あっちの続きも書いていますが、今日中にあっちを投稿する目途が立てられなかったので、最低限こっちに1話だけでも……っ!
少女の手を引き、森の中を歩く。
微かに嗅覚を刺激するのは、目印代わりにカナギが遺してくれたらしい独特な香りのする花のものだ。彼は剣の腕もいいくせに薬師であると言っていた。そもそもそれ以前に【守人】の立場はどうしたと突っ込んでみたら、肩をすくめて「周りが勝手に言ってるだけだ」とのご返答だった。
何度か巨人にも遭遇したが、ここ数日じっくり『研究』した甲斐あって梃子摺ることは無かった。それを間近で見ていたイルゼは驚愕に固まっていたが、そのうち緊張がほぐれて来たらしい。幾分か表情も柔らかくなってきていた。
太陽が沈んでいき、空の色が複雑に変化していく。その様を楽しみながら、昨日休んだ泉までようやく戻ってきた。水の臭いが大気に混ざる。流石に疲れが溜まっているらしい少女に、労いの意を伝えるために軽く肩を叩いた。
【viega 04:小鳥は歌い、刃は哭く】
じっと串焼きを見つめたまま硬直しているイルゼを眺め、思わず内心首を傾げる。
ひょっとして肉は食べられないのかとも思ったが、表情やら視線やらを見る限りそれはなさそうだ。むしろ口の端から僅かに涎が零れている。その程度には肉も好物なのだろう。もしかしたら、単に高級品だったりするのかもしれない。
ちなみにこの肉はカナギが薬草採集のついでに捕ってきたらしい。『肉』になる前の状態――というか、数日前に初めて見た時は非常に愛らしい愛玩動物にしか見えなかった。ウサギ、というらしい。生きた本物はやはり『壁の内側』に来て初めて見た。
そしてカナギはあろうことか、触るのも見るのも初めてである自分に「捌け」と言った。
確かに、何事も経験だとは思う。だが、初めての時は精神的に辛かった。こんな庇護欲をくすぐるような小動物を自分の手で捌くのは、本当に辛いものがあった。思い出してみると、2日間くらい鬱になっていたかもしれない。
今晩のウサギも、カナギが捕ってきたものを自分が捌いた。順調に手馴れていく感覚に、何とも言えない複雑な心情になる。だが、食べなければ人は生きていけない。なんというか、その真理を刻み込まれたような気分だった。
たぶん、カナギは狙ってやっている。いわゆる食育というやつではないだろうか。その効果を狙ってやっている気がする。その事実が余計に複雑な気分にさせた。
――さて、と思考を切り替える。
自分の住処は【アラガミ】が食い荒らしまわっている領域である。よって実のところ、【狼呀の民】の間では肉は高級品――というよりは貴重品である。基本的に【トルキエ】という
カナギから教わった種類の木の枝を削って串を作り、一口サイズに切った肉を刺し連ね、焚き火で炙る。この時、火に近づけ過ぎるとカナギに怒られたのも、そのうち良い思い出になるだろう。
ふと、イルゼと目が合う。不安げな眼差しに微笑んで応えれば、僅かに眉を寄せられた。どうしたんだろう。――まぁ、今は言葉が通じるカナギに丸投げするしかないのだが。
イルゼの視線が、少し離れて薬を調合しているカナギへ向かう。カナギも視線に気付いたのか、ちらりとイルゼを一瞥した。
「――■、■……」
『さっさと食え。食事が終わったら傷を見てやる。明日になったら壁近くか、お前がいたであろう団体の近くまでは送ってやる』
じわり、と脇に置いたまま手で触れていた刀――【ミリアン】から熱が伝わる。同時にカナギの言葉が頭の中で勝手に変換された。――どうやら、カナギの言葉は通訳してくれるらしい。いや。この場合は言葉そのものというよりは思考に近いかもしれない。
だが、まぁ。今の言葉ではちょっとイルゼが可哀想だ。絶対、誤解している。
「カナギ。ちゃんと説明してあげて?」
そう言って窘めれば、カナギは眉を寄せて怪訝そうにこちらを見る。一度だけその視線が【ミリアン】を見て、状況を理解したのか溜息を吐いた。
改めてイルゼに視線を向け、要点だけを伝える。
