東方西風遊戯   作:もなかそば

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河童と携帯電話

「河童が好きかもしれないわね、そういうの」

「……この携帯ですか? 型落ちですけど」

「こっちじゃ十分に凄い技術の固まりよ」

「河童とか光学迷彩まで作ってるのに、なんで携帯が珍重されるのかが分からねぇ……」

 

 話の始まりは、神社の社務所で家計簿を付けていた西宮からであった。

 正確にはその作業を襖を開けたままやっていたので、廊下を通りかかった射命丸が、西宮が置きっぱなしにしていた携帯電話を見かけたのが始まりだった。

 殆ど着の身着のままで幻想入りした西宮丈一。数少ない私物の一つがこの携帯電話であった。

 とはいえとっくに充電が切れた以上、完全なる無用の長物と化しているのだが。

 

「んじゃー河童にでもあげた方が喜ばれますかね。社務所に置きっぱなしの機械類、可能なら動かせるようにしたいですし。そもそもこの携帯は仮に充電出来たとしても、大したモン入ってませんから。アプリも何も入れてない上に、学友からのメールもロクな内容無いしなぁ」

「めぇる? ……ああ、その小箱でやり取りできる手紙の事よね? 私が来た件とかまで含めて、そういう道具があれば便利なんだけど」

 

 やれやれと肩を竦める射命丸。

 明らかに新聞記者モードではない口調からも分かる通り、彼女が今回ここに来たのは記者としてではなく天狗としての仕事の為である。

 山の妖怪以外の守矢神社の信者が、妖怪の山の山頂にある神社に参拝に来た場合の対応についてだ。

 

 今後スペルカードルールにも同調する路線で行くのは決めたが、やはりなるべく山に他所者を入れたくない天狗と、参拝者は欲しい守矢。結局交渉は天狗VS神々という、幻想入り初日に近い構図で行われた。

 知恵で見れば諏訪子や神奈子にも認められる西宮だが、力は弱く経験も浅い。老練な天狗上層部に対する交渉は向いた役ではないと判断され、そちらの対応には関わっていなかった。

 

 ちなみに今回射命丸が来たのは、纏まった交渉内容を元に天狗の里で作成された契約書類を渡しに来ただけである。

 先の一件で発言力は上がったが、天狗の中では未だ非主流派である彼女。流石に山の方向性を決めるような大型交渉には関わっていなかったらしい。本人自身、関わろうとする性向ではないのもあるだろう。

 

「まぁ、そういうやり取りではメールは便利ですね。送るのは一瞬ですし、文章としても保存される。―――あ、お聞きしますが交渉内容はどうなりました?」

「参拝用のルートを作って、そこから外れたら容赦なく排除。ただし、参拝ルートを通る限りは天狗や他の山の妖怪は参拝者に手出しをしないって所ね。まぁこんなもんでしょ」

 

 肩を竦めて言う射命丸には、特に悪感情も感じられない。

 天狗の里側からは苦い譲歩と見られているのだろうが、彼女自身は先の異変の結果を見るに、必要な変化と断じている―――とでも言う所か。

 

「まぁ、射命丸さんにそう言って頂けたならば助かります。所でこの携帯なんですけど、河童に持って行けば幾許かの貸しにはなりますかね? そうでなくとも、河童との繋がりは持っておきたいので」

「ん? まぁ喜んでくれるとは思うわ。けど良いの? 友人からの、何だっけ。『めぇる』も入ってるんじゃないの?」

「まぁ、ロクでもない話ばっかりしてましたけどね。それはそれで楽しい思い出ではありました―――ペットボトルロケットによる生徒指導室狙撃計画とか」

「何か良く分からないけど、物騒な話なのは直感で察したわ。何やってんのよあんたら」

「いえまぁ、色々と」

 

 肩を竦める西宮丈一。外の世界にて、セクハラやらパワハラやら何やらで生徒の評判が最悪だった生徒指導の教師に対して、各クラスの代表で共謀して西宮を参謀長として行われた一大反攻作戦だった。

