自由の向こう側   作:雲龍紙

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『夢も望みも、全て遥か過去(うしろ)に捨ててきた』






【Arma 01:Ma num ga omnis rete van revm, van ieeya, idesy yeeel.】

 

 

 少し出掛ける、と言い残して出ていく男を見送り、思わず沈黙する。柔らかな雨音と、時計の秒針が時を刻む音だけが部屋に響く中、改めて『外』について考えてみた。

 

 目下、自分たちの敵は巨人である。

 これは自分たちを狭い『壁』の中に追いやった元凶であり、これを絶滅させる事が叶えば、人類は再び広い大地の上に繁栄できる。賛否は別として、『壁』の中ではそのように認識されている。

 

 だが、今回『外』を生き延びた民と知り合い、どうも事はそう簡単ではないらしい、ということが察せられた。

 

 『外』には、また別の外敵がいる。

 

 もし、あのガキが使った『風』などの自然現象を操る力が、その『外敵』に対抗するために備わったものだとしたら――――現状の自分たちでは、『外敵』に対抗するのは、かなり厳しいものがある。

 

『――長く、お前たちは『壁』という揺り籠の中に微睡んでいたが……』

 

 再び、金の目の男の言葉が脳裏をよぎり、目を細めた。

 なるほど。巨人以上に厄介な外敵が跋扈するのなら、『壁』はまさしく赤子を眠らせておく揺り籠に相違なく、また自分たちも揺り籠の中でぬくぬくと眠っていた赤子に違いない。

 

 そして、おそらくはあの男。『このことを踏まえたうえで』問い掛けたのだ。何故、『外』を目指す?と。

 

 答えたことに偽りは無い。だが、自分たちの常識がそのまま『外』でも常識であると、そう無意識に思い込んでいたことも事実である。

 

 つまり――今になってあの男の2つ目の問いの真実も、垣間見えた。

 『今すぐ、すべての【巨人】を滅ぼしてやろうか?』――――あれは、あの男には、正しく可能なことなのだろう。ただ、あの男にとっての『敵』は【巨人】ではないから、放置していたのだ。そして、機会があればあっさりと絶滅させることも可能なくらいには、あの男にとって【巨人】はどうとでもなる存在なのだろう。気に止める必要などないほどに。

 そして、あの男をこの世界を眺める『観客』のような立ち位置だと、仮定する。で、あれば、彼は自分たち人間の反応を――――突き進んだ先に在った絶望の風景を見た人間の反応を、見たかったのではないのか。その絶望に――――人間は打ち克てるのか、どうかを。もしかすると、克ってほしい、とさえ思いながら。

 普通、物語の『悪役』なんかは「人間の絶望するさまが見たい」とかほざいたりするが、あの男にはそんな俗っぽい、というか灰汁どい気配は無かった。ゆえに中庸な立場か、むしろ善に属すると思われる。

 そういう存在であるのなら、カナギの反応に嫌悪が混じっていないのも、ある意味では頷ける。『道化め』とも評していたことを考えても、あながち間違いではなさそうでもあった。

 

 ひとまず思考に区切りがついたところで、ソファーから腰を上げる。本棟に戻ろうとして、不意に、寝込んでいるはずのユウだけが此処に残されることに思い至った。

 ちなみに、イルゼ・ラングナーも流石に夜のうちに宿舎の自室に帰している。昼になれば来るだろうが、それまで熱を出しているらしい結構重傷な怪我人を独りにしておくのもどうかと、多少は思わなくもない。

 

「……エルヴィン」

 

「――そうだな。見舞いをしていくか」

 

 同じように思考に没頭していたらしいエルヴィンに声を掛け、とりあえずは隣の部屋で眠っているはずのユウのもとへ行くことにした。

 

 

 

【Arma 01:Ma num ga omnis rete van revm, van ieeya, idesy yeeel.】

 

 

 

 

 部屋のドアを開けると、奥の窓際に置かれた寝台の上で横たわったまま、ユウは窓に手を伸ばしていた。その動作に、思わず眉をひそめる。別に窓を開けようとしている訳では無く、本当にただ、手を翳しているだけに見えた。

 その動作も、ドアが開くと同時に自然に腕を下して無かったことにする。

 

「――思ったより元気そうだな」

 

 低く声を掛ければ身体を起こそうとする姿に軽く舌打ちし、とっさにユウの額を押さえて起き上がれないように押さえた。そうして思っていた以上に体温が高かったことに、再び舌打ちする。

