Pixiv時代から地味に加筆修正。しれっと段落が増えています。
イルゼが寝ている間の話。
ヒュムノス回。
「――普通、拾ってきた動物の面倒は、拾ってきた当人がするものだ」
眠り込んでしまったらしいイルゼに自らの外套を掛けてやりながら、そう言ったカナギはしかし、本気ではない様だった。
(というか、これはむしろ――……)
「それって、俺のこと?」
「飼い殺されるのが嫌なら、森は餓えた狼であろうと受け入れよう」
「……えっと。一応、考えておく」
「そうしろ。お前らに犬神なんかは似合わない」
固有名詞などは一切出さなかったが、非常に良く判った。どうやら【守人】は相当に【狼呀】を気に掛けてくれているらしい。
「うん、ありがとう。――ちょっと、出掛けて来るね」
腰を上げた自分を一瞥し、カナギは小さく息を吐いた。
「ついでに鎮魂歌でも贈ってやれ。得意だろう、【詩紡ぎの民】」
その言葉に、思わずカナギをまじまじと眺める。元よりそのつもりではあったが、彼からそんな言葉を聞くとは思わなかった。
ふっと笑みが滲み、目を細める。
「――あなたは、やさしいね」
その瞬間、「うるさい」とでも言うように、焚火にくべようとしていた細枝を投げつけられ、慌てて逃げ出すように走り出した。
【viega 05:どうか、迎える夜明けが優しくあるように】
月明かりの下、暗い森の中を駆ける。
昼間にイルゼを見つけたあたりまで戻り、そこから生乾きの血の臭いを辿って歩いて、森の端に転がるいくつかの残骸に、吐息を零した。
どうやらこの領域の災獣――【巨人】は、死体には目もくれないらしい。
「――君たちには、埋葬とか葬送の概念って、あるのかな……」
死者を悼み、惜しむような文化は、あるのだろうか。
そんなことを思いながら、足元に転がる頭に目を向ける。傍らに膝を着いて手を伸ばし、その恐怖と絶望に引きつり、見開いたままの目をそっと閉ざしてやった。
――――考えるに、この人たちは自分たち【狼呀】と同じような、『戦う』立場にあるのだろう。組織的に見れば、軍人であると思われる。あるいは、ニュアンス的には兵士かもしれない。
なら、戦場で殉死した場合に備えてドッグタグを身に着けているか、あるいはそれに類する――たとえば徽章だとかに身に着けている人物の名前が彫られていたりするのが『外』での常識なのだが、どうだろう。
正直、剥ぎ取り行為のようで気が進まないのだが、そうも言ってられない。
「……君たちだって、帰りたかっただろう?」
転がる頭部を両手でそっと抱え上げ、少し離れたところにある胴体まで歩く。右肩から腕がごっそりと無くなっているが、位置と距離を計算しても、頭部から読み取った人種的な情報から見ても、おそらくは同じ人物だろう。本来頭があるべき位置に抱えた頭部を戻し、そっと目を伏せて黙祷する。
それから衣服を検分し、どこにも名前や身分が判るモノが無いのを確認すると、思わず空を仰いで嘆息した。
空にはどことなく蒼白い月が、夜空を照らしている。
同じ作業を確認できる遺体の数だけこなした。正確な人数は判らない。胴体が残っていないこともあったし、手首だけ、あるいは足だけしか無いこともあった。
そして、最終的に身分証明が出来るものは所持していない、あるいは存在しない、と結論する。ひょっとすると戸籍管理すら『壁の中』ではされていないのかもしれない。
「――戦場に出れば、帰れない、か」
そもそも帰還そのものを期待されていないような、そんな気にさえなってしまう。
「……どうして、『外』に出て来ようとしたんだい?【エデンの子】」
安全な鳥籠な中から、外敵しか存在しない筈の、『外』へ。
風渡る緑の大地と蒼い空が見える世界から、昏く灰色の塵灰が吹き荒れる過去の残骸が散らばった世界へ。
いかに飛ぶための翼をもっていたとしても、その鳥に鋭い爪も嘴も無いなら、鳥籠から出て天敵の多い外で暮らすのは難しいだろうに。
「……ま、ここで考えても仕方ないか。――ミリアン」
呼び掛ければ応えるように、ポツポツと宙に金色の火が灯る。
【狼呀の民】の【狼呀】に埋葬の習慣は無い。【狼呀】は人間らしい遺体を残さないからだ。【守の民】は土葬が一般的だと聞いてるし、【流砂の民】は火葬した後、砂漠地帯に吹く風に乗せて散骨する。【セラの民】は確か、湖の底に沈める水葬だったはずだ。
――― yor sonwe?
