自由の向こう側   作:雲龍紙

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『私は詩になる。至上の喜びに包まれながら』



※兵長視点でレンとの短い会話と、ユウ視点。


【viega 03:Was yea ra chs Hymmnos mea.】

 

 

 

 ようやく壁の上に追いついた時には、既に戦闘が始まっていた。

 正直、あんな触手だらけの化け物との戦い方など知らないので、そちらは慣れているらしいガキに丸投げする。代わりに雨の中で座り込んでいるユウの姿を見つけ、そちらに向かった。近づくにつれて、何か、良く判らない音を口遊んでいることに気付き、眉をひそめる。

 

(……まさか、おかしくなってんじゃねぇだろうな……)

 

 昔、エルヴィンに引っ張り出されるより前にいた場所の路地裏や物陰には、よく『そういう目』に合って正気を失くしている者の姿を見かけることもあった。

 

「――――おい、ユウ」

 

「静かにして」

 

 言い放ったのは、ユウに背中からしがみ付くようにして抱き付いている少女だった。ユウは軽く俯き、瞑目したまま何かを口遊み続けている。

 

「いま、集中してるから、邪魔しないで」

 

「……そうか」

 

 どうやら、危惧した状況にはなっていないらしい。それは良かった。

 だが。

 

「――お前は、なんで抱き付いてやがる」

 

 思わずそう訊けば、少女は僅かに首を傾げてさも当然とばかりに返す。

 

「だって、この子、冷えてるもの。こうしてれば、少しは温かいでしょう?」

 

「……お前は、誰に対してもそんな態度なのか」

 

 まったくもって他意はなさそうな少女の態度に、思わずそんなことを訊いてから、微妙に後悔した。なんだこれは。こんなことを聞いてどうするつもりだ、何を考えているんだ俺は。

 

 少女はゆっくりと瞬くと、意外にも冷ややかに嗤って応えた。

 

「私が大切なのは劉黒とレイフォンなの。だから、2人が好きな人は、大事にするわ。だって、そうしないと2人は悲しむもの。――でも、貴方たち純人間種は嫌い」

 

 少し、予想を外れた言葉に、思わず息を呑む。じっと少女を見つめれば、やはり冷ややかな微笑で少し続けた。

 

「……嫌いよ。私たちを狩り尽くして、劉黒たちを縛り付けて、そして全てを忘れおおせた。貴方たちなんか嫌い。大嫌い。いっそ――――滅んでしまえばいいのに」

 

 

 

【viega 03:Was yea ra chs Hymmnos mea.】

 

 

 

 ――――深く深く、意識を深い水底へと向ける。深く昏く、彼我の境界さえやがてぼやけ、揺らぎ、滲み、融けて消えゆくような深さまで。

 

 遠く幽かに、翠の女神の詩が聴こえて来る。

 軽やかに優しく、深い慈しみに溢れた、可憐な歌声が。

 

 ――【翠ノ塔】で生まれ育ったものは、須く翠の女神の祝福と慈愛を受けているという。祝福とは即ち生まれる事、慈愛とは即ち存続する事であると。

 あの塔の世界は翠の女神がその想い一つで紡ぎ上げる世界。そこに生まれ、存在を許されるなら、即ち女神の祝福と慈愛を受けている、と。

 

 そして母は、そこで生まれ育った。その母から受け継いだ【詩紡ぎ】の因子とは、つまりそのまま翠の女神の祝福と慈愛である。

 聴こえる詩は血筋と同じだ。この血筋の源流、その遠い祖神、翠の女神と繋がる幽かな証といえるのだと。

 

 

Was yea ra enclone marta infel anw arka.

 母の愛が大樹を包み込む

Was touwaka ra tasye pirtue anw fandel infel.

 妖精も数多の愛を捧げます

 

 

 八代の先に臨む ややも続く 新芽の吹々きに

 ゆくゆく実はたわわに ここに豊穣の地を築かん

 闇に陽にと左足 右足と 規律(リズム)を刻み

 厄なき破魔の光 ここに導く 我が舞い詩

 

 

 

 来る 来る 雲穿つ 緑の塔が空へと

 九つ 子兼ねの その果てにさえ佇む

 

 

Was yea ra enclone pirtyue sphilar anw arka.

 妖精の心が大樹を包み込む

Was touwaka ra tasyue anw inferiare sarla.

 私は親愛なる詩を捧げます

 

 

 なんて優しく、温かい。

 

 けれど。

 

 自分が生まれたのは、【狼呀】の領域だ。遥か塔の上にある天上の楽園ではなく、廃退した遺跡に囲まれた曇天と毒の雨に支配される荒野である。

 そこに神は存在しない。

 【狼呀】とは旧名称を【フェンリル】――即ち、『神喰らいの餓えた巨狼』と云う。

 何故なら、喰らわなければ、生き残れなかったからだ。八百万の神々を(なぞら)え、名を与えられた【荒神(アラガミ)】に。

 

 だからこそ。

 自分が謳えるのは、慰める言葉でも、癒せる想いでも無い。

 

 愛するものを救うより、ただこの身を盾にすることを。

 愛しいものを抱きしめるより、ただ剣を携えることを。

 ただ何かを愛するよりも、それを脅かす脅威を排する事こそを選んだ。

 

 護る為に。

 