 

「寝てろ、起きるな」

 

 でも、と掠れた声が耳に届いた。

 

「……何か、用があったんじゃ……」

 

「用は無い。ただの見舞いだ」

 

「――――ほんとうに?」

 

 熱に浮かされて揺れる紅い眸が、僅かに細められる。――――どうやら、笑ったらしい。一瞬、扇情的に見えて僅かに反応が遅れてしまった。そしてその動揺は、はっきりと伝わってしまったらしい。微かに苦笑らしきものを零される。――――こう、なんというか、実に不愉快だ。

 

「――エルヴィン」

 

 任せた、と言わんばかりに踵を返し、寝台の足元側に置かれていた椅子にどっかりと腰を落ち着ける。

エルヴィンは溜息と共に小さく苦笑し、改めてユウに向き直った。

 

「傷の具合は?」

 

「……正直、このくらいなら慣れている、から……逆に、良くわからない、かな」

 

 寝込んだのは久しぶり、と応えるユウは身体のいたることろに包帯が巻かれ、見ている側としては非常に痛々しい。自分たち調査兵団は、ある意味ではこういう姿の人間も見慣れているが、それでも手足を失い、命を落とした部下や仲間を彷彿とさせる姿は、やはり見ていて気持ちのいいものでは無い。

 

「――手を、どうかしたのか」

 

 思わず問いかけた言葉に、ユウはゆったりと瞬いた。きょとんとしている、ように見える。その様子に舌打ちし、もう一度口を開いた。

 

「さっき、手を伸ばしていただろう」

 

「……――――あぁ……」

 

 反応が遅いのは、やはり熱のせいなのだろう。ユウは何度か瞬き、視線を窓の外へと向けた。そしてどこか憧憬を込めた、焦がれるような――それでいて何かを諦めたような眼差しを見せる。

 

「……――そらが、きれいだなって……」

 

「雨だぞ?」

 

「……うん」

 

 窓の外は、薄く銀幕に煙るような雨だ。もちろん空も、薄曇りの曇天でしかない。これを『綺麗』と評する奴がいるとは思わなかった。大体の人間は憂鬱になりこそすれ、間違っても『綺麗』などとは思うまい。

 

「……雨って、こんな風にも、降るんだね。静かに、包み込むように……こんな優しい雨、知らなかった」

 

 雨を、『優しい』と。そう言ったことに、衝撃を受けた。

 ――だが、そう。

 たとえば、『嵐』という激しい豪雨しか知らないのなら、確かにこの柔らかな錦雨は『優しい』と言えるのかもしれない。

 

「……そうか、」

 

 ――――こんな灰色の世界でさえ『綺麗』だと言うコイツは、一体どんな世界を見て来たのだろう。

 

「……『外』では、降らねぇのか」

 

「こんなに優しい雨は、降らないね」

 

 ふふ、と柔く笑うユウは、ほんの少し瞑目した後、再び視線をこちらに向けた。

 

「――――【狼呀の民】の主な領域は、【荒野の最果て】と云われる旧時代の――人類が繁栄していた頃の時代の名残が遺跡として散在しているところだよ。極東にある。――黒い雲と、毒の雨に閉ざされた場所。だから、【狼呀の民】は『壁』の内側を指して【エデン】――楽園、と詠んだ」

 

 ――――ああ、それは。

 羨んだとしても、仕方がない。むしろ当然だと。そう、ようやく腑に落ちた。ひとり納得している横から、エルヴィンが口を開く。

 

「カナギから、【巨人】はいないと聞いたが――『何』がいるんだ?」

 

 その言葉に、ユウは微かに息を呑んだようだった。揺らめいていた紅い双眸に昏い色が混じる。

 

「我々にとっての、『巨人の奇行種のようなもの』と言えば、それはなんだ?」

 

「……【狼呀】の領域なら、【第一種接触禁忌指定のアラガミ】かな。【降魔】の領域なら、【汚染獣の老生体】で……なんで、そんなこと訊くの?」

 

 ――――やはり、熱で頭が回っていないらしい。

今まで懸命に包み隠していたのであろう情報を、あっさりと零している。しかもこれは、人間にとって、非常にありがたくない情報だ。だからこそ、言えなかったのであろう情報でもある。

 

