紫が先導し、それに続く形で早苗が飛び、早苗に引っ張られる形で西宮が飛ぶ。
些か男女が逆転している感のある歪なフォーメーションでの三名の飛行は続く。
ちなみに早苗は何故か外の世界時代から腋見せだった青と白の巫女服。西宮はジーンズにワイシャツ程度のラフな格好だ。そもそもその格好で転移に巻き込まれたので、彼の場合は他の服が無いのだが。
紫曰く、その手の洋服は確かに多少は目立つが、幻想郷には外の世界からの品がしばしば流れ着く為に、洋服主体の人妖も多いから特に気にするほどでも無いとの事である。かく言う紫も、服装は和服ではなく洋風のドレスだ。
また、西宮の手には外の世界のお菓子(高級羊羹)が入った包みが二つあった。稗田と上白沢という里の有力者に挨拶に行く為の手土産として、持って行くのを主張した彼が本殿の奥の棚にあった諏訪子のお菓子箱から奪取して来たものだ。
自分で食べたかったらしい諏訪子は抵抗したが、挨拶回りを円滑に進めるのに手土産は必要と言う西宮の言葉に神奈子が同調。更には西宮に関しては不慮の事故で巻き込んだ負い目がある為、諏訪子が渋々引き下がった形となる。
結果として諏訪子は拗ねて壁際に座り込んでいたが、そのうち復活すると判断して守矢組+紫は華麗に無視した。
「わぁ……凄い大自然ですね」
「空気も違うな。流石は幻想郷とでも言うべきかね」
そして飛行初心者の早苗と西宮は、きょろきょろと好奇心丸出しで周囲の光景を目に焼き付けている。
雄大な山、森、川。確かに都会とまでは言えなかったにしろ、現代社会の中で生きてきた彼らからすれば馴染みの薄い光景だろう。
微笑ましいその様子に紫は苦笑。
「物珍しいのは分かるけど、道を覚えておきなさい。妖怪の山に戻る分には、山そのものが目印になるから良いけど……人間の里には高い建造物が無いからね」
「はい、紫さん!」
「お気遣いありがとうございます、八雲様」
片や元気に、片や丁寧に返って来た素直な応答に、紫が重ねて苦笑する。
内心で今代の博麗である霊夢もこれくらい素直だったらと思いながら、飛ぶ事暫し。
紫が居るからか偶然か、ともあれ道中何事も無く人間の里に到着する。
人里では妖怪は人間を襲わないという取り決めがされている為か、里には結界などは張られていない。その代わりに最低限の備えとして周囲を柵で覆われていて、その入り口には門衛らしき人間が立っていた。
入り口前に降り立った早苗達は、紫を先頭にして門衛に挨拶をしてから里に入る。
多くの家々が軒を連ねる人里。しかしそれは、外界から来た早苗と西宮からは馴染みの薄い街並みだった。
「映画のセットみたい……」
「見た感じ江戸末期……いや、明治時代初期程度って所か? 大正以降の匂いのする建物もあるから、一概にどうとは言えないけど」
「ふふっ、驚いてるみたいね。そうね、西宮君の言った通り、外界から忘れ去られた物が時々流れ込んで来る関係もあって、一概に外界で言う何時代とは言えない文化をしているわ」
「あっ、向こうに映画とかで見たのと同じような茶屋がある……西宮、食べて行きましょう!」
街並みを見て初々しい反応を返す二人に対し、紫は口元を扇子で隠して満足げに笑う。
特に早苗のはしゃぎようたるや相当な物で、巫女服に縫い付けてある内ポケットから可愛らしい蛙型の財布を取り出して中から万札を取り出し―――た所で、紫と西宮が動いた。
二人は駆け出そうとした早苗の両手を左右から掴んで止める。
「待て」
「待ちなさい」
「うっ!? いや、その……信仰を集めるのも大事ですけど、腹が減っては戦は出来ぬという名言もありましてですね?」
「別に団子を食うくらい止めねぇよ。止めねぇけどさ、お前それ……」
「貴方、そのお金……」
西宮が頭痛を堪えるように額を抑え、紫が戦慄混ざりに早苗を見る。
早苗はその様子に何を勘違いしたのか誇らしげに胸を張り、
