東方西風遊戯   作:もなかそば

6 / 30
薬売りと幻想ブン屋とわんこ

 さて、“普通の魔法使い”霧雨魔理沙の出陣から少し後。

 あの後西宮は風を操る奇跡を人々の前で見せて神奈子と諏訪子の神徳と御利益を説くと言う、西宮作成マニュアルに従った至極真っ当かつ穏当な布教活動をしていた早苗をあっさり発見した。

 どうやら神々への信仰/親交が深い幻想郷での布教活動は、外界での布教活動に比べて格段に色好い反応が返って来たらしく、現人神様は西宮が発見した段階から大層御機嫌で熱弁を振るっていた。

 

 その後布教活動がひと段落がついた所で声をかけ、合流。先の茶屋へ向かったのだが―――現在並んで座った茶屋の椅子の上で。

 布教活動に満足した後の東風谷早苗、今度は茶屋の甘味に御満悦のご様子だった。

 

「美味しかったー。御馳走様でした!」

「太れ。肥えろ。食い過ぎだ東風谷」

「甘い物は別腹ですよ西宮。あと肥えろ言うな」

 

 餡団子に醤油団子、餡蜜に何故か実験メニューとして茶屋の御品書きに並んでいた杏仁豆腐まで平らげた早苗に、西宮は揶揄するような笑みを口元に浮かべて毒を吐いている。

 ちなみに杏仁豆腐は湖を越えた先にある屋敷の門番が教えてくれたメニューらしい。外の世界で食べたコンビニ売りの杏仁豆腐の何倍も美味かった事は、西宮も認める所である。

 

「まぁお前が太る分には勝手だが」

「太りませんてば」

「そう思うのも勝手だが。成り行きで貰った茶代から完全に足が出たじゃねぇか」

「だから太りませんて。それに、良いじゃないですか。ボールペン、高く売れたんでしょう?」

「まぁな。当座の活動資金程度にはなるから、着替えが無いんで服程度は買っておきたい。後は―――薬だな」

「薬?」

「ああ」

 

 西宮は早苗の言葉に頷いて、懐からメモ帳を取りだした。

 紫から聞いた幻想郷内の簡単な地理と情勢が書かれたメモ帳だ。売ったのとは別のボールペンを取り出して、今聞いた『杏仁豆腐の作り方を教えてくれた門番』が居る屋敷は推定『紅魔館』と呼ばれる屋敷だろう旨を書き加えた。

 そして横に座る早苗に地図の表示されたページを示し、その紅魔館とは別の位置―――竹林の奥にある屋敷の図をペンで差す。

 

「神奈子様や諏訪子様と違って俺らは脆弱な人間だからな。それも幻想郷では風邪引いたから気軽に病院に……というわけにもいかないだろう。幸いにしてこの永遠亭なる所には名医が住んでいて、その名医の弟子が置き薬の販売を行っているって話だ。頼んで神社に置き薬を常備させて貰えたらと思ってる」

「まぁ確かに。備えあれば嬉しいなとも言いますしね」

「嬉しくてどうする、このゆとり世代」

「貴方同い年じゃないですか、このゆとり世代二号」

 

 丁々発止と会話のドッジボールを交わしながらも、しかし西宮が言った言葉には早苗も賛成らしい。

 布教活動が最優先だが、自分達が体調を崩しなどすればその布教活動に遅れが生じる。ならば故にこそ、先んじて憂いは潰しておくべきだろうという考えか。

 ともあれ早苗も西宮の言葉に頷き、同意の念を表明して腰を上げる。

 

「それじゃ、広場で一通り御二柱の神徳も説き終わりましたし……今日は後は買い物と、その永遠亭って所へ行ったら帰りますか」

「いや……一つ問題があってな。永遠亭の周囲にあるのは迷いの竹林っつって、入る人を惑わす不思議な竹林らしい。俺らが行って辿り着けるかどうか……」

「何でそんな場所に居を構えてるんですか、医者。不便極まりないでしょう」

「俺に言うなよ」

 

 困ったように言いながらも西宮も早苗を追って腰を上げ、『すいません、お勘定お願いします』と店の奥の店主に声をかける。

 