 文化祭の出し物として行われたペットボトルロケットを利用し、生徒指導室に撃ち込むその作戦。

 責任分散の目的で発射をたまたま来賓で来ていたお偉いさんにやらせ、尚且つ片付けの為に生徒が生徒指導室内に入る事で『何故か』その教師のセクハラの証拠物件が見つかるという、中々に大掛かりな策謀―――もとい、不幸な事件であった。

 

「平たく言ってしまえば……そうですね。天狗の里で例えると、立場を利用して女の子に卑猥な事をしようとする大天狗様の家に、事故に見せかけて天魔様の手で弾幕ブチ込まれるように誘導して、片付けという名目で押し入って失脚の証拠物件を押収するような」

「その作戦貰った」

「……えぇと、詳しくは聞かないでおきます」

 

 口の端を上げてにやりと笑う射命丸に、西宮がそっと目を逸らした。

 そしてその二週間後、とある大天狗が天狗の里内部で失脚する騒動が発生する事となるのだが、西宮はそんな事については全く知らない。知らないのだ。知らないってば。

 ともあれ西宮は気を取り直して笑みを浮かべ、

 

「まぁ色々と思い出はありますけど、この携帯に入っているのが全てではありません。それにこのままでは、どの道中身に入ってる思い出を見れもしませんし、河童の所に持って行くという選択自体は悪くないかと」

「成程ね。……うーん、良い作戦を教えて貰った礼として、紹介くらいはしてあげますか」

「……その作戦を何に使うのかは俺の前では言わないで下さいね。巻き込まれたくないんで」

「はいはい。……作戦に使うのは十尺玉で良いかな。天魔様辺りの行動が何かのきっかけとなって奴の家で炸裂するように色々と練らないと。彼奴の誅殺なら、天狗や河童でも沢山協力してくれる女の子居るだろうし」

「何そのテロ。どういう名目で十尺玉を用意するんですか」

「昨今の天狗の緩みぶりを考え、避難訓練とかどう? 十尺玉地上爆破避難訓練。花火と避難訓練を組み合わせた全く新しい出し物なんだけど、花火の保管中にうっかり天魔様が着火させてドカンとか。よしこの方向性で行こう」

 

 まさかの十尺玉地上爆破避難訓練フラグである。

 余程恨みを買っているのだろうか。いきなり家に十尺玉を叩き込まれ、その惨状から生き残っても恐らくセクハラの証拠が出て来て失脚するのであろうその天狗には、西宮も流石に同情を禁じ得なかった。

 

 ともあれそんな会話の後、西宮は射命丸が知っている河童の住処を紹介して貰い、翌日の朝からその河童の元へと出向いて行く事になった。

 手土産は分解して貰っても構わない携帯電話。そして念の為、紹介があるとはいえ失礼にならないように、人里で買い置きして置いた煎餅である。

 

 

 

 そして翌日。

 そうしてその河童の家を訪れた西宮の前に広がっていた光景は―――

 

「へぐぅ……」

「……死んでるぅゥゥゥゥゥ!!?」

 

 『河城にとりの機械工房』と書かれた、河の支流の先にある庵。

 その前で壊れた人形のようなポーズで地面に転がる、作業着のような服を着てリュックサックを背負った河童の少女―――河城にとりの姿だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 結論から言うと、当然だがにとりは死んでいなかった。

 

「やー、助かったよ盟友。いやいや、研究に夢中になっちゃっててね。三日くらい食事してなかったから、なんか家の外に出た途端にクラッって来てさー」

「はぁ……まぁとりあえず、これでも食って落ち着いて下さい」

 

 どうやら機械弄りに夢中になっていたらしいにとり。

 寝食を削って没頭していたのは良いが、ちょっと気分転換に家を出た瞬間に疲労と空腹でぶっ倒れてしまったらしい。

 

 あの後慌てた西宮が助け起こして事情を聞き、今は彼女の家の一室にて、ベッドに寝かされたにとりに西宮が勝手に台所を使って作ったお粥を差し出している状況だ。

 差し出された梅粥に、にとりは頬を綻ばせる。

 

「おぉ! ありがとう盟友、気が利くね。良いお嫁さんになれるよ」

「……まず俺は男なので嫁に行くのはまず無理です。あと、台所が中々悲惨な有様でしたので、河童殿自身もお嫁に行けるように料理修業などを積むべきかと」

「ありゃ、こりゃ一本取られたね」

 

