自由の向こう側   作:雲龍紙

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『傷つきし我が戈に託し、そなたの道を肯おう』





 イルゼによる『壁の内側』と『壁の外側』の民の考察。
 

※俯瞰視点持ちのひとりが出ます。害は無いよ! 狂言回しの役割だよ!





【間奏:O la Laspha, arsicie Wem lihit zo evoia Yem tis】

 目の前で滲むように消えた少年と少女を笑顔で見送り、その青年はゆっくりと石畳に横たわるユウに近付いて膝を着く。

 その姿に何か違和感を覚えながら、驚愕に固まっているらしいカナギにそっと声を掛けてみた。

 

「――あの……カナギ?」

 

 ゆっくりと、カナギの視線がこちらに向けられる。緩慢に瞬き、もう一度青年に向けられた時には、明らかな緊張と警戒が滲んでいた。

 

「――――なんで、あんたが此処にいる。【黄龍】殿」

 

「ん? 夜に頼まれたんだ。『【フェンリル】が負傷したから、治癒術が使えるひとを代わりに頼む』と。生憎と『治癒術が使えるひと』がいなかったので、私が来た。我ながら、私を捉まえられたのは僥倖だと思うぞ?」

 

 コウリュウ殿、ということは、名前はコウリュウ、でいいのだろうか。あまり聞いたことの無い音だから、正直良く判らない。

 そんなことより、青年に抱きかかえられたまま動かないユウを見て、思わず顔が歪む。だが、青年は私と視線が合うとふわりと笑った。その笑みは、ユウと初めて会った時に彼が見せていた笑みに似ていて――多分、見る人を安心させる為のものなのだろう、と思う。

 

 ふわり、と風も無いのに青年の黒髪が揺れた。そして、ふと違和感の正体を知る。

 

「――まぁ、この程度の傷。【狼呀】と【カムイ】の因子を持つなら、私の加護があれば一晩もすればとりあえずは回復しよう。流石に完治とまではいかないだろうが、さほど心配はいらない」

 

 薄ぼんやりと、青年は金の光を纏っていた。その光に弾かれるように、雨は彼に届いていない。

 

 ――これは、『何』。

 

 『ヒト』では無い。人間の形をした、まったく別の何か。

 

「――あなた、『何』……?」

 

 無意識に身構える私を見て、その何かはやはり穏やかに笑ってみせた。

 

「今は【カムイの民】に身を預けている。【降魔】と言っても通用するが、一応は【カムイ】だな。これでも最も古い神威のひとつだ。古すぎて民を失ったモノだよ。通称は【黄龍】だが、他にも【大地】やら【琥珀】やら【始まりの龍】やら……世界樹、龍樹、大地の龍脈、太極、力の顕性などと色々ある。もし、個人的な名を問うているなら、そうだな……」

 

 柔らかな金色の光を滲ませながら、青年は懐かしそうに目を細める。ほんの少しだけ、寂しそうに。

 

「――――ヒユウ、と。それがお前たちにとって一番、音にしやすいだろう」

 

 

 

 

【間奏:O la Laspha, arsicie Wem lihit zo evoia Yem tis】

 

 

 

 

「――前々から、訊いてみたいと思っていたんだが。好い機会だから訊いてみようか」

 

 黒髪金眸の青年が、ふと思いついたようにそんな言葉を口にした。

 

 調査兵団の宿舎の一画。本棟から少し離れたところにある、今は忘れ去られた小さな離れでのことだった。ユウの治療に当たっているカナギによって部屋から追い出された自分たちは、居間に当たる場所で青年が淹れたお茶を飲んでいる。もちろん、茶葉は『壁の中』では高級な嗜好品である。栽培地が無いからだ。そんな貴重なはずのお茶を青年はカナギの荷物から勝手に出していたが、それを一瞥したカナギは特に何も言うことなく、ユウを運び込んだ部屋に消えたのである。

 

 この、実に微妙な関係性は、一体何なのだろうとは思う。なんとなく『腐れ縁』的な匂いを感じるのだが、正確なところは解らない。というか、カナギからは『訊いてくれるな』という威圧感がダダ漏れだった。あまりこの青年に関しては触れて欲しくないらしい。

 

「お前たち『翼』の紋章を負う者は良く鳥籠から出て来るが、何故『外』に出て来る?」

 

