ちょっと短めで7000文字弱。っていうか、一週間後とかいう投稿予告は何だったのか。
大天狗様の出番はこれからだ!
―――風神録異変。
阿礼乙女によりそう名付けられ、幻想郷の歴史に記録されることとなったその異変を機にして、天狗の里にも大きな変化が起きた。天狗の頭領である天魔が、
「かぁーっ! 誇り高い天狗だからスペルカードなんていう新しい物には反対なんじゃけどなぁーっ! かぁーっ! でも時代の流れには逆らえないわーっ! 誇り高いんじゃけどなぁーっ! 由緒正しいんじゃけどなぁーっ! あーでも時代の流れなら仕方ないわーっ! かぁーっ! 仕方ないわーっ!」
という発言をして某スキマ妖怪やら某最速天狗やらに白い目で見られながらも、積極的にスペルカードルールに迎合する姿勢を見せたのである。
結果として天狗の里には、やや遅れてスペルカードルールの大ブームが発生。『興味はあったけど……』というようなスタンスだった多くの女性天狗達が、我も我もとスペルカードを作り始めたのである。
天狗の作る新聞の中では比較的まっとうな新聞であるがゆえ、にゴシップ好きの天狗社会では不評であり、主に天狗社会の外部に多くの読者を抱えていた文々。新聞。それが、弾幕に関する特集を組んだと同時に天狗内でも爆発的に部数を増やしたのもこの時期だ。
しかし実際のところ、射命丸文の文々。新聞とてそこまで殊勝な新聞というわけではない。
森の近くの霖之助さんこと、某古道具屋の店主からの評価は『無闇に情報を詰め込み過ぎている大天狗の新聞「鞍馬諧報」と比較し、文々。新聞には考察の余地がある』というもので、内容な真実性については評価していない。むしろ、『考察すれば真実が見えてくるかもしれない』的なコメントから察するに、逆説として真実がそのまま書かれているわけではないと言っているようなものである。
阿礼乙女からの評価は『一回辺りの記事が少ないので情報収集にはあまり役に立たないと考えており、アンニュイな午後を送りたい妖怪や人間が紅茶片手に眺めるような新聞』というものだ。
言ってしまえば、軽く目を通せるスポーツ新聞やタブロイド紙のような評価である。
大事件より日常の小さな事件を好み、それを面白おかしく書き立てる。
比較的天狗の新聞にしてはまっとうとはいえ、文々。新聞の基本スタンスはそのようなものであり、文自身もそういうゴシップ記事を作ることを楽しんでいた。
故に―――
「……部数は上がったけど、なんか違う気がする……」
天狗の里にある樹上に造られたログハウスのような形状の自宅、そこの執筆用のデスクに向かい合いながら、例の大天狗誅殺作戦と平行して記事を書いていた射命丸は、多くの弾幕についての写真と解説が載せられた文々。新聞に首をかしげた。
もっと、こう―――『紅魔館炎上――――――か!?』とでもいうように、日常の事件を面白おかしく書き立てる方が文好みの新聞になるのである。
ちなみに最後の『か!?』文字だけ小さくするのが文の流儀。一応、嘘は書かないのだ。まぁ、文本人が嘘だと思ってないが、事実とは違うことを報道してしまう事はあるのだが。
「あ、そういえば椛が見たって言ってた紅魔館から夜間に上がっていたという煙は、多分不審火だと思うのでその方向で記事を書こうっと」
……その程度の信頼度である。お察し願いたい。
ともあれ、『部数は取れるが、なんか違う』という結論に至った射命丸文は、ここで少し考える。
天狗の里にスペルカードルールを広める。その為には新聞に弾幕特集を載せるというのは、彼女の旧い友人である八雲紫の意図に沿うものであるし、天狗の幻想郷での今後の立場を考えても悪くない手だ。
しかしどうにも、文自身でやるのは記事の趣味が合わないようである。どうしても他に手がなければ紫への配慮もあるし文自身でやるしかないのだが、他に代打が居るならそちらに押し付けたい。
しかし現在のところ、天狗の里で射命丸文ほどに山の外に詳しく、ひいては山の外で行われてきた弾幕ごっこの情報や写真を持っている者は居ない。故に他の新聞に弾幕記事を書かせようとする場合、文からの情報提供は必須になる―――のだが。
鞍馬会報宜しく、天狗の里で著名な新聞というのは、文々。新聞が可愛く見える程のゴシップの塊であり、某森近氏の言葉を借りるならば『情報を詰め込むだけ詰め込んで、ボリュームがあるように見せかけている』というものだ。