「困りましたね。永遠亭に行かないと薬は手に入らないんでしょうか?」

「おや。何ですか、お客さん。竹林のお医者様にご用事ですか?」

「え? はい。置き薬が欲しくて……」

 

 そして勘定の為に近付いて来た店主が、早苗の言葉を耳にして言葉を挟んで来る。

 勘定を先に終わらせると店主は事情を聞き、少し待っていて下さいと言い残して店の奥に消えて行った。

 何かあるのかと話しながら、西宮と早苗が待つ事少し。店主が『良かった良かった』と笑顔で二人の前に戻って来た。

 

「お客さん、運が良いですね。うちにも竹林のお医者様の置き薬があるんですが、その置き薬に書いてある集金スケジュールによると、お医者様のお弟子さんが置き薬の集金に来るのが丁度今日ですよ。もう少し待って頂ければ来るのではないかと思います」

「集金? えーと、どういう事でしょう?」

「置き薬ってのは薬箱を各家庭に置いておいて貰って、定期的に業者が回って使った分だけを集金・補充するってシステムなんだよ」

 

 置き薬というシステムを良く分かっていなかったらしい早苗の言葉に西宮が補足を入れる。

 その補足に店主が頷き、早苗と西宮に問いかける。

 

「どうでしょう? お二方……特にそちらのお嬢さんには随分食べて頂きましたしね。良ければお医者様のお弟子さんが来るまでお待ちになられますか?」

「良いんですか?」

「構いませんとも。その代わり、今後も御贔屓にお願いします」

「ええ、是非とも! それじゃあ店主さん、あの杏仁豆腐もう一つお願いします!」

 

 早苗の元気の良い宣言に、店主が『してやったり』という笑みを浮かべた。

 商売上手な事だと内心で思いながら、西宮はその笑みに対して苦笑。

 店主の提案は彼らとしても渡りに船だったし、こういう商人らしさは嫌いではないので特に悪感情は無い。しかしあっさりと商人の思惑に乗って追加注文をする早苗に対しては小さく苦言を呈す事にする。

 

「絶対に太るだろうな」

「太りませんってば」

 

 にやにやと笑みを浮かべながらの彼の言葉に、ぶすっと頬を膨らませた早苗がそっぽを向く。

 それを見た店主は『仲の宜しい事で』と西宮と早苗からすれば甚だ不本意な台詞を残し、注文された品を作りに奥に引っ込んで行った。

 

「……あー、じゃあ俺はその間に適当な服を買いに行って来るから、お前はここで待っててくれ。すぐ戻るけど、もし俺が居ない間に医者の弟子が来たら頼む」

「分かりました。あ、杏仁豆腐と……あとその他にも何か適当に食べれる分だけお金置いてって下さいよ」

「……まだ食う気か」

 

 その店主の背を見送った後、待ち時間の間に適当な所で服を買おうと西宮が席を立ち、早苗が食費を要求する。

 呆れながらも小銭を早苗に渡すと、西宮はその場を立ち去った。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

 そして数十分後。

 里の服屋でごく適当に服を購入して来た西宮が店に戻ると、早苗の横には団子や杏仁豆腐の器が幾つも積まれていた。

 げんなりとする西宮が声をかけると、嬉しそうな笑みと共に早苗が振り返る。

 

「あ、西宮。間に合いましたね。今丁度そのお医者さんのお弟子さんが、店主さんの家の置き薬を確認に行ってる所です。私達の用事はそれが終わったら話を聞くとの事でしたよ」

「うわ、ギリギリセーフだったか」

「ええ。あと、そのお医者さんのお弟子さん―――鈴仙さんという方がですね。驚いた事にブレザー姿だったんですよ」

「ブレザー? ……って、外の世界の?」

「ええ。流石にウチの学校の制服とは少し違いましたけど」

「はぁ……そりゃまた、なんとも」

 

 早苗から聞いた言葉に、西宮が呆れたような感心したような微妙な声を上げる。

 彼が驚いた様子なのに気を良くしたのだろう。自分の事でも無いのに胸を張り、何故か誇らしげに早苗は追加情報を披露する。

 

「しかもウサ耳です。バニーちゃんですよ。凄いですね幻想郷」

「ウサ耳ブレザー医者見習いか……凄いな幻想郷」

 