「幻想郷に来た後で困る事が無いように、貯金を下ろして持って来たんです。西宮、今日は奢って上げますよ」
しかしその誇らしげな言葉に返って来たのは、戦慄を深めた紫の沈黙と、心底呆れ果てたような西宮の溜息だった。
西宮はそのまま隣の紫に向き直り、
「……八雲様」
「……なにかしら?」
「……一縷の望みに賭けて聞きますが、この世界で外界の紙幣は使えますか?」
「……残念ながら。そうね、こちらの貨幣について説明してなかったわ。説明しなくても予想はつくと思ってたんだけど……」
沈痛な二人の反応に焦ったのは当の早苗だ。
お年玉でも貯金していたのだろう。バイトもしていなかった女子高生としては破格の資産である十枚近い諭吉さんを取り出し、焦った表情で紫に詰め寄る。
「そんな……! それじゃあ、この私の諭吉さん達は某世紀末救世主伝説における紙幣価値と同じ程度の価値しか無いんですか!?」
「……西宮君、通訳お願い」
「外の娯楽漫画の台詞で、『ヒャッハー、ケツを拭く紙にもなりゃしねぇー』って奴です」
「あながち間違ってないわね……」
外界のサブカルチャーを引き合いに出しての早苗の言葉に、困惑した紫が西宮に通訳を要請。
返された翻訳に紫が沈痛な同意を返す。
それを聞いた早苗はプルプルと震えながら俯き、
「そ、それなら外に居た時にもっとお買い物をしていれば……。欲しかったプラモとか超合金ロボとか色々我慢したのに……」
「そこで服とかアクセサリとか言い出さない辺りがお前だよな」
「……女の子としてその趣味は珍しいわね……っていうか貴方、ことごとく私の予想を越えてくれるわ。概ね斜め下に」
妖怪の賢者、そろそろ目の前の少女が自分の常識の範疇では捉えられない存在だと認識し始めていた。
ついでに里の入り口でワイワイ騒いでいる妖怪の賢者+見慣れぬ人間×2という、この不思議な一行に周囲からの視線が集まりつつあった。
これ以上騒いで居れば、口うるさい人里の守護役辺りが出て来かねない。別に悪い事をしているわけではないのだが、通行の邪魔ということで説教をしてくる可能性は大いにあるのだ。
そして人里の守護者は閻魔の次に説教が長いと、幻想郷の中でひそかに評判な程の説教好きだ。どちらかと言えば、こういう場面で積極的に関わりたい手合いではない。
そう判断した紫は溜息を吐きながら、里の中心部の方を指差した。
「向こうに霧雨道具店という大きな店があるわ。そこに外の世界の物を持って行けば、物によっては多少の値で換金してくれる筈よ。外の世界の物なら本当は魔法の森の近くの道具屋の方が専門なんだけど、ここからじゃ少し遠いし」
「……とりあえず今持って来てるボールペンでも売りますか。団子代にはなるでしょうし」
「そうね、使える状態で流れて来てる外の品は珍しいからそれなりの値にはなるでしょう。他には日用品なども切れたらそこで買うと良いわ。いつぞやの半獣―――人里の守護者は寺小屋か自宅か分からないから何とも言えないけど、稗田の当主は家に居る筈だから挨拶をしたいなら方向も同じ。とりあえず中心部へ向かえば間違いは無いわね」
「じゃあ、布教は東風谷に任せるか。秘術とか見せて人集めて勧誘するなら俺より東風谷が向いてるし、俺は換金と挨拶回りをしておく」
「団子はそれが終わってからですね」
当座の小銭程度はくれてやっても良かったのだが、生憎と必要な物はその気になれば殆ど自力で入手可能な八雲紫だ。
こまごまとした買い出しなども式神に任せている為、銭の持ち合わせが生憎無い。まぁこれまで十分世話を焼いたし、ここから先は地力で頑張って貰おう。
そう判断して持ち物を買い取ってくれそうな場所を教えたところ、早苗と西宮はその情報を元に軽く相談し、そして二人同時に紫に向き直り頭を下げる。
「―――紫さん、何から何までありがとうございました!」
「八雲様、御恩は忘れません」