「ああ。――実は今朝、発見する予定だったガハルド・バレーンの遺体が、現場から消えていてね。その旨をカナギに話したら、『厄介なものに寄生されていた疑いがある』と言っていて――『流砂の民から見た、お前たちにとっての巨人の奇行種にあたるモノだ』と」

 

 その言葉に、ユウは毛布を跳ね除けるようにして飛び起きた。

 

「――はなして、」

 

 飛び出そうとしたユウの腕をとっさに掴み、エルヴィンはやんわりと押しとどめる。

 

「そんな身体で、どうすると?」

 

 その通りだ、と内心でエルヴィンに同意する。こんな、怪我でボロボロのうえに熱でフラフラのクセして。

 話の流れからしてもおそらく、十中八九あの男を探そうとしているのだろうが、こんな状態では無理だろうに。身体も余計に悪くなる。

 

 ――――だが。

 

「関係無い」

 

 何の迷いも無く言い切ったユウに、流石のエルヴィンも一瞬、面食らったのが解った。思わず眉間にシワが寄る。

 

「――おい、ユウ」

 

「俺は【狼呀】だ。この身は純人間種を護る為に造られたモノ。純人間種の中に災獣が入り込んだというなら、それを探し出して排除する。何がなんでも、純人間種の安全は確保する。だから、」

 

 思わず、眉間のシワが深くなった。だが、それはユウの体調的な問題に関してでは無い。何か、ユウの言葉には違和感がある。そう――『純人間種を護る為に造られたもの』、『何がなんでも、純人間種の安全は確保する』だ。

 これは。コイツは、つまり――『純人間種の安全確保の為になら、自分の事なんてどうでもいい。それが純人間種を護る為に作られた【狼呀】として当然の義務であり、存在理由だ』と、そう言ったのだ。

 

 ふざけるな。いくらその為の組織だったとしても――と。そこまで思考し、不意に自らの勘違いの可能性に気付いて、僅かの間、呼吸が止まった。

 

 『純人間種を護る為に』――『組織された』のではなく、文字通り『つくられた』と。そういう、事なのだろうか。記憶を探る。――何か言っていなかったか。たとえば。

 

(……『人為的に』――遺伝子を、操作して……?)

 

 ――――では、操作された方の人間は、どんな扱いになる?

 

 ユウを見る。身体のあちこちに巻いた包帯に、僅かに赤い色が滲んでいた。急に動いたせいで傷口が開いたのだろう。だが、それを気に止める様子は無い。――慣れている、と言っていた。それは任務中に負う怪我なのだろうか。それであれば、まだいいと思うことにする。だが。

 

 この、使い潰される事を認識しながら、それを当然のように受け入れているような言動は、理解の範疇を越えている。

 同じようなことに思い至っているのだろう。エルヴィンの顔にも険がある。――――まぁ、若者が夢も希望も無くただ使い潰されていく過程を見せつけられるのは、非常に不愉快だろう。俺だってそうだ。せめて嘘でも構わないから、死にゆく部下や仲間の為には夢や希望はあることにしておきたい。だがコイツは、そんなものは無いと、現実を知り過ぎている。

 

「――ユウ。ちゃんと聞け」

 

 息を吐きながら立ち上がり、エルヴィンの隣、ユウの前に立つ。

 

「――お前、いま一人で立てるのか」

 

 コイツは今、止めるために回されたエルヴィンの腕に支えられて立っているような状態だ。抱え込まれている、と言っても良い。睨むように見つめれば僅かに怯み、だがそれでも頷いた。

 

「……そうか。なら、立て。――丁寧に諭してやろうかとも思ったが、気が変わった」

 

「リヴァイ、」

 

「エルヴィン。お前は何も言うな」

 

「……ほどほどにしてくれ、とだけ言わせてもらう」

 

「それはコイツ次第だ。――ドアの前にでも立っとけ」

 

 言った直後、ユウに向かって容赦なく拳を振るった。コイツは、甘い言葉には流されない。同時に、自分を使い潰されて当然のものである、と認識している。で、ある以上、言葉を尽くして『身体を労われ』と諭したところで無意味だろう。本当に止めたいのなら、力づくでないと聞き入れまい。

 

 とっさに半歩ずれて避けたのは流石だが、あいにくと本命は拳では無い。エルヴィンの腕から離れ、バランスを崩しながらも自力で立ったユウに、今度は足払いを仕掛けた。案の定、対応できずに倒れたユウの肩に足を乗せ、すぐには立ち上がれないようにする。視界の端で、エルヴィンがドアを塞ぐように移動して佇むのを確認した。

