自由の向こう側   作:雲龍紙

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『万象は応え、もはや わたしの刃を戒めるものは、此処に無い』





【Arma 02:omnis rippllys, here na irs zeeth diviega oz mea.】

 結局、日が暮れる時刻になってもカナギとかいう薬師は帰って来なかった。

 探してみようか、とも思わなくも無かったがどうもイルゼ・ラングナーをつれて行ったらしい。ならば、緊急時には調査兵団が知る方法で連絡が入るだろう。

 

 

 降り頻る雨は未だ止まず、再び雨脚を強めだした。

 

 

【Arma 02:万象は応え、もはや わたしの刃を戒めるものは、此処に無い】

 

 

 

「……それで、なんで貴様がいる」

 

 ユウの様子を見ようと部屋のドアを開けたところで、つい昨日の夜に消えたはずの男の姿を見止めて思わずそう突っ込んだ。

 それを受けて金の眸の男は、面白そうに口の端を上げて笑う。

 

「薬師に頼まれたものを持って来たのだが、その薬師が出掛けているようだ。どうしようかと考えていた時、お前が来た」

 

「……頼まれたもの?」

 

「延命剤」

 

 さらりと答えた男につかつかと歩み寄り、腕を組んで睨むように見上げる。男は不思議そうなきょとん、とした顔でこちらを見返した。

 

「よこせ」

 

「それは、構わんが……無理だと思うぞ?」

 

 言いながら懐から銀色のケースを取り出し、それを開いて見せる。幾つかの栓をされた小さな試験管と小型の注射器が2つ、丁寧に保管されていた。その中の、試験管の多さに思わず眉をひそめる。試験管の中の液体には、それぞれ色がついていた。ということは、すべて違うものなのだろう。

 

「これは、数ある延命剤の中でも、かなり扱いが難しい。本来は専属の主治医が被験者の容態を確認してから、その時の状態に相応しいものをその都度、調合する。――【守人】ならば問題無いと踏んだのだろうが、ド素人が触って良いものでも無い」

 

「……チッ」

 

 潔く自分にはどうにも出来ないことを認め、舌打ちして踵を返す。椅子に腰かけ、チラリと男を一瞥した。そして思わず眉間のシワを深くする。

 男はケースを元通りに懐にしまうとユウが横たわる寝台に腰かけ、そっと目元に掛かる前髪を払った。その仕種も眼差しも、『愛おしげな』と評するのが正しいと思わせる。

 だが、その眼差しは時折昏く翳った。

 

「――確かに、延命剤は必要なようだが……」

 

 どうするかな、という呟きには、どこか憂鬱そうな響きが混じる。それからこちらに視線を向けると数回瞬き、結局視線を外して嘆息した。

 

 ――――これは、おいコラどういうことだテメェ、とでも言う場面だろうか。とりあえず、非常に呆れられたというのは判る。だが、一体何に対してだ。

 

「――オイこら」

 

「併発している」

 

 ――この、抜群のタイミングは、狙っているのだろうか。

 しかもこちらが無視できない言葉で制されると、こっちが黙るしかない。非常に小憎らしい。

 

「……どういうことだ」

 

「――こいつは【狼呀の民】と【詩紡ぎの民】の因子を継いでいる。そしてこの通称『因子』と云われているモノは、既存の純人間種の遺伝子に寄生して上書き、あるいは破壊して成り代わるものだ。要は、突き詰めれば純人間種以外の人間種というのは遺伝子欠陥を抱えた者たちだ。そしてその欠陥は、民ごとに違う。――いや。結果は同じでも発生の過程が異なる為に、異なる民の因子を発現させた場合、その欠陥は併発する、というのがより正解に近いかな」

 

 それで、と男は再びユウの髪をそっと撫でる。何か、退役した老兵が、孫を慈しんでいるような、そんな光景のようだと感じた。

 

「私が持って来た延命剤が効くのは【狼呀】の因子に対してのみだ。【詩紡ぎ】の因子には効かない。というかそもそも、男性型でここまではっきりきっぱりと【詩紡ぎ】の因子が発現するのは、あまりにも例が無い。これは、あれか。やはり【狼呀】の因子とセットになったせいか」

 

「……何を言ってやがる」

 

「とりあえず、私が持って来た延命剤だけでは、助からん、ということだけ認識しておけ」

 

 あっけらかんと言い切った男に、思わず殺気がわいた。

 

「――だったら、必要な分を持ってきやがれ」

 