「……ふふっ、気にしなくて良いのに。私は私の目的があって守矢を支援してるんですもの。でも礼儀正しい子は幻想郷には少ないから、そういう対応をされると新鮮ね。それじゃあ二人とも、頑張りなさい」
そう告げて、妖怪の賢者は足元に創ったスキマに消える。
それを見た周囲の人々は、妖怪の賢者が連れて来た外来人辺りなのかとアタリを付け、自分の仕事に戻って行った。
「……さて、それじゃあここからが俺達の仕事か」
「そうですね、頑張りましょう。私は広場辺りで布教活動を開始しますから、西宮は予定通りに稗田家と上白沢さん……でしたっけ? そちらの方に挨拶回りをお願いします。後はボールペンの換金ですね。それが終わったら里の中央の方で落ち合いましょう」
「了解。頼むぜ東風谷、頼りにさせて貰う」
そして早苗と西宮は頷き合い、互いに行動を開始する。
神々の庇護下にあった神社でもなく、ある意味で紫の保護下にあったここまでの道中とも違う。
彼ら二人からすれば、幻想郷にて彼ら自身の手で生きて行く為の第一歩だ。
「信仰集めにはとりあえず奇跡を見せるって事で、手っ取り早く海とか湖とかその他色々割ればいいでしょうか?」
「マニュアルを書いて渡すから5分待て極限馬鹿」
……第一歩から踏み外しそうになっていた風祝が居たのは、それとして。
# # # # # #
色々と不安はあったものの、早苗に布教活動を任せた西宮は、まずは里の中心部にある稗田家に来ていた。
しかし御阿礼の子と幻想郷縁起については紫から聞いていたものの、外の世界では高校生だった自分より若い少女が当代という事までは考えが至らなかった西宮である。
当初は稗田の屋敷の入り口で屋敷の者に挨拶をして事情を話し、当主に取り次いでくれるように頼んだのだが―――少々待たされた後に許可をされ、案内された部屋に居たのは儚げな雰囲気を纏った少女。
幻想郷の歴史や妖怪についての資料を纏めている家だと聞き、勝手に厳格そうな老人を想像していた西宮は見事に呆けた。
「―――お待たせして申し訳ありません、外来人の方。稗田家当主、稗田阿求と申します」
「……はぇ?」
思わず間の抜けた声を漏らした西宮に対して、阿求はその様子が可笑しかったのかころころと楽しそうに笑った。
―――稗田阿求。肩口程度で切りそろえた赤紫の髪を持つ儚げな少女であり、稗田家の当代。
ごく最近に最新の幻想郷縁起を編纂し終えた所で時間があったという彼女は、屋敷の者から外来人が訪ねて来たという話を聞いて二つ返事で会う事に決めたらしい。
今はひとしきり最初の西宮の様子を笑った非礼を詫びた後に、彼が持って来た羊羹を茶菓子に彼の事情を聞いていた。
「成程。八雲紫が招いた外の神社の……」
「はい。かつての大和の時代には建御名方神と崇め奉られた八坂神奈子様、そして祟り神であるミシャグジ様の統括者であらせられる洩矢神、洩矢諏訪子様を祀らせて頂いております」
ちなみに阿求は昔何か嫌な事でもあったのか妖精に対しては些か辛辣なものの、それ以外は基本的には大人しく礼儀正しい少女である。転生と記憶の引き継ぎという要素もあるのだろう。
十代の半ばに届くかどうかも怪しい年齢でありながら、外見以上に大人びた雰囲気を纏って西宮に対応していた。
対する西宮も早苗相手のぞんざいな対応が素の性格だが、必要であれば礼節に則った対応が出来る程度には世慣れしている。これは相方である早苗が暴走癖の持ち主であった為に培われたスキルだろう。
結果としてこの両者の対話は、非常に穏当かつ礼儀正しい物となっていた。
西宮が語る彼と神社の事情。そして妖怪の賢者である八雲紫がその手引きをした事について、阿求は手元の紙にすらすらと筆でメモを取って行く。
「外の世界では神々に対する信仰も失われて久しいのですね。嘆かわしい事です」
「私も昔は神を信じていなかったくらいですからね。当代の風祝相手に『神様なんて居るわけ無い』などと言って殴り合いの喧嘩になったのが信仰の切っ掛けでしたから」
「あら……ちなみに勝敗は?」
