東方西風遊戯   作:もなかそば

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にじファン連載当時、西風遊戯についてレビューされているのを発見したのですが、レビュー者の人が『レビュー詐欺』と言われているのを見かねて思わず思い付いた短編の改訂版です。
ちなみにレビュー詐欺と言っても『地の文』を『痔の文』と誤記した結果、『おい、その小説痔の話無いじゃないか』と弄られていると言った感じでしたが。
ともあれ、そんな彼がレビュー詐欺と呼ばれる状況を払拭する為に思い付きで書いた外の世界時代の話です。もう2年以上経過していますが、彼(彼女)の快癒を願います。


閑話其の弐:彼と彼女と父の病

 ―――病とは、残酷な物だ。

 それは容易く人の一生を捻じ曲げ、歪め、砕き、そして奪っていく。

 地底に封じられた、忌まれた妖怪―――その中に病を操る土蜘蛛が混ざっていた事も、むべなるかなと言うべきだろう。

 病とは人が幻想の存在を忘れ、駆逐した現代においてすら、人にとっては越えられない壁となって立ち塞がり続ける不倶戴天の敵なのだから。

 

「……まさか、お前の親父さんがな」

「ええ……」

 

 高校からの帰り道。

 幻想郷に行く事より遡って、一年以上の昔。彼らが高校に入ってから、まだ然程の時間も経っていない初夏の道だ。既に花を落としきった桜が、街路樹としてアスファルトの道の左右で青々とした葉を繁らせている。

 幻想郷時代よりも少しだけ幼い西宮と早苗は、双方ともに沈痛な表情で、そのアスファルトの道を歩いていた。

 

「あんなに……あんなに、健康そうだったのにな」

「言い出せなかったそうですよ。私達やお母さんに心配かけたくないから、って」

 

 いつもとは違う道を歩く二人は、顔を伏せたままぽつりぽつりと言葉を交わす。

 内容は早苗の父―――守矢神社で神職をしている彼が患っていた病。それに関する話が、学校で授業を受けていた早苗と西宮にメールで届けられたのが先程の話だ。

 そして今、西宮と早苗はそのメールでの指示に従い、ある場所にやって来ていた。

 

 『総合薬局』―――そう書かれた看板があるここは、様々な薬品を取り扱うドラッグストアだ。

 どの看板と、入り口置かれた全く可愛くないこの薬局独自のマスコット人形を前にして、二人は沈痛な表情のまま足を止める。

 ぽつりと、早苗が万感を込めて言葉を発した。

 

「……痔のお薬を買ってこいって、どんな顔をして買えば良いんでしょう」

「俺らが使うとは思われたくないよな……」

 

 守矢神社神職にして早苗のパパ上様であらせられる東風谷氏。

 痔を悪化させ、娘とその相棒に薬を買いに走らせた夏の午後だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 痔とは肛門部周辺の静脈が圧迫され、血液の流れが滞ること等によって発生する疾患の総称である。

 直立二足歩行する生物、即ちヒト固有の病気であり―――いや、もしかしたら同じく直立二足歩行している妖怪とか神々とかにも発生するのかもしれないが―――他の動物はまずなる事は無いとされている病気だ。

 特に座り仕事が多い漫画家などには、職業病の一種として認識される事もあるという。

 ―――と、痔というのは大筋でそういった病気だ。

 

 神職は漫画家ほど座り仕事が多いわけではないが、守矢神社の事務仕事は主に早苗の父の担当だ。

 硬い椅子に座っての事務作業は、思いの外早苗の父の尻に負担をかけていたらしい。

 西宮、今度クッションでも早苗のパパ上にプレゼントしようと思う傍らで、自分は絶対に事務仕事をする時はクッションを尻に敷こうと心に決めた。

 

 そして十代も半ばの年頃の少年少女にとって、『地元の薬局で痔の薬を買う』というのは中々にハイレベルな罰ゲームだった。

 ドラッグストアのおばちゃんパート店員などは何を勘違いしたのか、『若いうちからお尻とかアブノーマルなプレイに走るからこうなるのよ』などという見当違いのアドバイスまでくれたくらいだ。

 『そういうのじゃない』と反論しても、『大丈夫、おばちゃん分かってるわよ』などと確実に分かっていない優しい笑顔で頷かれるだけだった。

 そんな羞恥プレイを経て、どうにか痔の薬を買って来た早苗と西宮だが―――

 

「……で、買って来たら買って来たで既に居ないとか、ねーよな普通」

「思ったより酷かったみたいで、我慢できずに病院行ったら即手術モノだったらしいですよ。だからといって許しませんけど。絶対に許しませんけど」

 

 ―――その恥ずかしい思いをした二人の努力を完全に嘲笑うように。

 痔の薬を買って来た西宮と早苗を待っていたのは尻を抑えてのたうち回る早苗父ではなく、『パパが入院する事になったので付き添って来ます。夕飯は勝手に何か作って食べて下さい』という早苗母の書き置きだった。