 『幻想郷すげぇ』という線で合意する二人。

 そこに店の奥の方から話し声が聞こえて来る。片方は茶屋の店主の声。もう片方は西宮には聞き覚えが無く、早苗からすれば先程聞いたばかりの女性の声だ。

 

「はい。では確かに頂きました。それではまた一ヶ月後に伺います」

 

 二、三のやり取りの後にそう話を締めくくった女性―――西宮曰くウサ耳ブレザー医者見習いが、店の奥から早苗達の方に近付いて来る。

 長い紫銀色の髪と、何故かしおれたウサ耳、そしてブレザー姿の人物だ。本当に聞いていた通りの姿だった事に、西宮が僅かに表情に驚きを出し、対する早苗は何故か僅かに誇らしげにする。別に自分が凄いわけでもあるまいに。

 

「ごめんなさい、早苗さんでしたよね。お待たせしました……って、あれ? 隣の方は……」

「あ、すいません。コレ私の連れです。用事があって席を外してたんですけど今戻ってきまして」

「コレ言うな駄風祝。お時間を取らせて申し訳ありません、薬売りさん。外来人の西宮丈一と申します」

「あ、どうもご丁寧に。永遠亭で医者見習いをしております、鈴仙・優曇華院・イナバと申します」

 

 そして西宮と鈴仙、互いに自己紹介をざっくり済ませて一礼。半瞬遅れて鈴仙のウサ耳がへにょりと揺れる。

 ある程度礼節に則った対応をする者同士、外の世界の会社員辺りを彷彿とさせるやり取りだ。或いは名刺でも持たせたら、堂に入った名刺交換でもするかもしれない。

 

「はい! 同じく外の世界から来ました東風谷早苗です!」

「うん、さっき聞いた」

「俺は元から知ってる」

 

 そしてそんな2名の自己紹介を見て、なんとなく元気に名乗りをあげる東風谷早苗。

 ステレオでさらっとしたツッコミを入れた鈴仙と西宮は、特にそれ以上言及するでもなく話を進行させる。

 

「先に東風谷からある程度は話がされていたかもしれませんが、私達はこの度妖怪の山に越してきまして。住居に置き薬を頂きたいのでお話を伺いたいのですが宜しいでしょうか?」

 

 西宮の言葉を聞いたウサ耳ブレザー医者見習いは『妖怪の山に?』と疑問を表情に浮かべたが、彼女―――永遠亭の妖怪兎、鈴仙・優曇華院・イナバは元より他人の事情に深入りするタイプではない。むしろ他人とのコミュニケーションを苦手とするタイプだ。

 別に聞くような事でも無いかと気を取り直し、事務的に目の前の二人に対応を始める。

 

「場所が少々特殊ですので置き薬形式にするかどうかまでは確約できませんが……薬をお求めなら、師匠に話を通しておきます。欲しい薬の種類などでご希望はありますか?」

「私達、外から来たばかりなんですけど……薬の種類って外の世界と変わらないんですか?」

「師匠は凄いですからね。事によると外の世界で手に入らない薬もあると思いますよ」

 

 事務的ながら、師匠の事を話すときだけは自分の事のように誇らしげに語る鈴仙。

 さぞやその師匠を尊敬しているのだろうと思いながら、早苗と西宮は互いに顔を見合わせる。

 

「うーん……お互い持病持ちでもありませんしねぇ。うちの薬箱って何が入ってましたっけ。なんか印象に残ってる薬とかあります?」

「ボラギノール」

「ああ、お父さんの痔の……」

「痔? あ、座薬をお求めですか?」

「「断固として否定します」」

 

 基本的には健康であった東風谷一家。

 その大黒柱である早苗の父の唯一にして最大の持病の話題に何故か乗ってきた鈴仙に、早苗と西宮が完全にハモった否定を突き返す。

 『私が調合したのに……』と、少しだけしょんぼりとウサ耳を垂らす鈴仙だが、まだ10代の守矢神社組からすれば自分らが痔という評判はなんとしてでも避けたかった。

 

