『いま、世界のすべては敗者となれ』
「――原理は知りません。ただ、あれについて驚いたりしていないので、多分、『外』では良く知られているものなのでしょう」
少年の周囲を風が逆巻き、ユウの周りを炎が躍った時、イルゼはそう告げた。その言葉に、思わず眉間に皺を寄せる。
それからよく観察すれば、風や炎を動かす時には彼らは歌のようなものを口遊んでいた。だが、それはそういうものだと思ってしまえばいい。
それ以上に衝撃だったのは、2人の『速さ』だった。いや、これが『立体機動装置』を付けての事なら、理解しやすい。だが、彼らは立体機動装置など付けてはいなかった。
(――なるほど。たしかに普通の人間には厳しい動きだ)
目で追うだけなら、出来ないことも無い。だが、対応できるかというと、微妙ではある。要は視認して、頭がその情報を処理し、そして四肢へと動くよう指示を送る。この過程をどれだけ反射的に行えるか、あるいは無意識下で行えるか、という問題だ。たいていは頭が情報を処理する時に時間を取られる。その受け取った情報を『考えて』処理しようとするからだ。考えずに、反射的に処理する。これが出来なければ、あの速さにはついていけないだろう。あるいはもう、『認識する前』に動くしかない。
少年が動き、間合いを詰める。
まず肩を狙った突きはユウに刃を使って受け流された。流されながら軌道を変え、胴を薙ごうとする剣を、同じくユウは刃の軌道を変えて絡めとるように防ぐ。少年は搦め手を嫌がるように剣を引きながら腕を狙い、それを避けられると足を狙って再び大きく薙いだ。その薙ぎ払いをユウは後方に跳躍して凌ぐ。
『――――
その声に反応したように、やっと広げた間合いをユウは捨てて再び踏み込んだ。
「【 ―――Fou ki ga heath chiess yor. 】」
ユウの刃から炎が迸り、周囲の水を蒸発させる。
こんな真夜中の雨の中。視界はこれ以上なく悪い。だというのに、まだあの2人は視界が充分に利いているらしい。でなければ、さらに煙幕など張る必要はない。
(――なるほど。たしかに、化け物だ)
『――強り奔らせ 白々明けと 』
視界が晴れる。刹那の後、高く鈍く、金属同士がぶつかり合った音が響いた。
ユウは力が拮抗する前にそのまま刃を滑らせて掛かる力の負荷から逃れ、少年がバランスを崩した瞬間を見計らって鳩尾に蹴りを放つ。蹴り飛ばした少年を見ながら僅かに眉をひそめたようだった。そして更に首を狙って刃を振るう。が、その途中で後ろに飛び退った。見れば先ほどまで立っていた場所の石畳が鋭い刃物で切り裂かれたようになっている。
小さく咳き込んで立ち上がる少年と嘆息するユウを眺め、顔を顰める。
目では追えた。だが、おそらく2人はあれでも全力では無い。互いに何らかの駆け引きをしている。
思わず、舌打ちが洩れた。
【Arma 05:いま、世界のすべては敗者となれ 】
「――――ユウッ!!」
叫んだ声は、濡れた紅い衣を羽織った長身の男だった。殆ど同時に隣のイルゼが立体機動装置を駆使して下へ飛び降りる。
その姿を視線で追い、ひとりの訓練兵の格好をした男が走って来た姿を認めた。眉を寄せる。その男は、走る身体に赤い輝きを纏っていた。人体が発光するなど聞いたことないぞ、と考えたのも一瞬。その光は男の拳に収束し、男は少年と話をつけたらしいユウに向かったまま、拳を振るってその光を地面に放った。紅い光の塊は波紋のように広がり、閃光となって拡散しながら石畳を剥がし、抉り、吹き飛ばす。
あまりの光にかろうじて確認できたのは、少年と少女を庇って倒れるユウの姿だった。
一拍後、閃光が治まると同時に周囲を見渡す。
ユウは全身に裂傷を負い、血を流して倒れている。それを少年が抱き支え、少女が瞳を潤ませながらしきりに声を掛けているのが見えた。――どうやら、意識は無いらしい。
なおも走って逃げようとする訓練兵に紛れていた男を追い、紅い衣の男が走っていくのを確認。イルゼは地面に降りてユウに走り寄っていた。
「――――チッ」
