上、守矢神社という幻想郷のパワーバランスの一角を担う立場の組織に所属する者としては腕は磨いておかねばなるまいという判断からの修行である。

 

 尚、似たような理由で弾幕ごっこの修行を義務付けられた一部の男性天狗連中と『美しい弾幕ってなんだよ』やら『俺らみたいな野郎が美しいとかって誰得だよ』とかいう愚痴を言い合えるようになったのは、西宮の立場としては非常に嬉しい話であった。

 誰だって女の園に一人というのは気後れするものである。そう考えると外のマンガやゲームで女性のコミュニティに単独で降り立った主人公というのは本気で偉大だったと思う西宮だった。

 

 そして椛との勝負で互いに放つ弾幕の数比は、椛が八とすれば西宮は二がせいぜいだ。それが即ち、両者の間に存在する純然たる馬力(パワー)の差でもある。

 これでも来た当初に比べれば随分抗戦出来るようになったのだが、それでも勝負の天秤は常に椛の方に傾いている。

 魔理沙を相手にした時と違い、『勝負に負けても大局的に勝てばいい』とかいう話ではなく、純粋な訓練だ。変に策を巡らす余裕も意味も無い分、勝負は純然たる地力の勝負。

 そこでは未だ、西宮が椛に勝てる目は存在していない。

 

 結局弾幕に気を取られて西宮が椛の姿を見失った次の瞬間に、彼女は弾幕の影に隠れて地を這うような超低空から懐に飛び込み、

 

「必殺ぅ! 天狗剣Vの字斬りッス!!」

「げぶはっ!?」

 

 訓練用の木刀を、早苗から借りた漫画を見て覚えた技名を叫びつつ容赦の欠片も無く西宮の身体に叩き込んだ事で、この日の訓練は終了と相成った。

 今日の分の布教活動を終えて帰って来ていて、縁側で戦闘を眺めていた早苗が手を上げて宣言する。

 

「勝負あり! 勝者椛さん!」

「あいあーむ あ ちゃんぴょーん! ……ん?」

「どうかしましたか?」

 

 そして両手を上げ、発音がおかしい外来語を叫ぶ山の千里眼(テレグノシス)

 しかしその喜びの動作が不意に止まる。

 鳩尾を強打されてのたうち回る西宮の苦悶の声をBGMに、早苗の疑問の声を聞きながら椛は麓の方角を向いて目を細める。

 

「勝負に気を取られて気付いてなかったッスけど、誰かがこっちに向かって来てるッスね。紫色のでっかい傘を持った女の子ッス。もう随分近いッスよ」

「女の子? 参拝客の人かなぁ」

 

 椛の言葉に早苗が小さく首を傾げながら、西宮の苦悶の声をBGMに思考する。

 果たして人里で布教活動をした時にそのような少女は居ただろうか。

 或いは二柱が妖怪の山付近で勧誘した信者かもしれない。

 

 そしてそうやって彼女が思考していると、確かに椛が言う通り大きな唐傘を手にした少女が、変にふらふらとした飛び方で守矢神社の前に西宮の苦悶の声をBGMに到着した。

 そのまま彼女はふらふらと早苗に近付いて来て、

 

「う、うらめしや~! 妖怪だぞー、おどろけー!!」

 

 顔を真っ赤にして必死な様子で両手を掲げ、威嚇のようなポーズと共にそう告げたのだった。

 

 『なにこれかわいい』。

 東風谷早苗、多々良小傘と初遭遇時の第一印象はそれであった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「……成程。人を驚かす妖怪なのに、なかなか人を脅かせないと」

「難儀なもんッスね~」

「うぅ……幻想入りしたばかりの外の人間にすら驚いて貰えないなんて、わちきって駄目な子なんだ。……あ、この雑炊美味しい」

「お前らその会話の前に俺に言う事あるよな? ガチ放置した挙句に強制復活させてメシ作らせた俺に対して何か言う事あるよな?」

 

 そして数十分後。

 西宮も含めて彼ら四人は、神社の縁側で並んでいた。

 小傘の前には西宮が作った雑炊があり、彼女は会話をしながらぱくぱくとそれを食べている。

 

