自由の向こう側   作:雲龍紙

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『歌う世界の祈りよ響け』



※前半兵長視点で後半はレイフォン視点です。





【Loar 01:echrra, sonwe ciel oz hymmnos.】

 

 

 

 どういった原理かは知らないが、立体機動装置を使う時と似たような動きで少年は屋根から屋根へと飛び移り、実にあっさりと目的の人影を見つけたようだった。――もうずいぶん距離があって、雨の中では非常に見づらいが。少年の横にもう1人分の人影を見つけて、とりあえずは安堵する。

 

 ――それはそうと。何やら非常にタイミングが良い気がするのだが。少年が足を止めた尖塔から再び舞い降り、そしてその先の屋根にユウが現れるまでの時間的なタイミングが。

 

「――まぁ、相手に対する一定以上の理解と能力に対する信用があれば、こうなるだろう」

 

 とん、と軽い音を立ててすぐ隣に足を着いた金の眸の男を胡乱げに見やれば、男は軽く苦笑したようだった。男はやはり、雨の中だというのに濡れていない。代わりに、淡く金色の光を纏っている。

 

「――生きているのならば、立たねばならない」

 

 その言葉に、思わず眉をひそめた。

 

「立てるのならば、動けるだろう。動けるならば、まだ走れる」

 

 何やら、男の口から、この男らしくない言葉が紡がれる。いや。これはこの男と云うより、むしろ――。

 

「走れるならば、戦える」

 

「……ユウか」

 

「あの子、というよりは【狼呀】だな。中でもあの子は無駄に勇猛果敢だが、生存本能も強い。何より【狼呀】であるならば、たとえ死すとも敵に手酷い一撃を加えてからだ。――おや」

 

 男の声に愉しげな色が混じる。改めてユウと少年の方を見れば、ごく自然に二つの影が重なるのが見えた。思わずこめかみが痙攣する。

 

 ――――あのマセガキは、見せつけているつもりか。次に目撃する羽目になったら削いでやる。

 別に、そういう嗜好は、個人の自由だろう。各々勝手にやっていればいい。だが、それでもだ。時と場所は考えろ、とだけは言わせてもらいたい。

 

「いやぁ、若いな。なかなかに懐かしい気分になる。――結局お前はどうするんだ? ヒトの子よ。実は興味を引くモノを横から盗られそうで気が気じゃないとかだったりするんじゃないのか?」

 

 その言葉に視線を戻せば、男は実に愉しげな笑みを浮かべていた。思わず眉間にシワを寄せ、――――次の瞬間に蹴りが出たのは、至極真っ当な反応だと思う。

 

 

 

【Loar 01:echrra, sonwe ciel oz hymmnos.】

 

 

 

 鋼糸と風を使いながら屋根の上を走り、飛び移る。肩に担いだ相手は何やら脱力していたが、まぁ、怪我と発熱と寿命で衰弱しているうえに雨の中で『あんなこと』まであったのだから、仕方ないだろう、と考えた。

 追って来る災獣と距離を離し過ぎないよう、時折振り返って剣閃や風を使ってちょっかいを掛けながら、ふと思い当たって口を開く。

 

「――【フェンリル】。あなたの名前について訊きたいことが、」

 

「うん。ここは、『人に名を訊く時は自分から名乗れ』って返すべき?」

 

「え。でも、知ってますよね?」

 

「――――極東ではね、『情報として知っている』というのと『名乗ってもらう』っていうのは意味が違うんだよ。言い方を変えれば、『名乗る』という行為は『自分はこういう存在なので、以後見知りおいて下さい』『是非とも、自分の事はこのように認識して下さい』あるいは『自分の事はこのように呼んで下さい』って表明する行為なんだよ、ヴォルフシュテイン卿」

 

 そこを踏まえたうえで、と青年が息を吐く。

 

「君自身からの『正式な』名乗りが無い以上、俺個人は本来、あなたを【ヴォルフシュテイン卿】と呼ぶしかないのだけど」

 

「――――レイフォンです。レイフォン・アルセイフ。呼び難かったら、レインでも良いです」

 

 言ってから、内心で首を傾げる。この名乗りは、先ほどと変わらない。しかし、自分は『極東における正式な名乗り方』というものは知らなかった。少し考えて、ふと思い出したことを告げてみる。

 

「あ。――あと、極東風の名前を貰ったことがありますね。そちらは」

 

「そっちはダメ。絶対聞かない。そもそもそれ、たぶん、『他人に明かしてはいけない名前』の類でしょう」

 

 穏やかながらもぴしゃりと言い切った言葉に、思わずその名前を貰った時のことを思い返してみた。

 ――――柔らかな檜皮色の髪に、蒼銀の眸。珍しく起きていたキュアンティスの【天剣】である彼は、どんな風に言っていたか。

 