 どうやら早苗の言葉通り、予想以上に痔が悪化していたらしい早苗父。娘と相棒の帰宅を待ち切れずに病院に駆け込んだ所、医師から即時手術を言い渡されたらしい。

 

 買って来た薬をちゃぶ台の上に投げ出し、神社の裏にある早苗の自宅のリビングにて、そのちゃぶ台の上にあった書き置きを見た早苗と西宮は互いに愚痴を零していた。

 西宮は愚痴を言いながらも冷蔵庫の前に移動し、中にあった材料から何が作れるか思考しながら、ちゃぶ台の前に座る早苗に声をかける。

 

「当分は大きな神事は無いから良いとして、それでも最悪の場合は本家に渡りつけて代理出来る人を寄越して貰う事になるかもしれん。ま、その辺りの処理についてはおばさんと相談して詰めるし、必要なら事務的話なら俺がやるが」

「お願いします。後は本殿にいらっしゃる諏訪子様と神奈子様にも説明した方が良いですかね?」

「諏訪子様の場合、腹抱えて笑いそうだけどな……」

 

 守矢神社は御柱祭で有名な諏訪大社の分家筋に当たる。

 社そのものが重要文化財に指定されている諏訪大社に比べると随分と社としての格が落ちるが、本家と分家の仲は決して悪くは無い。分家の当主である早苗の父が緊急入院という事になれば、神事の代行が出来る人材を寄越してくれるだろう。

 

 早苗や西宮は神事についての知識はあるし、そもそもが祀っている神である神奈子や諏訪子の信任を得ている身であるのだが、生憎と昨今の神社では神職として仕事をするには免許が必要であり、早苗も西宮もその免許を未だ取得していない。神事の代行をするのは、対外的に色々不味いのだ。

 西宮などはこのまま神社の手伝いを続けていけば、将来的に宮司の補佐である禰宜(ねぎ)となる可能性が高い事などもあり、将来的には神職の資格が取れる神道系の大学へ進学したがっている―――のだが、それがまるっきり意味を為さなくなるのは、これより一年と少し後。神社が幻想入りした後の話である。

 

 ちなみに本来であれば、諏訪大社は御柱祭を筆頭とした神事からも分かるように、建御名方神やミシャグジ神を祭る神社の正当にして本家である。

 何故本家である諏訪大社ではなく、分家である守矢神社に建御名方神やミシャグジ神が一緒になって住んでいるのかという点については、以前西宮が神奈子と諏訪子に問うた事がある疑問だ。

 話せる事情も話せぬ事情も色々あったというのが神奈子と諏訪子の言い分であったのだが、彼女らが話せぬというならば追求しないという程度には西宮は二柱の神を信用していたので、真相の深い部分はその両者のみぞ知るという状態である。

 

 ともあれ、勝手知ったる他人の家。

 冷蔵庫の中からホールトマトの余りを入れていたタッパーを取り出し、西宮はさっさと台所に入って行く。

 

「ま、その前に晩飯だわな。パスタで良いよな?」

「西宮の料理なら何でも好きですよ、私」

「さよか」

 

 台所からの西宮の言葉に、ちゃぶ台前に座ったままの早苗が『にへら』と気の抜けた笑みを浮かべながら、嬉しそうに返す。

 対する西宮としても、いつもの遣り取りに特に感慨は抱かず、肩を竦めてトマトソースを作り、パスタの調理を始めるのだった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 結論から言えば、食事の後に西宮が早苗母の許可を取った上で諏訪大社に連絡を入れた結果、早苗父が入院によってあけた穴は本家の禰宜が来て埋めてくれる事となった。

 本家では禰宜―――即ち宮司の補佐をしている人物らしいが、免許としては県社の宮司を務められる正階という位階まで取得しているそうだ。村社、郷社に分類され、正階の一つ下の資格である権正階があれば宮司になれる守矢神社に派遣される人物としては、まぁ必要十分と言えるだろう。

 

 そしてそれらの事情を含めて、西宮と早苗が食後に神社本殿へ行き二柱へ報告すると、本殿で並んで正座する西宮と早苗の前で、胡坐をかいた神奈子は重々しく頷きながら呟いた。

 

「……道理で。最近やたらと尻を気にしている筈だ」

「うひゃひゃひゃひゃ! じ、痔かぁ……あー、私は分からないけどキッツいみたいだねー」

 

 その横で諏訪子が腹を抑えて笑っているが、生憎と西宮からは見えていない。

 早苗からは見えているのだが、早苗は諏訪子が笑うのを咎めるでもなく、むしろ自身も頬を膨らませて父を非難する。

 

「酷いんですよ、お父さんったら。私と西宮に『帰りにボラギ●ール買って来い』ってメールを入れたくせに、帰って来た時には我慢できずに病院行って緊急手術なんですから」

「俺らドラッグストアのおばさんに凄い誤解を受けたからな。……ともあれ神奈子様、諏訪子様。そのような事情で、暫し諏訪大社の本家から代理の宮司の方がいらっしゃいます。事情が事情ですので、ご容赦を」

