自由の向こう側   作:雲龍紙

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『境を越えよ』





【間奏:Rrha yea ra yorra zenva gkgula.】

 

 

 

 いつものように訓練を終え、食堂から宿舎へ向かう途中、ふと雷が奔る曇天を見上げた。

 目に入ったモノに瞬き、思わず足を止める。

 雲間を泳ぐように進む、巨大な金の蛇のようなモノ。

 

「――――すごい、」

 

 隣を歩いていたエレンとアルミンが振り返る。

 

「ミカサ?」

 

 エレンは不思議そうに瞬き、アルミンは曇天と私を見比べ、首を傾げた。

 

「ひょっとして、また何かいるの?」

 

 2人は、私が小さなころから『よくわからない何か』を見ていると知っていた。自分でも『何』を見ているのかわからない。だが、大抵それは自分たちには無害で、自由気ままに周囲に漂っていることが多かった。

 だが、今回ほどに大きなものは、初めて見る。

 

「金色の、すごく大きな蛇みたい。空を泳いでる」

 

 いいものを見た、と言って再び足を動かす。慌てたようについて来る2人の足音を聞きながら、胸の奥が僅かに温かくなった。

 

 

 

 

【間奏:Rrha yea ra yorra zenva gkgula.】

 

 

 

 

 目を閉じろ、と云われて、怪訝な眼差しを向ければ、いいから閉じろ、と更に言い重ねられた。

 

「良いというまで開けないでね。開けたら死ぬわよ」

 

 さらりと言われ、とりあえず言うとおりにする。腕を引かれるまま歩き、立ち止ったところで足の裏に感じる感触は硬い壁でも、土の感触でもなかった。それよりは少し柔らかいような――巨人の上に立った時に近い、だがだいぶ冷たい感触だと思う。

 頬を、緩やかに風が撫でていく感触。これは――船に乗っているような感覚に近い。

 

「――あなたは今、とても古い幻想種の背に乗せてもらっているわ。でも、きっと今のあなたには見えないから、開けちゃだめよ。開ければ真っ逆さまに落ちることになるわ」

 

「…………もしや、空を飛んでるのか」

 

 言葉の内容と、風が頬を撫でる感触から、そう問いかける。少女が隣で小さく笑う気配がした。

 

「そうね。空を泳いでる、というほうが近いかしら。とっても優雅にね」

 

 もうすぐ着くわ、と言って少女に手を引かれる。不意に足元の感触が消え、だが墜落する気配は無い。ぶわり、と地面から湧き上がるような風の塊に、持ち上げられるような感覚の後、そっと大地の上に降り立ったようだった。

 

「――もういいわよ」

 

 するり、と少女の手が離れる。

 目を瞬き周囲を見れば、調査兵団の宿舎の庭に立っていた。その事実につい溜息が出る。

 

 『壁』に籠っている間に失われたものは、どれほどあるのだろう。

 

 そんな考えが()ぎった瞬間、ユウを担いで離れ小屋に戻る少年を見て、更に息を吐いた。扉へと先に歩み寄り、ドアを開いてやる。

 少年は瞬いた後、「ありがとうございます」と返した。

 ――――素直だな、と思う。コイツもカナギとやらも、基本的には素直である。故に、騙されそうになるが、こいつらは間違いなく政治的な言動に慣れている、相当な狸だ。

 

 ふと。そういえば、カナギとかいう男は、どうしたのだろう。

 小屋を覗けば、大きめの桶にわざわざ湯を溜めている姿が目についた。

 

「――レンは女だから、部屋に用意しておいた。野郎どもは此処で着替えろ。濡れたままで上がろうなんてするなよ? だが、ユウ。お前は先にこっちだ」

 

 有無を言わせぬ『主治医』の言葉に、ユウは少年に降ろされると素直に呼ばれた方へ歩いていく。カナギはいつの間にか金の眸の男から渡されていたらしい銀色のケースを開けてテーブルに置くと、椅子を引いてそこにユウを座らせた。

 カナギが手にした薬品を見て、ユウは思わず苦笑する。

 

「……どうやって調達したの」

 

「ああ。――龍殿にとってきて貰った」

 

「だから、どうやって?」

 

 ちらり、とユウの視線が玄関から最後に入って来た男に向かう。男は軽く肩をすくめて見せた。

 

「お前の直属の上は非常に快く渡してくれたぞ?――多少、腹に据えかねるモノがあったようだし、今頃は掃除でもしているんじゃないのか?」

 

「……へぇ。迷惑掛けちゃったかぁ」

 

「しばらくは行方不明になっている方が良いだろうな、あの状況は」

 

「――うわぁ……引っ掻き回してくれちゃった訳ですね?」

 

 僅かに困ったように笑うユウだが、その身体は力なく椅子の背もたれに寄り掛かっている。男とユウが話している間に、ユウの首筋に触れたり瞳孔の様子を見たり口を開けさせて喉を覗いたりと色々していたカナギは、嘆息するとそっと離れた。

 レイフォンは着替えが用意されているのを確認してからさっさと上着を脱いで、手拭いを湯に浸して絞っては雨に濡れて冷えた体を拭っている。少女はいつの間にか奥に行ってしまったらしい。

 

 カナギに視線を戻す。彼は薬品を配合すると注射器に移し、ユウの右手を取ると慣れた手つきで注射を打った。そしてそれを片付けると、小鍋で煮詰めていたらしい薬らしきものをカップに注いでユウに手渡す。

