東方西風遊戯   作:もなかそば

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布教の前に

 ひとしきり神社の中の状況が落ち着いたところで、ハイ解散明日から頑張りましょう―――とはならないのが、守矢神社の立場の難しいところだ。

 今の神社は外の世界からいきなり転移してきた状況にあり、妖怪の山に住まう先住者―――特に実質的に山を統治している天狗の混乱と警戒は想像に難くない。強硬派などは排除を叫び出すだろうことまで含め、目に見えている。

 

 しかし神社を呼び込んだ主犯である紫としては、ここで天狗に譲歩する心算はない。

 そもそも妖怪の山が紫の進言を聞き入れて異変を起こせばパワーバランスなどを気にする必要も無かったのに、彼らが何の動きも見せないがために、妖怪の山の力を増す為にわざわざ外の世界から神社と神々を引っ張って来る羽目になったのだ。

 故に彼女はやや皮肉を込めた物言いと共に天狗達と神社の間に立ち、守矢神社のこの地への居住と布教活動を認めさせた。

 

 境界の管理者にして妖怪の賢者、八雲紫。実質的な幻想郷の管理者である彼女の仲介と、加えて神奈子と諏訪子が幻想入りした事で復活した神力を見せつけた事が大きかったのだろう。

 天狗達は渋々ながら、神社がこの山頂に陣取る事と布教活動を行う事を認める事となった。

 

 ちなみに幻想入り初日の深夜、丑三つ時を過ぎるまで行われたその話し合いは神奈子、諏訪子、紫の3名が行っており、早苗は神社の奥でボコボコにした西宮相手に勝ち誇っていた。

 これは別段彼女がサボったわけではなく、神力霊力ならばまだしも交渉云々に関しては未熟な早苗を天狗達との交渉の場に出せば、交渉の際に付け入られる隙になりかねないという判断があったからだ。

 紫が仲介に立っている以上そうそう無いだろうが、天狗側から神奈子や諏訪子に暴言などが飛び出した場合にはこの風祝は激発しかねない。

 幻想郷ならばある程度話が纏まった後ならば笑い話で済むような事でも、ファーストコンタクトでやっては致命的だ。

 

 結果、早苗は勝負の結果にブーブー文句を垂れる西宮相手に勝ち誇りながら、『天狗ってどんなんだろう』という中身の無い雑談で時間を潰す事になった。

 どれぐらい中身が無いかと言うと―――

 

「ったく遠慮無く殴りやがって……。で、東風谷。お前天狗についてどれくらい知ってる?」

「衝撃無効。電撃弱点」

「誰が某悪魔を仲間にするRPGの話をしろっつった」

 

 ―――ご覧の有様であった。

 東京やら世界やらが景気良く滅ぶ某女神が転生するRPG。基本的にゲーマーな早苗は、当然のようにそれを好んで遊んでいた。

 ちなみに諏訪子と神奈子はシリーズ内で自分らが出てなかったり扱いが悪かったら拗ねた。

 

「天狗っつーのは山伏の格好をした妖怪の一種で、山神や山霊の一種とも考えられていた。大天狗、烏天狗或いは木葉天狗、あとは白狼天狗や鼻高天狗など多くの種類が伝わっているな。伝承では愛宕山の太郎坊なんかが有名か」

「愛宕さんの山ですか。まぁ確かにバインバインですが」

「それはまた別のゲームだ」

 

 そしてゲーマー早苗さんは艦隊なコレクションにも手を出していた。パンパカパーンな巨乳重巡洋艦を思い浮かべたらしき早苗の言葉に、西宮がツッコミを入れる。

 ちなみに言っている本人である早苗も、胸は大きい部類である。

 

 ともあれ斯様に中身の無い会話の裏で、天狗の長である天魔も出張ってきての緊張感溢れる交渉が行われていた幻想入り初日。

 それも終わってその翌日―――

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「凄い! 私飛んでますよ、見てくれてますか神奈子様、諏訪子様!」

 