 早苗が驚かないと気付き、空きっ腹を抱えて泣きそうになってしまった小傘を見て、椛と早苗が慌てて西宮を叩き起こして対処をさせようとしたのが始まりだ。

 鳩尾が痛いままに左右の手を掴まれて、NASAに連行されるリトルグレイのような感じで小傘の前に引っ立てられた西宮。

 

 早苗曰く、『な、何かお困りだったら守矢神社の代表として話を聞きましょう! ―――西宮が!!』である。

 事情を理解する努力すらせず、全力で解決を瀕死の相方に投げた早苗の姿は、いっそ神々しいまでに潔かった。

 

 そしてぐすぐすとぐずりながら小傘が言った、『おなか空いた』の言葉を聞き、西宮がふらふらしながら昨日の夕飯の余りで雑炊を作って提供。今に至る。

 ちなみにその過程で彼は小傘に事情を問い、左右の椛と早苗も含めて、彼らは小傘の名前と悩みを聞くに至った次第である。

 

「そうッスね……西宮君」

「おう」

 

 そして『お前ら俺に何か言う事あるだろ』アピールをする西宮に、椛が向き直って一言。

 

「ボクの分は無いんスか?」

「帰れよ駄犬。むしろ家に帰るんじゃなくて土に還れ」

 

 西宮は中指を立てたハンドサインでそれに応じ、椛は何か間違ったかと首を傾げる。

 そんな心温まる言葉の弾幕を聞きながら、早苗はふと思いついた事を小傘に聞いていた。

 

「小傘さん」

「……なに? この雑炊はわちきのだよ?」

「いえ、そうじゃなくて。―――もし私が貴方の悩みを解決する事が出来たなら、貴方は守矢神社を信仰して下さいますか?」

「え……」

 

 そして言われた言葉に小傘が雑炊を食べながら思考する。

 数秒の思考を経て『雑炊が美味しい』という結論に至った小傘、力強く頷いて、

 

「この雑炊美味しいね」

「そうでしょう? 西宮の料理は絶品ですよ」

「お前ら放置しておいたら光の速さで脱線を始めるな」

 

 いきなり話をすっ飛ばした小傘と、即座に流されかけた早苗。その二人に横合いから西宮の突っ込みが入る。

 彼は大きくこれ見よがしに溜息を吐き、

 

「多々良だったか。見ての通りウチは神社で、しかも外から来たばかりで信仰を集めている真っ最中だ。こいつはお前の手助けをする事で信仰を集めたいらしい」

「手助けって……わちきでも人を驚かせるようになるの?」

「生憎そこまでは保証しかねる。俺はそこの駄犬にボコられた挙句に料理まで作らされたんで、体力的に限界なんでとりあえず休みたいから手助けはしかねるが……」

「西宮、貴方は外道ですか! こんな可愛らしい子の悩みを聞いておきながら、寝るのを優先で放置するなんて―――」

「手伝っても良いけど、その場合俺は今日の夕飯を作るのを放棄するからな」

「―――小傘さん、西宮は疲れているので今は休ませてあげましょう。大丈夫、私が貴方の力になります!」

 

 胸を叩いて請け負う早苗。

 直前までの西宮との会話を見ていると、間違っても頼もしくは映らないであろうその姿が、しかし―――

 

「さ、早苗……! わちきの為に、ありがとう……!」

 

 しかし、天然系唐傘お化けである多々良小傘には、どういう脳内化学反応の結果かは知らないが、とても頼もしそうに見えた模様である。

 拳を胸の前で握って早苗を見つめるその視線は、まるで神を見るような視線だった。

 いや、早苗は一応現人神なので間違っては居ないのだが。

 

「ふっ、早苗さんだけに良いカッコはさせないッスよ……。ぶっちゃけ今、魔理沙さんの襲撃の影響で山の警備隊が実質機能してないッスからね。ボクも今は暇ッスから、手を貸すッス」