正直なところ文好みではないし、そこに売れる記事のタネを譲り渡すというのも面白くない。それに、自分の新聞より格上の新聞に塩を送るというのも、今後の新聞大会での順位などを考えるとやりたくない。
「となると―――ああ、あの子が居たか。あの子の能力なら上手くすれば私以上にやってくれるだろうし―――」
そして数秒。
思考を経て、思いついたように顔を上げた文は、困ったような―――本人は気付いていないが、妹を見守る姉のような優しい笑みを浮かべる。
「―――ちょっとは外に出て揉まれればいいのよ。やれば出来る子なんだから。ね、はたて?」
そして射命丸文は執筆を中断して家を出て、烏の濡羽色の羽根を広げて外へと飛び立つ。
引き篭もりの友人が外に触れる切っ掛けになるように、折角だから誰かを巻き込もうかなどと考えながら。
# # # # # #
文が思い立ってから数時間後。天狗の里のはずれにて、飛行速度がさほど早くない西宮に合わせるようにして、射命丸文は目的地に向けて飛んでいた。
やや身体を前に傾けた直立姿勢で、翼は数秒に一度羽撃かせる程度の飛行だ。最高速度を全力疾走と表現した場合、通常の巡航速度を軽い駆け足とするならば、今の速度は牛歩というところだろう。文としては却って疲れる飛び方なのだが、
「……早苗さんがやってたみたいに、手を握って飛ぶってのもねぇ。私もほら、未婚の乙女だしぃ? そういう風にしてくれることを女の子の側から望むという事って、割とどういう事なのか自覚してる? してる?」
「家でメシ作ってるところを拉致して随分なノリですね、脳の血管切れてませんか射命丸さん」
「大丈夫、私基本菜食が多いから血液サラサラだと思うし。外で言う欧米主体の食文化は血液ドロドロにして脳溢血とかの可能性上げるっていうから気をつけなさいね? ダメよ、食生活は考えないと」
「……俺、なんで昼間っから拉致られて食生活についての説教食らってんだろうなぁ」
手を握って引っ張り速度を稼ぐ。恋仲でもない男性相手のそれを非常時で躊躇う程にお子ちゃまじみた感性はしていないのだが、何も無い平常時からするのを躊躇う程度には射命丸文の感性は少女的だ。
西宮からすれば十分な巡航速度で―――文視点では牛歩のような速度で飛びながら、烏天狗は少年をからかうような調子で言葉を続ける。
「ごめんごめん。本当は早苗さんも一緒に連れて来たかったんだけど、人里で布教活動でしょ? 貴方達の関係って部分的に男女逆転してるわよねぇ。ああいや、男が外に出て女は家事ってのは旧い感性かしら。幻想郷だと単純な力関係は逆転してるしね」
「……こっちに来たことで力関係の逆転はより強くなりましたしね。弾幕も、格闘も、それらを含めた総合的な戦闘も、東風谷の方が俺より強い。そして恐らく、その差は埋まらないどころか、これからどんどん広がるでしょう。才能の差もありますし、何よりあいつはスペルカードルールを楽しんでる」
好きこそものの上手なれ、という言葉がある。
物事を楽しむ事を不真面目だと捉える人も世の中には居るが、義務感で物事を行っている者と、好きで行っている者。どちらの上達が早いかは言うまでもない。才能が等価ならば、前者よりも後者のほうが伸びが早い。
そしてスペルカードルールに対しての感性は、西宮が前者で早苗が後者だ。
恐らく早苗はこれから強くなる。西宮よりも、もっとずっと。
つまりは自分は東風谷早苗に勝てないし、これからもそうだろうと。
そんな彼自身の判断にして真実をどこか淡々とした様子で言う西宮に、文はからかうような調子を止めて言葉を向ける。
「……あー、ごめん。気にしてた?」
「気にしてないわけではないですね。正直、あいつより強くなりたいという感情はあります。男の安いプライドってやつですね。嫉妬心もあるし、まぁ色々黒い感情はありますよ? 俺、まだ二十年も生きていない人間ですから」
東風谷早苗に対して抱く想いがプラスの感情のみではないことを明かし、しかし西宮は苦笑とともに頭を振り、『でも』と否定の言葉を入れる。
「あいつ、家に帰るといつも笑顔で『ただいま』って言うんですよね」
「――――――」