 幻想入り2日目の朝。妖怪の山頂上、守矢神社にて少女の嬉しそうな声が響き渡っていた。

 現人神・東風谷早苗。人生初の飛行体験である。

 幻想郷に入る前は当然ながら空を飛ぶ事など出来なかった彼女だが、幻想郷に入った事で彼女が元々持っていた霊力・神力が強化された事と相まって飛行が可能となったのだ。

 それを地上、神社の縁側から眺めるのは彼女に飛び方を教えた諏訪子と神奈子、そして八雲紫の三名だ。

 

「いやぁ、流石早苗だよ。こうも早く飛行のコツを掴むなんて」

「八雲が言っていたスペルカードや弾幕勝負も、すぐに出来るようになるだろう。やはり私達の風祝だけの事はあるな」

「親馬鹿ですわね」

 

 脅威的と言って良い速さで神力や霊力の扱いを掴み、自由自在に空を飛ぶ早苗を見上げ、諏訪子と神奈子は感無量といった様子で頷いていた。

 そんな両者をジト目で見つつ、紫はぼそりと呟く。

 最もこの場に藍が居たならば、手塩にかけて育てた今代の博麗の巫女である霊夢を見る紫の目が、二柱が早苗を見る物と全く変わらない事を指摘しただろうが。

 

 ともあれ、紫は自分と同類(おやばか)である二柱を見ていたジト目をそのままスライド。

 神社の上空を飛び回る早苗とは対称的に、神社の本殿でメモ帳を手にしている少年に目を向ける。

 西宮丈一。頬に湿布を貼り付けた守矢神社の信者Aは、先程まで早苗と一緒に飛ぶ練習をしていたのだが、早苗ほどの才能は無いようだった。

 早苗が『浮く』のではなく『飛ぶ』の領域に足を踏み入れた所で、ようやっと『浮く』事が出来た程度だ。その辺りで練習に見切りをつけ、早苗の練習を諏訪子と神奈子に任せ、西宮自身は紫に幻想郷内の事について話を請うて来たのだ。

 今手にしているメモ帳は、その際に聞いた事がメモされているのだろう。

 

 西宮も決して才が無いわけではないと、紫は思う。外の世界で二柱の薫陶で多少の修行は積んでいたとはいえ、たかが一、二時間程度の練習で飛行術を覚えて『浮く』事が出来るようになっただけでも大したものだ。

 霊夢―――と比べるのは愚かだろう。歴代博麗の巫女の中でも頭二つは飛び抜けた鬼才の持ち主だ。驚嘆すべき才能を持つ東風谷早苗ですら、彼女に比べると非才となる。

 しかしその早苗とて、紫の見立てでは霊夢を除けば歴代博麗に比べても決して劣らない才がある。

 僅かな時間の練習で、既に自由自在に空を飛ぶ感覚を身に付けている。事によれば、弾の撃ち方さえ覚えればそのまま弾幕勝負に出しても良い動きをするだろう。

 

 要は隣に居る相手が規格外なだけで、西宮とて鍛えれば良い線までは行く筈なのだ。

 それが自分から練習を切り上げてしまったというのは、紫からすれば少々勿体無い。

 

「何であっちの子は練習止めちゃったのかしらね。あの風祝さんがあんまりにも才能があるから、拗ねちゃったのかしら? だとしたら愚かな話ですわ」

 

 目線を西宮に向けたまま呟いた言葉は、彼に向けた物ではない。

 音量的にそちらには届かない声で呟いたそれは、隣の諏訪子と神奈子に向けた物だ。

 しかし揶揄と、その裏に隠された『勿体無いんだからちゃんと指導してあげなさい』という意図を含んだ紫の言葉に、神奈子と諏訪子は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 

「そんな子じゃないよ、丈一は。あれは早苗が舞い上がっちゃってる分、自分はそのフォローに回ろうって考えてるだけさ」

「早苗はなんというか、こう……生き様が香車だからな。良くも悪くも前進しか知らないような子だから、丈一はその分横を固める心算なんだろう。八雲紫、先程あいつがお前に聞いたのは幻想郷内の地理や情勢だろう?」