 西宮が皮肉を返すも、にとりは快活に笑うのみ。

 元より彼女は多少臆病な面はあるが、明るく好奇心の強い気性の持ち主だ。明るさと臆病さは矛盾せずに同居するものである。

 

 そして美味そうに梅粥をかき込むにとりに、西宮は溜息。

 河童に繋ぎを作る目的での訪問であったのだが、それは成功したのかどうなのか。

 少なくとも研究の為に三日断食を決行するような相手だ。迂闊に携帯を渡したならば、今度はもう一度倒れるまで研究を続行しかねない。

 仕方ないから携帯を渡すのは取り止めて、とりあえずは顔の繋ぎと、後々に外の道具を提供する用意があると告げる程度で良いだろうと、内心で思考を取りまとめる。

 

「さて、河童殿」

「にとりで良いよ、盟友。私は河城にとり。敬語も要らない。私別に偉くないしね」

「……ではにとりと。俺は西宮丈一、知ってるかもしれないけど山の上の神社の人間だ」

「あぁ、うん。話には聞いてるよ。天狗様は色々大慌てみたいだね」

 

 あの時は私もエラい目にあったなぁと、一瞬だけにとりがハイライトの消えた瞳で遠くを見る。

 同時に西宮も、『にとり』という名前を異変の前後に聞き及んでいた事を思い出していた。

 

「……あー……お前さんそういえば、異変の折に」

「……うん。巫女と魔法使いに襲われて文さんに吹っ飛ばされて、パンツ丸出しで木の枝に引っかかる羽目になった。六時間くらい」

「異変の原因だった神社の者として、心から謝罪します」

 

 流石に(実年齢はともかくとして外見は)年若い少女には過酷な事件だったと判断した西宮が、即座に土下座の勢いで頭を下げた。

 パンツ丸出しで六時間とか、厳しいにも程があった。

 

 しかしここが会話の切り込み所か。

 そう判断して、お粥を啜るにとりに向けて西宮は重ねて言葉をかける。

 

「その面の謝罪も含めて、まぁ河童に面を通しておきたい。今後も同じ山の住人になる事だし、技術職相手に繋がりがあって困る事は無いしな」

「ふーむ? あ、盟友……えと、丈一で良いかな? 丈一がここに来たのって、その辺が目当て?」

「ああ。まぁその為の手土産があるっちゃあるんだが、今この状況で渡すのは俺の倫理観の問題もあるんで止めておく。……所で盟友って何だ?」

「河童は人間を昔から見守って来たのさ。影ながらこっそりと、ずっとね。だから河童は人間を盟友だと思ってる」

「へぇ……」

 

 胸を張るにとりだが、西宮は内心で『それってストーカーじゃね?』などと身も蓋も無い思考をしていた。

 ともあれそこは置くとしても、技術職との繋がりは西宮としても本当に悪くない。

 

 西宮丈一、東風谷早苗の二名は完全な現代っ子だ。部分的に高い文化レベルが流入しているとはいえ、基本は明治期レベルの幻想郷の文化に辟易する事もある。

 特に顕著なのが、家電製品の有無だ。

 

 テレビなどの娯楽用品は無視するにしても、現代では当然の如く家にある洗濯機、給湯器、冷蔵庫などが、こちらの世界には存在しない。

 そして洗濯機と給湯器、冷蔵庫を含め、外の世界時代に社務所に置かれていた幾つかの電化製品は、完全沈黙状態で幻想郷にまで持ち込まれているのだ。

 毎日の家事を担当する身としては、可能ならば使えるようにしたい。使えないなら使えないで、あっても邪魔なので早々に処分したいのが西宮の考えだ。

 

「では盟友にとり。少し機械関係で河童のお前さんに聞きたい事があったんだが、大丈夫か?」

「ん、特に問題は無いよ」

「OK。実は山の神社には外の世界から持ち込まれた機械が幾つかあるわけだが、幻想郷では使えないんでな。可能ならばそれを使えるようにしたい。或いは無理なら無理で、相応の対価で引き取って貰いたい」

