自由の向こう側   作:雲龍紙

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 加筆と言っていたな?
 あれは、嘘になった。申し訳ない。

 例によって癖が発動したので、1話分として投稿します。




【反章:Deus, sia ?】

 

 その日の訓練は、雨の中で立体機動装置を駆使し、巨大樹の森を抜ける時間を競うものだった。おそらくは立体機動装置の扱いに慣れさせる為の訓練なのだろう。

 

 いつものように始まった訓練は、しかしどこかいつもと違う空気を孕んでいた。

 

「おい、知ってるか。今日の視察……」

 

「ああ……なんでも、『人類最強』が視察に来てるんだろ……?」

 

 そんな声がひそひそと周囲から聞こえてきて、思わず口元を引き攣らせる。

 

(――貴様ら程度の物差しで『人類最強』だと? ハッ! 笑わせる)

 

 『壁の内側』の人間には自分たち【降魔】のような剄脈などなく、【狼呀】のような災獣と同質の力も無く、【詩紡ぎ】や他の民にあるような特異な能力も無い。

 そんな、自分からしたら一般人と同類でしかない連中が『人類最強』など、滑稽でしかなかった。

 

(……ん?)

 

 ざわり、と周囲の空気が揺れた。周りの訓練兵に倣って、視線を100メートルほど離れた柵の方へ向ける。雨に煙るなだらかな丘陵を背景に、2頭仕立ての馬車が止まるのが見えた。柵の向こうに止まった馬車から降りてきたのは、何処にでもいそうな背格好の青年。彼は馬車を降りてから黒い傘を差し、馬車の出入り口で掲げて次に降りてくる人物が濡れないように気遣っている。そして次に降りてきた身長の低い男を見て、周囲の訓練兵たちの空気が明らかに変わった。つまり、あの小さな男が『壁の内側』という場所で『人類最強』とか言われている人物なのだろう。

 だが。

 その『人類最強』と謳われる人物の付き人のような行動をしている、青年。その青年の背負う紋章に気付いた時、思わず自分は半歩、身を引いた。ぱしゃり、と足元の水が跳ね、その音に反応したかのようなタイミングで、こちらに背を向けていた青年がチラリと肩越しに振り返り、一瞥する。

 まずい、と思った瞬間、青年の赤い双眸と、視線が合った。合ってしまった。その瞬間、青年は僅かに目を細め、しかし何事も無かったかのように視線を巡らせて、傍らの男に何やら話しかける。

 それに面倒臭がりも鬱陶しげにもしていない様子を見ると、端から見れば単純に談笑しているように見えなくもない。事実、青年はふんわりと微笑んでいた。

 だが、その青年の背には、見間違いでは無くフェンリル――即ち、『神喰らいの餓えた巨狼』に由来する【狼呀】の紋章がある。しかも、その特徴的な獣の紋章を囲むのは、柔らかな小梢(こずえ)の紋。本来は鋭く荒々しい獣の紋章を、柔らかな小梢で幾分、穏やかな印象に変えている、その紋章は。

 

「……クレイドル、だと……っ?」

 

 【狼呀の民】で最も遭遇率が高く、しかしあまりの多忙ゆえに面識を得るのは難しい、『【狼呀】最高の特設部隊』と名高い独立支援部隊クレイドル。それに所属していることを示す紋章だったはずだ。かの民で有名な【狼呀】は、ほぼクレイドルに所属している、という話も聞いている。

 

(なぜ……そんな奴が……いや、)

 

 たしか、クレイドル所属の隊員は、基本的に丈の長い白い制服だったはずだ。戦場で目立つように、と。

 だが、いま見ているあの青年は、灰色とも緑色ともつかないグリーングレーの制服である。丈も長くは無い。そんな人物は――――いや、ひとりだけ。たったひとりだけ、いた。

 

(……まさか、)

 

 神薙ユウ。

 『最強の【狼呀】だと思う人物をひとりだけ挙げよと言われたら?』――――【狼呀の民】に投げたその問いに対して返されるのが、『極東支部の神薙ユウ』である。具体的な功績となると他の名前が挙がるが、【狼呀】の中でも伝説的な人物であることには違いない。