 

「――で? こんなざまで、どうするって?」

 

 ユウが微かに顔を顰める。だが、次の瞬間には両足を揃えて跳ね起きるようにして鋭い蹴りを放ってきた。――どうしたらあの態勢からの蹴りがそんなに鋭くなるのかを教えてもらいたい。思わず身を引いて足を退ける。

 立ち上がると同時に左足で回し蹴りをしてきたのを見て、本当に怪我を度外視いているらしい、と思い知らされた。――全体重を乗せたはずの軸足は、深い裂傷があったはずだ。そして思った通り、右の大腿部に巻かれた包帯に、鮮やかな赤が滲んでくる。

 その傷を代償にした蹴りは、だが予想通りに鋭さは半減していた。右腕で抱え込むようにして防ぎ、鳩尾に向けて拳を振るう。僅かにユウが前のめりになったところで、容赦なく蹴りを右肩に落とした。思わず膝をついたユウを見やり、今度は膝で右頬を蹴り飛ばす。

 床に倒れたユウの姿を見て、ふと息を吐いた。これで大人しくなってくれればいいが――そうはいかない気がしている。

 

「――おい。大人しく寝ろ」

 

 なおも体を起こそうと足掻き、腕を支えにしてゆっくりと立ち上がろうとしているユウに嘆息し、無防備な脇腹を思いっ切り蹴り上げてやった。

 再び床に転がり、噎せるユウの腕を掴んで寝台の上に放り投げる。それでも身を起こそうとするユウに苛立ち、両腕を拘束して覆い被さるように寝台に押し付けた。

 

「いい加減に、休め。今のお前じゃ犬死にだ。こんな風に痛めつけられて終わりだろう」

 

「―――っ……」

 

 不意に、ユウの身体から力が抜けた。喘鳴混じりの呼吸の中、時折嫌な咳が入る。正直、今の立ち回りで悪化しない訳がないが――――ふと。少々、この態勢でこんな状態のユウを眺めているのは非常に危険な気がした。色々な意味で。特に、第三者に見られると確実にあらぬ誤解を受ける態勢であるのは、客観的に見て確実であると判断せざるを得ない。

 

 そっと身体を退かし、立ち上がる。ぼんやりとしたユウの視線が追ってきたが――お前、こんなシチュエーションでそんなことをするな、と余程言ってやろうかと思った。多分、意識はしていないんだろうが、だからこそ拙いだろとも思う。

 

 のそり、と鈍い動きでユウは身を起こした。向かって来る気は、もう無いらしい。どうやら躾は効いたようだ。こちらに背を向けるのは、あれか。意地を張っているつもりか。――――いや。

 

 身体を折って激しく咳き込むユウに眉をひそめる。嫌な咳だ。喉の奥で何かが絡まった時のような。そこまで考えた時、錆びた臭いが鼻腔をかすめた。

 

「――おいっ!」

 

 思わずユウの肩を掴んで振り向かせ、乱暴に手首を掴む。口元を押さえていたのだろうその手は、見慣れた赤に染まっていた。

 容赦はしなかったが、きっちり手加減はしている。ここまで内蔵にダメージを与えるような威力では無かったはずだ。――だが。

 

 するり、と掴んでいない方の手で、ユウが頬に触れた感触で我に返る。

 

「――おどろかせて、ごめん、なさい……」

 

 また小さく咳き込み、それが治まるとユウは淡く微笑んだ。

 

「……あなたのせいじゃないから、だいじょうぶ」

 

 伝染る病気でも無い、と告げて、諦めたように息を吐く。

 

「――【狼呀】は短命だって、いったよね……?」

 

「……寿命だってのか?」

 

 問いには答えず、ユウはゆっくりと目を閉じた。とん、と自分の肩に頭を乗せて来る。

 

「――――ごめん……ねむい……」

 

「おい」

 

「――カナギに……きいて……」

 

 それきり意識を手放したらしいユウを叩き起こしたい衝動に駆られながら、血が滲んで赤くなった包帯を見て、とりあえず包帯を変えてからにしよう、と思った。

 

 

 

 






 Pixiv版では2話に分かれているのをひとつにまとめました。
 ちょうど兵長が兵長らしく躾をした話です。効果?――うん。無いんじゃないかな!

 フラグが乱立しておりますね。主に死亡フラグが。
 え、れんあいフラグ? それってなんですかね?



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