東方西風遊戯   作:もなかそば

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彼と彼女の事情説明

 守矢神社の幻想入りからおよそ一時間。

 妖怪の山のそこら中から神社のある山頂へと、『何が起こったのか』と天狗や河童が様子を見に来るも、それらを紫が結界で完全にシャットアウトした結果として、守矢神社の中には何者も立ち入る事が出来ない状況が作られていた。

 天狗などは妖怪の賢者が外から連れて来た神と何か陰謀でも企んでいるのか、などと激しく議論を戦わせながら状況を見守っている所だ。だが、それを聞けば当の妖怪の賢者―――八雲紫は乾いた笑みを浮かべるしかないだろう。

 今現在守矢神社の中で起こっているのは、紫と神による陰謀でもなんでもない。

 ただの人間による神様三柱(うち一柱、現人神なんで半分くらい人間)に対する、スーパーお説教タイムだった。

 

 この状況の始まりは一時間ほど前。

 事情をあんまり理解しないまま藍に連れられて本殿にやって来た西宮と、これまた事情をあんまり理解出来ていなかった藍。

 その状況未把握の二者が本殿で見たのは、ムンクの叫びみたいな勢いで絶叫する神×3と、その光景にビビる妖怪の賢者(涙目)だった。

 阿鼻叫喚の地獄絵図。それは西宮の姿を神×3が視認した事で加速する。

 

「済まない丈一! 私達のせいで、私達のせいで!!」

「ごめんよ丈一ぃぃぃぃ!!」

「誰!? あんたら誰!? なんで涙流しながら抱き付いて来てんの!?」

 

 巻き込んでしまったという立場から、西宮に縋り付くようにして謝罪の言葉を叫ぶ神奈子と諏訪子。

 しかし思い返して欲しい。西宮の霊力では彼女達の声を聞く事は出来ても姿は見えなかったのだ。

 幻想の存在が集まるこの地に来た事で、ある程度は力を取り戻して視認可能になった二柱。彼女達の姿が初見である西宮もまた、見知らぬ美女と美少女に名前を呼ばれながら抱きつかれる状況に思う存分に混乱する。

 

 唯一事情を知っておりこの状況を収拾できそうな現人神は、受けたショックが神奈子と諏訪子以上だった様子で、四肢を地面について落ち込んだポーズから頭を地面に打ち付ける反復運動を開始していた。

 

 そして第三者、或いは傍観者的な立ち位置である八雲紫と八雲藍はというと、

 

「……藍」

「……なんでしょうか紫様」

「……私怖い。何この状況」

「……そこの二柱は紫様が呼んだんでしょう。私に言われても困りますよ」

 

 などと言いながら、壁際でその阿鼻叫喚を見守っていた。

 紫などは理解不能な奇行を繰り返す三柱に腰が引けている。正直言うと今すぐ帰りたいが、幻想郷を愛する彼女の心がこの場からの離脱を押し留めていた。

 結局その騒ぎは西宮が声と口調から相手が神奈子と諏訪子だと気付き、両者を宥めるまでの五分の長きに渡って続く事となった。

 

 そして神奈子と諏訪子が宥められて正気を取り戻し、地面に頭を打ち付ける反復運動を行っていた早苗も含めた三者で西宮に事情を説明―――した所で西宮が怒った。

 

「……成程。つまり俺を除け者にして三人楽しくキャッキャウフフとこの幻想郷に来る為の計画を練っていたと」

「いやあの、そんなキャッキャウフフとか楽しそうな要素は何処にも―――」

「少し黙って頂けますか諏訪子様」

「アイ・サー」

 

 温厚そうな糸目を見開き、額に青筋を浮かべてガンを飛ばす西宮。対する早苗も含めた三柱は、仁王立ちする西宮の前に正座する形だ。

 そして反論をしようとした諏訪子が即座に白旗を上げる。完全に力関係が今この時限定で何かおかしくなっていた。

 

「ぶっちゃけそれ自体はどうでも良いんですよね。それで諏訪子様と神奈子様が平和に暮らせるってんならむしろ歓迎なんですよ、ええ。でも何が腹立つって、完全に除け者にされた事が腹立ちますね」

「し、仕方なかろう。早苗も丈一も人間だ。早苗には幻想郷に私達を送る為に協力して貰わないといけないから事情を話しただけで、本来であれば―――」

「神奈子様、東風谷に話した時点で俺にも話して欲しかった―――って言うのは我儘なんでしょうね。能力的にも東風谷が上なのは分かるし、神奈子様と諏訪子様への縁で見ても東風谷は俺より上だ。東風谷の協力が無いと神奈子様達はここには来れなかった。俺はぶっちゃけ役には立たなかった。だからそこは俺の力不足。仕方ないって納得しましょう」

