この部分、Pixiv版では視点固定に失敗した部分です。
今回は、一応、固定できた……はず。
土砂降りの暗い夜道を、必死に駆けていく。
叩きつけるような雨が鈍い痛みを伴って身体を濡らす。だが、そんなことはどうでもよかった。
「くそ、くそっ」
馬鹿な、と同時に何故、と思う。
何故あのガキが、此処にいる。あんなガキでも一応は【剣守】だ。都市外に出ることなど、基本的に在り得ない。だからこそ、昼間に見た【狼呀】の青年を見て、あれが追手だと思ったのだ。
だがしかし、夜になってあのガキが現れた。幽鬼の如く現れ、迷いなく振るわれた一撃を咄嗟に転がるようにして躱し、そうしてこの逃走劇が始まった。
ひゅるり、と絡みつくような風が追ってくる。
「――――くそっ!」
逃げなければ。あの化け物から。まさかこんなところまで、あのガキ自身が追って来るとは思わなかった。それとも、やはり怒り狂うままに自分を追って飛び出してきたのだろうか。
息が弾む。視界は利かず、濡れた服が重く身体にまとわりつく。
「しんでたまるか……こんなところで、死んでたまるか…っ」
「ならばせめて、奪った【核石】と情報を置いていけ」
雨の音とともに耳に滑り込んだ声に、思わずたたらを踏む。その一瞬で、冷たく光を弾く刃が首筋に添えられた。
「――なっ」
「ったく。なんだって、こんな三下にやられたんだ、ヴォルフシュテイン公は」
ひらり、と視界の端に濡れた紅い衣が映る。その裾にある特徴的な文様で、【守の民】と知れた。
(――馬鹿な。何故、【守の民】まで『壁の内側』にいる!?)
その疑問はしかし、次の瞬間には更なる驚愕に塗り替えられる。
するり、と紅い衣が見えた方とは逆の視界の端で、闇が動いた。甘い夜露を含んだような、しっとりとした声が静かに鼓膜を震わせる。
「彼は【王】を庇ったんだよ。ただ、元々の性格が優しいのもあると思うけど」
「こういう場合は優しいとは言わない。甘いと言うんだ、【夜】」
「あなたは手厳しいね、カナギ」
ふふ、と笑う闇と、溜息を吐く紅い衣の青年の声。その中にあった言葉に、思わず目を見張る。
(――――【夜】、と【守り人】……)
では、この二人もまた、自分を追ってきた化け物とは別種の、化け物だ。
驚愕が抜けた先、そこにあるのはもはや絶望以外の何ものでもなかった。此処から逃れたとしても、これだけの民が動いたという事は、もはや生き残ることは不可能だろう。その事実に、ガタガタと足が震える。
そこへ、背後に風が渦巻くのを感じた。
(――もうダメだ……)
絶望し、そのまま濡れた地面にへたり込む。
――――ぱしゃん、と水を弾く音が、背後から響いた。
「――その男の、引き渡しを要求します」
まだ若い少年の声が、やけにはっきりと耳に届く。その言葉に、だがしかし紅い衣の男は牽制とも思える言葉を返した。
「すでにコイツは捕縛済みだ。今回の騒動の黒幕を聞き出す必要もある。――今のお前には渡せないな、ヴォルフシュテイン卿」
「どうせ大した情報なんか持ってませんよ。都市としても、【核石】の奪還が最優先事項です。――渡してください」
ザァザァと、雨の音だけが響く。
染み入るような沈黙の後、少年は微かに息を吐いた。
――――ぱしゃん、と。
一瞬で間合いを詰めた少年の手が、首へ伸びてくる。が、それを阻むように振るわれた紅い男の刀に即座に飛び退いた。
―――Miqveqs : O E wi nes neoles veqlem. Chein jas lef Selah, hec omnis elah.
ミクヴェクス:汝、夢見る蛇。セラの左身、移ろわざる者よ。
闇に溶け込むような澄んだ声が詠を紡ぎ、その詠が巨大で透明な蛇体となって身を結ぶ。果たして雨であったのはどちらにとって幸運だったのか。雨は本来透明であったであろうその蛇体の輪郭を白く浮き彫りにさせた。
それを見て、少年は眉をひそめる。
「――――【セラの民】?」
「そう。自分はシャオ。これはセラの『守り神』の一部。――【セラの民】としても、この人には訊きたいことがあるんだ。だから、渡せない。【核石】だけで諦めてくれない?」
「……訊きたいこと?」
少年が、ふと殺気を収めて首を傾げた。あまりにもあどけない様子に、逆に肌が粟立つのを止められない。
それに応じて、【夜】はゆったりと頷いた。
「うん。――おもに、今回の件の黒幕であろう、ある科学者に関して。直接動いたわけではなさそうではあるのだけど……」
その、【夜】の言葉に、思わず呼吸が止まる。――確かに、自分たちにこの話を持ってきたのは、自身を研究者だと名乗っていた。そして、【天剣】から【核石】を奪えば、自律型移動都市は機能不全に陥るとも言っていて、事実、その通りになった。
あの自称・研究者の情報を持っていれば、あっさりと殺されることは無いかも知れない。
そう思って、視線を上げた、瞬間。年に不釣り合いな、凍てつくような冷徹な眼差しを向けてくるガキと、視線が合ってしまった。そして、悟る。
どういう事情であれ、向こうは自分を生かすつもりなど、端から欠片も無いのだと。
「――――ふざけるな」
再度、地を蹴って少年は低く駆ける。雨の飛沫で白く浮き上がる蛇体の隙間を掻い潜り、防御を抜けた。紅い青年が刀を構える。少年は微かに目を細めた。
――――敵うはずが無いと、知っているだろうに。
その場の誰もが、そう思ったはずだ。あのガキの視線もそう言っていたし、【夜】個人には戦闘能力は無く、【守り人】では【降魔】の攻撃をまともに受けることは出来ない。
だが、その刹那。
―――Mean Wis Viega.
我らはただ一振りの剣
―――Was i ga heath chiess yor.
その身に灼熱の口づけを
金色の炎が紅い青年を護るように生じ広がり、とっさに目を庇う少年が見えた。
一拍後、凄まじい風が吹き荒れた。
【交錯:嘆きの雨は、記憶の筺を錆びつかせ】
修正したら、例の人の影がチラつきました。実は、Pixiv版で自重して削った記述です。
ていうか、さりげなくカナギ頑張ってますね。レイフォンの速さにちゃんと反応してますよ。彼の戦闘シーンもそのうちきちんと書きたいですね。いや、普通の人間の戦い方ですけど。