自由の向こう側   作:雲龍紙

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 どんどん行きましょう。
 戦闘シーン、ではあるのかな? 一応。


【yart 03:soa wis li gurandus viega】

 

 

 気が付いたら、朝だった。

 

(――壁外なのによくこんな熟睡できたな、私……)

 

 自分で自分に突っ込みながら、周囲を見渡す。ふと、自分に外套が掛けられているのに気付いて、瞬いた。あの二人が掛けてくれたのだろうか。なんとなく、端々にある縫い取りなどの意匠からカナギの持ち物であるような気がするが――正直、彼が人に気を使うところなど、想像できない。

 

「――イルゼ?」

 

 この声は、ユウの方だ。振り返って姿を確認し、挨拶をする。

 

「おはようございます。――あの、これは?」

 

 笹に何匹かの小振りな魚を刺して泉から戻ってきたらしいユウに、とりあえず外套の主を訊いてみる。ついでに答えが判りやすくなるように、もう一度。今度は外套を指さしながら。

 

「これ、カナギ? ユウ?」

 

「カナギ」

 

 答えたユウは魚を置き、埋火になっていた焚き火を小さく起こす。昨日も使った串に魚を刺して焚き火の周りに立てながら、ふと気付いたようにこちらを振り向いた。その顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。

 

「カナギ■■■■■■■■」

 

 何か言いながら、ユウは左手を広げて薬指の付け根に右手の指で環を描くように触れた。

 ――なんというか、非常に判りやすい気がするジェスチャーではある。しかし。何か納得できない。

 続いてユウはくすくす笑いながら、次に薬指と小指を立ててみせた。さっきよりは難易度が高いが、流れを汲めばおそらくこれは――!

 

「――カナギって、妻子持ちなんですか!?」

 

 思わず叫べば、ユウは楽しそうに笑う。そして今度はその小指だけを残し、右手で小指を示した後、最後に私を指した。

 呼吸が止まる。理解した。ユウはともかく、カナギが色々と気を使ってくれたのは、私が彼の子供にどこかしら似ているところがあった為であるらしい。

 カナギの外見から考えて、その子は本当にまだ子供だろう。そんな小さな子供に似ているだなんてと思い、思いっきり脱力する。

 すると、ユウがとんとん、と私の肩をつついた。顔を上げれば、ユウは悲しげな表情で首を振る。そうして、静かに薬指を折って小指だけを残した。

 

「――――あ、……」

 

 ――奥さんは、亡くなってるんだ。

 あまり触れない方がいいのかもしれない。少なくとも、無神経に「奥さんいるんですか?」とかは訊かない方がいいだろう。

 

「……歓談中、申し訳ないが」

 

 が、どうも決意は遅かったようである。

 曇天を背景に背負うのがとてもよく似合いそうな声色で、カナギの言葉が耳朶を打った。

 

「さっさと朝飯食って出発したいんだが、どうだろうか」

 

「はははははっ」

 

 軽やかな笑い声はユウのものだ。そのユウを睨み付け、それでもカナギは一拍おいて嘆息すると、それだけで見逃すことにしたようだった。

 

 

【邂逅03:其は我が護りの剣】

 

 

 

 

 カナギは、鳥を使うらしい。

 

 時折はさむ休憩中に、よく腕や肩に鳥を乗せている姿が目についた。しかも毎回、違う鳥である。

 どうやらその鳥たちによって巨人の行動ルートを割り出しているようだが、具体的にどうやって割り出しているのかまでは判らなかった。……判れば、今後の調査兵団の役にも立てただろうに。

 力強い羽ばたきの音を残して、カナギの腕から白い鳥が離れる。鴉に見えたが、白い鴉なんて聞いたことない。

 

「……まいった。どうやら進行方向に巨人の一群がいるらしい。およそ8体」

 

 あまりにも事務的に告げられた言葉に、耳に馴染むまでに時間がかかった。言葉が脳に染み込み、じわりと緊張と恐怖、焦燥が沸き起こる。だが、2人の平然とした態度が腑に落ちなかった。

 

「■■■■、■。■■■■■■■■■■■、■■■■■」

 

「……まぁ、妥当なところだな。最大で何分だ」

 