「外の機械? ……完品でかい!? 壊れかけとか、バラでとか、古い奴とかなら時々魔法の森近くの古道具屋に売ってるって話だけど……」

 

 反応は上々。

 食いついて来たにとりに、西宮は笑みを浮かべて、

 

「完品だ。それに加えて、冷蔵庫に至っては前のが壊れて、外の世界で最新のに買い替えたばかりだったからなー……その辺の管理は概ね俺の仕事だったし」

「最新式……!!」

「仕切り板を外せば人が入れるくらいの大きさだが、開発チームの間で中に入って涼むのが流行って危うく凍死者が出そうになり、人が入ると軽快にオクラホマミキサーの警告音を鳴らしてくれる謎機能が付与されている点まで含めて色々と新し過ぎるがな」

「いや、素晴らしい。素晴らしいよ。その開発チームの気持ちは私にはよく分かる。それじゃあ早速その機械類を―――」

「はいストップ」

 

 うんうんと頷いたにとりが素早くベッドから立ち上が―――ろうとした所で、西宮の手が肩を抑えて、立ち上がるのを止めた。

 止められたにとりは不満そうな表情だ。

 

「何するのさ丈一。私に機械類を見て欲しくて来たんじゃなかったの?」

「その心算だったんだが、ぶっ倒れるまで研究してた直後の奴にそんなもん見せてみろ。またぶっ倒れるまで続けるに決まってるからな。とりあえず一日ゆっくり休んで貰って、話はそれからだ」

「……むぅ」

 

 言われて頬を膨らませるにとりは、まるで西宮よりも二、三歳下の少女のようだ。

 少なくとも年上の妖怪には見えまい。

 可愛らしく頬を膨らませて拗ねる河童を、西宮は微笑ましげに見やる。まるで大好きな新作ゲームをお預けされた女子中学生だ。、

 

「まぁギブ・アンド・テイクだ。俺としても調べてる最中に倒れられたら面倒だし、ある程度体調を復帰してから来て貰いたい」

「拷問だよー……調べたい機械があるのが分かってるのに足止めとか」

「そう言うなよ。ちゃんと休んでから来てくれるなら、ボーナスを上げても良い」

「ボーナス?」

「神社にある機械は神社の所有だけど、それとは別に俺が個人で持ってる機械があってな。体調を整えてから来てくれるならば、そっちは完全に研究用として進呈しよう」

「マジで!?」

 

 そして自身の携帯電話を研究用として提供する事に決定した西宮。

 その言葉を聞いたにとりは目を輝かせて、

 

「だったらこうしちゃいられないや! 今日はしっかり休んで、明日にでも神社に行けばいいんだよね?」

「ああ。神社の風祝と御二柱には俺から話を通しておく」

「おっけー。それじゃ丈一、私は寝るからお粥の食器は片付けてってね」

「……良い根性してるな、お前」

 

 図々しい要求に半眼で返す西宮だが、にとりは言われた通り身体を休ませようと、既に布団を被ってしまっている。

 程無く聞こえて来た寝息に彼は溜息を吐き、

 

「……まぁ、ついでだ。今日の予定は何も無かったし、軽く片付けでもしてやりますか」

 

 散らかった台所などの片づけをする事に決め、その部屋を後にしたのだった。

 

 ―――それを機に神社にこまめに出入りするようになったにとり。

 彼女の話を聞き、二柱が紫と共謀して山のエネルギー革命などという事を考えだすのは、しばし先の話である。

 それよりも先に出て来た変化は、どちらかと言えば早苗と西宮に大きな影響を及ぼした。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 その変化とは、先述の通り河城にとりがその後、頻繁に神社に出入りするようになった事である。

 当初の彼女は社務所の機械類をキラキラとした目で眺めており、それらを調べられる喜びに天に上らんばかりであったが、今は流石に大分落ち着いている。

 最新式―――つまりは色々と難しい機械の詰まっているオクラホマミキサー機能付きの冷蔵庫を後回し(メインディッシュ)に、今は他の機械の分析調査を行っている段階だ。

 

 元々出入りが多かった椛とは親友と呼べる間柄であったし、早苗とも随分仲が良くなったらしい。

 時々機械に夢中になって帰りが遅くなると、早苗の部屋に泊まってガールズトークに花を咲かせているようだ。

 そして西宮の携帯電話は彼女用の研究資料として提供されたのだが―――

 

