昔々、まだ神様と動物が一緒に暮らしていた時代のお話です。
深い深い森の奥に一匹のへびが住んでおりました。
このへびは悲しいことに生まれたときからひとりぼっちでした。
それもそのはず。白くて長い、手も足もない自分の体が他の動物とあまりにも違うことに委縮して、へびは自分から誰かに話し掛けることが出来なかったのです。
日のあるうちは岩の隙間に閉じこもってじっと動かず、夜が来れば頭を低くしてキョロキョロしながら周囲を這い回ったものですから、確かにその姿は不気味で、長い事ひとりぼっちでいるほかありませんでした。
ある時、そんなへびのもとに一通の手紙が届きました。
へびは生まれてこの方一度も手紙など貰ったことがありませんでしたから、すっかり驚いてしまいました。
大きな葉っぱで織られた封筒を見ますが、そこには宛名も差出人もありません。
へびはおそるおそる手紙を開いてみます。
そこには流れるような綺麗な字でこう書かれていました。
『この手紙を受け取った貴方へ。
私は東の森に住んでいます。突然ですが、この私と文通しては下さいませんか。退屈凌ぎで構いません。東の森の入口にある木のポストに返事を入れて下されば半日と掛からず私の元へ届くはずです。突然の手紙、怪しいとお思いでしょうが、私は貴方を騙すつもりは御座いません。お待ちしております。』
三度ほど読み返し、へびは舌をチロチロさせながら考えました。
「これは一体誰が書いた手紙だろう。勝手に開いたのは不味かっただろうか。いや、でも最初に《この手紙を受け取った貴方へ》と書いてあった。手紙を受け取ったのは僕なのだから、僕宛ての手紙に違いない」
へびは段々とワクワクしてきました。
字の丁寧さや口調から相手は女性だろうと思いましたが、他は何も分かりません。
顔も名前も知らない誰かが、他の誰でもないこの自分と文通をしたいと言ってくれている。
へびは嬉しくて嬉しくて、早速ペンをとりました。
「初めまして、お手紙ありがとう。僕は南の森に住んでいます。僕で良ければお話しましょう。お返事、楽しみにしています…と」
次の日の朝、へびは一目散に家を飛び出し東の森へ向かいました。
お日様の出ているうちに外へ出るのなんて何日振りでしょう。
誰かに見つかりはしないかと頭を低くしかけましたが、口にくわえた手紙が汚れてしまってはいけません。
途中飛び出してきたタヌキのおじいさんにぶつかりそうになったときは心臓が飛び出るくらい驚きましたが、それでもへびはよろよろしながら、言われた通り森の入口にあるポストへ手紙を入れました。
返事はすぐに来ました。
『お手紙ありがとうございます。待ち望んでおりました。南の森は日当たりも良く、果物も大きくて、動物達で賑わっているとお聞きします。貴方は普段どんなものを食べているのですか。』
へびは困ってしまいました。
基本的にへびは何でも食べます。虫を食べることもあれば、ネズミを食べることもあるのです。
この相手がもしも虫やネズミであったら、へびはたちまち嫌われてしまうでしょう。
へびは悩んだ末に「僕は木の実や果物を食べます」と返しました。
さすがに木の実や果物が手紙を書くはずがありません。嫌われることはないはずです。
ポストに向かう途中、森で一番大きな木によじ登り、へびは熟した木の実を一房とっていきます。
途中、お喋りに夢中な小鳥の奥さんにぶつかりそうになったときは思わず木の実を落としそうになりましたが、それでもへびはよろよろしながら、木の実を封筒に入れポストへ急ぎました。
返事はすぐに来ました。
『お手紙ありがとうございます。木の実、とても綺麗です。恥ずかしながら、私は大きな歯が邪魔をして木の実をそのまま食べられないのです。ですから、この木の実は暫く飾って、それから煮詰めてジャムにしたいと思います。贈り物とても嬉しかったです』
届いた文を見てへびはあれっと思いました。
木の実を食べないなんて、彼女は自分と同じ肉食の動物なのかもしれません。
大きな歯、と書かれているのでクマやオオカミの仲間ということもあります。
へびは相手との共通点にとても嬉しくなって、すぐに返事を書きました。
『僕も大きな歯を持っています。木の実も食べますが、小さな生き物を捕ることもたまにあります。だんだん寒くなってきましたが、体調はいかがですか』
へびは寒さに尻尾がぴりぴりするのを我慢して、オオカミの群れがある森林へと向かいました。
オオカミ達は家族思いで、寒くなると互いに体を寄せ合って眠るとへびは知っていたので、そっと近付いていってそこらじゅうに散らばったオオカミの銀の毛をかき集めました。
途中、目を覚ましたオオカミの子供と目が合ったときはすっころびそうになりましたが、それでもへびはよろよろしながら、束ねた銀の毛を綺麗に整え、不格好なマフラーを編むと、手紙と一緒にポストに入れました。
返事はすぐに来ました。
『お手紙ありがとうございます。マフラーとても暖かいです。貴方は器用なのですね。私の体はかたい鱗に覆われているので、冬は大変なんです。貴方のおかげで暖かい夜を過ごせます。』
へびは思わず声を上げました。
彼女の体には毛がなく、鱗で覆われているというのです。
へびは自分の体を見ました。へびの体にも鱗があります。
大きな歯があって、鱗がある。へびはまさかと思いました。
「もしかしたら、彼女は僕と同じへびなのかもしれない」