「――■■、■■?」

 

「わかった。2分は保たせる」

 

「え? ええ!?」

 

 まさか戦うつもりなんだろうか。なんか、それが当然という態度でいらっしゃるんですが。一度にたった2人で8体も相手にするとか、馬鹿ですか自殺志願者なんですか。

 あっさりと、実に淡々とやり取りを終えたらしい2人は、私を見て1人は微笑み、もう1人は肩をすくめた。カナギは私に近寄り、背負っていた籠を足元に置く。え。なにこの状況。

 

「ちょっと片付けるから、ここで荷物番な。危険だと感じたら逃げてくれていい。この群れの向こう、約1km先に、お前がはぐれた兵団がいる。休憩中のようだから、お前の足でも追いつけるかもしれない」

 

「え、あ、ちょっと」

 

「イルゼ」

 

 ぽん、と。ユウは私の頭を軽く撫で、優しい笑みを浮かべた。

 

「【――――Was yea ra khal warce yor.】」

 

 額に、やわらかい感触。ユウはくすくすと笑いながら離れていく。私は無意識に額に手をやり、思わず俯いた。

 

 いや。うん。

 

 からかわれたのは、わかっている。それはもう、あの笑い方からして確定的だ。たぶん、私が恐怖と緊張で固まりかけていたのを、ほぐそうとでも思ってのことだろう。だが、しかし。

 とりあえず、真っ赤になっているはずの顔は、あまり見られたくない。

 呆れたような溜息を吐いているカナギも、今は無視する。ていうか、第三者だったら私も「やれやれ」と溜息を吐いてにやにやと見守っていただろう。

当事者としてはどこまでも居た堪れないが。

 

「――――『あなたに加護を』」

 

 カナギの言葉に瞬き、おそるおそる顔を上げる。

 

「あの阿呆の言葉の意訳だ。効果は保証する。覚えておけば、少しは役に立つかもな。――具体例は、今からアレがやらかすから、見ていてもいいだろう。――僥倖だ。先に3体のみ、群れから離れてこちらに来ている。いずれも10メートル以下だ」

 

「それのどこが僥倖なのか判りませんっ!」

 

「いいから見てろ。残念ながらお前たち通常の人間種とは基本スペックが違うんだ」

 

 ――何か、意識に引っかかった。

 だが、それを検証する間もなく、のっそりと、巨人が木々の間から顔を覗かせる。一人離れたところに立っていたユウを見つけ、ゆっくりと緩慢な動きで腕を伸ばした。

 

「ユゥ…っ!」

 

 そばに立っていたカナギに口を塞がれ、声が詰まる。

 

「黙ってろ。【狼呀の民】は戦闘種族だ。本来奴らは一人でいた方が生存率も上がる」

 

 とん、と軽い動作で自らを掴もうとした巨人の腕に飛び乗ったユウは、口角に笑みを乗せ、手にしていた刃を抜いた。

 

「【――Was ki wa hymme.】」

――――――Wee zweie ra wearequewaie.

 

 ユウの声に重なるように、高く澄んだ少女の声が響く。彼の手にした刃から、僅かに燐光が生じたように見えた。

 だが、巨人は気にも留めずに改めてもう一方の手でユウを掴みに掛かった。その動きを一瞥して確認し、ユウは巨人の腕を駆け上る。あっさりと肩に到達し、自然な流れで首を刈り落とした。次の瞬間には更に姿を現した他の2体の巨人へと意識を向けている。倒れる巨人の反動を利用して木の枝に飛び移り、木々を渡って2体目の巨人の背後に回った。更にそのうなじに飛び移り、そのまま刃を振るってうなじを削ぎ落とす。

 

「【――Rre talam dauane re valwa cia, fernia flawr li warce sarla. 】」

――――――Was yea ra rippllys.

 

 ――歌!?

