東方西風遊戯   作:もなかそば

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題名は『重巡洋艦の村にオークの群れが!』 くらいの雰囲気でお読みください


湖畔の紅魔館に悪魔の群れが!(前編)

 図書とは知識の塊である。

 

「おーい盟友。盟友丈一やーい。悪いけど少しばかり、使いぱしりを頼まれてくれないかな?」

「俺が? まぁ良いけど、どこに何の用でだ? にとり」

 

 そこに内包された先人の知識は、人や妖怪が何かを為す時に大きな助けとなるだろう。

 少なくとも無からの試行錯誤に比べ、格段に段階を飛ばせることは間違いない。

 

「紅魔館にさ、大図書館があるんだよ。そこで工学関係の本があれば……ほら、電気機械を動かすための水力発電についての話、こないだしたじゃん? でも丈一や早苗の知識だと、水車作る程度が関の山だったじゃん。そこから何がどうなって電気になるかとかはさっぱりだったでしょ」

「一応俺の場合、抵抗とか色々までは言えるんで東風谷よりは少しかマシだけどな。そこだけは主張しておく」

「まぁそうなんだけどさ。五十歩百歩だよね。この知識だけで水力発電しろって言われたら、流石に河童のにとりさんでもお手上げだよ」

 

 故にこの時、河城にとりが選んだのは先人の知識に頼る事だった。

 紅魔館にあるという大図書館。そこにならば技術的な側面から自分のやろうとしている事―――当座の機械を動かし得る電力を得る為に、まず試みようとしている水力発電―――の為の情報を集める為、西宮にそこへの出向を願ったのだ。

 

 だが西宮としては、紅魔館は余り相性が良い場所とは思えない。

 当主であるレミリアと些少ながらも諍いがあったのが最大の要因だ。

 

「……つーか五十歩百歩って言うなら、俺じゃなくて東風谷行かせればいいじゃねーか」

「本を借りて来れればそれでも良いんだけど、持ち出し禁止だった場合を考えるとね。丈一、早苗に『専門書を読んで、必要な情報を吟味し、メモして持ち帰る』って作業が出来ると思う?」

「すまん俺が悪かった」

 

 しかしレミリアに気に入られていた早苗を送り込むという案は、この段階で完全に却下と相成った。

 にとりも友人相手に地味に酷い。技術職である分、その辺に関しては現実的なようだ。

 

「参考までにお前さんの親友である椛は?」

「ある意味早苗より酷く、途中で全く別の方向に走り出すと思うな。水車建設や水力発電についての資料を求める筈が、明日からできるブートキャンプとかについて調べて来ても私は驚かない」

 

 そして親友相手の評価はもっと辛かった。

 或いは実体験に基づいた評価かもしれない。

 

 お互い斜め上の思考形態を持つ極上の天然を相棒・親友として持つ関係だ。

 互いにその辺の苦労で感じる所でもあったのか、同時に『お前も大変だな』とでも言うような視線を交わして溜息を吐く。

 両者の差は、にとりの方は技術面が絡めば暴走して、椛以上の大惨事を引き起こすという事くらいか。将棋盤爆破事件は西宮も射命丸から聞いており、記憶に新しい。

 

「まぁ何にせよ、俺以外に適材が居ないってのは分かった。まさか射命丸さんや御二柱に頼むわけにもいかんしな」

「そだね。私はこれでも人見知りする方だから……ここは頼むよ、丈一」

「へーい」

 

 ―――かくして。

 湖畔の紅魔館。そう呼ばれる館に向けて西宮丈一が出向く事になったのは、そろそろ幻想入りから三週間余りが経過しようという頃。

 天狗の里にて大天狗が一名罷免される直前の出来事だった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 紅魔館―――レミリア・スカーレットが統べる館であり、スペルカードルールの導入後に最も早く異変を起こした勢力でもある。

 運命を操る吸血鬼、全ての物を破壊する能力を持つ妹吸血鬼。七曜を統べる魔女に、時を操るメイド。東洋武術とその流れを汲む()を使う門番に、魔女の使い魔である小悪魔、更には多くの妖精メイドを擁するここは、幻想郷でも有数の勢力の一つと言えるだろう。

 

 その中の魔女と使い魔が棲む図書館を目的に神社を出た西宮。

 自分がレミリアに好かれていない事も鑑みて、事によれば多少面倒な交渉になる可能性もあると考えての出立だった。

 