 その言葉に、つらつらと考えていた思考が止まった。

 思わず顔を上げて壁に背を預けて佇む青年を見つめる。

 

 青年は、ただ静かにわらっていた。

 

「あいつらは元々『外』に生まれてその環境に適応して暮らす者たちだ。『外』を熟知する故に、それほど『外』であることに執着しない。むしろ――【狼呀】に限って言えば、お前たちを羨んでいるだろう」

 

 あるいは、と青年の形をした何かは続ける。

 

「恨んでいる、と言っても間違ってはいまい」

 

「――――なに、言って……」

 

「お前たちが『壁』の内に住み着いて、何年だ? 百年? 二百年? いいや、『どうせ史実など遺されてはいまい』? ――――もっとも、そうであった方が『外』の者たちにとっても都合が良かろう。故に、話してやる気は無いが」

 

 どうせ史実など遺されてはいない――――確かに、そうなのだと思う。

 

 ユウがくれた一冊の本。あの内容を事実とするなら、『外』の民は今自分が思っている数よりはるかに多い筈。しかし、同時にそれでは謎が浮き彫りになる。

 なぜ、『外』の民は『壁の中』に接触しなかったのか。あるいは、なぜ『壁の中』の民は『外』に残った民を忘れ去ったのか。

 ――――忘れてしまった方が。あるいは、無かったことにしてしまった方が、自分たちにとって都合が良かったからではないのか。

 

「長く、お前たちは『壁』という揺り籠の中に微睡んでいたが、その穏やかな午睡は本当に『壁』のみで得られたものか? であるならば、何故今更になって『壁』は破られた?」

 

 ――――まさか、という思いが去来する。

 

 壁外調査に乗り気では無い上層部。『壁』があるのだから安全だと、笑っていた人々。『壁』の向こう側には広い世界が広がっているのに、その益は計り知れないと知っているはずの上層部は、それでも【巨人】を理由に『壁』の内側に固執する。

 

(……上層部は、知っている?)

 

 『外』を知っていて、それでなお『壁』に固執するのか。――いや。『外』を、拒絶している?

 

(――――『壁』だけでは、【巨人】の脅威は、除けない)

 

 それは、奇しくもシガンシナ区陥落で証明されてしまっている。超大型巨人が、本当にアレ1体のみとも限らないのに。

 

 ――――では、『壁の外』には『壁』を護るための『何か』が、あったのでは?

 

(そう。たとえば、あっさりと【巨人】を打ち倒せる力を持った――……)

 

 脳裏に、3ヶ月前のことが甦る。【巨人】をいとも容易く下していたユウの姿。そして、つい先刻の戦いで『風』という自然現象を使っていた少年。一撃でユウを戦闘不能にした、紅い光のようなものを放っていた男。彼らが『外』にいるのなら、それだけで一定の防衛に使えるだろう。

 

(でも――それ、は……)

 

 もし、この考えが当たっていたとしよう。

 それはつまり、自分たちの祖先は『壁の外』に多くの人類を置き去りにして、自分たちだけ助かろうとした、という事に他ならない。それは、まるで『外に残った民』を生贄にでもするかのように。

 そうして『外』に残された人々も、別に死にたくて残った訳ではないだろう。だから、生き残る術を必死に模索したはずだ。そうして得た力が、ユウが使っていた『火』や少年が操っていた『風』、そしてあの男が放った『光』だったのでは?

 そしてもし、この推察が的を射たものであったなら。

 

(……『外』の人たちは、私たちを、恨んでる……?)

 

 そうであるならば――――あの時、『壁』が破られた事と『外の民』に、関係は、あるのだろうか。

 

(たとえば、『壁』の内側に住む私たちを恨んでいたのなら……?)