 僅かに意識を女神の詩から逸らす。その間際、少女の姿をした女神が微笑んだような気がした。そっと手を動かし、何処かを指し示す。――――遙か塔の天上から、地上を移動する都市へ。

 

 ―――かつて、自律型移動都市が建造される時、【翠ノ塔】から『何か』を贈られたという話がある。

 

 ひょっとして、それを示しているのだろうか。

 【翠ノ塔】にだけ伝えられたものであるなら――それは、おそらく『新約パスタリエ』と呼ばれる神性語を処理する詩魔法サーバーのはずだ。

 だが、詩魔法サーバーはもはや過去の遺物。完全にブラックボックス化している以上、いわゆる『オーパーツ』とすら言われるロスト・テクノロジーの塊である。下手に干渉すると戻れなくなる可能性がある以上、結構不味い気がする。

 

 ふわり、と翅を揺らして女神が目の前に現れた。そっと両手で澄んだ蒼い輝きを差し出して来る。

 女神に促されて手を伸ばし、そっと輝きに触れた瞬間、じんわりと誰かの想いが流れ込んできた。それで、この輝きが誰かの『想い』が生んだ残滓なのだと理解する。

 

(――二人分……?)

 

 感じるのは、詩だ。ついで、清澄なまでに純粋でひたむきな願いと、その向こうに僅かに滲む、絶望に立ち向かおうとして破れた、悲壮な希望の残滓。

 深い、澪の蒼。

 この蒼は、涙の色だ。

 

 ――――涙に彩られた希望への祈りを継承する、詩。

 

 これを謳え、と言うのだろうか。確かに用途は『同調』とか『結線』とかであるようだが、はっきり言って、この悲壮なまでの決意でもって謳われたらしい詩である。その程度では済まないだろう。

 

(―――ん? ああ、そうか)

 

 これを謳え、ではなく、【第二世代型狼呀】の因子を使って『この想い』に同調し、『この想い』を通じて詩魔法サーバーにアクセスして【詩紡ぎ】の因子を使って謳え、ということらしい。

 確かに、それなら色々とセーフティネットもあるから危険度はだいぶ低いと思う。

 

 

 改めて、蒼い輝きに意識を向ける。

 ――――清澄な水のような、透き通るほどに純粋な、想い。

 

 世界を、故郷を救いたい、と。民を救い、導き、そして理想郷を紡ぎたい、と。

 どんな困難にも挫けない、やり遂げてみせる。だからどうか、私に力を。

 

 

 光満ちあふれ、大地覆う緑――かくも美しき憧憬よ。

 

 

xU rre xthos a.u.k YAMetafalica/.

 それは貴方が望んだ“理想郷”

 

 

 遙か遠き日に 貴方の描いた

 理想を受け継ぎ 未来へ繋ぐため

 

xU rre ylviiyna YAhalun nUyUgUtU ut mea/.

 貴方の切なる願いが 私に流れ込む

xU rre xthos cUmUlU neyxin/.

 深い憂いと共に

 

 

 私に力を   ――何が故に?

 人々に希望を ――誰が為に?

 この世界を  ――願い?

 救う為に   ――望む?

 どうか認めて

 

 

 そんな想いの残滓と同調し、いいな、と少しだけ羨んだ。

 たとえそれが羨望であっても、僅かでも共感すれば、同調は呼吸するように出来る。

 

 目を瞑れば、再び彼我の境界が曖昧になる感覚。ただ、そっと女神に頬を撫でられたのがわかった。

 

 

 ―――― yehar, hyear ! rasse, rasse !

 

 

 その声に押されるように、精神の奥深くから浮上した先、現実で眸を開く。

 視界の先で、レイフォンが青い剣で災獣を牽制しつつ、様子を窺っている姿が見えた。未だ切断などの攻撃には転じていない。――そもそも、此処で奴を散らせられない以上、そんな攻撃は禁じ手となっている。有効な攻撃は、一気に細胞までも焼き尽くすくらいか。

 

(――なら……)

 

 膝を立て、力を込める。ゆっくりと立ち上がり、曇天に奔る雷を振り仰いだ。

 遠く、女神に託された詩を通じて、どこかと――おそらくは地上の詩魔法サーバーと幽かに繋がっているのを感じる。

 地上の詩は、はやり女神の塔とは違ってどこか昏く、荒んでいる気配がした。それにどこか安堵して――その事実に、思わず苦笑を零す。

 

 

 

wYIwjOnc z.z.x. ale/.

 望み亡き音が木霊する

 

cYIzO sarla dOzYI du zodaw/.

 死を殺す詩を、我に

 

 

 

 嗚呼、と改めて思う。

 やはり、【フェンリル】である自分には、『神殺しの詩』が相応なのだろう、と。

 

 

 

 

 

 





『Was yae ra chs Hymmnos mea.』
 ヒュムノス好きにはお馴染みの文句。元々は「指切り」や「痛いの痛いの飛んでけー」的なおまじない要素の強い文句であるとのこと。

 が。それが詩として組み込まれていた場合、正直『おまじない』なんて可愛らしいものじゃなくなると思う。
 詩魔法使用時に『私は(至高の喜びに包まれながら)詩になる』とか……つまり、『全身全霊の一撃』とか『この命に代えても!』とか、そういう意味になりませんかね、この言葉っていう空恐ろしさを感じる言葉でもあると思うのです。はい。


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