 ユウは嫌そうな顔をしながらもそれを受け取り、匂いを嗅いでやはり顔を顰めた。

 

「……不味そう」

 

「薬湯だからな」

 

 しれっと応えたカナギに溜息を吐き、ユウは恐る恐るカップに口を付ける。たしかに、漂って来る匂いはかなり独特で、自分から飲みたいとは間違っても思わない。

 それを飲み終わるのを待っていたのか、再びカナギはユウに近付き、全部飲んだのを確認するとカップを取り上げて水を張った盥に入れる。

 

「――さて、ユウ。ここから問診に入る。決して包み隠さず答えるように」

 

 淡々と告げられた言葉に思わず視線を泳がせたらしいユウは、それでも最後には苦笑して頷いた。

 

「単刀直入に訊こう。【月奏】と【詩紡ぎ】、どっちだ?」

 

「……いや、もう……そう訊いて来るってことは察してるんじゃないの?」

 

「まぁな。流石に『神殺しの詩』は派手過ぎだ。――それで、インストールポイントはどこだ?」

 

「……意味わかってて訊いてる?」

 

「はぐらかすな。とりあえずは、有無だけでも聞きたい」

 

「…………あるよ」

 

「発現したのは?」

 

「………………つい最近。【狼呀】の領域を離れてから、なんかおかしいとは思ってたんだけど……」

 

 謳うと小精霊にまとわりつかれるし、とユウは溜息を零す。それを聞いて、カナギは思わずといった様子で米神を押さえた。

 

「……伝聞通り、触られるのはもちろん、見られるどころか、どこにあるか知られるのも嫌なんだな?」

 

「……………………君の問診がセクハラにしか聞こえないくらいには」

 

「了解した。――ここに【夜】が『塔』から持ってきてくれたダイキリティーがあるわけだが、」

 

 徐々に口を閉ざす時間が長くなるユウの様子に眉間に皺を寄せながら、とりあえずは動向を見守ることにする。一度言葉を切ったカナギは、ふと息を吐くと懐から水晶のようなものを出すとテーブルの上に置いた。

 

「――どうする?」

 

「…………自分で……」

 

「本当に、大丈夫か?」

 

「……………………………」

 

 カナギは黙り込んで俯くユウに小さく嘆息し、もう一度その水晶を手に取ろうとしたところで、横から少年が手に取った。しげしげとその水晶を眺め、ふと笑むとひょいっとユウを抱え上げる。

 

「――え、ちょっ!?」

 

「そういえば、黄龍殿に『あんな化外に壊されるくらいなら貴様に呉れてやる』と言われていたんでした」

 

「は!?」

 

「まぁ、それは冗談として。――引っ掻き回すだけしてアフター・ケアをする気の無い神霊と、そもそも立場的にアフター・ケア出来ない人たちは黙っていて下さいね?」

 

 にっこりと晴れやかな笑顔を最年少から送られ、男は腹を抱えて笑い出し、カナギは実に複雑そうな顔をして嘆息すると、そっと顔を逸らした。

 

「あー……んじゃ、頼むわ……」

 

「はい、頼まれなくとも。――ところで、連れて帰って良いですか?」

 

「……一時避難なら、問題無いんじゃないか?」

 

「なるほど。参考にさせていただきます」

 

「ちょ、カナギもレイフォンも何の話してるわけ!? ってか龍殿も笑ってないで助けて下さい!!」

 

 何故か半泣きになっているユウを見送りながら、男は手を振って応える。

 

「残念だが、ここはむしろ黙って見送るのが、お前の為だな」

 

「――り、リヴァイっ!!」

 

「悪いが、状況が解っていない。説明を求める」

 

「……ただ、延命剤投与をヴォルフシュテイン卿がするってだけの話だ」

 

 カナギからの説明は、実に簡潔だった。腑に落ちない反応ややり取りは多々あったが、それでも延命剤投与であるなら、まぁ、止めるべきではないだろう。

 

「ユウ、注射を嫌がる子供みたいだぞ」

 

「――――――っ!!」

 

「ヴォルフシュテイン卿、部屋は階段上って廊下の突き当たりの角部屋な」

 

「ありがとうございます、カナギ」

 

 ややぐったりしたようなユウを抱えたまま、少年は居間から出ていく。残されたカナギはカップや鍋を片付けだし、馬鹿笑いしていた男は意識から外れた瞬間に姿を消していた。

 

「また、昼間に来る」

 

「……まぁ、その方が良いだろうな」

 

 その言い回しに眉をひそめれば、カナギは誤魔化すように苦笑する。

 

「――昼頃に来れば、料理も出そう」

 

「わかった。エルヴィンも連れて来る」

 

 食事をしよう、ということは、話をしよう、ということだ。ついでに政治的な意味での話だろう。ならば、自分よりはエルヴィンがいた方が良い。

 そう考えながら、ドアを開けて外に出る。宿舎の自室を目指してゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 






※ご存知の方はご存知ですね。『アルトネリコ』で『レーヴァテイルの延命剤』といえば、「これ何てエロゲ?」って感じで有名なイベントシーンです。
※そういう訳なので、とりあえず隔離部屋ならぬ隔離シリーズを作って、そちらに放り込んで封印させていただきます。


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