 

 溜息を吐きながら西宮が言った言葉に、諏訪子と神奈子がほっと息を吐く。

 とりあえず黙っていた事に関しては許されたと察したのだろう。残りの問題は巻き込んでしまった事だが、

 

「あ、巻き込まれた事に関してはどうでも良いです。むしろ良く巻き込んでくれました。俺だけ残されるとか冗談じゃなかったんで」

「……そ、そうか……」

「え、えーと……それじゃ丈一、私らどうすれば良い?」

「とりあえずそっちの美人さん二人と一緒に端で座ってて下さい。あ、御尊顔は初めて見ましたが御二柱(おふたり)も美人ですから安心して下さい」

「……うん、ついでみたいに言われても全く嬉しくないけどありがとう」

 

 すごすごと壁際に居る美人さん二人―――即ち八雲紫と八雲藍の所まで退避する諏訪子と神奈子。

 『お疲れ様です』『あ、どうも』と全く中身の無い挨拶をしながら、二柱は二人の横に座る。

 そして二柱が座ると同時、紫が器用に正座のまま『すすすす』と移動して二柱のすぐ近くまで近寄り、口を手前に居た諏訪子の耳元に寄せた。

 

「話を聞いてた所によると、あの少年は貴方達がここに来る時の予定には入っていなかったみたいですわね」

「うん。……早苗の同級生で西宮丈一。たまたま私達の声が聞ける程に霊力が高くて、色々あって私達の事も信仰してくれてたんだよね」

「外の世界でそれほどの霊力持ちは珍しいですわ。だから幻想郷に来た時に一緒に連れて来た信者かと思ったのですけど」

「確かに私が見た限りでも、ここ五十年くらいでは早苗を除けば丈一が一番その辺の素養は高かったかなぁ。何せ私らの声を聞けるのは、早苗を除けば丈一くらいしか居なかったわけだし。ただ、ここではどうなんだかは分からないけど」

「幻想郷においての基準で見れば、『結構優秀』といったレベルの霊力ですわ。鍛えれば結構な線には行けるかと」

 

 ぼそぼそと小声で話す祟り神と隙間妖怪。

 その二人の目線の先では、早苗が正座で西宮に向かい合っていた。

 

「さて東風谷。お前が一番腹立つんだよな、俺的に」

「………………」

「御二柱は良いさ、仕える相手だし、俺の霊力だと声を聞く程度が精々だ。幻想郷だっけ? ここに来るのに俺を置いて行くっつー判断も分からんでもない。けどお前にまで除け者にされたのは感情論的に腹立つわな」

「……話したら、絶対について来ようとするじゃないですか」

「当然だろ。向こうに未練は―――まぁ友人関係とお前ん家関係で無いでもないが、実家が実家だしな。あんまり無いし」

「貴方が居たから、私はお父さんとお母さんの心配をしないでこちらに来れると思ったのに!」

「そりゃお前、傲慢ってもんだろ。ウチとは違ってお前んとこの御両親はお前の事を大事に思ってる。俺じゃ代わりにゃならねぇよ」

「貴方だって今や似たような物ですよ! 貴方まで来てしまって、どうするんですか向こうの神社!」

「逆切れかよ!? つーか神社云々言うならお前、この転移で神社ごとこっちに飛ばしたんじゃねぇのか!? 向こうの神社は本殿無しで何をやらせるつもりだったんだ!?」

「………………………………………………………あ」

「かなり考えないと思考がそこに辿り着かないのかお前は!? ああもう相変わらず馬鹿だなぁお前はよォ!」

「馬鹿って言う方が馬鹿なんですよこの、このこのこの……ド馬鹿ぁぁぁぁっ!!」

「ンだとテメェこの信仰暴走機関車がァァァァァァ!?」

 

 そして責めるような西宮の言葉に反発、というか暴発する早苗。

 そこから始まる彼らにとってはいつもの―――ただし八雲家の二人からすれば非常に見苦しい―――言い争い。

 現人神と信者Aが口汚く罵り合うその様子を見ながら、横でドン引きの隙間妖怪を完全放置で諏訪子がそっと目元を拭う。

 