 だが世の中はままならぬ物。

 相応の苦難を覚悟して出立した西宮は、しかし最悪の予想を越える事態に遭遇していた。

 

「ふはははー! ここはサイキョーの妖精であるアタイの縄張りだー! えーと、ここを通りたくば……なんだっけ、大ちゃん」

「え!? 知らないよ、決めごととか何も無かったでしょ……」

「えーと、うーんと、それじゃあ……」

 

 そう、まさかの現地到着前のトラブルである。が、これに関しては西宮の読みが甘かったと言えるだろう。

 そもそも紅魔館は、またの名を“湖畔の館”などとも呼ばれ、妖精が多く生息する霧の湖に面した立地をしている。

 その霧の湖についての対策を何も考えずに来た西宮の方が、この場合迂闊と言えば迂闊だ。

 

 そして現在、霧の湖の上を飛ぶ彼の前に居るのは、二人一組の妖精だ。

 背中に氷の翼を生やした十歳程度の外見の青髪の少女と、その横でおろおろしている透明な羽根を生やした緑の髪の少女。

 紅魔館に向かおうとした西宮の前に、恐らく妨害の意図で飛び出して来た二人の妖精なのだが―――

 

「えーと、アレだよ。ここを通りたくば、西の塔に居る賢者オゲレツから二つに折れた勇者の剣の片割れを貰って来て、伝説の鍛冶屋の元を訪ねて家出した息子を探してあげて、勇者の剣を修理して貰え!」

「難易度たけーなオイ。っていうか賢者の名前もう少し考えろよ」

 

 何が誇らしいのかビシッと指を指して来る青髪少女に呆れ顔を向ける西宮。

 しかし彼に対して応じたのは、青髪ではなくその影に隠れるようにして浮遊している緑髪の少女だ。

 

「すいません……私達、霧の湖付近に住んでる妖精なんですけど……。貴方が飛んでるのを発見したチルノちゃんが少しテンション上がっちゃったみたいで……」

「ああいや、御丁寧にどうも。って、チルノ……? 氷精チルノか!!」

「ふっ、アタイの名前も知られるようになったわね。流石はサイキョーのアタイ」

「まぁな。幻想郷縁起は見せて貰ってるし」

 

 そして緑髪の妖精の言葉から、西宮は眼前の少女の正体を確信する。

 西宮は元々この手の情報収集には熱心な方だ。自身の力量が然程ではないのも弁えている。故に幻想郷内で危険な場所・危険な人妖を書き記している幻想郷縁起を、人里に出向いた時に阿求に頼んで見せて貰っていたのだ。

 阿求側も自身が書いた物が役立つならと、喜んで西宮を迎え入れた。

 ちなみにその喜びの約半分が、西宮がまた外界のお菓子を持って行った事に依るものだというのは、阿求当人だけの秘密であった。

 

 ともあれチルノという名前の眼前の妖精に関しては、西宮は幻想郷縁起からその知識だけは既に得ていた。

 頭が少々残念ながらも、妖精としては破格―――異常とすら言って良い程の力を持つ妖精。行動範囲も妖精離れして広く、実は西宮が直接目にしていなかっただけで先の宴会にもやって来ていた。

 しかしその力に対して、彼女と遭遇した時の対処方法として幻想郷縁起に書かれていたのは、何かしらのなぞなぞ等の問題を出して注意を逸らせばいいという単純な物だった。

 

「それじゃ、最強の妖精に聞くぞ」

「あ、やっぱりそうなるんですね……」

 

 故に西宮が選択するのは、マニュアルに従った出題とその後の逃走。

 チルノの隣の緑髪の妖精が、『またか』とでも言うような呆れと安堵の混ざった表情を見せた。妖精にしては珍しく気弱で常識的らしい彼女。チルノが他者に無駄に喧嘩をふっかけるよりは、してやられる形でも穏便に終わればそれが一番とでも考えているのだろう。

 だが、しかし。

 

「あ! アタイも知ってる! あんた確か、山の上の神社の奴よね? ブンブンの新聞で見た! あのさあのさ―――」

「……ん?」

 

 なぞなぞ出題前にチルノの側が奇跡的に西宮の事を思い出す。

 そして彼女は西宮が出題するなぞなぞを脳内で纏めていた僅かな隙に、子供らしく単純に疑問を口にした。

 

