『鳥たちのお喋り』
まずは一合、打ち合ったらしいエルヴィンとレイフォンはしばらく互いの反応を窺い、そして殆ど同時に苦笑してみせた。
「――まずは、食事をどうぞ。せっかくですし、僕としても久しぶりに普通の料理を堪能したいので」
「そうか。では、お言葉に甘えてこちらも堪能させてもらおう」
互いに、矛を収める気配。それを受けて、ようやく柑橘系のソースが掛かった肉を一切れ、フォークに刺して口に運ぶ。――爽やかな酸味と甘味、肉の臭みは無く、柔らかな歯ごたえと共に旨みが凝縮された肉汁が口の中に溢れた。――美味い、と思う。文句無しに美味い。
だが、だからこそ問題だ。これを『少し余裕のある中流家庭から』食べられるという、民衆にある余裕が、そのままこの『壁の中』との差として歴然と存在することになる。その『差』こそが問題なのだ。
チラリ、とレイフォンを見やる。少年は言葉通り料理を堪能しているらしい。ゆっくりと味わいながら、しかし時折レンやカナギの話に応じていた。これは、ひょっとすると『料理』を堪能しているのではなく、『食卓』を堪能しているのかもしれない。
ふと、気になって疑問を口にしてみた。
「――レイフォンよ。お前、普段はどんな食事をしてるんだ?」
「……ええと。見た目は、豪勢ですね。陛下よりも」
困ったような微笑しながら、微妙すぎる返答をしたレイフォンに、思わず眉間のシワが深くなる。それを眺めていたレンが、具体的な答えを告げてくれた。
「一代貴族だから、基本的に食卓に1人ね。あとは給仕が2人くらい背後に控えているけど。――見た目は豪勢だけど、何度も毒見するから冷めきってるし、毒見してる筈なのに毒入りと変わらないし。本人は慣れちゃってるから、毒入りでも食べてるけど」
「……あの毒は、致死量じゃないよ。単なる嫌がらせ。――犯人は特定できてるから、今回の一件で潰せると思うよ? 僕がこれ以上持ち上げられたら、騒動起こしてくれる筈だし」
「それでも、2日は寝込んだじゃない」
「ちょっと運が悪かったというか、耐性付けてなかった毒だったから。――今は、もう大丈夫だよ?」
「……お前ら、それはこんな食事時にする話じゃねぇだろ」
というか、そうか。レイフォンは貴族で、しかも係累の無い、家系的には終わっている一族のくせに取り立てられたせいで他の貴族から目の敵にされ、毒まで盛られるような生活をしているらしい。
「ところで、一代貴族、というのは?」
エルヴィンの問いに、レイフォンはきょとん、と瞬くと、ああ、と言って苦笑する。そうして予想していた内容とはいささか異なる答えが返された。
「――『こちら』には、無いんですね。一代貴族、というのは――要は、何らかの働きによって地位を与えなければならなくなった、しかし貴族では無い。しかし一族ごと貴族にするには色々と障りがある、という場合に当人だけ貴族にして地位を与える、というものです。僕の場合は【ヴォルフシュテイン卿】となる際に、一代貴族という肩書も与えられました。――そもそも家族がいない孤児だった、というのもありますけど」
「……それで、功績しだいで存続も云々、という話だったのか」
「はい。功績があって、それが王に『惜しい』と思われるものであるなら、家名を継がせることも可能となります。――まあ、僕は【降魔】なので弱肉強食といいますか、より強い者が上に立って当然、という考え方が根底にある種族のお蔭で、どちらかと言うと縁組み攻撃の方が大変ですけど」
「――夜の花は、一度受け取っても夜明け前には返すのよ?」
「出来うる限り受け取った状態のまま、返してるよ」
しれっとしたレンの言葉に、苦笑しながらも何の感慨もなく返すレイフォンの会話に、思わず動きが止まった。いや、これは――『夜の花』を受け取って、夜明け前には返す、というのは明らかに『夜、寝室に送り込まれた女性とは朝まで共にすることなく対応しろ』ということだろう。それに対してレイフォンは『送り込まれた時の状態のまま、返している』というのは……こう、とにかくエルヴィンが言うなら違和感など無いが、この少年が言うと酷く違和感がある。