「……コメントを差し控えます」
「あら。ふふふ」
そしてここで西宮、痛恨の失言。外向きの営業スマイルが解け、思わず仏頂面が表に出る。
早苗相手の最初の聖戦の勝敗については、客観的に見てどうだったのかは別問題とした上でも、彼的に未だに負けを認めたくない事柄であった。
ちなみにその表情を見た阿求の反応は、微笑ましい物を見るような微笑。口元を袖で隠して上品に笑う阿求に、西宮は羞恥に僅かに頬を染めてそっぽを向く。
この辺り、やはり御阿礼の子の転生という事情もあって、外見年齢とは逆に阿求の方が精神的には年上らしい。
「まぁ今はその辺りは深くはお聞きしませんが、事情は分かりました。人里での布教活動は、里の人に迷惑をかけない範囲でしたら問題無いでしょう。慧音さん―――人里を守って下さっている上白沢慧音さんは今日は少々用事で竹林の方に出向いていますので、彼女には私から言付けしておきます」
「助かります。それではこちらの羊羹も上白沢さんにお渡ししておいて下さい。後日改めて御挨拶に伺います」
「分かりました、承りましょう」
そして阿求は西宮が慧音への挨拶の為に持って来た羊羹(諏訪子秘蔵)の包みを受け取り、穏やかに微笑んだ。
一瞬だけ物欲しそうな視線を羊羹に向けた事から察するに、西宮が持って来た外の世界の高級和菓子店の羊羹は、どうやら阿礼乙女の舌に合ったようだ。
どうやら今代の御阿礼の子は甘党なようであった。
「……うちにはもうありませんが、八雲様なら同じものを入手できるかもしれませんよ?」
「あ……そんなんじゃありません、もう!」
そして阿求の視線に気付いた西宮が少し意地の悪い笑みと共に言った言葉に、今度は阿求が羞恥に僅かに頬を染める。してやったりという笑顔を浮かべる西宮に、阿求が困った悪戯童を見るような視線で拗ねたように返した。
とはいえ、はしたない事をしたという自覚があるのだろう。阿礼乙女は些かわざとらしい咳払いをして、話を本筋に引き戻す。
「ごほん。……えーと、稗田家が編纂している幻想郷縁起に、いずれその守矢神社の事を書かせて頂く事もあるでしょう。その際はまたお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「はい。その折は神奈子様と諏訪子様ご自身の話を聞くのも良いかと思います」
「あとは現人神にして風祝であるという方にも話を聞いてみたいですね」
「……現人神という言葉に抱くイメージがブチ壊れて良いならば止めはしませんが」
「……はぁ。何だか良く分かりませんが」
早苗についても当人に話を聞きたいと思った阿求だったが、西宮が遠い目をして呟いた言葉に首を傾げる。
八雲紫を戦慄させた脅威の総天然風祝だ。現人神という言葉からイメージされるその幻想をブチ殺してくれることは請け合いだろう。
「ともあれまた伺う事もあるでしょう。その折は宜しくお願いします。本日はお忙しい中、突然の訪問に快く応じて頂きありがとうございました」
「いえ、こちらこそ御丁寧にありがとうございました」
かくして守矢神社代表としてこの場に来た西宮と今代の御阿礼の子である阿求の初会談は終始和やかに終わった。
当人達が社交辞令的に交わした再会の約束が果たされる事になるのは、当人達の予想よりも遥かに早い僅か数日後。
総天然風祝・東風谷早苗が守矢神社の他メンバーや紫の思惑の斜め右上に飛び出して、博麗神社に宣戦布告をした事に端を発する異変の事後すぐとなる。
# # # # # #
そして西宮が稗田家を辞してすぐ。
稗田家の近くにある大きな道具店―――看板に大きく霧雨道具店と書かれた店の前を訪れていた。
成程、紫が日用品などが欲しければここにと推した理由が良く分かる。大きくしっかりした店は年季を感じさせる佇まいで、正しく老舗という雰囲気を醸し出していた。