「―――もう巫女とチューしたの?」

「……へ?」

「んーとね。ブンブンの新聞で、巫女とアンタがチューでもしないものかって話がねー」

「射命丸さぁぁぁぁぁぁん!?」

 

 なぞなぞを出そうとしていた西宮の動きが止まる。

 守矢神社に届けられる紙面からは意図的に省かれていた、文々。新聞の最近の特集。

 若い(※外見的な話であり、年齢4桁以上含む)女の子大好きな恋バナとして希望的観測混じりで綴られているそれは、西宮と早苗の関係の進展を期待している内容だ。

 許可無くなんつー内容書いてんだあの人という意味を込め、西宮が絶叫する。

 

「ねぇねぇ。どうなの? ねぇねぇ」

「いや、ちょ、それっていったいどんな内容が―――」

「あ、でもそういえばその前に、この湖を通りたければごっこしてるんだった。よぉし、この湖を通りたければアタイを倒してから通るが良いー!」

「いや、こんな言葉の大型爆弾(リトルボーイ)投下しといていきなりそっちに立ち返るのかよ!? ちょ、待て、お前それどんな内容が―――」

 

 そしてその混乱により出題と離脱のタイミングを失った西宮の前で、チルノがポケットからスペルカードを取り出した。

 

「それじゃ、行くよ! アタイが勝ったらあんたを子分にしてやる!」

「あ!? おま、誰も弾幕するなんて言ってな―――話を聞けェェェ!?」

 

 ―――スペルカードルール。

 幻想郷では最も一般的な決闘方法(あそびかた)にて一方的に叩き付けられた挑戦により、両者は湖上で対峙する事と相成ったのだった。

 

「あー……こうなっちゃったか。……がーんばれー。二人とも怪我しないでねー」

 

 ……要領よく離れて応援を開始した大妖精をギャラリーとして。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 さて、西宮が紅魔館に向かっている頃―――正確には紅魔館に向かう途中に霧の湖でチルノに絡まれている頃。

 彼の相棒であるところの東風谷早苗は人里で分社の建設に勤しんでいた。

 守矢神社の信仰が広まった結果、人里に分社を建設してくれないかという意見が、人里の側から出た結果である。嬉々として里に来た早苗は、早速里の広場に守矢の分社を建設していた。

 

 小さい頃からプラモデル作成を趣味としており、それが長じてこういう工作めいた作業は好きな現人神。持ち込んだ材料を使って小さな社を作り上げ、何故か服本体とは分離するデザインである袖で額の汗を拭って一仕事終えた笑顔である。

 それを見て横で広場に設置された長椅子(ベンチ)に腰掛けながら見学していた阿求が、くすくすと笑いながら早苗に冷えた水の入ったコップを差しだした。

 

「お疲れ様です。これ、よければどうぞ」

「わぁ、ありがとうございます。……私も苦手じゃないですが、こういう作業って本当は西宮の方が上手いんですけどね。あんにゃろう今日はにとりさんの用事で出掛けるとかで」

「西宮さんですか。先日も幻想郷縁起を読みにいらしてましたけど……お二人は幼馴染なんですよね?」

「ええ、そうですよ?」

 

 作業が終わり、一息ついた早苗も阿求が座るベンチへ移動する。

 コップの中の水を一息で飲み干し、『ぷはぁ!』と親父臭い声を上げ、

 

「付き合い自体はそろそろ十年ですね。……あ、十年越えたかな?」

「成程。……しかし今回の異変を幻想郷縁起に書こうにも、お二人に関する情報はかなり錯綜しているんですよね。正確にはお二人の間柄に関する情報が、ですけど」

「今回の件も書かれるんですか?」

「ええ。守矢神社は間違いなく幻想郷のパワーバランスの一角を担う事になる立場にありますからね。その神社が表舞台に立ったあの異変については、当然知る限りを書き記しておくべきでしょう。それで最近は可能な限り多くの人に、あの異変―――そうですね、風神録異変とでも名付けましょうか」

「今決めるんですか」

「割とそんな物ですよ。異変の名称は分かり易ければ特に制約もありませんしね。―――ともあれ、その風神録異変について多くの人妖に聞いてはいるのですが、貴方達の間柄に関しては意見がバラバラなのです」

 