へびはもういてもたってもいられなくなりました。
すぐにペンをとって「貴方はへびですか」と聞きたいと思いました。
しかし、もし違っていたらと思うと胸が痛いのです。
違うだけなら構いません、自分の正体がへびだと知って彼女が気を悪くすることがへびにはどうしても耐えられませんでした。
それからやり取りはいくども続き、森は冬景色。
へびは穴の奥でぶるぶる震えておりました。
というのも、元々へびは冬になると食べ物を蓄えて冬眠するのですが、今年は文通に夢中になって、大した蓄えもできていません。
「ああ、僕はこのままたった一人で死んでしまうのだろうか」
ふと、外から音が聞こえます。
聞き間違えるはずもない、ポストに手紙が届いた音です。
へびは跳び起きて外に出るとポストを開き、入っていた封筒を見つめました。
見慣れた葉っぱの封筒です。
へびはその場でそっと封筒を開きました。
そこにはいつもの綺麗な字で、こう書かれていました。
『こんにちは。今日は貴方に伝えたいことがあります。
もうお気付きかと思いますが、私は大きな歯と固い鱗を持っています。さらに目も鋭く、白く長い体をしています。驚きましたか。醜いと思いますか。嫌いになりましたか。私は今日、遠くへ行かなくてはなりません。最後に貴方に会いたい。ありのままの私を見てほしい。東の森の入口でお待ちしています。』
手紙はそれで終わっていました。
へびは体中が熱くなるのを感じました。
先程までの目まいや頭痛もどこかへ飛んでいってしまいました。
「僕も、僕も会いたい!」
落ちている石や枝は容赦なくへびの体に突き刺さります。
空はいつのまにか雪が降っていて、その寒さもへびの体を痛めつけます。
果たして、こんなに走ったことがあったでしょうか。
こんなに切なく、胸が締め付けられるほどに必死になったことがあったでしょうか。
風がへびの身体を持ち上げようとびゅうびゅう追い掛けてきます。
木々のざわめきがまるでへびを応援してくれているように一段と大きく聞こえます。
へびは何だか心がわくわくしてきました。今なら何だって出来てしまいそうです。
やがて、何度も往復したポストが見えました。
そしてその横にたたずむ白い影。
へびは驚き、立ち止まりました。
「貴方なら来てくれると思っていました。へびさん」
それは、木よりも大きな、白く美しい竜でした。
「見ての通り、私は竜です。この森よりも長く生きていますから、貴方のことも随分前から知っていました」
へびは相手の声があまりに綺麗なので、ただただ翻弄されて、目をぱちくりさせました。
自分はずっとこの竜と文通していたのか、考えるだけで嘘みたいです。
「何を驚くことがあるのですか。私は貴方と同じ、大きな歯、固い鱗、鋭い目、白くて長い体を持っています。そして、心も通じ合っています。私と貴方は仲間なのです」
へびは信じられませんでした。しかし確かに竜の言う通りです。
「私は神様の使いでこの森に来ました。ずっと貴方を見ていたのです。本当はとても優しいのに、不器用で一歩を踏み出せない貴方のことを。一緒に、来てくださいますか?」
竜は金色の目をそっと細めてへびに問いかけました。
今まで見たこともないくらいに優しい瞳でした。
「僕は、貴方に会って変わることが出来ました。貴方を愛しています。連れて行って下さい」
「そう言って下さると信じていました。ありがとう。私も愛しているわ」
へびは、自分の体が光に包まれるのを感じました。
次の瞬間にはもう空に舞い上がっていました。
生まれ育った森が小さく見えます。
「もっと胸を張りなさい。貴方はもう1人ではないのだから。迷ったときは仲間を、私を目印にして進めば良いのです」
神様の社では動物達が待っていました。
竜はうさぎの隣に降り立ち、銀の器に盛られた水を受け取るとへびの傷だらけの身体を清めます。
すぐ後ろからは馬が長い首を伸ばしご馳走をわけてくれました。
みな、新しい仲間を歓迎します。その容姿を馬鹿にする者など誰もいません。
へびは涙が出そうになりました。嬉しくてたまらなかったのです。
そう、もうひとりぼっちではないのだから。
昔々、まだ神様と動物が一緒に暮らしていた時代のお話です。
深い深い森の奥に、ぽっかりと大きな穴がありました。
小さなポストの傍らに開いたその穴にはボロボロの葉っぱがそこらじゅうに散らばっています。
たまたまそこを通りかかった小さなリスが訝しげな顔でお父さんに訊ねました。
「お父さん、ここには誰か住んでいるの?住んでいるにしては誰の気配もしないし、住んでいないにしては凄く綺麗な気がするよ」
お父さんリスは一度立ち止まり、穴を見ないまま答えました。
「父さんも不思議に思っていたんだ。だってこの森が出来たときから今まで、その穴に誰かがいたって記録はどこにもないんだからね」
<了>
お読み下さり有り難う御座います。
十二支の辰(竜)と巳(蛇)のお話です。(気付きましたか?)
朗読会で披露するために作ったのですが、内容が伝わらなくて没になりました。
ちょうど書いたのが辰年から巳年に変わる時期で。
後書きってことで書きたいことはいっぱいありますが、如何せん文章をまとめるのが苦手なので…このお話の真意はみなさんの想像にお任せいたします。
な ん か こ の 台 詞 す ご い 作 家 っ ぽ い ! ! !
あたたかな陽気に照らされながら。
古城こじょ