「座薬はともかく、特別欲しい薬ってのも無いよな。他の家庭と同じ感じで基本セットみたいなのがあれば――――あ、いや待て。外の世界に無い薬ってんなら、俺ずっと欲しかった薬がある」

「あ、奇遇ですね。そう言われてみれば私もずっと欲しかった薬があるんです」

 

 二人の言葉に鈴仙は『あれ? こいつら同棲してんの?』と僅かに好奇心を覚えるが、突っ込んだ事情を聞くのも憚れたので痔の話題と違って今度はスルーした。

 これが比較的常識的な感性と他人とのコミュニケーションが苦手な性格を持つ鈴仙だったからまだ良いものの、聞く相手によってはさぞや大変な事になっていたであろう。

 ともあれそんな彼女に対して、早苗と西宮は満面の笑顔で互いを指差しながら同時に言った。

 

「「こいつ(バカ)に付ける薬をください!」」

「扱っておりません」

 

 ああ、こいつら馬鹿だ。同レベルで馬鹿だ。

 鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女がファーストコンタクトで東風谷早苗と西宮丈一に抱いた印象は、概ねそのような物だった。

 

 

      #   #   #   #   #   # 

 

 

 結局妖怪の山の頂上と場所は流石に鈴仙が置き薬の確認に行くのも一苦労である為、、『置き薬としてのシステムで運用するかは確約はできないけど、師匠に掛け合ってみる』と言う線で鈴仙と早苗・西宮は合意。

 後日鈴仙がまた人里に来る日にでも、師に掛け合った内容含め改めて話を詰める事で話は纏まった。

 

 そして布教の手応えが良かった事に満足し、余り遅くなる前に神社へ戻る事にした二人。

 ちなみに西宮は良い感じにボロボロであり、打撲箇所には早速試供品として鈴仙が提供してくれた湿布が張られていた。

 理由は単純。互いを馬鹿と笑顔で表現した上で、寸分の狂いも無く全く同時に『馬鹿に付ける薬』を求めた直後に、第何次とも知れない宗教戦争(物理)が勃発したのだ。

 

 同宗派同士の悲しき宗教戦争は、キリスト教のプロテスタントとカトリックの争いの歴史を―――全く想起させる事の無い単なる醜い痴話喧嘩として鈴仙と茶屋の主人に受け入れられた。

 その後周囲に出来たギャラリーのトトカルチョを受けながらも、関節を極めようとした西宮の腕を逆に早苗が極めた辺りで西宮がギブアップ。毎度の如く勝者は早苗と相成った。

 付き合い良く最後までギャラリーをしていた鈴仙に治療される西宮を背に、勝者として守矢神社の名を喧伝する早苗は布教者の鑑だったと言えよう。ちなみにトトカルチョの胴元として儲けていた茶屋の主人は商売人の鑑であった。

 

 ちなみにそんな騒ぎが終わった後、浮くしか出来ない西宮の手を早苗が握って二人一緒に妖怪の山に帰って行く光景を見ながら、鈴仙が『あいつらの関係って結局何なの……?』と真剣に悩んでいたのは別の話。

 

 ともあれ斯様に色々な事があった幻想入り二日目。

 早苗と彼女に腕を引かれた西宮は日が暮れる前に神社に帰りつくが、そこで神奈子や諏訪子と言葉を交わしていた見知らぬ少女二人と顔を合わせる事になる。

 

「あやややや? 彼らが先程仰っていた風祝さんと信者さんですか」

「ども、はじめまして。お邪魔してるッス」

 

 神社の本殿。そこで神奈子と諏訪子の二人に対面していたのは背中に漆黒の翼を生やしたワイシャツにプリーツスカートといった現代衣装の黒髪の少女と、こちらは和装の犬耳と犬尻尾を生やした銀髪の少女だ。

 銀髪犬耳はともかく、黒髪羽根付きの方は強い妖力を纏っているのが早苗や西宮にも感じられる。

 山に住む妖怪だろうかと考える早苗。それよりは一歩踏み込んで、山伏風の衣装からこれが天狗かと当たりをつけながらも会釈をする西宮。

 その彼らに対し慇懃な態度で―――ただし西宮などに言わせれば、値踏みするかのような視線を存分に乗せた慇懃無礼な態度で挨拶を返したのは黒髪の方の少女である。

 