『――とりあえず、食いながらで聞いとけ。そこの阿呆が処置を手抜きしたせいで、冷めると硬くなる。適当にしゃべるから、質問は後で』
「■、■■!」
――いや、そんな当てつけのように言わなくても……って、実際に当てつけなのか。事実だけど。
これでも上達してるんだから、文句があるなら自分で捌け、と言ってもいいだろうか。
そんなことを考えながら、イルゼを見守る。串焼きを口に運び、おそるおそる肉に噛みついた。一切れを口の中に入れ、ふにゃりと笑う。それを見て思わず可愛いなぁ、と思いながら笑みが零れた。妹がいればこんな感じなのかもしれない。娘でもいいけど。
『そこの阿呆から聞いたが、イルゼ・ラングナー、で合っているか?』
「――■■。■■イルゼ・ラングナー」
カナギの確認に、非常に長い返答を返す。最後の方で「ユウ・カンナギ」と自分の名前も入っていたので、おそらくは状況説明だったのだろう。――自分にはわからないが。
もう少し語学も勉強しておくべきだったと、今更ながらに思って苦笑する。カナギは軍隊式の返答に辟易したのか、軽く嘆息していた。
『――そうか。……ったく、どうしてこうも軍属に縁があるんだか……』
「カナギ気にしすぎ」
『煩い黙れこの阿呆。お前が筆頭だぞ。有能すぎていつ首を切られて存在抹消されるか判らん立場になりやがって』
(うわ。なかなかに鋭い)
確かに何度か潰し目的の任務を回されたことはあるけど、全部クリアしたし。あれ以上やると本当にあからさまになるから、多分もう何も出来ないと思うんだけど。
具体的には『接触禁忌指定』の【アラガミ】堕天種の連戦ソロ討伐とか。あれは流石にやばいと思った。それ以上に「あ。これ、死ぬ」と思ったのはソロで【ヴァジュラ】4体同時討伐とかだったけど。
とりあえず、心当たりがありすぎて何も言えないので、何も解らなかったフリをしてみる。
「ちょっと待って、出来れば言葉を合わせてよ、カナギ」
『はっ! どうせ第二世代特有の共鳴現象だか同調現象だかを駆使して、ニュアンスだけはしっかり把握してるだろう。いまさら言葉を合わせろとか、不毛だ。どうせ俺とお前とでも言語圏が違う』
はい。そうですね。おっしゃる通りです。
【ミリアン】のお蔭でだいたい把握してます。ありがとうございます。あなたの奥さんの【ミリアン】はとても優しいです。……あぁ、なるほど。これは嫉妬か。カナギは嫉妬していたのか。男の嫉妬は見苦しいと思う。だいたい【ミリアン】はカナギのことしか見てないし、考えてないんだけど。
(……考えてみたら、俺って邪魔だよなぁ)
とりあえず、不毛な思考を振り払い、話の矛先を変える。
「……【カムイ】はどうするの?」
『とりあえず、そっちも後だ。――解ってるのに訊くな、鬱陶しい』
うん。そうだよね。イルゼもつれてきちゃったし。【カムイ】を捜索するのも一時、お預けになりそう。正直、あの【カムイ】は戦闘能力が高い訳じゃないから、こんな災獣が闊歩する場所にいて大丈夫かと心配になるけど。
カナギは何度目かの嘆息を零し、改めてイルゼを見た。
『俺は、カナギ・サンスイ。【守の民】だ。薬師でもある。――そっちの神薙ユウは【狼呀の民】だ。お前の知識に合わせるなら、【守の民】は生産者で【狼呀の民】は兵団となるだろう。端的に言うなら、俺たちはお前たちの感覚で言う『壁の外』を生き延び、暮らしている一族だ。ちなみに、俺は壁の中の住人と薬草のやり取りの関係で個人的に交流があって、それでお前たちの使う言語も使える。だが、中と外は断絶して長い。故に、現状では言葉が通じる可能性は非常に低い』
――まぁ、言えるのは本当にこのくらいか。
色々な意味で、あんまり包み隠さずには話せないし。
イルゼが肉を飲み込むタイミングを見計らい、水筒を差し出す。これにはカナギの淹れた薫り水が入っている。香りは、ジャスミン茶に近い。よって、リラックス効果が得られたりする。
『――薫り水だ。茶の一種だとでも思っておけ。茶葉の代わりに薫りのいい植物で水出しする』
「■■■■■■。■■■■■■■■■■、ユウ」
笑顔と共に何かを言われ、おそらくはお礼を言われたんだろう、と判断する。