「ええ、その通りですわ」

「なら確定だ。早苗が布教活動を効率的に出来るように、あいつは幻想郷内での布教の際のアタリを付けてたのさ」

 

 早苗の事を語るのと同様に、誇らしげに胸を張って神奈子が語る言葉に、しかし紫は僅かに首を傾げる。

 目の前の軍神はそう言っているが、あの風祝と信者Aの間にそこまでの信頼関係があるのだろうか。紫脳内には彼らの関係は神々と賢者と狐をガン無視で殴り合いをしていた光景しか残っていない。

 ファーストコンタクトで見せたインパクトは偉大だった。

 

「……まぁ、本当かどうかはすぐに分かりますか。飛び方は問題無くなったみたいですし、私は彼女を人里まで案内して行きますわ。そこから先の布教活動には協力も妨害もしませんけど」

「いや、十分だ。助かったよ八雲紫」

「うん、いつかお礼はするよ」

「貴方達を呼んだのは私ですもの。これくらいは当然のアフターケアですわ」

 

 紫が口元を扇子で隠して嘯いた言葉に、神奈子と諏訪子は苦笑しながらもう一度だけ重ねて礼を言うと、空を飛んでいる早苗と本殿に居る西宮を各々呼んだ。

 早苗が気付いて高度を下げ、丈一がメモ帳とペンをポケットに仕舞って本殿から出て来る。

 

「お呼びですか、御二柱(おふたり)とも! もっと私の飛行技術を見たいんですか!? 良いですとも! この早苗、御二柱の風祝として恥ずかしくないスタイリッシュかつアクロバティックな飛行を―――」

「だったら俺まで呼ばれる道理は無いだろ。八雲様が帰るから見送りをしろとかそういう話では?」

 

 そして西宮の言葉に『そうなんですか?』とでも言うような目線を向けて来る早苗に対し、紫は口元を隠したまま微笑を返す。

 

「惜しい、中正解ですわ。送るのは貴方達ではなく私。送り先は人里まで。―――この幻想郷で最も多くの人間が集まる人間の里、最初の布教先としては最良でしょう」

「あっ、そうか。幾ら飛べても布教に行くのには人里の場所を知らないと駄目ですもんね」

「ええ。本来であればスキマ―――私の能力を使えば早いのですけど、それだと道が分からなくなりますから。初回サービスと言う事で、人里まで一緒に飛んで行ってあげましょう」

 

 韜晦した笑みを浮かべる紫が、天狗との交渉が終わった段階で帰らなかった理由がこれだ。

 彼女が呼び込んだ神社側に対するケアとして、人里の場所を教え案内する。必要なことではあろうが、式や式の式などに任せず自分で行う辺り、意外とこの賢者は世話好きなのかもしれない。

 

「ただ―――」

 

 しかしここで、紫は意図的に困ったような目線を西宮に向ける。

 浮く程度しか出来ない彼は一体どうする心算なのか。先の二柱の言葉を試す意味を込めた視線だ。

 

「御二柱は西宮君も呼んでましたが……浮く程度しか出来ないのに、飛んで行くのについて来れます?」

 

 二柱は彼を東風谷早苗の相方として認めているようであるが、果たして本当にそれに見合う器なのか。

 それを見極めるような、試すような妖怪の賢者の言葉。

 対して西宮は苦笑と共に覚えたての飛行術で宙に浮き、そのまま横に浮く早苗に手を差し出した。

 

「東風谷、頼む」

「あ、分かりました」

 

 短いやり取り。それで全てを了承したように、早苗が頷いて差し出された手を掴む。

 そのやり取りに首を傾げる紫に、早苗はにっこりと笑顔を返した。

 