「『おかえり』って返すと、もうホント更に笑顔になって。朝はもちろん、『いってきます』と『いってらっしゃい』で。……どっちが強いだの、どっちが外に出てるだの、そういうのよりも。そうやって互いに言える事の方が大事なんじゃないかと……まぁ、朝に夕にとあいつ見てると、そう思うわけで」
「じゃあ強くなったりとか、そういうのに拘りはないの?」
「ありますけど、それは早苗と比べるべきものじゃなくて。あいつより強いかで考えるんじゃなくて、なんて言うか―――」
「どれだけあの子の力になれるか?」
「さて、そこまで殊勝なものじゃないかもしれませんけど。……まぁ、あいつは今後は異変とかあれば突っ込んで解決する側になるでしょうし、その時に留守番オンリーみたいな事にはなりたくないですね」
言ってから一息吐き、そして一拍置いて西宮が慌てたように文を振り返る。
振り向いた先には眉尻を下げた優しげな、しかしニヤニヤとした笑みを浮かべる天狗がおり、
「…………今の、記事にしないでもらえます? されたら俺が死にます。死因は多分、自己嫌悪とかで」
「嫌悪すること無いじゃない。貴方のそれはいい考えだと思うわよ。どっちが強い弱いより、朝な夕なにちゃんと『行ってきます』と『いってらっしゃい』、『ただいま』と『おかえり』を言えること。それが大事、か。プライドばかりの上層部に聞かせてあげたいわ」
「いやほんと勘弁して下さい。ただでさえ霧雨や、あと稗田様にもなんか早苗との関係を楽しむような感じで見られてるんですから。……あ、あー……話題変えますけど、恐らく射命丸さんが嫌いそうな感じの上層部の大天狗様でしたら、先日ウチに来ましたよ、俺に会いに」
露骨な話題変更。
しかし言われた文は、笑みから表情を変えて眉をひそめた表情だ。
「貴方に? ……大天狗様……どの大天狗様かしら?」
「名前も名乗りもしませんでしたけど、長い顎鬚をたくわえた男性の方でした。年齢的には壮年という感じで……」
「……あいつか」
そして眉を潜めた表情が、更に嫌悪に歪んで吐き捨てるような言葉になる。
その反応に疑問を顔に浮かべた西宮に、文は内心の黒い感情を吐き出すように一息吐き、
「あー、ごめんなさい。まぁ評判悪い大天狗様なのよ、その人は。男受けはそこまで悪くないんだけど、女性からは物凄いね。宴会の度に尻とか太腿とか、最悪の場合乳とか触ってくるからって」
「あー……もしかして噂のセクハラ大天狗様ですか? それにしては意外ですね。なにやら真面目にスペルカードルールについて調べている感じでしたし。……高圧的ではありましたが」
「調べているって、どんな?」
「今、天狗の里ではスペルカードルールに馴染むために、天魔様が率先して色々やってるんですよね? その結果、男にもスペルカードルールを恥ずかしくない程度に出来るようになっておけとかいう通達が来たとかで……先の異変でスペルカードを使っていた俺に、『そもそもどういう風なコンセプトでカードを作ればいいのだ』とかで」
えぇと、と間をとってから、西宮はその会話を思い出す。
どうやら女に聞くのはプライドが許さなかったようであり、恥を忍んでという様子で近場の男性でスペルカードを持っている西宮に聞きに来たようであるのだが、
「―――面制圧用と点突破用に用途を分け、弾幕の色は単色による遠近感の掴み辛さを狙うというコンセプトを話したら怒られました」
「あ、うん。初めて大天狗様に同意するわ。それは美麗さを競う要素もあるスペルカード向けのコンセプトじゃないからね西宮くん」
射命丸文、非常に珍しく大嫌いな大天狗の意見に全面的に賛同した。
どうにも西宮丈一という少年も、その辺りの機微に疎い面がある。というよりその辺りの感性は、ストップかけた大天狗の方がまだマシそうだ。
「まぁそれも突っ込まれまして、結局話にならんとか言って帰っちゃいましたけどね大天狗様。射命丸さん的にはどう考えますか? スペルカードのコンセプト」
「んー……別にそんな難しく考えないでも良いと思うわよ。貴方が綺麗だと思うものを形にするくらいのつもりでやれば良いの」
「綺麗と思うもの、ですか」
飛行しながら西宮が首を傾げ、それを見た文は更にアドバイスを言い募ろうとしてやめた。
あまり言い過ぎては弾幕から彼自身の思考から生み出されたオリジナリティを奪う事に繋がるだろうし、何より、
「―――とりあえず、目的地に着きましたし。その話はまた後日」