「お初にお目にかかります。私、妖怪の山の烏天狗にして新聞記者。清く正しい射命丸こと、射命丸文と申します。文々。新聞と合わせてどうぞお引き立ての程を宜しくお願いします」

「白狼天狗の犬走椛ッス。宜しくお願いするッス」

 

 次いで銀髪の少女―――犬走椛もぺこりと頭を下げる。こちらは真っ直ぐな性格が前面に出ており、にこやかな表情で尻尾をパタパタ左右に振っている様子からは警戒心は見えない。

 どうにもチグハグなコンビであった。

 

「御丁寧にありがとうございます。風祝の東風谷早苗と申します」

「……守矢神社が信者、西宮丈一と申します。天狗様達におかれましては御機嫌麗しゅう」

 

 そんな彼女達に対して早苗は明るく笑顔で挨拶を返し、西宮は警戒心を殊更に表に出して腰の低い挨拶を返す。

 その様子に楽しそうに目を細めたのは射命丸だ。

 にぃ、と口元に嫌な笑みを浮かべる姿は、果たして彼女の値踏みが高かったのか低かったのか。

 

「―――成程。これはまた随分と面白そうな方々のようですね」

「ふはははー! 文さん文さん、天狗様とかなんかすごい扱い良いッスよやべぇ様付けとかボク偉くなった気がするッス! よぉし信者くん、上下関係を刻み込むためにまずはパン買っ」

「ふんッ!!」

「おフッ!?」

 

 そしてシリアスに口の端を僅かに上げたニヒルな笑みを浮かべた文の横で、椛が笑顔でシリアスブチ壊しの失言を吐こうとした所、文の右手が物凄い速度でブレると同時に打撃音が椛の脇腹辺りで炸裂する。

 キョトンとした表情の早苗と、憮然とした表情の神奈子。そして笑いを堪えている諏訪子と、呆れが顔に出た西宮。

 四者四様の視線を受けながらも崩れ落ちる椛の身体を支え、文は額の汗を拭う仕草を見せる。

 

「いやぁ、神罰ってあるんですね。八坂様と洩矢様の信者さんに暴言を吐こうとした馬鹿犬に罰が下ったのでしょう」

「……右フックが神罰か、斬新だな」

「はてさて、何の事やら」

 

 責めるような神奈子の言葉に羽扇で口元を隠しながら、文は飄々とした様子で立ち上がり、口から泡を吐いている椛の足を掴む。

 そのまま二柱と二人に一礼し、

 

「それでは色々と興味深いお話も聞けた事ですし、お暇しましょう。―――今現在、この神社の様子は山の妖怪中の注目の的です。身の振り方には御気を付け下さい」

「ああ、ああ。分かってるよ天狗。其方の忠言ありがたく思う」

 

 と、神奈子と互いにどこか非友好的な視線を交わしながら、ずるずると椛を引き摺って去って行く。

 本殿から外に出る際に段差から落ちた椛が頭部を地面に打ち、『へぐぅ』という偶蹄目系の悲鳴を上げたがガン無視。

 潔いまでの扱いのぞんざいぶりであった。

 

 そして文(+足を掴まれた椛)が妖怪の山、八合目辺りに位置する天狗の集落へと飛び去ったのを見送ってから神奈子が溜息を吐く。

 

「厄介な話だ。天狗は随分と私達が邪魔らしい。河童や他の八百万の神々の反応は悪くないのだがな」

「今のは偵察と警告の意味があったんだろうね。でも私は今の天狗……射命丸だっけ? あいつは嫌いじゃないね。取材の名目で乗り込んで来て私と神奈子から直接話を聞こうだなんて、八雲から聞いてた異変を起こそうともしない天狗達の中では、中々どうして肝が据わってるじゃないか」

 

 神奈子の溜息に対して諏訪子が楽しそうに笑い声を返す。

 そして本殿入り口に立ったままだった西宮と早苗に『まぁ座りなよ』と声をかけ、彼女はすたすたと社務所に入って行った。

 早苗と両親が生活していた母屋はこちらに来ていないが、本殿併設の社務所は神社本体と一緒に幻想入りして来ていた。

 客間や布団もある為、現在彼ら四人は適当にそちらで暮らしている現状だ。倉庫に使っている部屋などを片付けない限りはリビングなどは無い為、食事を本殿で取るのはどうにかならないのかと言う気もするが。