 

 その可能性は、ユウやカナギの言動を見る限り、非常に低いと思われる。それでも、そういう感情が全く無い、とも言いきれないのではないだろうか。

 事実、ユウと同じような身体能力と戦闘能力がある人たちなら、巨人を任意の場所へ誘導することも可能だろう。少なくとも、可能か不可能かのみを問うのなら、間違いなく可能と答えられる。

 

(それに……)

 

 もし、『壁』の内側の人々を憎む人たちがいたとするなら――――積極的に巨人をけしかけたりしなくても、見逃して素通りさせるくらいはするんじゃないだろうか。

 

 カタン、と。

 不意に響いた音に、思考の海から浮上する。見ればリヴァイ兵長がカップをテーブルに置いた音だったらしい。兵長は苛立ちと不機嫌さを隠そうともせず、青年の金眸を挑むように睨んでいた。

 それを受けてなお、青年は笑みを崩さない。ただ、再び同じ問いを口にした。

 

「――――お前たち『翼』の紋章を負う者は、何故『外』を望む?」

 

「……俺の部下も仲間も、大勢死んだ。その死を、『無意味な死だった』などと言わせねぇ為だ」

 

「なるほど。それで、お前は?」

 

 自分に視線が向けられ、思わず身体を固くする。まさか、自分にも訊いてくるとは思わなくて。

 だが、その答えなら――決まっている。

 

 顔を上げる。壁際に佇む『何か』に挑むように。口元に笑みさえ乗せて。

 

「私が『外』を目指すのは、【巨人】なんかの恐怖に屈したくないからよ。人は家畜なんかじゃないと証明する為。そしていつか、『外』にしか無い世界を、この目で見てみたい」

 

 なるほど、と言って、その青年はふわりと暖かい笑みを見せた。先ほどまでの、どこか冷たく硬質な微笑とは違って、今度の笑みは素直に『笑顔』と思える。

 

「――なるほど、お前たちは『人間』だ。安心しろ。決して家畜などでは無い。そこでもうひとつ、訊きたいことが出来た」

 

(――あ。なんだろう、この笑顔は。子供が新しい玩具を見つけた時のような、輝かしい笑顔なんですけど……)

 

 何か、拙い返答をしただろうか。――いや。結構、肯定的な言葉が返って来たし、大丈夫の筈――なのだが、この嫌な予感は一体何なのだろうか。

 

「今すぐ、すべての【巨人】を滅ぼしてやろうか?」

 

 ――――いま、この青年は何を言った?

 

 リヴァイ兵長が席を立つ音が、やけに重く響いた。

 一歩踏み出し、口を開く。

 

「てめぇ、」

 

 その声とほぼ同時に、扉が勢いよく開け放たれた。

 え、と思った時には、既に青年の胸ぐらを掴んでいるユウの姿が視界に入る。その後に続いて、慌てたようにカナギが入って来るのにも気が付いた。

 

「――――Are you trying to pick a fight ?」

 

 ――その、あまりにも低く、冷たく、重い声に、自分が言われた訳でもないのに思わず凍り付いてしまった。カナギが顔を顰めて伸ばした手を下ろす。

 

 

「Don’t cocky ! Kiss my ass !! It was too late to wish that. We are still fighting and They are struggling for freedom. Don't think you can make a fool out of me !」

 

「ユウちょっと待て! スラング! スラング混じってる!!」

 

今度こそ、カナギは手を伸ばしてユウの肩に触れた。同時に思わず瞬いてしまう。

 

(ちょっと待って下さいカナギさん。突っ込むところはそこなんですか。確かにユウがゴロツキのような発言をしているとしたら、それはそれでイメージ崩れるのでどうかとも思うけど)

 

 そう思うと同時に、どんなことを言ったんだろう、と考えてしまった。何を言ってるのかは不明だが、なんとなく戦闘中の歌ともまた違う言葉のような気がする。――『外』には一体いくつの言語があるのか。正直、不便ではないだろうか。

 

「Mind your own business ! piss me off…get lost !!」

 

 は、と荒く息を吐くユウは、何か相当、気に障ったらしい。そして多分、それは私や兵長が気に障った部分と同じであるような気がする。――仲間の死を、無駄だと断じるような提案をしてきたことが、癇に障ったのだと。

 

 しばらくユウを瞠目した目で見つめていた青年は、はぁー、と深く息を吐くと、胸ぐらを掴むユウの手をそっと外させる。

 

「――正直、」

 

 そのまま腕を捻じって後ろを向かせ、後頭部を手刀で打ってユウの意識を刈り取るとそのまま押し出すようにしてカナギに押し付けた。

 その、あまりに手馴れた、鮮やかな動作に思わず瞬く。

 

「我らも、お前たち【狼呀】にそれを言われるのが、一番こたえる」

 