 溜息を吐いて、阿求は横に座る早苗を見やる。

 幻想郷縁起―――それは幻想郷に住まう人々が安全に暮らせるようにと書かれている、歴史書にして注意書きだ。

 幻想郷の危険な場所、危険な相手について記して注意を促すのと同時に、幻想郷で起こった大きな異変についても調査の上で記されることになる。

 当然、今回の風神録異変も調査対象だ。

 

 結果、異変の経緯やその目的、そして神社に住まう神々と信者達の人となりについてはある程度の情報が既に阿求の元に集まっていた。

 人里によく来る早苗と、稗田家に丁重に挨拶に来ていた西宮に関しては、実際に会った事もあるから尚更だ。

 

 しかしその過程で阿求を悩ませたのが、その二名の間柄である。

 人によっては『最悪に仲が悪いように見えた』という人も居たし、かと言って人によっては『バカップル、或いはケンカップル』と呼ぶ人も居る。阿求も購読している文々。新聞を書いている文は後者で、人里で宗教戦争(物理)をしているのを見た里の人間からの評価は前者だ。

 果たしてどちらが正しいのか。稗田の当主として幻想郷縁起に正しい情報を記すという理由が四割。その四割で建前をコーティングし、残り六割は乙女らしき恋話(コイバナ)への好奇心で、阿求は早苗に問いかける。

 

「実際のところ、お二人はどのような関係なのですか?」

「そりゃ私も興味があるな」

 

 そして同時に、()から二人に声がかかる。

 見上げた二人の目に映ったのは、白と黒のエプロンドレスのような衣装に身を包んだ白黒の魔女―――霧雨魔理沙だ。

 箒に跨り飛んでいる彼女が、頭上から声をかけて来たのだ。

 

「魔理沙さん、こんにちは。どうしたんですか?」

「んや、何か見慣れないもんが広場に作られていて、その横で見知った顔が話し合ってるもんだからな。何の話をしてるのかと思って近寄ってみたら、また面白い話をしてるじゃないか。聞かせろよ、早苗。実際どうなんだ?」

「……うーん……相棒、という表現が一番しっくり来ると思います。毎日のように喧嘩もしますけど」

 

 しかし阿求に続いて魔理沙にも同様に問われながら、早苗は困ったように眉根に皺を寄せるのみ。

 嘘や照れから来る誤魔化しではない。ただ西宮との間の関係を表現する明確な定義を、これまで考えて来なかったという事だろう。

 故に続いて悩みながら語られたのは関係の定義というより、現状に対する再確認だ。

 

「仲は……悪いのかな? 悪くないと思いたいですけど。……今日も出かける前にお弁当作ってくれましたし」

「……思いのほか、家庭的ですね」

「早苗が出来ないから俺が出来るようになったとかボヤいてたけどな」

「私だってやればできるんですよ。やらないだけです」

 

 阿求と魔理沙の言葉に少し拗ねたように早苗が言いながら、分社建設用の道具と一緒に持ってきていた鞄から弁当箱を取り出した。

 どこか慧音の帽子に似たデザインのそれを開けると、中はチキンライスとハンバーグを軸とした彩り豊かな洋風弁当だ。

 ちなみにやれば出来るという言葉は完全に誇張であり、早苗は宴会において初手から洗剤で米を洗おうとしては料理運び役だけをやらされる事になったりする残念な料理力しか持っていない

 

「あら美味しそう」

「あげませんよ。西宮のお弁当は私のです」

「あーはいはい。……その反応見るに、お前は西宮の事は嫌ってないんだな」

「そりゃまぁ。嫌いだったら、こんなに長く組んでませんよ。……なんですかそのにやにや笑い」

 

 物欲しげに指を咥えて弁当をガン見する阿求から、弁当を庇うようにする早苗。その様子を見ながら魔理沙が笑う。

 彼女としては風神録異変の折に西宮という少年の「軸」を彼自身の口から聞いていたのもあり、その相棒である早苗側の感情に興味があったのだろう。

 にやにやとした笑みは非常に楽しそうであり、それを見た早苗が不本意そうに頬を膨らませる。

 

「外の世界に居た時にも、そういう笑いをする友達と似たような話をした記憶があります。私達に何を期待してるんですか、貴方達は」

「何って、そりゃ、なぁ?」

「私に振るんですか。私は幻想郷縁起の編纂者として、必要な情報を得たいだけですよ」

「阿求お前そりゃ卑怯だろ」

「最初に私に振ったのは魔理沙さんじゃないですか」

 

