自由の向こう側   作:雲龍紙

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『微睡む大地は未来を告げる』





【Arma 02:xN rre slep doodu s.s.w. futare/.】

 

 

 

 一部、穏やかとも和やかとも言い難い食事が終われば、食後に出されたのは、独特な香りのする茶だった。どうやら茶葉では無く、香草を用いているらしい。鼻を抜けるようなすっきりとした香りが特徴的だった。

 

「……悪くない」

 

 思わずそう呟けば、この茶を淹れたらしいカナギは微かに微笑んだようだった。

 

 

【Arma 02:xN rre slep doodu s.s.w. futare/.】

 

 

「――それで、実際のところ、君たちは『外』でどのくらいの地位にいる?」

 

 口火を切ったのは、エルヴィンだった。

 そもそも、これを把握しなければ、まともな取引も駆け引きも出来ない。無論、向こうもそれは解っているのだろう。ただやんわりと淡く微笑した。

 

「この中で、最も権力があるのは【ヴォルフシュテイン卿】――自律型移動都市レギオスのひとつ、光浄都市ヴォルフシュテインの【剣守】である私、レイフォン・アルセイフです」

 

「――つるぎもり、とは?」

 

「――自律型移動都市において防衛機構を掌握しています。王の片腕、ですね。具体的には、王の身辺警護から、王城の警備、市街地の治安維持や都市外の索敵等々――要は、軍を掌握するトップですね」

 

 その言葉に、思わずまじまじとレイフォンを見やる。その視線を受けて、このガキはにこりと笑ってみせた。――気を悪くするでも無く、ここで笑えるのは結構な器だと思う。しかも、だ。

 

「……お前、いくつだ?」

 

「15歳ですね。まぁ、今年で16になりますけど。―― 一応言っときますと、実力ですよ? 【流砂の民】は基本的に実力主義ですから。……それでも、流石に10歳でこの要職に就かせるのは相当なスパルタである、と思います。我が王ながら」

 

 つまり、既に5年の政治経験がある、と。――末恐ろしい、としか言いようが無い。

 そっと香茶を口元に運ぶ。落ち着く香りに、ああ、この為のこの茶なのか、と理解した。精神を落ち着かせる効能でもあるのだろう。この瞬間、非常に効果を実感した。

 

 レイフォンも香茶を口に含み、そっと微笑う。そうして、ちらりと隣に座るカナギへ視線を向けた。

 

「――彼は、【守の民】において『鳥の神の友』と云われるモノです。厳密な意味で人類視点には立てないので、人間社会には原則不介入です。が、格は【王】などよりも上に在ります。権力はありませんが、それでも彼の存在や言葉を無視する民はないでしょう。――尤も、」

 

 つい、と視線は食事が終わった後、窓辺のソファーで寛いでいるヒユウへと向けられる。

 

「彼の【黄龍】殿に比べれば、なんてことはありませんが。――そもそも、系図的には別格扱いなので。ただ、権威はあってもそれを振るうことは禁忌なので、何かすることは滅多に無い、と聞いています。とりあえず、慣れるまではあまり意識しなくてよろしいかと」

 

「――それは、無視しとけってことか?」

 

 思わずそう問えば、レイフォンは微かに苦笑した。

 

「いいえ。――今のところは、無闇にあなた方から近づく必要は無い、ということです。『触らぬ神に崇り無し』という諺もありまして、神霊、神威に下手に近付くと、障りが出ます。彼らに人間の善悪は通用しません。ただ、在るがままに存在するだけです」

 

「……どちらかと言うと、好きにさせとけって感じか」

 

「どちらかと言うと、そうですね」

 

 それで、とレイフォンはカナギとは反対側の席に座るレンに柔らかい眼差しを向ける。レンもそれを受けて穏やかにほんわりと微笑み返した。――だから、お前らはそれを見せつけているのか、と言いたい。

 

「――レンは、……僕の家族ですね。公式の場では、僕の武器扱いですけど」

 

 僅かに申し訳なさそうに、悔しげに目を伏せるレイフォンの頬に手を伸ばし、レンは優しく微笑む。

 