が、次に放たれたレンの言葉には手に持ったパンを落としそうになった。
「ふうん?――まぁ、花では無く剣や鞘を愛でるのは別に構わないわ」
「――レン。劉黒や君がいるのに、他の剣に目移りする訳ないよ」
――こいつ、天然か。天然なのか。妙に甘ったるい声と微笑みだ。それを向けられたレンは、思わず、と言う風に頬をさっと染める。だが、フイ、と顔をそむけた。なんだ、このピンク色のぽわぽわした空気は。なんというか、こう――うぜぇ、と言いたくなる。
とにかくそれらを堪えて黙ってスープを口に運ぶ。とろみのある白いスープにはキノコや芋の欠片が目についた。口に入れれば、まろやかなクリームとチーズのような味わいで、素直に美味い、と思う。
だが、レンが発した言葉に噴き出しそうになった。
「――――花と違って、剣は身を守ることに繋がるのだから、構わないのよ? あと、出来れば鞘は早く見つけて頂戴。この際、贈り物でなければどんな鞘でも構わないわ」
――もしや、これは。ひょっとすると夜の寝室に送り込まれるというのは、女だけではないのだろうか。そしてそれは公然の秘密なのだろうか。むしろなんか、秘密ですらないのだろうか。出来れば、この辺の常識の差異は教えておいてもらいたい。こっちの何気ない行動が求婚だったとかした場合、泣くに泣けない。
「……ひとつ、気になるのだが」
エルヴィンの言葉に、レイフォンは視線を向けて来る。
「何か?」
「――婚姻制度とかは、どうなっているのかと。今の話を聞いて、思ったのでね」
――流石に直接的には訊けなかったらしい。だが、これで言及する事にはなるだろう。
レイフォンは軽く微笑み、紅茶を口に含むと少し考えるように視線を伏せた。
「――まず、これは【民】によって違うので、これから僕が口にするのは【流砂の民】の場合です。【流砂の民】とは、【降魔】と【宝玉珠】と純人間種、あとはごく少数の他の民によって構成されています。このうち、【宝玉珠】は原則的に人間種とは繁殖方法が異なるので、そういう関係にはなりません。純人間種は普通に異性と恋愛して結婚する場合が多いようですね。問題は【降魔】ですが――」
「制度的には、一定以上の実力と権力がある【降魔】は一夫多妻が認められているわ。むしろ、奨励されているわね。――まぁ、一夫多妻というか、あくまでも実力と権力のある【降魔】が、他の【降魔】や民を囲うことは、あまり問題視されないわね。男女の別なく」
「……つまり?」
「実力と権力がある【降魔】が女の場合、その女性は優秀な血を残すべく子作りに励むのなら、何人男を囲っても構わない。そうして義務を果たすのなら、同性を囲っても別に良い、ってこと。もちろん、【降魔】として優秀な男性は言わずもがな。つまりは、優秀な血を残せるなら、それで構わないってことね」
結局、殆どをレンに説明され、レイフォンは視線を泳がせて苦笑した。どうやら、真実であるらしい。
「……そういう訳で、ヴォルフシュテイン卿よ」
ちらり、と相変わらずどこか眠そうな雰囲気で、しかし何かを面白がるようにヒユウはレイフォンに意地悪く笑い掛けた。
「――【真神】は、どうだった?」
「ユウなら、しばらく休ませないとダメですよ。延命剤を投与したとはいえ、元々負傷したうえで発熱して、それでも一瞬とはいえ戦闘したり、詩を謳ったりとかなり無茶したんですから」
「むしろお前ら、そんな話したいなら食事の後でやれ。龍殿、あんたも焚きつけるな」
カナギの言葉に、思わず息を吐く。
――――正直、誰かの正論にこれほど感謝した経験は、あまり無いな、と思った。
サブタイトルを悩みに悩んだ結果、なんか可愛らしくなってしまいました。
架空言語には日常単語が足りない。