 責任の押し付け合いを開始する阿求と魔理沙。

 その醜い争いを横目で見ながら、早苗はぽつりと呟くように、本人すら意識せずに言葉を零した。

 

「……どうであろうと、私は西宮が居てくれてほっとしているんです」

「……早苗?」

「あ、ごめんなさい。……いえ、関係を無理に定義しなくても、私はあいつが居てくれて助かってるんだという、それだけです。友人とか、相棒とか、その……仮に恋人とか。そういう定義のあるなしに関わらず、私はあいつが居てくれて嬉しいんです」

 

 呟きに反応した魔理沙に、早苗は苦笑しながら言葉を続ける。

 

「本当は外の世界に居て貰って、外の神社と私の両親を頼む筈だったんですけどね。色々あって、外の両親と神社の心配も無くなって、そしたらやっぱりあいつが居てくれて良かったなぁって思うんです。私が色々と好きに動けるのは、あいつが後ろで支えてくれてるって安心感があるからですし」

「ほほう。ほうほう。早苗さんもっと詳しく」

「先日の異変の時にも、私が責任を感じていた時に背中を押してくれたのは西宮でした。……結局魔理沙さん相手に取った作戦を考えたのもあいつでしたね」

「あの時はしてやられたよなぁ」

「でも、不安になる時もあるんですよね。私はほら、今言った通り頼ってばかりで……私から何か返せたことってあるのかなー、って」

 

 本人としては色恋沙汰の話という意図はないのだろう。

 苦笑しながら語る早苗の表情に、その手の話題ゆえの高揚や照れは見受けられない。

 どちらかと言えば聞いている阿求の方がドキドキと胸を高鳴らせており、魔理沙は内心で『ああ、こいつらやっぱり似た者同士かも』という結論をほぼ確定していた。

 

「……まぁ、私から西宮への感情と言えば、こんな感じでしょうかね。阿求さんや魔理沙さんが望んでるような、色恋沙汰の甘い関係ってわけじゃなくて申し訳ないんですけど」

「あぁ、本気で言ってる辺りお前凄いよ……お前の方は無自覚なんだな」

「へ?」

 

 乾いた笑いを浮かべる魔理沙。

 そして阿求は良い笑顔でベンチから立ち上がった。

 

「大変ためになる話が聞けました、ありがとうございます」

「あ、いえ。少しでも幻想郷縁起のお役に立てたなら嬉しいんですが……役に立ったんですか?」

「ええ、個人的には。それでは気分が乗ってるうちに幻想郷縁起の編纂を始めますので、これにて!」

 

 早苗と魔理沙に一礼し、鼻歌を歌いながら自宅への道を歩き始める阿求。

 それを見送りながら、白黒は青白へ投げ遣りに言葉を放った。

 

「……私は知らないからな」

「へ? 何がですか?」

「幻想郷縁起に何を書かれてもってことだ。……警告はしたぞ」

 

 ―――幻想郷縁起。

 それは稗田家代々から伝わる知識から作り上げられた、知識と知恵の結晶である。

 唯一の難点は、割と編纂者の主観が強く混入している事だろう。

 

 後に脳内の乙女回路を暴走させた阿求が、早苗と西宮の関係について割と有る事無い事を想像で書いてしまい、早苗にとっちめられる―――。

 後にいう『稗田・東風谷の乱』の序章であった。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「ぶぇっくし!!」

「あ、大丈夫ですか? こっちに来て焚き火に当たって下さい。今温かいお茶も淹れますね」

「……お願いします」

 

 そしてそんな人里の会話から、およそ一時間後。

 話題の当事者であった西宮は霧の湖にて人生の敗者(まけいぬ)へと華麗なクラスチェンジを遂げ、湖畔にて大妖精が熾した焚き火に当たっていた。

 友達が迷惑をかけたとでも思っているのだろう。大妖精は甲斐甲斐しく西宮の世話を焼いている。

 

 ―――悪くは無かった。本来の勝率を語るならば、そう言えるだろう。

 チルノは確かに妖精としては破格の能力を持っているが、妖精という種族の平均値自体が人間よりも更に低いのだ。チルノの弾幕勝負での実力もまた、幻想郷内で見ると決して高い方ではない。西宮の身近に居る相手で言えば、椛の方が上だろう。

