『この世界の向こう側へ』
※サブタイトルは意訳万歳。
ふわり、と光の粒子となって崩れる片刃の剣が、新たに黒髪の男の姿となって顕れる。
その男は紅玉のような瞳を細めると、静かに佇んでいた紅蓮の髪の青年に微笑み掛けた。
「――すまない、迷惑を掛け」
「本当にそう思うのならば自重しろと、これを言わせるのは何度目だこのうつけ」
「いや、あの」
「だいたい事の顛末はずっと『視て』いたが、なんだあれは。なにをどうすればあんな三下以下の人間に後れをとれる? だから間抜けと言われるんだ。ついでに無駄に甘い」
淡々と、滔々と表情を動かさないどころか視線を向ける事すらも無く、しばらく扱き下ろしていた青年はふと男を見やる。男は困ったように頬を掻いた後、ふわりと微笑んだ。それを受けて、思わず青年も口を噤む。
「それでも、手を貸してくれただろう?――ありがとう」
「…………次は無いからな。本当に」
「解っている。――使えないと思えば、すげ替えてくれて構わない。その前に一言告げてくれれば禅譲もしよう」
「お前がしっかりやればすむ話だろうが」
なんだか良く判らないが、とりあえずは青年の言い分の方が正しいような気がする。そう思いながら眺めていると、男と目が合った。
すい、と進み出た男は微笑み、口を開く。
「――私は
頓着なく礼を述べ、にこにこと笑う男をしばらく眺めてから、思わずレイフォンへ視線を向けた。レイフォンは軽く苦笑すると、僅かに首を傾げて見せる。
「――このひとは、こういうひとです」
「こいつが、さっきのアレをやったんだな?」
さっきのアレ、とは言わずもがな。巨人を一掃したアレのことである。故に実のところ、かなり警戒はしていたし、今もしている。
だが正直、これが素の性格であるのなら――――なんというか、とてつもなく人が良い分類になる。はっきり言って、警戒するのがばかばかしい、とさえ言えるだろう。――かといって本当に警戒しないのならば、それはただの間抜けであるうえ馬鹿であるわけだが。
対峙する相手は、牙を持っている。それを隠す意図は無い。それは隠すほどのものでは無いと認識しているか、そもそも隠す意味が無いか、である。
それは現状、どちらであっても関係ない。――こちらが確認しなければならないことは、ただ一つ。
「――――あんたは、アレを人間に向かって撃つことは可能なのか」
「……可能か不可能かの2択であるなら、可能だと言わざるを得ない」
僅かな沈黙の後、含みはあるものの、自らに不利なはずの返答をした男に思わず瞬く。いくつか仮定を挙げてから、確認の為に再び口を開いた。
「――まず、あんたは人間では無い。レイフォンたちから掻い摘んで聞いた話を整理して考えるに、あんたは『都市を動かす』ための特殊な【宝玉珠】であり、【神霊】である」
一瞬にも満たない刹那、男が呼吸を止めた。表情こそ目立った動きは無かったが、その視線が一瞬だけ移動する。移動した先を確認すれば、レイフォンが感情の窺えない眼差しを男に向けていた。表面上は笑みを浮かべているが――腹の底が読めない。
そこまで確認して、とりあえず話を続ける。
「あんたはさっきのアレを人間相手にも撃つことは可能だと云ったが、それにはおそらく、条件があり、その条件を現在の『壁の内側』の人間が満たすことは無い」
「……否。確かに条件はある。だが、その条件を満たすことは難しいだけで、やろうと思えば可能だろう。我らに対し敵対する言動をとったと、我らが認識すれば条件は満たされる」
「具体的には?」
「…………端的に言ってしまえば、これには個体差があるので一概には言えない。ただ、普遍的な該当事項は協定にまとめられている。まぁ、もっとも判りやすい一例は、侵略行為だろうな」
「――――迎えが見えた。刻限だ」
紅蓮の髪の青年が零した言葉に、思わず青年が視線を向けている方角へ同じく視線を投げる。
遠く草原に、土煙が立ち昇っているのが見えた。
「……迎え?」
「レギオスの足下にはキャラバン――商隊や流民、遊牧民が暮らしている。中でもヴォルフシュテインは面倒見がいいから、他より大所帯だ。そのうちの一隊だな。都市民との仲も悪くないし――どうやら、直接王命を下されたようだな。王旗も見える」
青年の言葉を一通り聞いたレイフォンは、深く嘆息し、口を開く。