「ああ、早苗……こっちに来てもあんなに楽しそうな姿を見せてくれるなんて」

「あの、洩矢さん? アレ凄い激怒中に見えますけど。しかも逆切れで」

「諏訪子で良いよ。いや早苗は昔から真面目すぎて空回っちゃう子だったからね……こっちに来てもちゃんと友人が出来るかが不安だったんだよ。けど、丈一が来てくれたんならそれは心配無くなったなぁ、とね。……あ、でも向こうの神社どうしよ」

「……えぇと、では諏訪子さんと呼ばせて頂きますわ。っていうか諏訪子さん、なんか貴方のところの信者、現人神へ向けて物凄い勢いで中指立てて挑発キメてますけど。やだ、下品なハンドサイン。ゆかりん怖い」

「歳考えて下さい紫様」

 

 ぼそりと突っ込んだ藍の足元に隙間が開き、悲鳴と共に九尾の狐はその穴に落ちて行った。

 そんな彼女を一顧だにせず、紫は諏訪子とその横の神奈子に目を向ける。ちなみに神々も落ちて行った九尾を気にもかけずに、自分達の風祝と信者の元気なじゃれあい(神々主観)を見ながら満足げに笑っている辺り肝が太い。

 そして紫は神奈子と諏訪子に向けて口を開く。どうやら彼女は罵倒合戦を繰り広げる現人神と信者Aは意識的に気にしない事にしたようだ。彼女達に構っていては話が進まない事に気付いただけとも言う。

 

「……ん、ごほん。神奈子さん、諏訪子さん。私から一つ提案がありますわ。貴方達も知っての通り、私は外界とここを行き来出来る。故に向こうの神社とあそこの風祝の両親に対する何らかのケアを条件として提示し、その代わりに一つやって欲しい事があるのです」

「やって欲しい事?」

「なんだい? それは」

 

 そして居住まいを正した紫からの言葉に、諏訪子と神奈子も真剣な表情でそちらに向き直る。

 双方共に気付いたのだろう。彼女達を幻想郷に呼んだ八雲紫の目的が、これから語られる話の内容であることに。

 

「貴方達には幻想郷のルールに従い、異変を起こして欲しいのです。より正確には、異変という分かり易い形で力を示して欲しい。―――この妖怪の山の力を示し、パワーバランスを正す為に」

「つまり私達にこの妖怪の山とやらの勢力の一部になれと?」

「そうなりますわ。山の中で貴方達がどういう立場になるか―――山を統べる事になるかそれ以外かは任せます。とにかく外からの力であろうとも、この山にも今だ巨大な勢力がある事をここらで示すべきなのですわ。今の幻想郷では紅魔館や永遠亭―――外から来た勢力がパワーバランスの一角を担っておりますが、それに対して古参である妖怪の山の勢力がやや落ち目なのです」

 

 口元を隙間から出した扇子で隠しながら、紫は語る。

 それは境界の管理者として、幻想郷の現状を憂う本心だ。

 ここ最近―――スペルカードルールの制定以後に発生した異変を鑑みると、その発生順はまずは紅魔館、そして白玉楼と永遠亭という順となる。

 白玉楼―――の一件に関しては西行妖を咲かせようとした時は肝が冷えたが、白玉楼の主である幽々子は基本的には親紫側で、幻想郷においても古参だ。ここは良い。

 

 ただ問題となるのは紅魔館と永遠亭。

 両者ともにこの幻想郷を破壊するような真似はしないだろうが、言ってしまえば紫から見ればこの両者は外様だ。外から来た両者が異変を以て力を示し、古参である妖怪の山がノーアクションのままというのは好ましくない。

 ある程度の均衡は必要である―――そう考えて紫が勧誘したのが、外界で力を失いかけていた守矢の二柱だ。

 

 閉鎖的で自分達から異変を起こそうなどとはしない天狗に代わって、妖怪の山の中心となって異変を起こす。それが出来るだけの力と行動力を持った相手。そう考えて、紫は彼女達を選び―――彼女達は幻想郷に来る事を了承したのだ。

 

「―――成程。幻想郷内の均衡を保つために、私らに異変を起こして欲しいと」

「ええ。異変の詳細は任せますわ。余りにも問題があるようでしたら一声かけます」

 

 どこか好戦的ににやりと笑う神奈子に、紫は自分の見立てが間違っていなかったと確信する。

 外の世界では建御名方神と呼ばれる彼女は、かつては洩矢の地に攻め込み信仰を奪おうとした行動派の軍神だ。閉鎖的な天狗と違って、積極的に動いてくれるだろう。

 未だに神々への信仰/親交が残る幻想郷に来た事で、それなり以上に力は取り戻している。後は妖怪なり人間なりに更に明確に自分達を信仰させて行けば、往時の力を取り戻す事も難しくはあるまい。