「椛さん、貴方は……貴方こそ天狗の鑑です!」

「ふふ、そんなに褒められると照れるッスよ」

「あ、ありがとう! 二人とも、本当にありがとう……!!」

「いける……このメンバーならやれる! 友情、努力、勝利……今なら負ける気がしません! もう何も怖くない!!」

 

 そして明らかに暇つぶしの為に手を貸す事を宣言する椛。

 早苗と小傘はそんな駄犬の手を握り、感激もあらわに叫ぶ三馬鹿娘。

 

 そんな三人を見ながら―――

 

「とりあえず夕飯時には全員戻ってこいよ。人数分作っておくから」

 

 ―――西宮は既に突っ込みの努力を放棄し、椛との模擬戦でダメージを受けた身体を癒す為に自室に戻って眠りに向かうのだった。

 或いはこの時、彼がもう少し真剣に事態を受け止めていれば―――後にあのような悲劇は起こらなかったのかも知れない。

 

 多々良小傘改造計画。

 彼女が人を驚かせるようになる為に、早苗、椛、小傘の三馬鹿娘の出陣であった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「まず認めなくてはいけないのは、小傘さんには単独で状況を打破する程の戦力が無いという事です。戦術論の話になりますが、戦力的に劣る状況で目的を達するには奇襲と罠なのです」

「うん。良く分からないけど早苗って頭良いんだね」

 

 トリオ・DE・馬鹿もとい早苗、小傘、椛の三人は神社の縁側に腰掛け、西宮が寝る前に置いて行ってくれたお茶と煎餅を肴に作戦会議を開いていた。

 司会進行役は早苗。外の世界でPC版三国志をやらせたところ、まさかの袁術に敗北する曹操という奇跡を披露した、常識に囚われない戦術家である彼女の見識に期待が集まる。

 分からない人の為に平易に例えると雑魚妖精に敗北する霊夢でも想像して貰えれば分かり易かろう。或いはドラキーに敗北する魔王バラモスか。

 

 ちなみにその手のゲームは性格が出る。

 他の守矢勢がやった場合は、西宮は内政を重視して自領土の内政値をマックスまで上げて黄金楽土を築き上げ、神奈子は軍勢を整えモンゴル騎馬民族の如き侵略国家を作り出し、諏訪子は謀略戦で他の国を陥れる有様であった。

 

 そして奇跡の軍略家、東風谷早苗。彼女が思い出したのはゲームをしながらの自らの相棒と、仕える軍神の会話である。

 

『聞け、丈一。本来であれば敵より圧倒的な大軍を擁し、装備と兵站を整え、指揮を系統立て、情報を十分に集めた上で戦うのが常道である。しかしそれが出来ぬならば、罠と奇襲が少ない戦力で目的を達成する為の有効な手段になると心得よ』

『神奈子様ってRPGやらせると、確実にレベルを上げまくってから戦うタイプですよね』

『軍神に負けは許されん。勝てる状況を作り出してから戦うのが仕事である』

 

 重々しく頷く神奈子の前で、しかし西宮がコントローラーを握っているゲームは三国志ではなく早苗が持っていたスパロボだった。

 あのゲームに限って言えば戦争に重要なのは神奈子が言ったような事よりも、気合と勇気と愛と友情である。精神論は物理を凌駕するのだ。

 

 閑話休題(それはともかく)

 早苗は奇襲と罠という言葉を思い出しながら、自らの所見を眼前の二人に述べた。

 

「―――つまりは、相手を驚かすという事も奇襲と罠に尽きると思われます。奇襲も罠も相手の裏を突いたら勝ちだって西宮と神奈子様も言ってました」

「あー、あの二人だったら言いそうッスね。んじゃ具体案は?」

「私に考えられる罠と言えば、落とし穴の底に竹槍を置くくらいですが……」

「や、止めようよ! 驚く前に死んじゃうよ!!」

 

 物騒極まりない早苗の言葉に、流石に小傘が慌てた様子で訂正を要求する。

 その言葉に椛も頷き、

 

「竹槍には糞尿をまぶしておくと、傷口の治療が難しくなって殺傷性が上がるッスよ」

「追求するのはそこじゃないよ! 意外性を考えようよ!!」

「じゃあ竹槍抜いて糞尿残して、落とし穴の底に糞尿を敷き詰める感じでどうですか?」

「それ、単なる肥溜じゃないかな……」

 

