『風纏う剣』
ふわり、と風に包まれる感覚。
思わず笑みを零せば、レンが不思議そうな声を向けた。
『……なに?』
「うん。――レンがいた方が、戦いやすいなって」
言いながら剣を横薙ぎに振るい、目の前にいた巨人のうなじを削ぎ落とす。一閃で可能なのは、レンの持つ風を操る能力が大きい。なんというか――手間は省けるので楽ではある。
だが、それに乗りかかるつもりは無い。
戦場を確認する。高い尖塔に立ち、視界に入る巨人の数は10体。正確には小型のものも含めればそれ以上になるだろう。
既にある程度の露払いは済んでいる。もう少ししたら、仕上げに入っても良いだろう。
だが――――それでは、少し弱い気がする。
「……レン。もしかして、ヴォルフシュテインの距離って」
『もしかしなくても、近いわ。――サーヴォレイド公が此処にいるのだから、わかるでしょう?』
そう。ステルス系のシステムで『何もない』ように見せているが、実のところは壁のすぐ外にはサーヴォレイドが来ている。違う都市とはいえ【剣守】である自分にしてみれば、あの無数の【降魔】や【宝玉珠】たちの気配は間違えようがない。
そもそも、向こうは物見遊山気分でこちらを眺めているのだから、気付くなと言う方が無理なのだ。
「……視線が痛い」
『それだけ期待されている、と言うことね』
「期待しているのは英雄譚であって、俺じゃないよ」
『それでも、『あの』【剣守】が壁の中の人々を怯えさせないように、実力をセーブしたうえで戦ってる最中にアクシデントが発生。どうしようもなくて、一瞬の逡巡の後、迷いを振り切って実力を発揮。影のある微笑と共に退場――――ほら、民衆が好みそうな悲劇の英雄の完成よ』
「――うわぁ……」
いや。まさしくそんな感じの筋書ではあるのだが。
『距離があっても、あなたの勁自体は感知されているだろうし。その強弱と移動の仕方で戦場状態も把握されていると思うわ。――第一、派手なことをしないと、『3ヶ月も出奔した』という事実につり合わないのよ』
「うん。――結局、それなんだよね……」
【降魔】の中でも最強の一角とされている『あの』【剣守】が、『自らの都市を3ヶ月も離れて追跡したうえで、ようやく追い詰めた』という状況でなければならないのだ。
だが、追い詰めるべき相手など既に無い。そのあたりの『役者』も用意はされていると思う。先ほどからチラチラと、妙な勁の残滓があることには気が付いていた。
これは、まずは『潜伏している【敵】を探し出せ』ということだろう。それも巨人を掃除しつつ、兵士を手助けしつつも、彼らには出来る限り関わらないようにしながら。
「……こんな難易度が高い任務は久々だね」
『あら。――でもそれを鮮やかにこなしてみせるのがレイフォンでしょう? ヴォルフシュテイン卿?』
そうだね、と応えて笑う。
正直――――楽しめそうだ、と思ったことも否定できないのだから。
【Loar 01:fhyu porter viega】
巨人を掃討しつつ、目的の気配の主を探す。そしてその相手はいとも容易く見つけることが出来た。
屋根の上に立ち、他の兵士に指示を出しているエルヴィンが立つ場所からほど近い、尖塔の影。
その影に佇む人物を確認してから、ふわりとエルヴィンの隣に降り立つ。
傍にいた兵士が騒ぎ出す前に、気付いたエルヴィンから歩み寄ってくれた。
「――助力、感謝する」
「いえ。――そういうお約束でしたし」
改めて外套のフードを深く被り直し、微かに苦笑する。
エルヴィンもそれに軽く笑み、しかし全身の汚れ具合を見て僅かに眼光を強めた。
「――しかし、ずいぶんと働かせてしまったようだ」
「これは気にしないで下さい。こちらも、本調子とは言い難いので」
言いかけ、そして『敵』が動く気配。しかも狙いは自分では無い。咄嗟にエルヴィンの腕を引いて自分と場所を入れ替える。首目がけて飛んできた鋼糸に腕を出して庇い、引かれる前に手にしたレンの剣で断ち切った。そのまま『敵』を追おうとして、一瞬迷う。
「――――レン」
剣を手放し、ヒトの形へと戻ったレンを残して屋根を跳び移る。――レンがいれば、再度エルヴィンに迷惑を掛けることは無いだろう。
背後でエルヴィンが引き留める声を聞いた気がするが、その辺はレンがどうにかしてくれる。
(――さて、)
武器は無い。
だが、自分は【剣守】にまで登った【降魔】である。
全身に勁を流し、さらに溢れる勁を練り上げ、純度と密度を上げていく。いつも手にする錬金鋼の剣が、今もこの手に在るようなイメージで勁を形作れば、そこにはイメージ通りの剣の形となった勁の塊があった。