「それは既に、」

 

 言い掛け、男ははっとしたように顔を上げる。同時に俺を突き倒しながら振り返り、腰を落として低く身構えた。一瞬後、窓を突き破り、『何か』が部屋に飛び込んでくる。

 

 何故かユウでは無く俺を庇うような場所に立つ男に顔を顰めながら立ち上がり、『何か』に目を向けた。

 『何か』は、おそらく死体が消えていたガハルド・バレーン、なのだろう。だが、それはもはや人間の形では無かった。いや、かろうじて人間の形は残っているが、それはもはや残骸と言える程度でしかなく、これを見て元・人間だと思う者はいないだろう。

 

「……まるでミニチュアの【ウロボロス】みたいな格好だな。どこかで【アラガミ】の細胞でも拾ったか?」

 

 まるで小馬鹿にしたような声音で、しかしその視線は油断なく『何か』の様子を探っている。ザワザワと、『何か』の手足であるらしい触手が蠢いた。四方に広がる触手を束ねるのは人間の胴体。長く伸びた首の先端に、ガハルド・バレーンの頭部が繋がっている。

 その首の視線が、自らの足元に向かう。窓の桟から寝台に臥すユウを見つけて、笑い声らしきものを発した。ケタケタと可笑しくてたまらない、というように嗤う。

 

 触手を蠢かせ、寝台からユウを引きずり出すと、『何か』は御馳走を見つけた獣のように満足そうに目を細め、そして再び夜雨の中へと姿を消した。――――最後まで、こちらには一切目を向けないまま。

 

「――――おい」

 

「追うなよ。お前が行ったところでどうにもならん。――この件に関しては、私に期待されても街中では何も出来ん。私は【汚染獣】と相性が最悪なうえ、基本的に破壊する方向に特化しているからな」

 

 ちなみに、と息を吐いて男は続ける。

 

「あの状況で乱闘になると、かなりの高確率でお前が負傷していた。そして、そうなると【狼呀】であるあいつは、本気で怒り狂う。怒り狂うと無茶をする。――あとは頼むから察してくれ」

 

(――――なんだ、それは)

 

 ふざけるな、と思った。だが、それは何故か声にはならなかった。

 

 打ち破られた窓から、容赦なく雨風が吹き込んでくる。

 木片とガラスが散乱した部屋に、軋むドアの音がやけに重く響いた。

 

「――――どういう状況だ」

 

 戻って来たらしいカナギとかいう薬師は、うしろに先日のガキをつれていた。その視線は部屋の中を一巡りすると鋭い眼光を孕んで金の眸の男に向かう。

 

「おい、黄龍」

 

「お前らが追ってたあの男は、寄生されていたようだな。形状がミニチュア版の【ウロボロス】だったから、【汚染獣】なのか【アラガミ】なのかまでは確認できなかったが。【真神】を気に入ったらしい。――持って行かれた」

 

 言い終わると同時にカナギの後ろにいたガキが窓に駆け寄り、そのまま桟に足を掛け――

 

「おい。勝手な行動するなと言ったろうがクソガキ」

 

 そのまま、ガキは凍り付いた。おそるおそる振り返り、発言したカナギへと視線を向ける。そのカナギの顔には、あろうことか満面の笑みが貼り付いていた。――どうやら、怒りが臨界点を突破したらしい。

 

「ルールは解ってんだろうな」

 

「……協定の、範囲内で」

 

「そうだ。ついでに、ユウを持ってった、というのはどういう可能性がある?」

 

 その問いに、ちらりと一瞬、俺に視線が向けられる。逡巡の後、物凄く嫌そうな顔で答えた。

 

「――――通常ならば【汚染獣】【アラガミ】どちらも食糧扱いです。ただ――過去の【汚染獣】の記録の中には、巣に持ち帰る、という習性のある老生体は、持ち帰ったものを繁殖に使っていたらしいです」

 

「――――それは、あれか。良くハエに卵を植え付けられて、ウジの生餌にされるとか、そういうパターンか?」

 

「……そういうパターンもありましたね。ただ今回、【降魔】であるあの男に寄生していたので……最低なパターンで考えた方が、いいんじゃないでしょうか……」

 

「…………」

 

 部屋に、沈黙が降りる。流石に俺もこの話の内容を察せないほどガキでは無い。が、同時にこれは黙るしかない。

 その中で、金の眸の男が感情の抜けた声音で、厳命を下した。

 

