『血と絆、全て遥か
※Arma(兵長)視点。
【転調:karla shan mihas, peg omni, peg elen, Hir qusi fo roo xin】
――――白む空を眺めながら、いつの間にかだいぶ小雨になっていたことを知った。
「……チッ」
机の上に散らかった書類を片付け、保管用の引き出しに入れる。ソファーの上に畳んであった緑の地に『翼』の紋章をあしらった外套を羽織り、廊下へと出た。
ふと、廊下の窓から裏庭を見下ろす。
視線の先に、木陰に隠れるように佇む離れ小屋の窓からは、まだ明かりが洩れていた。どうやら、一晩中カナギとかいう男は起きていたらしい。あるいは、うたた寝でもしているのかもしれない。
『今すぐ、すべての【巨人】を滅ぼしてやろうか?』
あの、金の眸の男が発した言葉について、考える。実際に、それが可能だとは思わない。だからこそ、今まで死んでいった仲間や部下を足蹴にするような発言が許せなかった。
だが。
もし万が一、それが可能であったとしよう。可能であった場合、何故、と思う。
何故、出来るのならば、それをしない?
興味が無いのか? それとも、俺たちが巨人に蹂躙されるのを見て観客気取りで眺めているのか?それとも、より優先順位が高いものが、他にあるのか?
正直、あの男に関しては、どれも在り得そうだと思う。つまり、絶対的に信用ならない。
「――リヴァイ」
後ろから声を掛けられ、ゆっくりと振り返る。
「――ずいぶん早いな、エルヴィン」
相変わらず何を考えているか良く判らない顔で、エルヴィンは足早に近寄って来た。それを待ちかまえ、目を細める。――外套が濡れているということは、つい今し方ここに来たのだろう。
「問題か」
「問題だ。――――例の男の遺体が、消えた」
昨夜、『外』の事情によって殺された男について、エルヴィンが知っていることには驚きは無い。どうせ密偵役の誰かが離れたところから見ていたのだろう。
だが、その言葉が示す内容には、眉間に皺を寄せざるをえなかった。
「予定通りに今朝方になって発見する予定だったが、到着した時にはすでに無かったそうだ。――血痕ごと」
その言葉が脳に馴染むまでに数秒。様々な可能性を考え、情報が足りないことに気付いて舌打ちした。
【転調:karla shan mihas, peg omni, peg elen, Hir qusi fo roo xin】
「あの男の死体が消えた」
単刀直入に告げれば、長身の男は僅かに目を細めた。今は紅い上着を脱ぎ、暗色の部屋着のみになっている。その手は様々な薬品らしき粉末をごく微量ずつ量り分けては、幾つかの小鉢に入れて混ぜるという作業をしていたようだった。
「……どういうことだ?」
「どうもこうも無い。言葉の通りだ。今朝早く発見される予定だった男の死体が、現場から跡形もなく消失した。――あいつも『外』の奴なんだろう。同じく『外』の奴であるお前の意見が聞きたい」
「ありえない」
きっぱりと。気持ちいいほど言い切った男はしかし、薬を調合していた手を止めて静かに窓の外へ視線を転じた。――何か、探るような眼差しで。
窓の外は、未だ降り頻る霧状の雨で煙っている。
「――――『Tu o ar whit. 』」
「……なんだそれは」
呟いた言葉に、覚えがあった。――たしか、ユウが口遊んでいた歌の中にも、同じ言葉があった気がする。
「古代語の一種だな。意味は『これはあなたが呼んだ雨』だったはずだ。――――ヴォルフシュテイン公の属性は光と、水。ヴォルフシュテイン卿が謳ってたのなら、まぁ、あり得ない事でも無い……か?」
応えた言葉の後半は、どうも自問自答の類であるようだった。しばらく沈黙した男は、ふと我に返ったようにこちらに一瞥を向ける。交互に俺とエルヴィンを見やり、僅かに困惑したような、途方に暮れたような表情を見せた。
どこから、どのように説明しようと考えて、『何か』に思い当たって困惑している、ように見える。
「……そう、だな。3日以内に片付ける。――これで、納得してくれないか?」
「それは、その方が『我々にとって』都合が良い、という事だろうか」
エルヴィンの問いに、男は俯くように首肯した。その反応に、眉間に皺が増えたのを自覚する。そこは普通、逆だろう。本来は『自分たちにとって』都合が良いように持って行くところの筈だ。こいつらは馬鹿か。底抜けのお人好しか。
「それは些か、『我々』にとって都合が良すぎるとは思わないか?」
「だがこれは――こちらのミスだ」
「ならば、報告する義務があるのではないか?」
正論だ。だからこそ、よく効いているらしい。しばし唇を噛んで逡巡した男は、それでもなお、首を振った。
「お前たちもこの件に関しては何も出来ない。――【流砂の民】の管轄だ。どうやらガハルド・バレーンは厄介なものに寄生されていた疑いがある」
「その、厄介なものとは?」
「――【流砂の民】から見た、お前たちにとっての巨人の奇行種にあたるモノだ。圧倒的な力で塵一つ残さず消し飛ばすくらいしか片付ける方法が無い。対処するなら、堅固な封印でもすればいいが、生憎とどちらも可能な者が今はご覧の通りに寝込んでいる」
非常に、奇妙で解り難い言い回しだと思う。だが、これでこのお人好しな男が直接的な言葉を言わなかった理由を察することが出来た。
どことなく、エイルヴィンの表情にも沈鬱なものが漂っている。
『お前たち『翼』の紋章を負う者は、何故『外』を望む?』
あの男の問い。
あの問の真実が、今の言葉でより明確になる。
「……――――なぁ、」
この、自分たちが向かおうとしている道行きの先。当然、『自由』や『栄光』などといった、輝かしい希望が在る筈だと、思っていた。
少なくとも、『外』には広く、美しい世界があるのだろう、と。
だからこそ。
「――『外』に、巨人はいるのか」
そう訊いてしまったのは、自分の弱さだと理解していた。
男は黒銀の双眸を細め、だが、嘘偽り無く応えてくれる。この男は『そういう存在』なのだと、嫌でも理解させられた。
「いや。――【巨人】は、いない」
「……そうか」
――――それはつまり。
『外』には、【巨人】以外の脅威が存在している、という宣告に等しかった。
あ。章を弄り忘れていたので、今から弄ってきます!!