「あぁ、構わんよ丈一。どうせお前と早苗以外は、私達の声すら聞けんのだ。そう気を遣う必要は無いから、お前らがやり易いようにやれば良いさ」

 

 敬意はあるながらも、どこかフレンドリーに神奈子と諏訪子に声をかける早苗。

 横の西宮はそれとは対称的に、自分達人間の都合で神事を行う人間が変わるという点に関して、神奈子と諏訪子に深く頭を下げる。

 彼からは神奈子と諏訪子の姿は見えず、声だけしか聞こえない筈なのだが、こういう場面では見えている早苗よりも見えていない西宮の方が、神を祀る神職らしい立ち振る舞いだ。

 場合によってはある程度フランクになる場合もあるので、公私の使い分けが早苗より明確であるという事なのだろう。それが相手次第では必ずしも良い方向に働くわけではないと分かるのは、幻想入り後にレミリア・スカーレットと邂逅してからの事となる。

 

 ともあれそんな西宮に対し、神奈子は鷹揚に手を振って許しを伝える。

 ただし、その内容は『諏訪大社の人間だろうと、誰も自分達の事など覚えていない』という自嘲交じりの物だったが。

 そんな神奈子の言葉に、場の空気が僅かに重くなる。発言した軍神は思わず『しまった』とでも言いたげな表情を顔に浮かべた。

 

 それを横目で見たのだろう。諏訪子が小さく溜息を吐き、思い出したとでもいうように話題を変える。

 

「そういやさー。神事で思い出したけど、丈一と早苗は人間の間の決まり事で神事はまだ出来ないってのに、二人の友達が神社にやって来た事あったじゃん。お祓い希望だったっけ。あれはどうなったの?」

「……あー」

 

 そして彼女が振ったその話題に、西宮が呆れたような困ったような、総じて言えば乾いた笑みを顔に浮かべる。

 何の事は無い、彼らが高校に入学した直後の話だ。

 早苗の実家が神社だと聞いた彼らのクラスの友人が、神社にやって来た事があったのだ。

 

『御祓いしてくれないか』

 

 そんな言葉と共に境内の掃除をしていた西宮に必死の表情を向けたのは―――早苗達のクラスメイトである学生、通称パンツ奉行だった。

 何やら最近何をするにしても身体の一部が痛いと言っていた彼。

 諏訪子は本殿から、境内で彼からの事情を聞く西宮を見ていたのだが―――

 

「あれ、結局御祓いとかそういうのが必要な話じゃなかったんですよ」

「あぁ、やっぱり。なんか悪いものに憑かれてるとか、そういうのが見えなかったからねぇ。じゃあいったいなんだったんだろうって気になってたのさ」

「そんな事があったんですか? 私、聞いてないんですけど」

「まぁ、敢えて言うような話でも無かったしなぁ……」

 

 正面から―――西宮本人からは見えていないが―――諏訪子が、横から早苗が興味津々といった様子で見て来るのを感じ、西宮は居心地悪そうに肩を竦め、内心でパンツ奉行に謝罪しながら、慎重に言葉を選んで口を開く。

 

「……要は病気だったんですよ、あいつ」

「病気? パンツ奉行でしたら最近は元気そうに女子剣道部の防具の着替え覗く計画立ててた所をバレて吊るされて罰金食らって『ありがとうござます!』とか叫んでましたけど」

「そうかそうか、あいつそろそろくたばってくれねぇかな。―――で、だ。あー……その病気なんだけど」

 

 困ったように一度首を振り、西宮は溜息を吐き、

 

「痔だったみたいです。東風谷の親父さんほど重症じゃなかったみたいですが」

 

 その言葉に諏訪子が噴き出し、早苗が目を丸くし、神奈子が口元を抑えて笑いを堪えた。

 ―――早苗の口から女子剣道部に対し、『奴と対峙した時は尻を狙え』という容赦の欠片も無いアドバイスが伝えられる三日前の話である。

 また、そのアドバイスの更に三日後に、懲りずに女子剣道部の更衣室を覗く計画を同志と立てていたパンツ奉行だったが……その計画がバレて女子剣道部のエースの突き技を尻に食らい―――結果として悪化した痔で入院し、入院先の病院で早苗のパパンと同室となるとかいう全くどうでも良い奇跡が発生したのだが、本当にどうでも良い話なので割愛する。

 

 ともあれ、かなりアレな話だが。

 これもまた外の世界でも守矢神社の日常の一部なのだった―――。




▼追加しようとしてやめた日常系エピソード▼

・妖夢と早苗と刀剣乱舞
 オチ無しヤマ無しで刀にまつわる面白い歴史話題を語るだけの薀蓄話になりそうな気配しかしなかったので。
 歌仙兼定の由来とか中々狂っています。あと、燭台切光忠。
 戦国時代の武将の方々は石とか瓶とか木とか竹とか人とか斬ったり貫いたりブチまけたり色々しないと気が済まないユカイな方々です。たまに碁盤とか斬る強者も居ます。



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