長く続いた店であると言うことは、それだけで信頼が置けるという意味にも繋がる。流石に幻想郷内の物事を知り編纂するのが仕事の稗田家とは違い、いきなり当主に面会などは出来まいが、いずれ神社の側から挨拶に来るべきかも知れない。
そう考えている西宮の後頭部に、不意にコツンと何かが当たったのはその時だ。
「……ん?」
「おい、そこのアンタ。今後頭部に小石をぶつけられたアンタだ」
何かと思って振り返った西宮の耳に、声を落としたソプラノボイスが入って来る。
きょろきょろと見回すと、霧雨道具店からは死角になる家の影から手招きしている少女の姿があった。
長い金髪に黒と白を基調としたエプロンドレス、そして魔女のような帽子と箒が印象的な快活そうな少女だ。年の頃は西宮や早苗とそう変わるまい。
そして前後の言動から察するに、彼の後頭部にぶつかったのは小石で、それをぶつけたのは魔女風の少女―――と言う事だろう。
「糸目の兄さん。聞こえてるだろ? 悪いがちょっと来てくれないか」
「……いきなり何だ? 美人局や詐欺の類なら御免だぞ」
「違うっての。悪い、少し頼まれてくれ。兄さん今、霧雨道具店に入ろうとしてたろ?」
露骨に身を隠している魔女(推定)からの呼び出しに、警戒しながらも西宮がそちらに近付く。
無論そのまま路地裏に連れ込まれるような事があれば即時離脱する心算で、重心はやや後ろに傾けて逃走準備は完了だ。
しかし少女も、自分が警戒されるような事をしている自覚はあるのだろう。バツが悪そうに帽子の上から頭を掻き、
「そう警戒してくれるなよ。私は怪しいもんじゃないぜ?」
「不審者ほどそう言うと俺は思うんだ」
「……あー、確かに道理だな。実際客観的に見りゃ今の私はかなり怪しいか。……訂正だ、怪しいけど悪い奴じゃないぜ。その証拠にまずは名乗ろう」
そして少女は西宮に向けて笑みを向け、自分の名前を高らかに―――ただし霧雨道具店の方には聞こえない程度の声音で名乗る。
「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ」
「……
「……ああ。私がここに隠れている理由もそれだ」
そして西宮が鸚鵡返しに返した自分の苗字に苦笑し、少女―――霧雨魔理沙は
「実は私はあそこの家出娘でな。道具屋で換金したい品があるんだが、生憎私はあそこに入れない。アンタは里の人間じゃないように見えたし、道具屋に行くついでに私の分も換金して来てくれないか?」
照れたようなバツが悪いような、そんな微苦笑を浮かべながら西宮を見上げる魔理沙。
―――これが幻想郷を代表する異変解決家の片割れ霧雨魔理沙と、守矢神社の平神職である西宮丈一の初遭遇だった。
# # # # # #
結局その後、少々悩んだものの西宮は魔理沙の頼みを了承した。
理由としては幾つかあるが、彼女の家出少女という立場に対して両親との折り合いが悪かった彼自身の環境を重ね、心情的に協力したくなったからというのが最大の理由だろう。
「……念の為聞くけど、売りたい物って盗品とかじゃないよな?」
「違うぜ。まぁパチュリーの本とかは死ぬまで借りたりしてるけど、これは借り物でもないしな。流石に実家に借り物売りつけるのは気が引けるぜ」
「死ぬまで借りるってお前……」
死ぬまで借りると言うのは盗品とどこが違うのかと悩んだものの、他人の事情だという事もあるし、下手に突っ込むと藪蛇と判断。
『あまり他人様に迷惑かけるなよ』と一言軽く釘を刺す程度に留めて、魔理沙が持って来ていた彼女が作ったらしい魔法のアイテム―――便利な日用品などだった―――を受け取り換金に行く西宮。
神社側として人里の有力者に繋ぎを作っておきたい西宮としては不幸な事に、そして家出娘である魔理沙にとっては幸運な事に、道具店の店主―――即ち魔理沙の父は不在。
マジックアイテムの出所について何か言われる事も無く、あっさりと換金は終了する。
どうやらボールペン(外の世界価格税込63円)は『便利な筆の一種』と判断されたらしく、それなりの高値となった。