『――世の中には、名を使う呪術を使う者もいるから、ひとつの名前は絶対に明かしてはいけない。もし明かすのなら……何かひとつ、掛け替えの無いものの証として、捧げる覚悟で』

 

「……確かに、釘を刺された記憶がありますね」

 

 そう。そしてヴォルフシュテインの王であるヤエトに教えようとしたら、ヤエトは痛む頭を堪えるかのように額に手を当て、深く嘆息したのだ。――曰く、それはそう安直に差し出すものでは無い、と。

 以来、誰にも教えていない。

 そもそも、普段使うことがないから、基本的に忘れている。何かの折にふと思い出して自分自身で反芻するくらいしか無い。

 

「――それで、僕は名乗りましたけど」

 

 極東での正式な名乗り方は、申し訳ないけど知りません。

 改めて正直に告げれば、青年は再び軽く息を吐いた後、それもそうかと頷いた。

 

「神薙ユウ。――ユウが名前。でも一応、【フェンリル】でも【真神】でも【ウォセカムイ】でも反応はするけど……今、本式の礼がとれないから、とりあえずこれで勘弁して」

 

「わかりました。ではユウに、訊きたいことがあったんですが――着いてしまったので、またの機会にします。レンもありがとう」

 

『ううん』

 

 とん、と50メートルもの巨大な壁の上に立ち、災獣の男が登って来るのを待つ。

 

 【狼呀】の青年をそっと降ろせば、青年――ユウはそのまま頽れるように膝を折り、両手を着いた。呼吸は荒く、寒いのか身体を震わせている。とりあえず自分が羽織っていた外套を脱ぎ、ユウへ被せた。

 もともと怪我人であり病人だ。これ以上、戦闘の補佐とか頼むのは無理だろう。【詩紡ぎ】としてなら可能だろうが、こんな状態の人に何かさせるなんて流石に自分には出来ない。――出来るならやれ、という人も何人か知ってはいるが。

 

「……レン、頼んでいい?」

 

『わかった』

 

 ひゅるり、と翡翠の大剣がほどけて少女の形へと戻る。レンはユウの傍に膝を着くと、そっと横から肩を支えた。ユウもそれに気づき、レンに優しく微笑む。

 

「――ありがとう」

 

 ふるふる、と首を振るレンにユウを任せ、自身は反逆者ガハルド・バレーンの成れの果てとなった災獣に目を向ける。時間をくれてやった甲斐もあって、50メートルの壁は登りきれたらしい。

 

「――【restoration】」

 

 鋼糸として復元していた錬金鋼を、剣の形へと変える。そのまま一歩、足を動かしたところで後ろから声が掛かった。

 

「――待って、」

 

「病人は大人しく退っていてください」

 

 とっさに返した声は、我ながら冷ややかだったような気がする。戦闘時には冷酷になっている、とは良く言われるが、まさかこんなところで実感するとは思わなかった。

 だが、流石に【狼呀】である青年はこの程度では怯まないらしい。僅かな間があって、おそらくは最初に言うつもりだったであろう言葉からは、譲歩した内容を告げる。

 

「――なら、退いたところから支援させてもらう」

 

「――――わかりました。お願いします」

 

 互いに互いの状況を測り、能力を把握したうえで譲歩し合った形だ。これ以上に譲歩を迫れば、逆に無視されるだろう。そう思いながら今度こそ、ゆっくりと災獣に向かう。

 

 不意に、雷が頭上で閃いた。ついで轟きが大気を揺らす。

 

 ――――【黄龍】の仕業だ。まさか自分落ちることは無いだろうが、少々、居心地が悪い。というか、心臓に悪い。

 

「……長引くと、本当に撃たれそうだな」

 

 それに応えるように、龍が喉を鳴らす音が天に響く。

 

「――さて」

 

 青い剣を携え、災獣を見やる。奇声を発したソレを眺め、かすかに腰を落として重心を変えた。背後からは微かに神性語による旋律が流れて来る。どんな力を発揮するモノなのかは今のところ不明だが、彼が自分の邪魔になるようなことをすることは、あり得ない。そう確信できる程度には、彼の戦闘能力は信用している。

 

「そろそろ、溜まったツケを払ってもらおうか」

 

 そう、不敵に笑んで見せて駆け出し、剣を大きく振り上げた。

 

 

 






 実は、Pixiv版で直し損ねていることに気付いたものの、長らく放置していた話。
 『名乗り』っていうのは、本来、名前を教えるだけではないのだけど、時間と体調と文化の違いで断念した、という話。
 極東の名乗りというか、要は『漢字』の名前だと発生するアレです。

 ちなみに、カナギだと「カナギ・サンスイ。水根の山にて、神を薙ぐ者」となります。つまり『神薙・山水』というのが本来の文字ですね。ただ、『山水』というのは所謂、出身地やら出身部族を示す名前なので、苗字と言う訳では無いです。

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