 

 ともあれ社務所に入って行った諏訪子は、程無く盆の上に湯気をあげるカップラーメンを四つ乗せて戻って来る。

 何を隠そうこのカップラーメン、幻想入りするにあたって神々と早苗が知恵を絞って『必要だろう』と大人買いして社務所に持ち込んでいた物だ。

 霊術なり神術なりで火でも起こして湯さえ沸かせれば食べられるので当座の食料としては悪くは無いが、食料より先に考える事があったのではと真剣に思う西宮だった。

 

 神奈子は知恵は回るし蛇を象徴とする神らしく狡猾だが、基本的に大雑把である。諏訪子は祟り神らしく本気で知恵を使えば悪辣とすら言える手腕を発揮するが、生活面などでは駄目駄目だ。早苗に至っては雑事雑務を西宮任せにしていた事もあり、生活面の手腕は米を洗剤で洗うレベルである。

 はっきり言ってしまえば、生活面に関する細々とした雑事が得意な人材が西宮以外に居ないのである。

 

「……本気で俺、ついて来て良かったわ……」

「なんだい丈一、唐突に」

「いや、ぶっちゃけ俺が居ないとこの神社、生活面の雑事に向いた人材が居ないなーと思いまして……って言うか何でカップ麺買い込んでて他何も用意してねぇんですか」

「そう言うな丈一。カップ麺は美味かろう」

「神奈子様、何で神様がそんなに美味そうにカップ麺食ってるんですか。っていうか何で食い慣れてるんですか」

「私がちょくちょく奉納してましたからねー」

「もう少し奉納するもん考えろよ。神様にカップ麺捧げる風祝なんて聞いた事ねぇよ」

 

 ずぞぞぞという音と共に、神社の本殿に車座に座った四名はカップ麺をかっ込む。

 そのうち三名が軍神、祟り神、現人神だとは誰も思うまい光景だった。

 

 ともあれ食事がカップ麺のみとはいえ、貴重な団欒の時間である。

 話題になったのはやはり二つ。神奈子と諏訪子が居残った神社側で見た妖怪の山側の反応と、早苗と西宮が行った人里での布教活動だ。

 

「妖怪の山は先にも言った通り、天狗以外は割と良い反応だ。ただ天狗に関しては、やはり山を統べて来たというプライドがあるのだろうな。反発しつつも八雲や私達の力があるから表立っては動いていない……と言う所か。先の天狗は非主流派と考えるべきだろう。というかアレが主流派なら、八雲が私達を呼ばんでも天狗が勝手に異変を起こしている筈だ」

「まぁね。基本的に強い相手には媚びへつらうんだよね、天狗って。そういう意味で敵情視察みたいな事をやってのけたあの天狗は割と変わり者だと思うよ。それに力も相当強い。韜晦しているけど、大天狗格の能力はあると見たね」

 

 山の方はやはり天狗の存在がネックになるか。神奈子と諏訪子は互いにそう結論付けつつも、先の射命丸という天狗に対して意見を交わしていた。

 

 その場に居る彼らのいずれも知らない事だが、その意見は概ね正解である。

 射命丸文。彼女は山でも古参の御歳千歳を越える大妖怪でありながらも、強い好奇心の赴くままに多くの人妖と接触を持っている、ある意味では閉鎖的な天狗社会における異端児だ。

 彼女に与えられた“里に最も近い天狗”という二つ名は、しかしある意味では“山から最も遠い天狗”という意味と表裏一体である。

 並の大天狗を軽く凌駕する実力を持ちながらも山の幹部という立場に興味を示さず、未だに新聞を作って自由勝手に飛び回る烏天狗という立場に甘んじている辺りからも、彼女の性格とスタンスが分かると言う物だろう。

 