 複雑な、けれど流れるような音階の言葉に、それが歌であるということを知った。そしてその歌に呼応するかのように、ユウの刃に宿った燐光は輝きを増す。

まるで熔かした鉄のような、輝く色。

 ふとカナギを見て、思わず瞬く。彼は何か、とても大切なものを見るような眼差しで、ユウが振るう刃を見つめていた。

 

(――ひょっとして……)

 

 カナギの持っている刃も、同じ形状。ならば、もしかしたら、カナギの大切な人――例えば、亡くなったという奥さんの形見なのかもしれない。

 なら、ユウの声に重なる少女の声は、ひょっとしてカナギの奥さんの声なのだろうか。それならば、カナギの表情には納得ができる。自分の知識では原理などはわからないが、なんとなく、そうであればいいと思った。

 そんなことを考えている間に、3体目も斃したらしい。ユウは再び地面に立っていた。だが、その視線の先には4体の巨人が木々の間から見え隠れしている。

 

「【Omnis rippllys en vianchiel fau, yehar, hyear ! 】」

――――――Was yea ra grandus sos melenas yor !

 

 ユウの刃から、朱金の炎が溢れ出た。その炎は巨人に触れるとまるで生き物であるかのように巨人を包み込み、その形を溶かし尽した。この一瞬で2体が蒸発する。

 

 ――あと、2体。いや。

 数を数える。違う、2体じゃない。3体のはず。なら、あと1体は?

 

 一瞬、ユウがこちらへ目を向けるのが見えた。僅かに眼差しが揺らぎ、その直後には2体の巨人に真っ向から向かい合う形になる。まだ朱金の炎はユウの周りにうねるように舞っている。さきほどの効果が継続するなら、巨人はユウに触れることも出来ずに融解するだろう。

 だが何故か、振り返った一瞬で、安全性を度外視したように感じた。

 いつの間にか肩に回されていたカナギの手に、力がこもる。そして、そっと耳打ちされた。

 

「さわぐな、動くな、振り向くな。――いいな」

 

 あまりにも真剣で重い口調に、思わずこくこくと小さく何度も頷けば、抑えられた低い声で「いい子だ」と言われ、頭を撫でられた。ここでも子ども扱いですか。そうですよね、私、完全に役立たずどころか足手まといになってますよね。それくらい自覚してます。……私だって、兵士なのに。

 

 カナギが振り返り、走り去る気配。ついでユウの歌とはまた違った言葉がカナギの声で響いた。

 

「【――gou ih-rey-i gee-gu-ju-du zwee-i ; 】」

 

 途端に背後からものすごい風に煽られ、思わずたたらを踏む。

 

 ――――さわぐな。動くな。振り向くな。

 

 言われたことを反芻し、唇を噛む。

 悔しい。

 こんな。小さな子供のように守られるばかりで。

 あの厳しい訓練の日々は、何だったのかと。

 

 ――視界が滲むのは、悔しいからだ。

 

 袖で滲んだ視界を拭い、ユウを見る。

 

 ――今の自分にできる、精一杯は。

 

 彼の動き方を見て学び、盗める技術を盗むこと。

 彼は迫る巨人の腕を掻い潜り、地面から巨人の腕へ、次にもう一方の巨人の肩へと跳躍する。

 

(――高い。それに速い)

 

 よくよく考えれば、彼は立体機動装置など持っていない。にもかかわらず、まるで飛ぶように跳躍する。かなりの膂力だ。

 だが、それよりも。

 彼の動きは速かった。場合によってはずっと見ているにも拘らず、見失う。身体の反射能力が高い、というのもあるだろうが、それ以上に判断が早く、かつ迷いがない。まるで。

 

(――確信、しているかのような……)

 

 こういう相手にはこういうルートで攻め込み、こういう手順で狩れば最短最速で片付けられる、とあらかじめ知っているような、そんな動き方。

 

(――どれだけ、戦えば……)

 

 そんな境地に至れるのだろうか。

 

 足場にしている巨人のうなじを刈り、ユウは隣の巨人へ飛び移る。

 再び、ユウと少女の声で歌が聞こえた。

 

 

「【 soa wis li gurandus viega 】」

 ――――Rrha zweie ra… yehar, hyear !

 

 

 

 そして白い光焔が、視界を塗りつぶした。

 

 

 




 ユウとユウの剣とヒュムノスの関係については、後々。

 ページの切り替えができないのがここまで不便だとは思わなかった……。
 いや。慣れれば……慣れればいける! 大丈夫!!

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