自由の向こう側   作:雲龍紙

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『集う魂の箱舟』


 今回はちょっと長め(※当社比)です。
 今更ですが、『外典』と括られている話は、『壁』の『外』に主軸を置いた話となっております。ご了承ください。



【stig 02:Syast Spiritum Sanctum 】

 

 

 馬を駆り、荒野を駈ける。

 

 近付くほどに、自律型移動都市と教えられたソレは、かつての人類が誇っていた文明を見せつけるように、凄まじい大きさを誇っていた。既に視界に収まる大きさでは無くなっているというのに、まだ足下にも辿り着かない。

 

 だが、レイフォンが50メートルの壁の高さに躊躇いも何もなかった理由も、これを見れば納得せざるを得なかった。50メートルどころでは無い。地上から外壁の底までの高さだけで百メートルはある。そして、その上にあるのは複雑な機械などの層であろうことは想像できる。要は、この超巨大な都市を動かすための機関部分だ。そして更にその上に地上と同じ環境を整えられるだけの土が敷かれ、木々が生い茂り、水路も整えられている。そうしてようやく、その地上に転落防止用の壁であり、索敵用の歩哨が設置されているようだった。

 

 はっきり言おう。

 

 現状、『壁の中』の人間にはこれを真似て作るどころか、構造を理解する事すら難しいだろう。それこそ、『これは大いなる神の御業である!!』と喧伝してしまった方が――いや、喧伝してまわる必要すらなく、そのように理解されるに違いない。

 

 だが――だからこそ、この技術の一部、片鱗であっても持ち帰ることが出来たなら、それは人類にとって大きな利益になる筈だった。

 

 

 ようやく、巨大な都市の足下に動く群れの影を見つけた。どうやら馬や羊が疎らに散って草を食んでいるらしい。そして、それを見守る何人かの人影。

 

 人影はこちらを認識すると1人が都市の方へ駆け出し、何人かがこちらへ――正確にはマフムートへ向かって駆けて来る。彼は大きな猛禽を連れているので、遠目からでも目立っていた。おそらくはそれを目印にしているのだろう。

 

 マフムートが駆けて来た者と言葉を交わしているのを見て、ふと重要なことに気が付いた。思わず動きごと思考も固まったと言って良い。

 

 

 ――――イルゼ・ラングナーは、最初は言葉が通じなかった、と言っていなかったか。

 

 

 それを思い出したのは、マフムートと彼の許へやって来た人物の言葉のやり取りが、理解できないどころか聞き取れなかったからだった。

 

 いや、注意深く聞けば、聞き取れる単語も文章もところどころにはある。だが、理解できない単語も多くあることに衝撃を受けた。

 

「――どうしました?」

 

「……レイフォン」

 

 いつの間にか停止していたらしい幌馬車から降りて来たレイフォンに声を掛けられ、思わず押し黙る。単純に、言語が違う場合どうすればいいのかという事を、どのように訊けばいいのか判らなかった。

 

 第一、 レイフォンとは問題無く意思疎通が出来ている。

 

「……イルゼが、『外』とは言葉が違うと言っていたが、」

 

「――ええ、違いますね。ですが、ほとんどの流砂の民はドイツ語圏なので問題はないかと」

 

「……あ?」

 

「あ……えぇっと、つまり、流砂の民の基本言語は『壁の中』の方々と同じです。もっとも、レギオスで暮らす以上、一箇所の文化圏に定住することは無いので、商談や交流の為に基本言語の他にいくつか覚えるのが常識になっていますけど」

 

 でも流砂の民に関しては、言語的な問題はほとんどないでしょう、と言って困ったように笑ったレイフォンを眺めながら、それは少なくとも多少の齟齬は生じると思っておけ、という事だろうかと口をつぐむ羽目になった。

 

 

 

【stig 02:Syast Spiritum Sanctum 】

 

 

 

 ヴォルフシュテインの足下に一団が着いたのは陽がだいぶ傾き、朱金の斜陽が荒野を撫でる黄昏の頃だった。欠伸を堪えつつ凝り固まった身体を伸ばし、先に馬車から降りて行ったレイフォンを追って自らも降りる。あたりを見回せば、比較的近くで『壁の中』から連れて来たという男と話をしているようだった。

 

 『壁の中』から連れて来た、という件に関しては真偽の判定のしようがないので気にしていない。というより、気に掛けたところでどうにもならない。とりあえず確定的なのは『彼らは自らが属していた領域以外のことには知識すら乏しい』という事だ。とにかく、レギオス――自律型移動都市や【流砂の民】のあれこれに関しては不案内であり、まったくの素人である、という事だけは確からしい。

 

 本来、そういう身元不明者を受け入れることは、あり得ない。巡礼者という者もいるが、あれは実のところ身元ははっきりしているし、それぞれに後見がついている。だからこそ、検問のフリーパスが通用するだけだ。今回はヴォルフシュテイン卿の間諜――要はスパイという扱いにしてしまうようだが、それにしたって本来は色々と面倒がある。