外の世界の品を持ちこんで売ればそれだけで幻想郷では一財産を作れそうだが、流石にそれは幻想郷のバランスを崩しかねない行為である。
そもそも安定して行き来する手段が西宮の知る限りでは八雲紫に頼るくらいしか無いし、幻想郷のバランスを崩しかねない行為に彼女が加担するとも思えない。
欲をかかず、あんな品が高く売れたならそれだけで儲け物と思っておこう。
そう判断した西宮が道具店から出ると、相変わらず道具店から死角になる位置から手招きをする魔理沙を発見。
手招きに応じるようにそちらに向かい、彼の側は別に声を落とす必要も無いのだろうが、魔理沙に釣られるようにして声を落として報告を返す。
「売れたぞ、家出娘」
「おう、感謝するぜ見知らぬ人。それじゃ悪いが少し移動しよう。あんまり実家の前に長居はしたくないんでな」
「そして移動途中で路地裏を通ろうとした所で、俺は家出娘のボディーブローで気絶させられ身ぐるみを剥がされたのでした。ああ無常」
「お前はどんだけ私を信用してないんだ」
「冗談だ」
軽口を叩く西宮に呆れたような突っ込みを返しながら、魔理沙は道具店から少し離れるようにして里を歩く。ちなみに阿求や紫の前では礼儀を弁えて対応していただけで、こうして軽口を吐いている方が西宮としては素に近い。
そして着いた先は、奇しくも最初に早苗が諭吉さんを手に突撃しようとした茶屋だった。魔理沙が茶屋の椅子に腰かけた所で、西宮は魔理沙の持ち込んだマジックアイテムが売れた分の金を彼女に渡す。
受け取った魔理沙は簡単に金額の確認をしつつ、唇を尖らせて西宮に苦言を呈した。
「まぁ私も最初に声をかけたシチュエーションが怪しかったのは認めるがな。ボディーブローって何だよボディーブローって。怪しく見られるのは百歩譲って許すが、そんなガサツに見えるか?」
「その男じみた言葉遣いを鑑みると割とガサツな気もするが。まぁボディーブロー程度俺からすればまだまだ有情だな。俺の幼馴染は八雲様公認で『エイプキラー』として認められたぞ。素手でゴリラくらいなら殺せるらしい」
「八雲様……ああ、紫か。里の人間には見えなかったが、お前さん紫が連れて来た外来人だな」
そこまで聞いた所で得心がいったように魔理沙が頷き、そして首を傾げる。
「エイプって何だ? 外の世界の動物か何かか?」
「幻想郷には居ないのか。いや、居ても困るが。……こちら風に言ってしまえば化け猿の一種で、巨大な身体と強靭な身体能力を誇り、あと糞を投げる」
「それと素手で渡り合うか……お前の幼馴染ってスゲェな」
魔理沙の脳内で、まだ見ぬ西宮の幼馴染が某世紀末救世主伝説的な巨漢になった。
彼女の脳内では剛腕を振るう化け猿をそれを上回る剛腕で叩き潰す西宮の幼馴染が大暴れしている。脳内に浮かんだその光景に、豪胆な彼女にしては珍しく頬に冷や汗が一筋流れた。
実際に戦ったわけでも無く、紫はあくまで神力と霊力で身体能力を強化すれば『理論上は可能』という程度の意味合いで口に出した程度なのだが、それは魔理沙には分からない。
更に言うならば幻想郷に生息する非人間型の凶暴な妖怪を元にしたイメージの為、彼女脳内の『エイプ』は四本腕があったり鋭い牙で獲物を噛み千切ったりする凶獣
しかし流石は異変解決の専門家。『まぁそういう奴も外界には極稀に居るのかもしれない』と思い、気を取り直して目線を茶屋のお品書きへと向け直す。
「まぁ何にせよ、ちょいと手間をかけさせてしまったわけだしな。茶と団子くらいなら奢るぜ? ここの団子は美味いんだ」
「気持ちと誘いは嬉しいが、後でその幼馴染と来る約束もあるんでな。先に食ったと聞けば拗ねるだろうし、悪いが気持ちだけ頂いておく」
「……その幼馴染とやらも幻想郷に来てるのか」
「ん? ああ。来てるぞ」
顔色をさっと青くする魔理沙。彼女脳内では、まさかの世紀末覇王が幻想入りである。