 そんな神奈子の様子に、隣の諏訪子が苦笑する。

 

「神奈子はやる気みたいだね。それじゃ八雲紫、さっき言ってた幻想郷で異変を起こす為のルールとやらを教えて貰える?」

「ええ、勿論ですわ。それはスペルカードルールと言って、人間と妖怪、神々などが対等な立場で挑むそれはそれは美しい決闘法で―――」

「表に出なさい西宮! 私は風祝なの! 平信者の貴方より偉いの! それを思い知らせてやります!!」

「おいおいやる気か東風谷? ガキの頃ならいざ知らず、今となってまで喧嘩で俺に勝てるつもりかよ?」

「ええ、勝てますとも。この地に来てから全身に神力霊力が漲っていますからね。顔面ボコボコにして写メ撮って笑ってやります!」

「言ったなこのやろう! 泣いても知らねぇぞ!!」

 

 両手を広げ、芝居のかかったポーズでスペルカードルールについて語ろうとした紫。

 しかし横合いから一際強い声で罵声が聞こえて来た。

 どうやら沸点が西宮よりも幾らか低かった早苗が、遂に武力決闘を要求したらしい。対する西宮も、売られた喧嘩を三割増しで買い取って了承。

 両者は壁際で話し合う隙間と神などには目もくれず、ずかずかと本殿を出て表へ向かう。

 

 スパァンと小気味良い音と共に開け放たれる本殿の戸。

 神奈子と諏訪子、そして両手を広げたポーズのままの紫が見ている前で、早苗と西宮は本殿前の地面で互いに数歩離れた距離で向かい合う。

 両者同時にファイティングポーズ。情ケ無用の戦闘態勢。

 

「ルールは!」

「金的、目突き、その他急所攻撃の禁止! あと凶器攻撃も禁止!」

「ラウンド無制限!」

「「――――ファイッ!!」」

 

 そして格闘戦が始まった。

 宣言通りに顔面を中心に狙う容赦無用の早苗と、流石に少女相手に顔面やボディ狙いは不味いと思っているのか、一応は関節を取ろうと立ち回る西宮。

 流石にここまで見苦しい争いに発展したのは、神奈子や諏訪子の記憶を遡っても余り無い。

 

 やや呆然と風祝と信者による格闘戦を見て、ついでに飛び交う罵声を聞くでもなしに聞いている三名。

 その中で紫がぼそりと呟いた。

 

「……まぁ、アレに比べれば本当に美しく、穏当なルールですわ」

「うん、アレ以下を提示されたら流石に私も引くわー」

「正直それだったら、私も異変を起こすのを考え直すレベルだな」

 

 三者三様の酷評など露知らず、風祝と信者は格闘戦を繰り広げていた。

 早苗の宣言通り早くも顔面をボコボコにされながらも、しかし遂に西宮が早苗の腕を取る。

 

「っしゃ捕まえた! ここから関節極め―――」

「がぶぅっ!!」

「っづあああああ!? 噛んだ、この風祝噛みやがったァァァァァ!!?」

 

 噛まれて思わず手を離した西宮の顎に、腰を落とした早苗のショートアッパーが突き刺さる。

 ぐらりと身体が崩れかけた所に、身を翻しての追撃のソバット。

 こめかみを踵で撃ち抜かれて、西宮がどさりと地面に転がった。

 両手を掲げ勝利を叫ぶ風祝。その姿は御両親が見たら思わず泣いちゃいそうなくらい雄々しかった。

 

「……彼女達にも後でルールを教えましょう。異変の中であんな事をされたら、私はただ困るしかありませんわ」

「噛みつきは流石に引くわー。年頃の少女としてそれはどうよ早苗?」

「まぁ、有効性を考えると軍神としては分からんでもない戦術だったな。原始的にも程があるが」

 

 かくして雄叫びを上げる風祝を見ながら、二柱と隙間妖怪による異変に関する相談は進んでいく。

 この際に早苗に周辺事情の詳しい説明があれば後の悲劇は防げたのかもしれないが―――神奈子も諏訪子も、そして妖怪の賢者と呼ばれる紫ですらこの時は知る由もない。

 幻想郷のパワーバランスや状況などを詳しく聞かされないままスペルカードルールについてだけを聞かされた早苗が暴走し、博麗神社に喧嘩を売る暫し前の話。

 彼女達にとっての幻想入りは、こうして始まったのだった。

 


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