が、この薫り水はカナギが淹れた訳で。ちらりとカナギの様子を窺うと、やはり少し面白くなさそうな顔をしていた。それに思わず苦笑し、そっとカナギを指し示しておく。
するとイルゼも気付いたらしく、そっとカナギを窺った。
カナギはイルゼの反応に小さく苦笑して肩をすくめる。
「■■……■■■■■、」
『確かに淹れたのは俺だが、そんなことはどうでもいい』
――嘘つけ。薫り水は実のところ、手間の掛かる嗜好品だ。水資源の問題が少なくない【狼呀の民】や【流砂の民】でこそ必需品のようになっているが、水資源の豊富な【守の民】や【カムイの民】にとってはただの手間暇掛かる嗜好品でしかない。
その【守の民】が、わざわざ薫り水を淹れるというのは、それだけで結構な気遣いに分類される。その上、実は上手く入れるのは難しいのだ。
調合用の道具を片付ける姿が、事情を知っている者からすると実に哀愁を誘う。
だが、説明は最後までするらしい。
このあたりは本当に誠実だと思う。
『――俺たちも、普通は自分たちの生活圏から出ることは無い。色々と面倒だからな。俺みたいに個人的に動く奴なんかは、紛うことなく変わり者だ』
(――――変わり者というか、カナギは【守人】だし)
正直、【彼ら】は災獣相手なら、なんとでもできるだろう。何もどうにも出来ないのは、人間と敵対した時くらいしかないと思う。そんなことは滅多に無い筈だけど。
ちらりと再び固まったらしいイルゼの様子を窺う。
どうもぐるぐると考え込んでしまっているらしい。この状況下、一人で思い詰めても何もならないのだが。やっぱり若いなぁ、と思う。――――いや、決して自分が老いている訳では無いと思いたい。
とりあえずイルゼの目前に、ひょいっと2本目の串焼きを差し出す。
何故かまじまじと見られたが、しばらくすると受け取ってくれた。よかった、と内心で胸を撫で下ろす。
『今回は、『壁』が陥ちたと聞いて確認調査と薬草採集と、ついでに探しものを兼ねて歩いていた』
今のところ、巧く情報の優先順位を入れ替えている。こういうのは苦手だと聞いていたのだが、どうやら思っていたほどでも無いらしい。
『巨人とやらに関しては、とりあえず当面は問題ない。そこに少しばかり特殊ながら最高の【狼呀】がいるし、俺自身もまったく戦えない訳でもないし、調合したもので視界を奪うなり動きを奪うなりして逃げることくらいは出来る』
――――それ、別に褒めてるつもりは、まったく無いんだろうな。
どちらかというと完全に皮肉にしか聞こえない。自分が『特殊』なのは両親の遺伝の結果だから、何とも言えないのだが。ついでにその「最高の【狼呀】」というのは、実はニュアンス的には「最高(笑)」であって、これはウチの偉い人たちが使う時の皮肉とか嫌味とか、むしろ侮蔑に近い――のだが、どうやら本当に普通にそう思っているようである。
こう……たぶん、カナギ自身には褒めているつもりはない。それでも評価してくれるのは、ありがたい、と思う。思うが、これは何とも面映ゆい。思わず視線を泳がせる。耳が赤くなっているような気がするが、押さえるような動きをするとばれるので動かない。
悶々としている間に、イルゼの中で一区切りついたらしい。
「■■■■■■。■■■■――■■■、■■■■■■■■■■」
何かを言って、イルゼは頭を下げた。
それを受けて思わず笑む。なんとも微笑ましい、と思いながらカナギを見れば、彼は溜息を零したようだった。
そのカナギの視線がこちらを向く。
何かを察したのか、もの言いたげに顔を顰められ、慌てて顔を伏せた。あからさまだと自分でも思うが、今は余裕がない。
顔を上げたイルゼが、僅かに首を傾げたのが視界の端に映った。
一応、誤字脱字チェックはしているのですが、昨日の夜に変な個所で誤字しているのを発見!!……したのですが、ケータイから見ていたのと、殆ど寝ぼけていた為、どこにその誤字があったのか、判らなくなってしまいました……orz
なんか、『か』と『が』を間違えてたのは、憶えているんですが……何処だったんだ、自分……。