これを見せた時、他の【剣守】には呆れられ、次いで大爆笑されたのだ。
どうも自分の持つ勁量は、他の【剣守】からしても抜きん出ている化け物であるらしい。そして、そんな量の勁を全身で受け止め、かつ誘導してくれているのは【天剣】である。そうでなければ、自分の勁量はいつ暴発してもおかしくないものなのだ。
故に――今のこの行動は、自分を知る者からすれば、はっきりと『自暴自棄』や『怒り狂っている』状態だと目に映るだろう。
もしかすると、近くにいるサーヴォレイドの【剣守】が【天剣】とセットで出撃してくるかもしれない。
――――だが、悪いがその介入は許さない。
それをさせると、サーヴォレイドに対する借りが洒落にならなくなるのだ。本当に。
建物の影に見つけた人影を確認し、その人影の後方20メートルほど向こうにいる巨人に向かって溜め込み、剣を模った勁ごと投げつけるようにして放つ。
剣を模った勁は巨人に触れると、凄まじい爆発と共に爆風となって街中を駆け抜けた。
数瞬後、建物の影に入ってそれをやり過ごしたらしい『敵』に視線を向け、僅かに目礼すれば嘆息と共に建物の影から影へと移動し、あっさりと姿を隠す。
とりあえず、今ので『ヴォルフシュテイン卿が3ヶ月掛けて追って来た反逆者は死亡した』で通るだろう。
では、次こそ仕上げだ。
ふと。
再び別の巨人が歩いて来るのを見つけた。その視線が通りひとつ向こうにある尖塔の影に固定されているのを見て、咄嗟に走り出す。
案の定、その尖塔の影にある2つの人影を認め、それに手を伸ばす巨人に舌打ちする。兵士らしき人影は巨人に気付いているものの、動かない。――どうやら、1人は足を負傷しているらしい。
走りながら勁を練り上げ、先ほどと同じ要領で勁に形を与える。異なるのは、形。剣では僅かに間に合わない。イメージするのは剣では無く、弓。
一度立ち止まり、手に顕れた弓を引く。同じく勁で作った矢を番え、足の腱に狙いを定めて放った。同時に再び走り出し、弓を剣の形へと変える。――正直、これは使うのに神経を使うから、あまり長時間は使いたくない。武器が無い時には重宝するが、利点と言えばそれくらいだ。
矢を受けた巨人は片足の腱を傷付けられたことでバランスを崩し、尖塔に向かって倒れる。先ほどの爆風を受けて脆くなっていたらしい尖塔は、巨人を支えられずにあっさりと崩落し始めた。
「――――っ……!!」
練り上げた勁の剣を手放し拡散させる。瓦礫の雨が降り注ぐ中、空いた両手で2人の兵士を無理やり抱え上げて高く跳躍した。活勁で膂力を強化しているお蔭で、特に苦も無く向かいの建物の屋根へと着地する。
抱えた兵士を降ろそうと身を屈めれば、微かな音を立てて紅い雫が滴り落ちた。こめかみを通り、頬を伝ったらしいその血に、どうやら瓦礫で運悪く頭部を負傷したらしいことを知る。降ろした2人の内、少女の方は意識もはっきりしているらしく、しきりと謝罪と礼を述べていた。
だが正直、今はそれに応じる余裕が無い。
(――本当に、運悪いなぁ……)
頭がくらくらするし、視界も眩む。頭を打ったのだから当然と言えばそうなのだが、はっきり言って運が無い。――まぁ、凱旋後に倒れてしまえば、真実味も増すだろうか。
ふらり、と足を踏み出し、兵士から距離を取る。背後から慌てて引き留めるような声が聞こえたが、重ねて言うが余裕が無い。何より、これ以上延ばすとタイミング的におかしくなる。
――あくまでもこれは、【流砂の民】に見せるための、デモンストレーションなのだから。
「――sYAnAsA ut EREMENTAR=GERAD _WOLFSHTEIN ag tAhAkAtA du ahjeas/. 」
ヴォルフシュテインと同調し、承認を求める
『―――――― wAwUjEnNcU ag ahjeas/. 』
承認完了 共鳴開始
壁の向こう、姿を隠すサーヴォレイドの更に向こうから、自らの都市の応えが空に響いた。その懐かしさに思わず微笑みを零し、遙か地平を見晴るかして左手を差し伸べる。
「―― Legions_WOLFSHTEIN parge EREMENTAR=GERAD_WOLFSHTEIN ag yAzLYEtN nha/. 」
レギオスから【天剣】を此処へ召喚する
『―――― ahjeas ag jAzAtN /. Tasyue rawah hLYAmYAmErLYE manaf/. 』
承認しました 実行します 謳う命の花を捧げなさい
応えが響いた瞬間、視界は極光に塗り潰された。
さて。
次はヒュムノスをどうにか組み直さなければ……。