 だが、今危惧しているのは『招かれざる客』の方だ。

 

 レイフォン自身は、その可能性には思い至っているだろう。あれで政治の中枢に棲む海千山千の狐狸妖怪じみた連中とも渡り合っていたりしたのだから、権力大事な人間が『邪魔者』を片付ける為にどう動くかくらいは大体解っている。――まぁ、今は小物しか残っていなかったような気がするが。

 

 問題は、ヴォルフシュテインの天剣の方だ。あの天剣は基本的に人間の悪意には疎い。頭の回転は速いし、察しも良い筈なのだが――なぜか人間の悪意に関してのみ、非常に鈍い。安穏と生きてきた訳でもあるまいに、非常に理解しがたいことではあるが、それも今はどうにも出来ないので脇に置いておく。とりあえず、ヴォルフシュテインの天剣は『そういう局面においては役に立たない』とだけ意識の端に留意していればいい。

 

「――トルキス、」

 

「あー……お前は結構、警戒心強いのにな?」

 

 いつの間にか自分の後ろに顕現していた自らの天剣にそう愚痴れば、彼は微かに眉をひそめて訝しげな視線を向けて来る。それを受けて改めて苦笑し、口を開いた。

 

「ひと口に天剣って言っても、色々なんだな、と。巷では『自律型移動都市を制御する疑似人格プログラム』だとか言われてたりするのにな? ――まぁ、本当にそうなら、色々と突っ込みどころが満載になる訳だが。端的に言って、お前みたいに人間臭い奴とヴォルフシュテインみたいに人間臭く無い奴とがいるし。――これに理由はあるのかな、と少しばかり考えたりするワケ」

 

 この天剣は、ひどく人間臭い。今でこそ表面上は淡々としていて、ともすれば冷徹に見えなくもないが、初めてコイツを見つけた時には、それはそれは凄まじく激しい感情を撒き散らしていたのだ。そしてそれは、酷く人間臭い慟哭と憤激が綯い交ぜになった悲憤だった。

 それ自体は自分にとってはどちらかと言うと好印象に属するモノだった。嫌悪感など微塵も無かった。その激情はおそらくは大切な何かを奪われ、そして喪った故のモノだと、理解も共感も及ぶ範囲だった。

 理解できなかったのは――おそらくはレギオス・サーヴォレイドの天剣、即ち都市そのものであろうその存在に対する、人間側の仕打ちだ。

 

 ――故に、自分は王族もサーヴォレイドの政治中枢にいた連中もすべて、殺した。

 

 そして、だからこそサーヴォレイドの天剣は、自分を選んだ。

 

 当時の人間たちは恐れ戦いたことだろう。何せ、自らの都市が選んだのは、自分たちの王やその一族、要人たちを虐殺して廻り、皆殺しにした大叛逆者だったのだから。

 まぁ、天剣からすれば、そもそも選択肢など無かっただろう、と一蹴しそうだが。

 

「――――かつて人間だったものと、最初からヒトとは遠いものの違いだろう」

 

 感慨に耽っていたため、その言葉に反応が遅れた。理解が遅れたと言っても良い。

 というより、そもそもその点についての返答が返って来るとは思っていなかった。決して短いとは言えなくなった付き合いの中で、幾度と無く発しては無言で返された類の問いである。今回もいつもの流れで訊いてはみたが、返答を期待していた訳では無いのだ。

 慌てて振り返り、何かを言おうとして言うべき言葉が見つからずに、口をつぐむ。

 天剣――夜刀は静かに視線を交わすと、緩慢に瞬いた。血涙に染められたような双眸が微かに揺らぎ、斜陽に引き伸ばされた自らの影に視線を落とす。この時間帯だけは都市の下にも陽の光が差し込んで影が浮かび上がるが、夜刀はこの時間帯になると何処か一人になれるところで遠くを眺めていることが多かった。

 たぶん、あの果ての無い悲憤と、この時間帯の行動の理由は非常に近いところにあるのだろう、とは思う。だからこそ、迂闊に踏み込む訳にもいかずに逡巡してしまう。

 

「――ヴォルフシュテインは元々神霊として生じた。俺は……まぁ、一応、人間として生きていた。だから、お前が感じている齟齬は、あながち間違いでも無い」

 

 だから、と夜刀は吐息を吐いて小さく呟いた。

 

「お前が危惧していることは、俺も考えていた。それに対する好悪は別として、手段として選ぶ者がいるだろうという事くらいは、考えも及ぶ程度には俺は人間に近しい」

 

 生来、神霊であったヴォルフシュテインには無理だろうが、と言って口を噤む。

 

「――これは、あれか? 長年の苦労が少しは報われた瞬間か?」

 

「……何を言っている」

 

「いやだって、お前――ハリネズミの如く警戒心の塊だったお前が、ほんの微かばかりとはいえ歩み寄る気配を滲ませてくれるとは……こう、感無量、的な?」

 