「――気にしないでね。私は、あなたの武器で在れることが誇りなのよ。それに、家族だなんて思ってくれて、本当に嬉しいの。だから、そんな顔しないで?」

 

「レン……」

 

 ――ご馳走様。これ以外に何も言えない。

 

「……なんか、すまん」

 

 苦笑するカナギと目が合い、そう言われた。いや、別に謝罪が欲しい訳では無いが。それでも、この空気はどうにかならないのか、と思う。砂を吐きそうだ。

 

「――いや、なかなかに微笑ましいと思うぞ?」

 

 言葉通りに微笑ましげに眺めるエルヴィンに思わず息を吐き、そっと視線を会話に入ってこないヒユウの方へ向ける。彼は窓の外に顔を向け、ぼんやりとしているように見えた。

 

「それで、レイフォン」

 

 エルヴィンの発した声に、鋭いものが混じる。それを受けて、しかしゆったりと余裕を見せるようにレイフォンは視線を戻した。互いの視線が交わり、相手の出方を窺っている。

 

「――君と口約束を交わしたとしよう。しかし、それは確実に履行されるのだろうか」

 

 エルヴィンの問いに、レイフォンは笑って迎え撃つ。

 

「――その言葉は、そのままお返しいたします。と、言いたいところですが、この際それはどうでもいい。9割がたこちらが損する取引ではありますが、それでもそれは承知の上です。損得よりも、優先するモノが、我らには在りますので。――口約束でも、契約でも、同盟でも。私と交わしたモノであるなら、必ず【流砂の民】は履行するよう、レギオス同士の統合協議においても通しましょう」

 

 予想以上に断固とした言葉に、思わずエルヴィンと共に押し黙る。

 ――今、レイフォンは『レギオス同士の統合協議』と言った。つまり、レギオス――確か自律型移動都市と言ったか――は複数存在し、通常は統合協議とやらで【流砂の民】としての総意、あるいは方針を固めるのだろう。それに通す、とレイフォンは言った。だが、集団の意思を統一するのは、難しい。ましてや権力者同士の協議など、足の引っ張り合い、牽制のし合い以外のなにものでもないだろう。

 

「……たとえば、我が調査兵団は、極秘裏に交易や『外』の情報が欲しい、と言ったなら?」

 

「――極秘裏に、ですか。まぁ、『壁の中』の意思を統一するのは無理でしょうしね。――構いませんよ。その程度なら、すんなり通ります」

 

「では、巨人の調査・駆逐にご協力願いたい、とした場合は?」

 

「通します」

 

「…………通るのか?」

 

「通せる通せないでは無く、通します、と言いました」

 

 ――その言葉に、自らの勘違いを思い知らされた。

 このガキは、『調査兵団団長』が望む程度のモノであれば、協議で通す、と言っているのだ。まさかエルヴィンであっても、『調査兵団団長』という肩書が持つ権限を大きく逸脱するものは相手に望めない。責任を負えないからだ。

 ふふ、とレイフォンは上品に笑って香茶を口に含む。

 

「――その代り、『外』に辿り着くまでに、もっと出世して下さい。そして『外』に辿り着いたら、出来うる限り穏便に友好を結んでくれると、個人的には嬉しいです」

 

 さしあたっては、とレイフォンは続けた。カチャリ、とカップが小さな音を立てて机に戻される。

 

「――あなたの部下を何人か、『外』に連れ出してみましょう。見聞することは多い筈です」

 

「……我々に、不利益が無いように思うのだが?」

 

「あなたが出世できなければ、きっと戦争になりますね。――戦争になれば、今のままでは『外』に一方的に蹂躙されます。具体的には、リヴァイ兵長がお察しできるかと」

 

「心当たりが多すぎるぞ。――ユウが撃ったヤツとか」

 

「あれは【詩紡ぎの民】の詩魔法、と呼ばれる科学技術です。空から雷を降らせたり、天候を操ったり、大地を揺らしたりなど、お望みであれば天災のフルコースも実演できると思いますが。――ですが、あれは基本的には使われませんね」

 

 ひとつ、懸念が減った。だが、『基本的には』だ。例外もあるのだろう。

 だが、不利益は無い、と思う。技術だというなら、その技術を盗めばいい。技術自体が無理なら、回避する方法や防御する方法を学べばいいのだから。

 怪訝な眼差しのまま、レイフォンを見る。少年は、ほんの僅かに目を細めて笑ったようだった。

 