「紫さん、大丈夫です。浮きさえしてくれれば速度に関しては私が引っ張って行きますから」

「早く布教活動を行うんだったら、俺が東風谷の速度に合わせられるようになるまで修行するよりこっちが手早いですからね」

「で、人里……って何があるんでしょう? とりあえず広場とかあれば分社立てれば良いですかね?」

「アホか。まずは稗田家っていう有力者の家に。次は人里を守護している上白沢って人の所に挨拶に行くのが無難だろうな。有力者に話を通しておけば色々やり易い」

「アホ言うな馬鹿。……まぁ、じゃあそれで。その辺りは任せます」

 

 そして僅かに目を見開く紫の前で繰り広げられるのは、まさに『打てば響く』やり取り、即ち今後に関する打ち合わせだ。

 

 早苗が飛行技術を覚えて移動手段を確保し、西宮が最低限の飛行―――というか浮き方だけを覚えて、早苗への負担を少なくする。

 浮き方も分からなければ、早苗が仮に西宮を連れて行く際は彼一人分の重量をずっと支えながら飛ぶ事になる。体力的に厳しかろう。

 しかし確かに、浮く事さえ出来るならばそれを引っ張って行くのはさしたる苦ではない。飛行術の初歩で浮きさえすれば、体重はほぼゼロ。風船を引っ張る程度の負担しか、早苗には掛かるまい。

 

 そして最低限の修行で早苗の負担を最大限減らし、次に西宮が取った行動は紫からの情報収集。

 これが無くては確かに人里での、そしてそれ以降の布教活動は手探りの形を取る物となり、効率は著しく落ちていただろう。

 

 二人が自然と取った分業によって、言われてみれば確かに非常に効率の良い形で布教活動の準備が整っていた。

 紫は先程一度西宮への評価を下げたが、こうして結果を見せられて見れば、成程確かに二柱の言は間違っていなかった。彼は自分の才覚を自覚した上で、拗ねるでもなく冷静に、最も効率良く布教活動が出来る選択をしたということだろう。

 些か暴走するきらいのある早苗の相方としては適切な人材と言える。

 

「……成程、確かにこれは私が見誤ってましたわ。謝罪しましょう、守矢の二柱」

「へへ~。早苗もそうだけど、丈一も私らの自慢の信者だからね」

 

 紫が微笑と共に諏訪子と神奈子に頭を下げ、諏訪子が胸を張ってそれに答える。

 神奈子もその横でどこか誇らしげに笑い、知らぬばかりの早苗と西宮は首を傾げるのみ。

 その両者に対して紫は『なんでもありませんわ』と首を振り、声をかける。

 

「それではそろそろ行きましょう。早苗さん、少々男女が逆な気もしますが、ちゃんと西宮君をエスコートしてついて来て下さいな」

「大丈夫です、昔っから基本的に私の方が西宮より強かったですから!」

「そうだな、お前は昔から人類というよりゴリラと言った方が正しい気がするレベルで強かったな」

「ふんっ!!」

「オごっ!?」

 

 余計な事を口走った西宮に対して、早苗が繋いだ手を引っ張る事で彼を引き寄せ、カウンター気味にボディーブローを叩き込んだ。

 『ぎゃあ』でも『痛い』でもないマジ悲鳴をあげて、西宮がポトンと地面に落ちてもがき苦しむ。

 

「……今の早苗さんなら霊力と神力で身体能力を強化すれば、ゴリラくらいなら倒せる気もしますわ」

「凄いね早苗、エイプキラーだよ!」

「嬉しくありません! 諏訪子様まで西宮みたいな事を言わないで下さい!!」

 

 諦観交じりの呆れた溜息を吐く紫の言葉に、諏訪子が目を輝かせる。

 早苗はそれを否定するものの、ダメージの深さに身悶える西宮を見ると否定し切れた物ではないと思う紫だった。

 

「……というか貴方も挑発するような事を言わなければ良いでしょうに」

「……や、八雲様。……お、お言葉ですが東風谷をからかうのは俺のライフワークの一種でして。……そ、それを怠ると最悪身体が内部から爆発します」

「どういう構造してるのよ貴方」

 

 悶絶しながらの西宮の返答に、呆れ果てた声で返すしか無い紫だった。

 

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