「おーい、丈一。この『ケイタイデンワ』だっけ? 少しだけだけど復旧できたよー」

「マジでか!? すげぇな河童」

「いや、以前魔法の森近くの古道具屋で売ってた『デンチ』っていう外の世界の道具を繋いで、電力を少し供給してみただけなんだけどね。まぁ一回動いてる状態を見た方が私としても今後いろいろやり易いから」

 

 そして彼女が神社に出入りするようになってから一週間後の夕方。

 西宮と早苗が休憩がてら縁側で並んで茶を啜っていると、にとりが携帯を手に飛んで来た。

 それを聞いた早苗が目を丸くし、

 

「え、携帯使えるようになったんですか? メールや通話もできます?」

「いや、基地局も何も無いから無理だろ」

「ちぇっ。また寝る前に西宮に電話をかける事が出来るようになると思ったのにー」

「お前携帯買ったばかりの時に毎晩のように俺にかけて来て、電話代で御両親にめっちゃ説教食らったの覚えてるか?」

「覚えてますよ。だから無料通話が出来るような契約に変えたんじゃないですか」

「ところでさ、丈一。ん―――ごほんごほん」

 

 ところで。

 西宮が射命丸に言っていたのは誇張でも韜晦でもなんでもない。

 本当に友人との「ロクでもない話」がメールとして多くやり取りされており、携帯の復旧作業をしたにとりはそれを目にする機会があったというだけの事。

 故に彼女は殊更に咳払いをし、早苗の後ろに隠れるようにして僅かに頬を赤く染めながら、責めるようなジト目と共に言葉の爆弾を投下した。

 

「―――丈一のメールの中にあった、『研修旅行女湯遠隔望遠作戦』っていったい何?」

「……あ」

「へぇ……」

 

 結局西宮と早苗は行く事もなく幻想郷に来たのだが、高校の研修旅行の折に女湯を覗く作戦を彼の友人が立て、西宮に作戦面での助力を請うメールを送って来ていたのだ。

 削除されずに残っていたそれをにとりが発見してしまい、それを今この場で口に出してしまった。

 話にすればそれだけなのだが、効果は覿面であった。

 

 西宮が転がるようにして早苗から距離を取り、早苗は西宮の頭が一瞬前まであった場所を狙ってノーモーションからの掌底を叩き込む。

 

「あっぶね……!!」

「チッ……避けましたか」

 

 そして冷や汗を流しながら立ち上がる西宮へ、早苗は口の端を上げた笑みを向ける。

 無論それは親愛の情から来た物などではない。笑みとは本来攻撃的な物とどこかの誰かが言っていたように、早苗のこの笑みもまた攻撃的な意図で作られたものである。そもそも目が笑っていない。

 

「……西宮。私、ちょっと貴方にお話をしなければいけないようです」

「待て、落ち着け東風谷。これは罠だ。俺にそんなメールを送って来やがったパンツ奉行(※渾名)の罠だ」

「でも丈一、このメールの返信で早苗が入ってない時間ならって事で協力と参加を了承してるよね? わー、エロいんだぁ」

「河童ァァァァァァァ!!」

 

 携帯電話を操作しながら自分を売ったにとりに対して、西宮が叫びをあげる。まぁにとりも少女である以上、覗きをする相手は無条件に敵なのであろうが。

 対する早苗は笑顔のまま、

 

「……西宮、選んで下さい。Please select die or dead.」

「何で英語!? それどっちにしろ死んでるよね!?」

「―――問答無用!!」

 

 そして始まる弾幕ごっこ。

 西宮が逃げ、早苗が追う。

 それを見送る形となった元凶(にとり)はその様子に呆れたような表情を浮かべ、

 

「……覗くほど見たいんだったら、早苗の見せて貰えば?」

 

 そうぼそりと呟いて肩を竦めた。

 後に天狗の里で十尺玉が炸裂して、大天狗が罷免される一週間ほど前。

 そして地底と地上の間で起こる『地霊殿異変』に向けた、最も広義の意味での『始まり』が起こった頃の話であった。


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