「――こっちの懐に招いて恩を売れば、少しは戦争を回避しようとしてくれるでしょう? 戦争開始、となっても実際に戦うのは末端の兵士たちです。その兵士たちが戦いを回避しようとしてくれれば、こちらとしても無駄な殺生をせずにすみます」

 

「――リヴァイ」

 

「確かに、こいつらとは戦わねぇ方がいいだろう。まともにやりあっても、局所的に勝利できたとしても、全体じゃ負ける。そんな感じになるだろうな。しかも、巨人より性質が悪いぞ絶対」

 

「……まぁ、人間の方が、性質が悪いのは確かだ」

 

 そう言ってエルヴィンは軽く苦笑する。レイフォンに手を差し出せば、少年も応えて手を握った。

 

「――では、派遣する兵士はこちらで選んでいいのかな?」

 

「お任せします。――しっかり出世して下さいね」

 

「――困ったな。かなりの大仕事になる」

 

 冗談のように笑ったエルヴィンに応えるように微笑んだレイフォンはしかし、何か言う前にふと視線をヒユウへと向けた。その視線につられてエルヴィンもヒユウへ目を向ける。

 ソファーで寛いでいたはずのヒユウは立ち上がり、窓の外、はるか遠くの一点を凝視するような眼差しをしていた。そうしてやや重く、口を開く。

 

「……ひとつ、忠告を。――エルヴィン」

 

 ふ、と息を吐きながら、ヒユウが振り返る。僅かに朱を孕んだ金の眸が、やけに印象に残った。

 

「――三度目に壁が壊れた時、訪れる闇夜を怖れてはいけない。無論、警戒は必要だが、必要以上に恐れてはならない」

 

「……三度目だと?」

 

「一度目で嚆矢は放たれた。二度目で運命が垣間見えるが、三度目で一度、すべての希望を失うだろう。だが――光は、闇の中でこそ輝くものだ。希望を望むのならば、絶望の中で足掻くしかない」

 

 その言葉に、思わず眉をひそめる。こういった、謎掛けのような問答は好みじゃない。だが、エルヴィンは少し違った感想を持ったようだった。腕を組み、顎を撫でながら問い掛ける。

 

「――ヒユウ殿は、予言者でもあるのか?」

 

「ヒトの歴史は繰り返しだ。長く在れば、似たような場面に時折でくわす。――私にはもう、自分が今どこにいて、誰と話しているのかはっきりとは判っていない。過去の記憶を見ているのか、未来を夢に見ているのか。……ただ、かつてあったことと、これからあることを告げているだけだ」

 

 だが、と言ってヒユウは苦笑した。ひどく人間臭い、自嘲といえる笑みの類。

 

「これは、こちら側の都合。お前たちには関わり無きことだ、ヒトの仔よ。――適当に聞き流せば良い。ただ、珍しく久々に忠告した故、出来れば胸に留め置いておくといいだろう」

 

 その程度の価値はあると、自負している。

 

 そう言ってヒユウはカナギへ目を向けた。カナギは立ち上がり、静かに歩み寄って跪く。

 

「――神薙(カナギ)。『鳥の神の友』――【守人】よ」

 

「はっ」

 

「――昨夜までは雨でだいぶ和らいでいたが、ここは私には五月蝿い。しばらく眠るゆえ、同胞に訊かれたなら、そう応えよ」

 

「――畏まりまして御座います」

 

 言葉と共に組んだ両手を持ち上げ、頭を垂れる。それを見届けると、ヒユウの姿は金砂のような光となって崩れ、大気に融け入るように消えていった。

 

 

 

 






 Pixiv版で、明らかに前後の話と比較して閲覧率と評価が高い話。
 ……え。なにこれ。良いの?
 むしろコレ投稿するとき、「こういうのやっちゃって良いのかなぁ……?」とか思いながら投稿したので、予想に反して好評で「……え?」ってなりました。
 そして今もなお、理由が分からないです。解せぬ。

 あ。レイフォンに腹黒の気があるのは、育て親の影響です。はい。

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