 話題の約半分が糞尿まみれの最悪のガールズトークに突っ込みながら小傘は考える。

 糞尿と竹槍はともかくとして、一理はあると。

 正面から勝負を挑むばかりが戦術ではない。奇襲―――そう、正面から声をかける以外にも脅かす手段はあるのではないか。

 

 そう、時代は意外性。まさに目から鱗である。

 忘れ傘の付喪神、多々良小傘。この結論に辿り着くまで、妖怪としての発生から軽く百年程度を必要としていた。

 

「殺傷性は可能な限りパージするとして、意外性を重視するのは良いかも」

「ではその方向で。後は小傘さん、今時『うらめしやー』は無いですよ。些か古典的に過ぎると言わざるを得ません。古典を否定するわけではありませんが、時代は常に先へと進む潮流のような物。過去の常識に拘り過ぎてはいけませんよ?」

「う……じゃあ早苗、どんな掛け声が良いと思う?」

「そうですね……新たな必殺の脅かし方を考えるにあたって、必殺技ならば愛を叫ぶのは必須でしょう。とりあえずアモーレと叫んでおけば」

「アモーレ……!!」

 

 イタリア語で『愛』を意味する単語を力強く呟く純和製の唐傘お化け。

 既にこの時点で大分どうしようもない予感がする光景だが、そこに椛が更に一石を投じる。

 

「ボクは古典を大事にしたいッスねー。折角小傘さんは唐傘お化けなんスから、古典を大事にしたワビサビも欲しい所ッス」

「じゃあ実際の驚かし方の古典という事で、こんにゃくでも使いますか」

「それだよ……!」

「流石ッス、早苗さん! その発想力……!」

 

 お化け屋敷の古典、こんにゃく。

 相手の首筋にぴとりとくっつける事で、敵の驚愕の感情を引き出す魔法のアイテムである。

 食べると美味しい。

 

「あっ。でも、わちきは昔こんにゃくで人間を驚かそうとしたけど上手くいかなかったよ?」

「使い方次第ですよ。古典的にこんにゃくをペタリと付けて驚かそうとするから上手くいかないのです。そう、古典であるこんにゃくを用いて、新たなる地平の開闢を目指すのです」

「具体的には」

「全力でぶつければ相手驚くんじゃないですかね?」

「それッス!」

「その発想は無かったよ! それならきっと相手も驚くね!」

 

 確かに驚くだろうが、その使用法でこんにゃくである必要性はあるのか。

 そのような真っ当な突っ込みをする人材は、現在社務所の奥でブッ倒れるように眠りに落ちていた。

 かくしてアモーレの雄叫びと共にこんにゃくをぶつけて来る、全く新しい唐傘お化けの誕生である。

 境界の賢者や月の医師ですら想像の埒外であろう生命体が、今ここに生まれたのだ。

 

 トリオ・DE・バカはやり遂げたような表情で互いに頷き合い、

 

「じゃあ早速、こんにゃくを相手にぶつける特訓を開始しないといけないッスね」

「そうだね。弾幕とはわけが違って、手で投げる必要性があるから……上手くいくかなぁ」

「大丈夫ですよ、私が教えます。私、学校―――こちらで言う所の寺小屋で行われたソフトボール大会で、一年C組を優勝に導いた女です。―――全弾デッドボールで敵チームが居なくなったため、繰り上げ優勝って感じでしたが」

 

 当てるのは得意なんですよねー、などと笑う早苗。

 未だに彼らが居なくなった高校で語り継がれる、『東風谷七伝説』の一つである『曲がる死球』である。

 逃げるバッターを追尾するカーブ、フォーク、シンカーなどなど。狙ってもこうはいくまいという精度と角度を以て存分に人体急所に突き刺さるボールは、翌年以降の女子球技大会からソフトボールの項目を消し去るだけの破壊力を持っていた。

 

 そしてそんな早苗に残りの二名は尊敬の目を向ける。

 