「ヴォルフシュテイン卿。あんな異形擬きに【真神】を壊されるくらいなら、貴様に呉れてやる。奪い返せ。今回は全面的に協力してやる」

 

 もちろん、と金光の靄を零しながら、男は凄絶にわらう。

 

「別に【守人】でも【夜】でも構わん。ついでに人間、お前でもな」

 

 人間、と言いながらこちらを見た男は、次の瞬間には大気に融け込むように掻き消えた。

 

「……別に、お前のものでもないだろうが。――ヴォルフシュテイン卿」

 

「――何でしょう」

 

「とにかく、まずは街の外へ出せ。最悪でも『壁』の上だ。あとは、雷に気を付けろ」

 

 ずいぶんとオカンムリだったみたいだしな、と少し苦笑したカナギに、ヴォルフシュテインと呼ばれるガキは嘆息で応えてみせた。ちらりとこちらを一瞥し、そのままあっさりと身を翻して部屋から出ていく。その背を追いながら、どう声を掛けようか考えた矢先、向こうから声を投げてくる。

 

「――僕は、レイフォン・アルセイフといいます。ヴォルフシュテインは、僕が属する場所の名前です」

 

 あなたは何て呼べばいいですか、とガキ――改めレイフォンは言いながら廊下を進み、階段を降りる。ぽたぽたと、外套から雨の雫が滴り落ちていた。

 

「たしか――兵長、って呼ばれてましたよね?」

 

 それは、壁の外で拾い、トロスト区まで送ってやった時の話だろうか。まさか、熱を出してぶっ倒れていたガキが、ユウとあんな戦いを繰り広げるとは思ってもいなかったが。

 

「――リヴァイだ。それで、お前はレイフォンでいいのか」

 

「呼び難かったら、レインでも良いですよ。極東人と違って、名前に意味を持たせたりって文化はあまり無いので」

 

 階段を降り、廊下を抜けて居間の扉を開く。そこには、レイフォンと一緒にいた少女が椅子に座っていた。

 

「レン」

 

「ん」

 

 さらり、と藤色の髪が肩口から零れ落ちる。少女は立ち上がり、差し出された少年の手を取った。

 そのまま2人は玄関の戸を開け、雨の降り頻る外へ出る。

 

「――【黄龍】殿が全面協力してくれる。今回、力配分は考えなくていい」

 

「うん。わかった」

 

 少年は少し笑って、こつん、と少女の額に自らの額を軽く突き合わせた。少女は瞬き、そうしてふわりと笑う。――――なんだ、その『心は通じ合ってます』的なやり取りは。砂を吐きそうだ。

 

 

『 ―――(あか)る心 風を纏いて 契り籠ん 』

 

 

 ひゅるり、と少女の姿がほどけ、同時に翡翠の大剣へと編み直される。見るのは二度目になるが、なかなか幻想的な光景と云えた。

 だが。

 

「――奴の居場所は判るのか」

 

「大丈夫です。今も雨が降り、風が吹いていますから。第一、大地の神威である【黄龍】から逃れるなど、あの程度の輩に出来るわけがありません」

 

 では、失礼します、と言って少年は大剣を正眼に構える。その背に向かって思わず問い掛けた。

 

「その『しんい』ってのは、何なんだ」

 

 少しの間。逡巡の後に返された応えは、少年の吐息だった。

 

「……たぶん、あなた方の中に、こういった概念が残っている方は、もういないと思います。だから、その眼で見て、体感して、もう一度知りなおすなり、思い出すなりして下さい」

 

 そう言って、幾度目か聴くことになる歌を紡ぎ出す。

 

 

『 汝貴(なんぢ)とかくいめ結ばん 地の終えのさやけし 天のはら 颯々(さつさつ)の声 』

 

 ぶわり、と風が動いた。慌てて腰を落とし、突風に飛ばされないように踏ん張る。

 

『 汝貴とかくいめ紡がん などさは臆せにしか ゆめゆめ独り 臥すなき 』

 

 風は逆巻き、少年の大剣を中心に集まっているようだった。――いや。既に『風』ではなく『大気』と言い表した方が近いかもしれない。

 

『 かげ光り 満ちらん 地の終えのさやけし 天の海 颯々の声 かくいめ合わさん 』

 

『―――【東風の環(エウロス・ループ)】』

 

 放たれた風は、円状に一陣の風となって街の端まで一気に駆け抜けた。

 

 

 

 




 この後は、またお昼ごろに~ノシ


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