 青年は苦笑し、カナギに押し付けたユウの髪を、一度だけそっと梳いた。

 カナギは何とも言えないような目で青年を睨むと、やがて諦めたように嘆息する。少しばかり乱暴にユウを抱え直し、静かに口を開いた。

 

「――あんた。そんなだから敬遠されるんだよ。もう少し、どうにかしようとは思わないのか」

 

「思わんな。これが民を亡くした私の役回りだろう」

 

「どこぞの堕天した蛇みたいだぞ」

 

「参考にさせて貰っている」

 

「――道化め」

 

「今の私にとっては正しく褒め言葉だ」

 

 チッと判りやすく舌打ちをしたカナギは視線を滑らせると、こちらに目を向けた。

 

「――――悪い、騒がせた。コイツはひねくれているから、半分は本心では無いと思ってくれて良い。どうせ、お前たちの反応が見たかっただけだろう」

 

 それより、とカナギは息を吐いてから続ける。

 

「水場と調理場を教えてくれ。多分、こいつ熱出してしばらくは動けなくなる」

 

「あ、はい!」

 

「それから、あんた――」

 

 慌てて席を立ったものの、カナギはそれから金眸の青年に目を向け一度口ごもると、今度は『外』の言葉で2,3言交わした。青年の目が僅かに冷たく細められる。

 ――――どうやら、今度は青年の気に入らないことを告げられたらしい。口元の笑みは消えていないが、目はもう完全に笑っていない。だが、別にカナギ自身の言動が気に障ったのではなく、カナギに告げられた情報が逆鱗に触れたようだった。

 くつくつと笑っているが、はっきり言って、かなり怖い。

 

「……なぁ、【守】よ。やはり私がこの【真神】を貰っても良いだろうか」

 

「それを言ったら、今度は喉を喰い千切られるぞ?」

 

「それもまた、一興だと思わんか」

 

「では言い方を変えよう。――それをしたら、泣きながら怒鳴られた挙句に牙を向いた後、自害される可能性が高いから、是非とも自重してくれ。こいつは実に狼らしく、仲間への愛情は深いんだ。いまさら自分だけ助かろうなんて考えないだろうよ」

 

「――やはりそうか。残念だ」

 

 青年は肩を竦め、一度だけ嘆息した。そして、ゆっくりと瞬く。話は終わったとばかりにそっと瞑目し、そしてその場の空気に溶け込むように姿を消した。

 僅かに金色の残光が煌き、やがてそれも消える。

 

「――――カナギ、」

 

「気にするだけ無駄だ。幽霊に遭ったとでも思えばいい。事実、あれは今を生きる人間じゃ無い。生きる人間じゃないから、『今』という時を生きる者には直接的な干渉は出来ない。――遠い過去の残光に過ぎない。遠い過去から、問いを投げるものだ。『今』を生きるなら、気にする必要はない」

 

 そう言って踵を返し、部屋を出る。ふと足を止めて振り返り、言葉を探すように少し視線を泳がせた。そして改めて兵長に目を向け、僅かに頭を下げる。

 

「……朋輩が、無神経なことを言った。申し訳ない」

 

「――――まったくだ。だが、それであんたが頭を下げる必要はない」

 

「……そうか。――では、宿を貸してくれて、感謝する。ありがとう」

 

「――チッ。さっさと病人を連れていけ」

 

「そうする。ありがとう」

 

「――――……」

 

 なんだろう、この、微妙すぎる空気は。なんというか、カナギは見た目に反してかなり素直というか、律儀というか、誠実というか。

 とりあえず、モヤッとしているらしい兵長から離れるべく、カナギの後を追ってそっと部屋を出た。

 

 ――――決して、とばっちりを食いたくなかった、という訳では無い。

 

 

 




 文字数が意外と多かった。あれ。増殖した? いつの間に……。

 例の英文(スラング入り)は……うん。
 「お前……ケンカ売ってんのか?」から始まり、「ふざけんじゃねぇぞ、この野郎! (中略)馬鹿にするのも大概にしろ!」などなどを言った後、最終的に「とっとと失せろ!」という感じの流れです。
 うん。日本語で書くと普通ですね。(中略)しちゃいましたけど。


 あ。ヒユウは緋勇さんです。黄色い人。神霊寄りです。黄龍殿です。

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