うたう?
「うん。――ミリアンは、燃やしてあげてくれる?」
――― rippllys.
わかった
宙に浮いた灯火が揺らぎ、ひらりと蝶の形となった。大地に横たわる死者へひらひらと舞い降り、一気に燃え上がる。
動物性のたんぱく質が燃える独特な臭いに少しだけ頬を歪め、それでも燃える炎を見つめていた。
――やがて火勢が弱まり、骨とも灰ともつかない白い塵が炎の熱に巻き上げられて夜空に舞い上がる。
それを見て、そっと息を吐き、静かに唇を開いた。
Was ki ra selena sos yor ware fandel nuih.
Was ki ra fowrlle anw la omnis near.
すべての御魂を 癒せるように
ちらちらと、足元の草花から小さな光が滲み、耀きながら宙に舞い上がる。舞い上がった光は空に向かいながら拡散し、やがて大気に融け入るように消えていった。どうやら『壁の内側』には小精霊も多く存在しているようである。
それとも、【カムイ】が消えたことと関係があるのだろうか。
presia slep, yasra slep, diasee.
ねむれ ねむれ 神の子よ
murfan anw fandel nuih, lyuma, werllrya.
幾千、幾万の夜を 星を 涙を想い
murfan anw fandel lusye, frawr, fwillra.
幾千、幾万の光を 花を 羽を希い
Was ki erra wearequewie.
私は 謳い続けよう
ふわりと肩に小さな白い光が舞い降りた。
その色と、小さく囀る声で『鳥の神』だと判断する。何をするでもなく、何を言うでも無いという事は、どうやら単に聴きに来たらしい。
まぁ、『鳥の神』のような神性を帯びた幻想種にとっては、こういった特殊な言語で綴られた言葉や歌こそが『主食』であるらしい。ちなみに、こういった神性存在が好む言語を総じてざっくりと『神性語』と呼ぶ。むろん個々の言語にそれぞれの名称が存在するが、特殊な状況下でない限りは基本的に『神性語』で通っている。きっちり分けるのは研究者くらいだろう。
rre fandel revm fountaina won dor.
大地を満たす 幾千の夢
rre manafeeze lusye loss nnoi, en biron.
芽吹く光が ひとつ ふたつと 潰えても
rre yeeel dyya fandel enne chs dor sabl.
遠い日々が 幾多の祈りを 土に還しても
Was quel wa enne enne hymme.
私は 祈り続けよう
チリ、と。
焼けるような微かな痛みが、背骨を伝って腰に奔った。視線を向ければ、小さな光のような小精霊たちがフワフワと集まっている。
なんとなく、まったりしているような気配なので、小さく笑ってそのままにしておいた。――何故そんな場所に集まっているのかは分からないが、害は無いので放っておいて構わないだろう。
presia slep, yasra slep, diasee.
ねむれ ねむれ 神の子よ
murfan anw fandel nuih, lyuma, werllrya.
幾千、幾万の夜を 星を 涙を想い
murfan anw fandel lusye, frawr, fwillra.
幾千、幾万の光を 花を 羽を希い
presia slep, yasra slep, diasee.
ねむれ ねむれ 神の子よ
Was ki ra fowrlle anw la omnis near.
すべての御魂を 癒せるように
Was ki ra fowrlle anw la omnis lamenza.
すべての嘆きを 拭えるように
――同じフレーズの鎮魂歌を、何度か繰り返す。
同じような死生観を持っているとは限らない。ひょっとすると、死んだらそれで終わり、という文化圏であるかもしれない。
そもそも死を悼む慣習も無いかもしれない。
――それでも。
Was quel ra presia accrroad yasra slep, diasee.
どうか やすらかに眠れるように
Was quel ra presia bexm dauan oure yasra.
どうか 迎える夜明けが優しいものであるように
Wee ki wa tasyue tes gran dauan, presia yehah irs.
新たな始まりの朝に どうか幸あらんことを
Presia, presia…
どうか かくあらしめたまえ
来世、生まれ変わった先の世界で。
その幸福を望むのは、悪いことではないだろう。
ヒュムノス:『Ar tonelico』シリーズで使われる架空言語。単にヒュムノスと言う場合は、そのヒュムノス系言語(=さまざまな系列が存在する)で綴られた歌曲を指すことが多い。いわゆる他のRPGやファンタジーでいうところの、魔法呪文を構築するための言語。
なお、今回の構築言語は
Q:レーヴァテイル質に関する問題について。
A:アラガミさんってなんだっけ。