「……もう少し、舞台袖で休めるかと思っていたのに」
「たぶん、休ませてもらえるだろう。あれはトルキエだ。協定によってあれ以上は『壁』に近付けないから、あそこまでは頑張れ」
ひらひらと手を振り、青年はさっさと身を隠すように大気に滲むようにして消えた。事実、面倒事になる前に隠れたのだろう。
――――結局、あの青年は名乗らなかった訳だが、今になってワザとなのかどうかが気になった。
「――劉黒」
レイフォンがそっと男に手を差し伸べる。男は申し訳なさそうに眉尻を下げ、小さく微笑むとその手を取り、改めて武器の形へと戻る。今度は鞘に収まった状態で。
「レン、お願い」
鞘に収まったままの剣をレンに手渡し、レイフォンは外套のフードを深く被り直すとレンを抱き上げ、再三、50メートルの壁から軽く飛び降りた。
――――流石に、もう何も言うまい。
とりあえず自分も立体機動装置を駆使しつつ飛び降り、地面に着地する。
すでに待機していたらしい調査兵団から引き抜かれた面子を確認し、自分も用意されていた馬に飛び乗る。それとほとんど同じタイミングで馬を走らせ始めたレイフォンを追い、思わず溜息を吐いた。ちらりと後ろを見遣り、戸惑いながらも慌ててついて来る班員を確認する。流石に完全に『壁』の外へ出る瞬間には動揺したようだが、それでもついて来ているのは足音と気配で判った。――言い聞かせるよりは実物を見せた方が早い、ということでほとんど何も教えずにつれて来たようなものだったので、『外』にまできちんとついてきたことにとりあえずは息を吐く。
レイフォンと馬を並べ、声を掛けようとしてフードの一部が色濃く染まっているのを見て、思わず舌打ちした。それが聴こえたのか、レイフォンは口元に軽く笑みを浮かべる。
「――流石にばれますか」
「お前、それは流石にマズイだろうが」
「頭部は流石にマズイですね。一個人であれば、さっさと倒れてしまいたいところですが、生憎と僕は一個人では無いので、ここで倒れる訳にも、休む訳にもいきません」
「――おい」
「死にはしませんよ。その線だけは見極めているつもりです。というより、ここで死ぬのは倒れるよりマズイですから。――とりあえず、予想通りの人物が迎えてくれれば少しは休めますので、あの旗の許まではこのままです」
「……ヴォルフシュテインとやらには、まともな大人がいないのか」
再び舌打ちし、思わず毒づけば、レイフォンは軽く鼻で笑った。――これは、実は珍しい反応である気がする。
「――【剣守】はその都市にいる【降魔】で最強の者が背負う地位です。それだけは決して揺るがない。故に、僕がこの地位にいるのは、ヴォルフシュテインには僕以上に強い【降魔】、ひいては人類は存在しないということです」
それは――【剣守】を攻略すれば、あとはどうとでもなる、と言うことでもあるのだろうか。いや。そんなはずはないだろう。もしそうであるなら、【剣守】自身が率先して身を危険に曝すことは無いはずだ。
思考に沈んだ数瞬で、馬の歩調が緩んだのが伝わる。顔を上げれば――主に弓と剣を装備した百人ほどと思しき兵団が整列しているのが見えた。その中からひとり――大きな鳥を肩に乗せた金髪の少年が進み出る。
「――――御帰還、ひと先ずお慶び申し上げます。ヴォルフシュテイン卿 レイフォン・アルセイフ閣下」
肚の読めない笑みと共に出迎えた少年に、レイフォンは思わず、と言うように軽く苦笑してから、もっともらしく鷹揚に応えてみせた。
「……出迎え、感謝します。トルキエ将軍が
『一』という漢数字が、横書きだと絶望的なまでに使えない……。
『二人』『三人』は漢数字も使えるけれど、『一人』だけは使えない。同じ理由でたとえ熟語であったとしても、『一』は使えないので『ひと』『いち』ってひらくしかなくて……でもひらくと格好がつかない文があったりして、たまに涙目になります。
まぁ、元々『縦書きは漢数字。横書きはアラビア数字』と小学校で習ってますけどね!でも『数値』ならアラビア数字でいいけど、『言葉』としての数字はアラビア数字じゃないでしょう。でも『一』は横書きじゃ使えない。『――』とかとごっちゃになるからね!
……今のところ、読み易いようにしているつもりですが、どこか失敗していたら教えてくださいませm(_ _)m