 そんな人物が、『壁の内側』にいる。しかも、わざわざ自分が潜んでいる訓練兵の視察に同行してくるなど。これは、どう考えてもおかしい。出来過ぎている。

 そもそも、【狼呀】が『壁の内側』にいること自体が、おかしいのだ。【狼呀】死亡時に高確率で発生する問題――アラガミ化のせいで、基本的に【狼呀】の行動範囲は自主規制されている。そして『壁の内側』は、原則【狼呀】の立ち入りは赦されていない筈である。

 それが、特例的に黙認される状況――――我ながら、心当たりがありすぎて、思わず口元を歪めた。

 そう。自分は叛逆に加担した一味なのだ。

 ならば――やはり、神薙ユウの狙いは、自分なのだろう。ただひとつ、自分が加担した叛逆に関しては、自律型移動都市の話だ。だというのに【降魔】ではなく、別種族の【狼呀】が動いた。この理由がわからず、腑に落ちない。

 おそらく、光浄都市ヴォルフシュテインの内部で荒れているのだろう、とは察せられる。情勢を立て直すのには時間が掛かる筈だ。そうなるように、【天剣】の『核石』を奪ってきたのだから。

 

(そして……だからこそ、【剣守】は動けない)

 

 【剣守(つるぎもり)】――――自律型移動都市において、各都市の中で最も強い【降魔】が選ばれる、栄光の座。どうも都市によって『最強』の解釈に幅があるらしいが、それでもいずれの都市の【剣守】も戦場において無双の強さを誇る。

 だが、ヴォルフシュテインの【剣守】に選ばれたのは、子供だった。しかも、元々は貧民街で【王】に拾われた身だという。

 ――なんだそれは。

【剣守】とは、『最強の【降魔】』の称号だ。そんな薄汚い子供なんぞに与えられて良い称号では無い。ふざけるな。

 ぎりっ、と強く拳を握りしめ、意識してゆっくりと呼吸し、自らを落ち着ける。雨避け代わりの外套のフードを目深に被り直し、他の訓練兵と同じように『人類最強』とやらに目を向けた。あまり他から逸脱した行動では、周りから怪しまれてしまう。それは、面倒だ。

 『人類最強』を見れば、当然、付き人の如く傘を差している青年の姿も視界に入る。朗らかな笑みを浮かべている青年を眺めれば、やはり口元が笑みに歪んだ。

 

(……ふん。おもしろい)

 

 【狼呀】は、人間を殺せない。

 これは、そういった規定があるとか、心情的にだとか、そういう話では無い。ごく単純に、そのままの意味だ。たとえ親兄弟の仇が目の前にいても、憎悪する相手だったとしても、【狼呀】は人間を殺せないらしい。それは【狼呀】の本能に刻み込まれているもので、当人たちにはどうにもできない種類の問題だと聞いていた。それゆえ、まずは対人戦に慣れていないとも。

 彼らの誇る速さも身体能力も、【降魔】である自分と遜色はないが、それでも――彼らに剄脈は無いのだ。彼らが得意とするところはあくまでも防衛戦であって、【降魔】ほどの戦闘能力は有していない。

 そこまで冷静に考え、慌てて口元を引き締めた。次の瞬間、教官から名を呼ばれ、ようやく順番が来たのかと吐息を零す。

 呼ばれた方へ向かいながら、ふと、『人類最強』とやらの隣で朗らかに笑う【狼呀】の青年が、苦痛に顔を歪める様を見てみたい衝動に駆られ――――思わず顔を顰めて、頭を振った。

 それは、余計な面倒を背負い込むことになるだけだろう。そう諌める理性のすぐ下で、しかし普段抑えに抑えた【降魔】の本能は、どうやって【狼呀】の青年で戯れようかと既に考え始めていた。

 

 

 





 ……どうしてこうなったのか。
 解答:自分の癖が原因。

 orz


 あと、【降魔】の本能は、いわゆる闘争本能。つまりは多かれ少なかれ戦闘狂の気がある。
 対する【狼呀】は生存本能と狩猟本能。勝てないと思ったら一時撤退がお約束。

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