 早苗には遠く及ばないまでも、優秀な妖怪退治屋になり得る素養を持つと八雲紫からも評されている西宮ならば、自身の未熟を差し引いても先の異変とその後に積んだ経験まで含めて考えれば、弾幕勝負で3,4割程度の勝率は確保できるはずの相手だったのだ。

 

「やはりアタイの弾幕は最強だったわね……まさかこんな心理効果があるなんて、このアタイの目をしても見切れなかったわ」

「くっそ、騙された……あんな、あんな馬鹿な弾幕に……」

 

 しかし終わってみれば、焚き火から離れて無傷で胸を張るチルノと焚き火の前で凍えている西宮という、完全にチルノの圧勝と呼べる結果となっていた。

 その原因は一つ。チルノが放った必勝の弾幕と、それに対する西宮の対応だ。

 

 彼女の代名詞とも言える『アイシクルフォール-easy-』。

 それは左右に放った氷弾を中央に向けて集束させるような形で飛ばすスペルカードなのだが―――その実態は何故か眼前ががら空きの安全地帯となる、何を考えて作ったのか小一時間かけて聞きたいスペルなのである。

 

 だが、それを見た西宮の思考は少し違った。

 

「絶対さー、あの正面の安全地帯は罠だと思ったんだよ。あそこに飛び込んだ瞬間、重ねて弾幕が飛んで来ると思ってたんだよ。クソ、ありもしねぇ罠を警戒し過ぎた……」

 

 がくりと落ち込む西宮はその言葉の通り、その露骨すぎる安全地帯を、露骨すぎるが故に罠と判断してしまった。

 結果として安全地帯を危険と判断してしまった西宮は、安全地帯に入らないよう(・・・・・・)注意しながら弾幕勝負に挑み、一瞬安全地帯に入りそうになって慌てて危険地帯に離脱しようとして撃墜されたのだ。

 そして霧の湖に墜落した彼を慌てて大妖精が拾い、今に至る。

 

「西宮さんでしたっけ。……考えすぎちゃいましたね」

「恥ずかしくて死ねるレベルでな」

 

 会話しながら濡れた服の裾を絞り、水を落とす。

 霧の湖は透明度が高く、そのまま飲めそうな質である事が幸いか。生活汚水などで汚染された外の湖だった場合、大分辛い事になっていただろう。精神的に。

 

「チルノと……大妖精だったよな。お前ら普段から、この湖を通る相手に喧嘩売ってるのか?」

「え? いや別に。今日はたまたま」

「いつもは友達と遊んだり、色々ですね。……以前私もチルノちゃんも、ここを通って紅魔館に行こうとした巫女さんに撃墜されて痛い目を見てますし、普段はあんまりこういう事はしてません。―――あ、お茶淹れましたよ」

「どうも。……はぁ、俺が運悪かっただけって事かよコンチクショウ」

 

 溜息を吐いた西宮が、大妖精から受け取ったお茶に手を付ける。

 恐らく花を使ったのであろう、香味の強い茶だが、しかし中々に彼好みの味だった。

 

「……美味い」

「気に入って頂けたようで何よりです。まぁ、ご迷惑をおかけしたお詫びですね」

「ふっ、流石大ちゃん。子分への慰労も欠かさないなんて。子分、大ちゃんに感謝しなさいよ。あとアタイにも!」

「はっはっは。あんまり舐めた口利いてると泣かすぞ親分」

 

 焚き火を囲んで笑顔のまま言葉を交わす親分(チルノ)子分(にしみや)

 苦笑しながら大妖精が、こちらは冷やしたお茶をチルノに渡し、西宮に目を向ける。

 

「ここを通るって事は、西宮さんもそのいつぞやの巫女さんと同じく紅魔館に御用事ですか?」

「ああ。正確には紅魔館にあるっていう図書館にだな」

「……うーん」

 

 そして西宮の用事・目的を聞いた大妖精が困ったように首を傾げ、

 

「今日は止めておいた方が良いんじゃないかと思います」

「……湖渡ってる途中でケチがついたからか?」

「それに関しては本当にごめんなさい。でも、そうじゃなくて」

 

 思い出すように大妖精は目を瞑る。

 数秒の間を置き、何かあるのかといぶかしむ西宮に対して、彼女は告げた。

 

「―――今、紅魔館は非常警戒態勢にある。先程門番の美鈴さんがそう言っていたんです」

 

 ―――それは事態の混迷を告げる言葉だった。

 

 


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