脳内に表示される映像は、巨大な黒い馬にまたがり幻想郷の大地を駆ける巨漢。決して膝など付かなそうな世紀末の覇者が我が物顔で幻想の地を駆け巡っていた。
凄まじい光景だった。紫は何を考えてそんなもんを幻想入りさせたのかと、魔理沙は妖怪の賢者の正気を本気で疑った。
完全に勘違いだった。
「ちなみに」
そしてその勘違いにトドメを刺す言葉を、西宮が無自覚に呟いた。
「その幼馴染はウチの神社の巫女だ」
「ちょっと紫退治してくる」
遂には血相を変えて、結局何の注文もせずに茶屋から飛び出していく魔理沙。
彼女の脳内宇宙では腋見せ巫女服を纏った世紀末覇王の幻想入りの完成であった。西宮の説明不足と魔理沙の勘違い、そして二人の認識の相違から起こった悲劇はかくしてクライマックスを迎える事になる。
正気を失っておかしなモノを幻想入りさせた(※魔理沙視点。勘違い)妖怪の賢者・八雲紫を叩き伏せて正気に戻す為、普通の魔法使い・霧雨魔理沙の決死の出陣であった。
「……お前と八雲様の間で何があったのかは知らないが、一度座っておきながら注文もせずに店を出るのはマナー悪くないか?」
「お前とその幼馴染の分の茶と団子代を先払いで出してやる! それで文句無いだろ!? えぇと……」
「ああ、名乗っていなかったっけか」
既に箒に跨りながら、魔理沙がマジックアイテムの売り上げが入った巾着から、幾許かの小銭を数えもしないで西宮にトスする。
それを受け取りながら、西宮は自分が名乗っていない事に気付いて頷きを返す。
「西宮丈一。守矢神社の信者だ。良ければウチの神社を信仰してくれよ、魔法使い」
「……なるべく御遠慮させて頂きたいぜ。じゃあな、西宮。幻想郷の為にも私はもう行く。縁があればまた会おう」
本気で嫌そうな顔をしながら飛び去る魔理沙に、果たして何かそこまで信仰を嫌がられる要素があったかと首を傾げる西宮。
結局この段階では魔理沙の勘違いは欠片も修正される事無く、やれ紫がトチ狂ったかと失礼な事を考えた魔理沙が、まずは紫の居場所の手掛かりを掴む為にと彼女の式の式の住居であるマヨヒガに特攻をかける事になる。
そして都合良くたまたまそこで団欒していた八雲一家。そこに横合いから突っ込んで来て、『正気に戻れ紫! 何か辛い事でもあったのか!? 私でも他の誰かにでも相談すれば良かったのに!!』と涙ながらに叫ぶ普通の魔法使いという光景に、八雲一家がいたく混乱するのは数時間後。
一緒になってマヨヒガに遊びに来ていた天衣無縫の亡霊こと西行寺幽々子が顛末を聞き、危うく成仏しそうなほど笑い転げる事になるエピソードの完成であった。
悲劇/喜劇の種を無意識に撒いた西宮は数時間後に待ち受けるそんな運命など全く気付かず、普通の魔法使いへの布教失敗という彼主観で分かる唯一の事実を首を一つ振って頭から追い出して、茶屋の奥へと声をかける。
店の前で注文もせずに騒いでいた魔理沙と西宮に対して、茶屋の店主と思しき男性が迷惑そうな視線を向けて来ていたが、
「すいません、連れが急用が出来たそうなんで帰ってしまいました。別の連れを連れてすぐに来ますので、代金を先払いさせて頂いても宜しいですか?」
「毎度あり! まぁ払って貰えるなら文句無いよ」
西宮が彼的には迷惑料の意味もあって茶代の先払いを提案すると、茶屋の店主は一変してにこやかな笑みを浮かべて来た。
銭の偉大さは幻想郷の外も中も変わらんなという俗な感想と共に苦笑し、店主に世話をかけて申し訳ない旨を伝えて一割ほど多く銭を渡す。
幸いにして魔理沙は雑な勘定で西宮に茶代を放ったらしく、二人分どころか三人が茶と団子を頂いたとしてもお釣りがくるくらいの金額を貰っていたので、この程度の出費は痛くない。
「……さて、ウチの風祝様はどこに居ますかね……っと」
恐らく先の打ち合わせ通り、里の中心部辺りで布教活動をしているのだろう。
そう当たりをつけて、茶屋を出た西宮はそちらへと歩き出すのだった。