『目覚める審判の刻』
不意に口遊むのを止めたユウは、ゆっくりと立ち上がり、2、3歩進んで立ち止った。視線の先にはあのガキと、化け物に成り下がった男の姿。
「――おい、ユウ」
思わず手を伸ばそうと足を踏み出せば、少女がユウとの間に立ち塞がった。
「あなたは、本当の詩を聴いたことある?」
その言葉に眉をひそめる。今はそんな問答をしている場合では無い。
「あなたたちが本当は何を恐れ、『壁』なんかの中に籠ったのか、本当に知らないの?」
「……なんだ、それは」
「――あなたたち純人間種は、生まれながらに何らかの力を持つことは無かった」
だからこそ、と少女の姿をした何かは語る。
「あなたたちは私の同胞を狩り尽くし、多くの神霊たちを捉えて閉じ込め、災いなす獣たちを屠る為に自らの代わりの生餌を作った。そうして『壁』の中に逃げ込んで、ずっと隠れて過ごして――挙句の果てに、忘れましたというのね」
「――何の話だ」
「別に構わないわ。忘れたなら、思い出して。知らないというなら、思い知ればいい。ねぇ、【狼呀】の彼は、あなたたちに親切だったでしょう? あなたたちの先祖が、そういう風に造ったのよ? 決して純人間種に逆らわない、けれど災獣をあっさりと屠れる力を持つ、奴隷として」
でも、と少女は呟く。その視線は自分では無く、どこか遠くへ向けられていた。
遥かな昔日を追憶するように。
「――あなたたちは、身体はもちろん、精神も弱かった。どんなに従順な奴隷でも、自らを殺せる力を持つ者が隣にいることに耐えられなかったのね。あなたたちは恐怖を隣人には出来ないもの」
少女の視線が、戻って来る。そうして冷ややかに嗤ってみせた。
「――あなたの先祖たちが恐れたものを、もう一度その眼に焼き付けておきなさい」
くるり、と少女が背を向ける。同じようにユウを見れば、彼は天を仰ぎ、そして何故か少し苦笑したようだった。
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望み亡き音が木霊する
cYIzO sarla dOzYI du zodaw/.
死を殺す詩を、我に
一瞬、それがヒトの声だとは気付けなかった。ましてや、ユウの声だとは。
空を奔る雷鳴のごとく響いた声は低く、あまりに重々しく、そして冷たかった。空から雨と共に地上に降り注ぐ、音。音量が凄いという訳では無い。ただ、音が響いてくる方向がおかしい。ユウの口が動き、何かを唱えると同時に曇天から雷の間を縫うように同じ言葉が降って来る。
やがてその音の連なりは旋律と化し、それが歌であるのだと理解させられた。
だが、何が起きているのか――あるいは、何をしようとしているのかが、判らない。
ふと、少女が再びこちらを見てわらったのが見えた。
「――これは、【詩紡ぎの民】に伝わる、詩魔法。遠い昔には、これで世界を滅ぼしたこともあったらしいわ。中でもこれはたぶん、『神殺しの詩』ね」
【Loar 02:xE rre qoga tErLYIm/.】
――【詩紡ぎ】の詩を響かせるのは、過去に存在した人類の純粋な技術力によるものだ。
世界に3本存在する【Ar tonelico】と呼ばれた『塔』と、地上を往く移動都市という『基地』、そして遙か天上に輝く『衛星』と呼ばれるものによって【詩紡ぎ】の詩は世界に響く、と。
そう伝え聞いてはいたが、実際にその場に居合わせると、その凄まじさが身に沁みる。
原理を理解していれば、感激はしても驚くには値しないのだろう。必要な条件を知っていれば、驚き、畏怖することはあっても、無闇に恐怖したりはしない。だが、何も知らない者がこの場に居合わせたら、恐れ戦くには充分すぎる光景なんだろうな、と思う。
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それは、嘗て理想郷から零れ落ちた一滴
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絶望に破れ、実らなかった希望の詩の残滓
実のところ、現代において地上で【詩紡ぎ】の詩を聴ける機会は皆無と言って良い。『塔』の上に住む【詩紡ぎの民】は、滅多に地上に降りて来ないからだ。正直、出来ればちゃんと聴きたいのだが――神性語を嫌う【汚染獣】はいっそう激しく暴れているので、それも出来そうにない。
(――というか、癇癪起こした子供みたいだなぁ……)
さっきまではそこそこ上手くガハルド・バレーンの【降魔】としての身体能力とか使っていたようだが、ユウの神性語による詠唱を聞いてから完全に逃げ腰である。尤も、それは【降魔】の知識から、あの神性語が『新約パスタリエ』と呼ばれるもので、どういった方向に特化しているのかを察したからなのだろう。
数ある神性語の中で最も速く、そして使い方によっては最も強力な力を持つのが、この言語だ。それを正式な形で謳いなぞるなら――少々、たかが一体の【汚染獣】相手には過分であるような気がする。
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蒼き神子に託された涙は枯れ果て
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もう樹に与える水はどこにもない
だが、ここはまだ『壁』の中だ。流石にもっとも外側に在る『壁』までは距離がありすぎる。誘導しようにも逃げられる可能性も高い。現に今も距離を取って逃げようとする災獣を、剣を使って牽制してはいたが――正直、気を遣うのにも飽きてきた。
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最後の希望を奪った罪人に鉄槌を
「――【restoration】」
再度、錬金鋼を剣の形から鋼糸へと変える。勁を流して強化し、とりあえず触手が届かないあたりで拘束する。逃れようと足掻くガハルド・バレーンに冷笑と共に口を開いた。
「希少な【詩紡ぎ】からの、あなたへの詩です。ちゃんと聴くのが礼儀というものでしょう?」
ガハルドの気配だけは察知できるように意識を向けながら、佇むユウの方にそっと向き直る。雨の中、幽かな蒼い光の粒子を身に纏う姿に、少し心配になった。ちょっと、深く潜り過ぎてないだろうか。
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目覚める審判の刻
ユウの閉じられていた眼が、ゆっくりと開く。
それを見て、反射的に手にした錬金鋼ごと災獣と化した男を壁から放り投げた。もちろん、街とは反対側へ。
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希望によって救われないなら
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我らは更なる絶望で天蓋を塗り替える
詠唱が終息すると同時に、天から光の鉄槌が中空で逃げ場のない災獣に降り下ろされた。
新約パスタリエいやっほぉぉぉぉぉ!!
という訳の分からない精神状態で、書いていた記憶があります。はい。
たぶん、『新約パスタリエ』と云われる、この一見訳わかんない構文のヒュムノスが、一番使い勝手が良いです。単語の流用も、新造単語もやりやすい。
ただし、発音は難しい。『ぜ れ くぉが てりぇいむ』とかはまだ優しいです。
それでも『星語』よりは遙かにマシだという、『星語』の無茶振り具合よ……orz