 山の秩序を乱す事は無く山の一員としての役目はきっちりと果たして居るものの、その性格ゆえに上層部受けが悪いのが射命丸文だ。神奈子や諏訪子の推察は正解である。

 ちなみにプライドは高く他者を見下す傾向が強く狡猾だが、反面下の者に対しては見下しながらも面倒見は良いという不思議な性格なので、後輩受けは割と良い。

 

 些か御脳が花畑傾向があるものの、哨戒天狗としてはこの上無い能力である“千里先まで見通す程度の能力”を持つ犬走椛も、文に懐いている一人である。

 ちなみに御脳の花畑ぶりに関しては先の本殿での一件を見れば分かるだろう。御覧の有様である。

 

「大天狗や天魔といった天狗上層部は保守派で消極的敵対傾向。他は概ね友好的。ですが射命丸女史のようなイレギュラーに関しては不明という事ですね」

「そうなるな」

 

 御馳走様ですと箸とカップ麺を置いた西宮が言った言葉に、神奈子が頷きを返す。

 山に関しては以上だと付け加えながら彼女も箸とカップ麺を置いた所で、話を引き継ごうとしたのは早苗だ。が―――

 

「ずぞぞー」

「良いから食ってろ。俺が話す」

 

 まだ食べる方に忙しい彼女、麺を口に入れたままモゴモゴと口を動かすだけであった。

 二日前までは花の女子高生だった身としてそれはどうよという視線を三方から受けた早苗だが、怯んだ様子も無く西宮の言葉に頷いた。ある意味肝の据わり具合では彼女がこのメンバー中随一かもしれない。

 

「―――人里の方の感触は良好ですね。外と違って幻想が生きているこの世界、人々と神は伝え聞く大和の時代に似た、或いはそれ以上に距離の近い関係を持っています。お二人の力と神徳と御利益を説いて回れば、徐々に信仰を集めるのは可能だと思います」

「八雲が言ってた里の有力者の反応は?」

「稗田の当主の阿求様は大変良くして下さいました。上白沢様に関しては不在でしたので何とも。阿求様が言伝を引き受けて下さいましたが、明日にでも改めて挨拶に伺おうと思っております」

「そうか。そちらは任せる、丈一」

「御意に」

 

 一通り話し終え、神奈子の一任を受けた西宮が頭を下げる。

 フランクな諏訪子や信仰心こそ比類無いがどこか一本抜けている早苗が混ざる時と違い、この二人だけで真面目な会話をさせると非常に威厳のある神とその信徒っぽく見える。

 それ故に神奈子がこの類のやり取りを好んでいるのは、彼女だけの秘密である。この軍神、この手の神様っぽい威厳のあるやり取りが好きなのだ。

 

「私と諏訪子は明日もこの場に留まり、妖怪や他の神々と面識を得て交流を深める事にする。人里に関しては万事お前の思うようにするが良い。早苗は丈一の言葉を良く聞いて動くように」

「分かりました、神奈子様」

 

 神奈子から告げられた言葉に早苗も反発しない。

 しょっちゅうぶつかり合う彼女と西宮だが、それは早苗が西宮を信用していない事を意味しない。

 むしろ長年の付き合い故に、この手の事には西宮の方が自分よりも長けている事を、彼女はある意味誰よりも理解している。

 

 そして神奈子の指示に従い、翌日以降も彼らは人里を中心に信仰を広める為に活動する事になる。

 その布教活動は極めて順調に進み―――しかし物事とは得てして順調に行っている時こそ落とし穴がある物である。

 順調過ぎる(・・・・・)が故に、早苗がついつい領分を見誤り、自分が侵すべきではない領分―――博麗神社にちょっかいをかけるのは少し後の話である。

 

 

      #   #   #   #   #   #

 

 

「うごご……何だったんスかね。何か急に右脇腹にフックを食らったような衝撃が走って意識が刈り取られたんスが」

「神罰ね。神前でその信者に対して不躾な物言いをしようとしたから罰でも当たったんでしょ」

「マジっスか。うわぁ怖い、神様怖い。信仰しようかなぁ」

「今は止めておきなさい。上が煩いわよ」

 

 同刻。

 神社を辞して天狗の里へ戻る途中で、息を吹き返した椛と文が言葉を交わしていた。

 夕刻を過ぎた時分。陽の光も落ちてきているが、幸い神社と里の延長線上には巨大な霊樹があるので、それを目印に飛べば分かり易い。

 そして語る内容は無論、先の神社で聞いた神々の話だ。

 