舌打ちし、立体機動装置のアンカーを逃げる男の進行方向にある建物へ打ち出す。――イルゼがユウの方へ行くなら、自分が男の方を追うしかない。
あっという間に男を追い越し、男の進路を塞ぐように通りに降り立った。とりあえず両手には刃を携えておく。
男は驚いたようにたたらを踏み、視線を彷徨わせた。
「――ガハルド・バレーン」
その男のすぐ後ろから、紅い男の良く徹る声が雨の間を縫って届く。
「――――っ」
「当初は、連盟基本協定によってレギオス領に強制送還する予定だったが、同連盟協定、外典・特殊律政に抵触した為、ここで処分する」
「――な、」
「知っているだろう。レギオスの【王】、【天剣】ときて【剣守】を害すれば完璧に国家反逆罪だ。情調酌量の余地など皆無。更に――ここから理解しがたいかもしれないが」
スラリ、と男は細く鋭い刀身を鞘から抜き放つ。
一瞬、冷たく鋭利な輝きが美しい、とさえ思えるような動作だった。
「――お前、【狼呀】はもちろん、【カムイの民】【守の民】【護森人】【詩紡ぎの民】と有力な民すべてに喧嘩を売ったぞ? 最後の最後で、な」
「――――は、」
「神薙ユウは【狼呀の民】だが、れっきとした【カムイ】だ。【詩紡ぎの民】としても希少な【
「ば」
ぱん、と妙に乾いた音が響き、男の首が飛んだ。鈍い音を立てて地面にぶつかり、ごろごろと転がる。
男は顔を顰めながら死体に近付き、懐を探って小さな黒い石を取り出した。それをしばし見つめ、溜息を吐く。
雨に流され広がった紅を気にも留めず、男はこちらに視線を向けた。次いで立ち上がり、深く頭を下げる。
「――騒がせたことを詫びる。申し訳ない。そして、協力を感謝する」
「――――それより、探し物は見付かったのか」
「ああ。問題無い訳では無いが、それでもこの件はこれで片付いた。問題はユウだ」
「……そうか」
倒れたユウの、血に塗れて動かない姿が脳裏に甦る。それが今までの巨人との戦いで失って来た部下の姿と一瞬、重なった。思わず舌打ちし、手にしていた刃を腰に戻す。
片付いた、というならそれでも構わない。だが、とりあえずひとつだけは訊いておきたかった。
「それで――こいつは、こっちで片付けた方がいいか」
こいつ、と言って死体となった男――ガハルド・バレーンとか言ったやつを示す。
紅い衣の男は逡巡の後、小さく首肯した。
「こいつは『壁の中』の兵団に紛れていたと聞いた。なら、お前たちに頼んでもいいか?」
「了解だ。――適当に処分しとく。雨の中の強盗でもなんでも通用するだろう」
それから、と言いながら踵を返す。死体を見つけるのは、明日の朝でいい。
「部屋を貸してやる。ガキども連れてさっさと来い」
「へ?――ガキって……」
その声に思わず振り返れば、男は妙な顔をして瞬いた。
「……あー……『外』のヤツの年齢は、まず外見じゃ測れないからな? 見た目だけなら、ガキでもいいんだろうけど。――ちなみに俺は、120歳超え」
決まり悪そうに告げられた言葉に眉を寄せ、口を開きかけたところで、男はもう一度口を開いた。
「んで、ユウは見た目の年齢×2.5くらいが人間に換算した時の年齢な?」
ユウの見た目はだいたい20代だ。ならば、人間年齢に換算すると40~50代であると、そういう事なのだろうか。ではあれか。『短命である』というのは、別の言い方をすると『老化速度が人間の倍くらいである』ということなのか。
「――――なんだ、それは」
「そうだな。――【狼呀】は『人として老いていく時間』を細胞の再生に回している、とも云えるんだよな。この辺は説明しだすと――専門用語が飛び交うから、ちょっと説明しにくい」
「……寿命を、圧縮している、ってことか?」
「ああ、そうだな。その理解で間違っていない。だいたい合ってる」
――なんだ、つまり。
「……よくわからん」
とりあえず、こいつらは、見た目の年齢は当てにならないらしい、とだけ記憶しておくことにした。
隙間時間万歳!!
(意訳:なんとか投稿だけする隙間時間はあったので、投稿させていただきました。次回投稿が月曜日とか嘘ついてしまって申し訳ありませんでした!)