「早苗! わちきはこの神社に来て、早苗と椛に相談して本当に良かったよ……! 絶対この神社を信仰するから!!」

「恐るべしは守矢の巫女って所ッスね……ふっ、このボクともあろうものが、心の底から感動してしまうとは……」

「ふふ、大したことはありません」

 

 ぽよんと胸を張る早苗。ちなみに胸部戦闘力では早苗>椛>小傘である。

 しかしそうして胸を張る早苗に対して、小傘がしょぼんとした様子で呟いた。

 

「……あ、でも……食べ物を粗末にしちゃいけないって、昔言われた事があるよ」

「あー……確かに食べ物を使い捨ての投げ武器にするのは不味いかもしれませんか」

「ボクに考えがあるッス」

 

 浮上した新たな問題に、どうしたものかと悩む小傘と早苗。

 そこに椛が手を掲げる。

 彼女は『私に考えがある』という台詞が失敗フラグであるどこぞの司令官のように、自信ありげに声を上げた。

 

「紐ででも手元と繋いで、回収可能にしとけばいいんじゃないッスかね?」

「「それだっ!!」」

 

 かくて方向性を完全に決めた三人は行動を開始する。

 文の家の氷室から勝手にこんにゃくを拝借し、河童のにとりの手を借りてこんにゃくと小傘の手元を結ぶ強靭なワイヤーを用意し、椛がコネを持つ竹林の天才医師からこんにゃくの腐敗を防ぐための防腐剤を仕入れ、早苗の指導の元で大昔のスポ根漫画もかくやというノリで小傘がこんにゃく投擲の練習をする。

 

 そしてその一週間後―――

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 ―――その日、上白沢慧音は人里と竹林を結ぶ道を歩いていた。

 時刻は黄昏を過ぎうす暗くなって来た夜道を、灯りの入った提灯を片手に足早に人里へ向かう。

 

「いかんな、遅くなってしまったか」

 

 彼女は今、竹林にある友人―――藤原妹紅という少女の家に行って来た帰りであった。

 本来であれば日が落ちる前に人里に帰る心算であったが、生憎と話しこんだ結果、少々予定の時刻をオーバーしてしまったようである。

 しかし彼女に焦りは無い。元より半人半獣、正確に言うなれば半ばが神獣の血を引いている彼女は、それなり以上に腕が立つし、夜目も利く。野良妖怪程度に襲われた所で怖くは無い。

 

 故に彼女は、道行く先に佇む妖怪少女の事もさして気にはしなかった。

 紫色の大きな唐傘を持った妖怪―――正確に言うならば付喪神。

 人里にて人を驚かそうと頑張っていたものの、結局成功せずに泣いて帰るような無害な少女だった筈だと慧音の優秀な頭脳は記憶している。

 

「やぁ。確か人里でたまに見る付喪神だったな。また人里で人を驚かすのに失敗したのか?」

「―――ううん。今からわちきは貴方を驚かすの。覚悟して貰うよ、人里の守護者」

「……なんだと?」

 

 そして距離が近づいた所で、慧音は自分から少女―――多々良小傘に声をかけた。

 しかし返ってきたのは爛々と輝く戦意の瞳

 慧音へ向き直った小傘の表情は決意に燃え、明確な戦意を伝えて来ていた。

 

 どういう心算かと、慧音は内心で首を傾げる。

 目の前の少女は決して好戦的な妖怪ではない。むしろ臆病で、尚且つ他人を脅かそうと頑張るが、それ以上の危害を加える事を積極的に嫌がるような人物だった筈だ。

 

 だが彼女も妖怪。

 何か思う所があったのかと、慧音は内心で小傘への警戒ランクを一段階上げる。

 距離を保ったまま、いつでも動けるような半身の姿勢を取り、彼女は小傘に向かい合った。

 

「……何の心算かは知らんが、それは私と戦う心算だという事で良いのか?」

「うん。―――人里の守護者、つまりは人里で一番厄介な貴方を驚かす事で、わちきはきっと人を脅かす唐傘お化けとして真に生まれ変われるんだ……!!」

 