「八雲紫が彼女達を呼んだ。それは即ち、八雲紫が私達天狗だけでは妖怪の山は成り立たないと判断したと言う事。全く、上層部も素直に八雲の言う事を聞いてれば良かったのに……」

「文さんは賢者様の味方なんスか?」

「私は天狗の味方よ、椛。だからこそ―――天狗の力を保つ為にも八雲の提案を受けて異変を起こすべきだったと言ってるの。そうすれば天狗は自分達の力を幻想郷に示せる。八雲は幻想郷内のパワーバランスが取れる。WIN-WINの関係で万事丸く収まってた筈なのよ」

「もうちょい分かり易く頼むッス」

「つまり今の天狗は、舵取りを間違って危ない立場なのよ。このままじゃ外から来たあの神々の下に甘んじる事になりかねない……いえ、ここまで失策した以上それも已む得ないかもしれない。でもその中で可能な限り天狗の立場を高く保つためには……」

 

 ぶつぶつと呟きながら思考に没頭する文に、既に足首を掴まれているのではなく自力で飛行しながら椛は問いかける。

 

「あの神社の神様をやっつけて追い出すってのは駄目なんスか?」

「現実的じゃないわ。見たでしょ、あの神々。建御名方神と洩矢神。それも神々への信仰が色濃く残る幻想郷に来た事で、往時の力を取り戻しつつある。しかも八雲も今は向こうの味方。鬼……伊吹の萃香さんや西行寺の亡霊姫も、八雲が向こうに付くなら恐らく敵に回るわ」

「あー、言われてみれば。それに風祝でしたっけ。あの人も結構な霊力を感じたッスしねー」

 

 得心したと言う様子の椛の言葉に、文が苦笑する。

 頷きながらも、しかし出てきた言葉は否定の色が濃い物だ。

 

「まぁ確かに悪くはないけど、風祝はそこまで怖くないわ。人間としては破格だろうけど、博麗に比べれば大きく劣る。経験を積めばまだしも、今は同じ人間でも霧雨や十六夜にも二段も三段も劣るでしょうね。一対一ならスペルカード戦でも、スペルカードを用いない殺し合いでも私一人で倒し得る。どちらかって言うと私は隣に居た人間の方が面倒そうに感じたわね」

「そうッスか? そっちの子は霊力の感じから察するに、ボクより弱いくらいだったッスよ? 特に武芸を齧ってる様子も見受けられなかったッスし」

「―――椛。私達が、天狗が、妖怪が、そして神々が幻想に追いやられたのは誰の力?」

「………え? んーと……」

「人間よ。小賢しく知恵の回る外の世界の下等な人間が、その知恵を以てして私達幻想を追いやった。そして太古の大和では、人々はカガクという力を持たずとも私達のような妖怪を退治する力を持っていた」

 

 憎悪のような憧れのような、嫌悪のような恋慕のような。

 文が外の人間を語る時に浮かべた表情は斯様に非常に複雑な物であったが、椛にも分かった事が一つ。

 射命丸文は人間を下等と評しながらも、彼らが持つ知恵と力を決して侮ってはいない。

 そしてその彼女が西宮を評して曰く、

 

「あの子は私を見て警戒しながらも、あの場で私が隠さず出していた妖力に力の差を感じながらも、怯えは見せずに見返して来た。懐かしい目だったわ」

「懐かしいッスか?」

「ええ。あの目はね、椛。太古の大和で妖怪相手に一歩も引かずに戦った、諦めが悪く馬鹿で意地っ張りで―――そして妖怪にとって人間が最も愛おしかった時代の人々と同じ類の目よ」

 

 それは恐らく“境界の管理者”としての立場である紫とも、同じ“人間”である魔理沙とも、“月兎”である鈴仙とも違う。

 純粋に“妖怪”という―――それも大昔の人間を知る大妖怪という立場故にこそ出てきた、これまで幻想郷で西宮や早苗と遭遇した面々の中では、最も西宮丈一という個人を高く評価する言葉だった。




もみじもみもみ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。