「……茶化す気なら、もういい」

 

 深い嘆息と共に姿を消そうとする夜刀の手を慌てて取り、思わず息を吐いて軽く苦笑した。

 

「待てよ。別に茶化してないから。――お前、都市のハッキングって出来る?」

 

「……出来なくはないが、」

 

 言葉を選ぶように言いよどんだ相手の肩をぽんぽんと叩き、うんうんと何度も頷いて深く同意する。

 

「うん。だいたい解る。こういうのってプロテクトとか互換性とか色々あるもんな。――全統括システムとかは別にいい。てか内部まで侵入しなくていい。都市の表層、追跡とか隔壁操作とか、そういうのでいい。ただ、内部にウィルスがあった場合は――」

 

「……ヴォルフシュテインは、もっと悪意にも敏くなるべきだと思った」

 

「いや、流石にウィルス感知したら、キレてくれると思いたいんだが」

 

「――どうだかな」

 

 やはり、この天剣は察しが良い。皆まで言わずとも察して理解してしまう。僅かに口元に笑みを浮かべて視線だけで先を促せば、どこか「やれやれ」とでも言いたげに嘆息して言葉を続けた。

 

「――三ヶ月だ。その間、光浄都市は本当に最低限の機能しか動いていなかった。連中にとっては、これ以上なく絶好の機会だったはずだ。しかも、厄介なヴォルフシュテイン卿は負傷して戻って来る」

 

 つまり、現状で最も危険なのはレイフォンなのだ。【剣守】さえ押さえれば、『都市を制御できる人間』はいなくなる。【天剣】はそれだけでは『都市を動かすだけの動力源』に過ぎない。【王】は人間社会をまわす為に用意されているものなので、都市を破壊することが目的なら無視できる。

 

 多くの人間が誤解し、そしてその方が防衛上において都合が良かった為に訂正されなかったモノがこれだ。――【天剣】は都市を動かす者。【王】は人々を導く者。【剣守】とは人間と【天剣】――即ち都市とを繋げる為に用意された依代である。故に【剣守】を失った場合、人間は都市に干渉する一切の術を失う。だからこそ、わざわざ高い地位を与えられ、他の降魔や人間に守られる理由付けをされているのだから。

 だが、そんなことはレイフォンも承知しているはず。

 

 そこまで考え、ふとレイフォンの年齢と性格、ヴォルフシュテインの天剣の性格を顧みて――思わず頬を引き攣らせた。

 

 ――知らないかもしれない。

 

 そもそも、自分がこれを知ったのは、自分の天剣が『元人間の神格持ち』であるせいだ。厳密にいうと違うらしいのだが、面倒なのでとりあえずはこの認識でいいらしい。そしてキュアンティスの天剣に会い、気になったことがあって他の天剣にも片っ端から会いに行ったことがある。表向きは『王殺しの釈明』という形ではあったが、それで疑問は確信に変わった。

 レギオスの天剣とは、比較的人間と懇意にしていた神霊、あるいは自らが人間であった記憶を持つ神格持ちである。

 それがなんで天剣としてレギオスにいるのかまでは解らないが、――まぁ、災獣が現れた事と、無関係ではないのだろう。

 

「――なぁ、オレはお前たちが神格なのは知ってる訳なんだけど……考えてみればお前から聞いたのついさっきだし、これって普通は天剣も教えないのか?」

 

「レギオスの民は神格とは縁遠い。伝えたところで、それがどういう意味を持つのかを思い至ることは無いだろう」

 

「つまり、教えないワケね……」

 

「伝えたところで意味が無い。――が、ヴォルフシュテインの王は過去視の恩寵――異能持ちだ。必要であれば既に知っているだろう」

 

「――あの王サマ、転んでもただじゃ起きないタイプだし……王サマの采配に期待しつつ、オレらも準備しますかねぇ」

 

「ケリーを迎えに行くのにかこつけて、な」

 

 その言い方に思わず噴き出し、腹を抱えて笑う。実を言うと、ケリーと夜刀を引き合わせたのは自分である。サーヴォレイドは王が不在の期間が永く、それは夜刀が人間に対して幻滅していたからだ。が、それでは都市としてまわらない。どうにかこうにか説き伏せてみれば、自分が見込んだ人間をつれて来ることになってしまっていた。

 

 ――――あの時は、本当にまいった。

 

 結果的には上手くいったようだが、下手をすると都市がひとつ減っていただろう。

 

「まぁ、ジャスミンとダイアナにケリーを返さないとな。――そういうワケで」

 

 レイフォンがマフムートと共に離れていくのを見送り、ゆっくりと『壁の中』から来たという男へと歩み寄る。

 こちらが近付くのに気付いた男からは警戒している視線を向けられたが、それは気にせず笑い掛けてみた。

 

「――よぉ、お疲れさん」

 

 

 

 






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