彼女が目的地としていた、天狗の里のはずれにある小さなログハウス。
花果子念報という新聞を発行する烏天狗、姫海棠はたての住居に到着したのである。
彼女視点での牛歩速度から更に速度を落とし、ゆるやかに降下。スカートが捲れ上がらないように手で抑え、文はログハウスの玄関前に着地する。
やや遅れて西宮も着地。こちらは如才なく、玄関に取り付けられたデフォルトされた犬を模したノッカーから、文が尋ねた相手が若い女性天狗だろうと当たりをつけていた。
「はーたーてー。起きてるー?」
「起きてるて。もう昼過ぎですよ、流石に……」
「あの子、宵っ張りの引き篭もりだからねぇ。この時間に寝てる事もたまにあるのよ。……はーたーてー! ちょっとコラ、起きなさい! あんた向けの話があるんだから!」
そしてノッカーを使ってコンコンと―――いや、コンコンコンコンココココココと連音でノック音を響かせながら、文はログハウスの中へ声をかける。
そのはた迷惑な数十秒の連射音の後で、戸の内側で何かが動く気配がして、
「うるっさいわね文! なんなのよ、もう。来るなら前もって連絡、を―――」
バン、と乱暴にドアを開き―――ちなみに文は中に気配を感じてすぐに戸から離れたので、戸にブチ当たるような無様はおかしていない―――出て来たのは若い天狗。
いや、妖怪は見た目が若かろうと実年齢が高いこともあるので一概にどうとは言えないが、年の頃は16,7程度。外の世界で言う高校生頃であり、それこそどこか今時の女子高生を思わせる空気を纏った少女だ。髪の色が綺麗な茶髪なのもそれに拍車をかけている。
まぁ茶髪と言っても如何にも『染めました』という色合いではなく、自然な栗色ではあるのだが。その栗色の髪の長さはセミロングといったところだろう。寝ぐせのついた髪はそのままに、あちらこちらにぴょんぴょん跳ねている。
さほど長身ではなく、幻想郷基準では長身の部類に入る早苗と比べると低い。一本下駄を抜かせば、文よりやや低いといったところだろう。文が五尺程度で
ちなみに幻想郷の文化の基本は明治期だが、食文化をはじめとした一部文化は外の世界のものが適宜流入してきているので、男女の平均身長というものは明治期(147、8cm程度)よりは高く、平成期(157、8cm程度)よりは低いというラインに落ち着いている。
ともあれやや小柄ではあるものの、スレンダーな射命丸文とは逆に栗毛の天狗は肉感的なボディの持ち主だ。辛うじて頂きが隠れた状態でワイシャツに包まれた胸部は、いわゆる巨乳の部類でありしっかりとした存在感を持って揺れている。ショーツに包まれた尻も肉感的であり、軽く食い込んだショーツが作る曲線が色気を滲み出している。
つまり、どういうことかというと。
栗毛の天狗こと姫海棠はたて、てっきり馴染みの友人がソロで訪れたとばかり思っており、寝巻き代わりのワイシャツと、あとはショーツのみというあられもない格好で玄関に登場したのである。
絶句するはたて。硬直し―――しかし視線ははたての胸に引き寄せられている西宮。『あ、やべ』という顔をした射命丸。
三者三様の沈黙は数秒であり、西宮が克己心と意志力で高校生男子の健全な本能をねじ伏せて視線を明後日に逸らした辺りで、錆びた体調不良のブリキ人形のような動きで姫海棠はたてが扉を閉める。
直後、『きゃあ』ではなく『ぎゃあ』というべき声音で、大きな悲鳴が響き渡った。
数秒遅れて山のどこかから、山彦によるものと思しき『ぎゃあ』というガ行基本の叫びが返される中で、
「……眼福だった?」
「……否定はしません」
どうしたものかというような半笑いを浮かべた射命丸と、そっぽを向きながらも顔が赤い西宮が、中身の無い会話を交わしていたのだった。
そういえば、阿求や霖之助からの文々。新聞への評価は原作設定です。
文々。新聞の紙面については『出鱈目だらけ』と原作や書籍版の作中で色々言われていますが、同時に霖之助、阿求、はたてなどはその紙面について一定の評価を下していますので、こんなかんじで。
ちなみに花果子念報は文々。新聞以上に真面目で堅苦しい、教訓的な文章の多い物だそうです。
とはいえはたての原作発言にはイエロージャーナリズムっぽいものもあるのですが、多分原作に出てる天狗の中で一番真面目な紙面を作ってるのは彼女だと思います。