 そして小傘が懐から取り出したスペルカードを宣言する。

 

「“傘符”こんにゃく特急ナイトカーニバル!!」

「……は?」

 

 そして湖畔の吸血鬼もかくやという狂った命名のスペルカードを叫ぶと同時。

 小傘は弾幕を放つでもなく、一本足から高々と振りかぶり、

 

「アモーレ!!」

 

 愛を叫びながらその手に握ったこんにゃくを全力で投擲した。

 

 ―――さて。

 多々良小傘は華奢な少女であるが、妖怪である。

 そして妖怪は総じて単純な身体能力ならば人間よりも遥か格上だ。霊力や魔力で強化すれば人間でも一時的にその身体能力を手に入れる事は出来るが、この場合の問題は小傘が一般的な外の世界の人間よりも高い身体能力を持っていた事。

 

 それがどういう事を意味するかというと、つまりは豪快なオーバースローから放たれた長方形のこんにゃくは、風を切る轟音と共に外の世界で言うプロ野球選手が放つストレート並の速度で慧音の顔面に迫ったのだ。

 

「ン何ィィィィィ!!?」

 

 しかし慧音もまた、半分は人外。

 顔面に迫ったこんにゃくを、投げられたブツが慮外の物体であったが故に一瞬硬直したが、辛うじて回避する。

 これが弾幕であればもう少し余裕を持って回避したのだろうが、流石にこんにゃくが弾幕ごっこで投げられるとは、知識と歴史の半獣を以てしても予想外であった。

 

 そしてこんにゃくの全力投擲自体が予想外ならば、続く事象もまた予想の埒外。

 辛うじて回避に成功した彼女の目線の先で、こんにゃくを投げた小傘が何かを全力で引き絞るような動作をした次の瞬間、風切り音と共に慧音の後頭部に湿った柔らかい何かが高速でぶつかる強烈な衝撃が走ったのだ。

 

「なん、だと……!?」

 

 ボクシングで言うラビットパンチ。後頭部を直撃する衝撃で脳が揺らされ、慧音の身体がぐらりと傾ぐ。

 その瞬間、時刻が時刻の薄暗闇故に見え辛かった物――――慧音の顔の横を走る、こんにゃくに繋がったワイヤーが目に入る。

 

 ―――避けられた直後にこんにゃくに繋がるワイヤーを全力で引き寄せて、慧音の後頭部にこんにゃくを直撃させた。

 くらくらと揺れ、暗闇に落ちて行く意識の中―――慧音はその事実に驚愕していた。

 

 別に弾幕勝負に使う弾幕の規定は無い。

 それこそ陰陽玉から霊弾、レーザー、果ては投石ですら弾幕として認められるだろう。

 しかしだからと言ってこんにゃくを投げ、更にそれをワイヤーで繋いで疑似的に誘導弾にするとは、完全に思考の埒外。斜め上だ。

 

 ―――というか。

 

「何故、こんにゃく……」

 

 その言葉を最後に、上白沢慧音の意識は闇に沈んだ。

 そして―――

 

「や、やった! この人凄く驚いてたよ! やった、わちきやったんだ! わちきでも人を驚かせるんだー!!」

 

 ―――この瞬間、多々良小傘は『アモーレと叫びながらこんにゃくを投げて直撃させれば人は驚く』という勝利の方程式を確信した。

 後に更にこんにゃく投擲を極めて猛威を振るう、『アモーレからかさこんにゃくお化け』多々良小傘の誕生の瞬間だった。

 

 或いは西宮が寝ずに話に付き合っていれば、こうはならなかったのかもしれない。

 東風谷早苗―――“奇跡を起こす程度の能力”を持つ、山の上の巫女。

 彼女の能力が巻き起こした、傍迷惑な負の方向の奇跡であった。

 




 アモーレ。
 小傘まさかのワープ進化。きっと星蓮船では弾幕の中にこんにゃくが混ざって飛んできます。
 
 ちなみに予想外過ぎて硬直してしまっただけで、本気でやり合えば慧音VS小傘は九割以上が慧音の勝ちです。満月なら十割。

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