自由の向こう側   作:雲龍紙

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『見送る者の、始にして頂』

 こちらはセラフェノ音語より。





【stig 04:Lor be se Gillisu feo olfey cori ende olte 】

 

 

 目の前の敵を切り裂き、息を吐く間も無く走る。

 

 技量は問題無い。対処できる範囲だ。体力も問題無い。この身体にそんなものは設定されていない。何故、完璧主義者のあいつが設定しなかったかなどは知らないが、たぶん別のところで完璧主義を発揮していたのだろう。そう、たとえば、『どれだけ人間の感情表現を再現できるか』とか『肉体が精神に引きずられる状態』だとか、そういう部分で発揮していたのかも知れない。

 現にいま、真面目に困った状況なのは、『精神』のほうだ。

 こんな暗闇の何もない空間で、ひたすら走りながら目前の敵を切り伏せ、襲って来る敵を振り払い、薙ぎ払いしているだけの、『終わりの見えない状況』に精神的な疲労が蓄積されるのは、ごく当然のことで。しかも肉体が精神的疲労に引きずられるのも、ごく当たり前の事だといえる。

 はっきり言って、流石に疲れた、というのが正直なところだった。

 だが、身体は反射的に襲って来る『敵』に対応し、的確に致命傷を負わせている。――元々、本当に生きているのかどうかは知らないが。

 

「――なぁ、夜刀」

 

 呼び掛けながら剣を振りかぶって来る一人の狼面衆の首を刎ねて斃し、ふと気付く。

 そう言えば、自分からこの天剣に声を掛けるのは、実は滅多に無い気がする。必要な時は大体、天剣の方から声を掛けて来るし、用がある時も同様だ。そして、特別に用がある訳でも無い時にも、声を掛けて来るのは基本的に天剣――夜刀の方からで。

 元々、自分が天剣の名をあまり呼ばないことは自覚していたが、そもそも、自分から声を掛けることが少なかったかもしれない事実に思い当たり、思わず動きが鈍る。

 その一瞬を突かれたのは流石に偶然だろう。自分では無く夜刀に向かって放たれた剣閃を、剣を握る右腕で防ぐ。金属がぶつかり合う鈍い音が響き、夜刀が息を呑む気配を感じながら、肉薄してきた狼面衆を右足で蹴り飛ばした。

 

 

 

 

【stig 04:Lor be se Gillisu feo olfey cori ende olte 】

 見送る者の、始にして頂

 

 

 

「トルキス…ッ、」

 

「暴れんな。――大丈夫だから」

 

 多少、皮膚は傷ついたが痛みは無い。

 というか、脳に直接、痛みの信号を送りつけるかでもしない限り、この身体は痛みを感じない。その分、自分で常に身体の状態をチェックしていなければならないが。気が付いたら首だけになってたとかいう状況にでもなったら笑えない。――もっとも、それが出来る奴はかなり限られているが。

 

 

「――止まったな」

「止まった」

「止まった」

 

 そう。一瞬の不覚で、足を止めてしまった。

 そして、そうなれば狼面衆に再び完全に囲まれてしまう。だからこそ、走り続けていたというのに。

 思わず自分の不甲斐なさに嘆息し、周囲に目線を走らせる。ざっと30体を数えたところで、数の把握は諦めた。そもそも、こいつらに数は意味を成さない。文字通り、無限に湧き続けるのだから。

 

 

「ここまでだ」

「ここまでだ。絡繰りよ」

「逃げ場は無い」

「これ以上の好機は無い。故にここで」

「分不相応な絡繰り人形は退場するが良い」

 

 向けられる言葉をとりあえず聞いているフリで左から右へと聞き流し、どうするかな、と考える。

 正直、自分が出来ることの範囲内に、打開策は無い。オレ自身には界を渡る能力は無いし、こう、空間自体を切ったり繋げたりとか、そんな力も無い。というか、自分は『【降魔】の身体構造を再現したサイボーグ』でしかないのが実情だ。そんな都合の良い特殊能力なんて発現しないだろう。

 ――いや。例外があった。【セラの民】には機神と呼ばれるアンドロイドが数体、存在する。特定の神性存在から加護を与えられたアンドロイドだ。

 つまり、特定の神性存在ならば、特定の条件を満たした者に生物・無機物を問わず、加護――つまり、なんらかの特殊能力を与えることが出来るのだろう。だが、おそらくはこの場合、特定の神性存在というのは『元から神性存在として生じた』タイプの連中であって、『人間から神格の領域にまで至った』タイプでは無い、とも思われる。

 根拠は単純で、散在する民の伝承・伝説・神話・逸話を紐解いて実在する神性存在に照らし合わせて考え、分類した結果だ。何せ神性存在の実物にまで逢って話をしているのだから、それほど見当違いでも無いだろう。

 

「――出来損ないの裏切り者よ」

 

 少しばかり耳に痛い言葉が入り込んできた。

 別にその言葉自体がどう、という訳でも無いが。ただ、あまり人に知られたいとは思えない話であるだけで。ついでに、夜刀には特に知られて欲しくないな、と思っていただけで。こう――信頼がどうとか言う以前に、物凄く拗ねられるか怒られるかしそうで。

 

「――――トルキス」

 

「……はい、」

 

「降ろせ」

 

 静かな、そして低い声が、夜刀から発せられた。思わず息を呑み、そっと降ろしてから嘆息して天を仰ぐ。――この空間に、広い蒼穹なんか見えないが。

 

「詳しい話は、後でじっくりするとして、だ」

 

 ゆったりと、静かな声が響く。妙に寒い気がするのは、きっと気のせいじゃないんだろうな、と思いながら、同じく静かな威圧感に圧倒されて動けなくなったらしい狼面衆を見渡した。今なら突破できるかもしれない。――――この天剣の怒りを、無視する勇気があれば。

 

「――黙って聞いていれば、ごちゃごちゃと。言うに事欠いて『出来損ない』だと? よくも斯様な戯言を、私の前で口に出来たものだな」

 

 ――え。反応したのソコ?

 などとは、間違っても口に出さない。

 理由? そんなもの――これ以上、不用意に夜刀の逆鱗に触れないためだ。突っ込んでしまえば、高確率でオレに対しても怒りの矛先を向けて来る。

 

「そもそも――」

 

 夜刀がこちらに視線を向けてきた。苛立たしそうに、すぅっと目を細める。

 やっぱ美人だと怒ってる姿も綺麗だな。眼福眼福。――これは現実逃避だと理解しているが、ちょっとあまり直撃は受けたくない。

 

「お前も、何故、言わせておく? この、取るに足らない塵芥どもは、お前を貶しているんだぞ」

 

 ……うん?

 思わず瞬き、まじまじと夜刀を見つめる。――今の言葉を解釈すると、こう……え。いやいや、まさか。

 

「いや。別にどーでもいいヤツにどう評価されようと、どうでも良くね?」

 

「それは同感だ。――だが、こいつらはお前を『出来損ない』だの『絡繰り人形』だの『分不相応』だの言ってくれたんだぞ」

 

「…………なぁ、」

 

 苛烈な眼差しで睨んでくる夜刀を眺めつつ、思わず頬を掻く。重大にすれ違ってるような気がする点をハッキリさせるために、再び口を開いた。

 

「ひょっとしてオレ、それなりに多少は大事に思われてんの?」

 

「…………」

 

 夜刀の眼差しが、凍り付いた。同時に表情が抜け落ちる。そのまま背を向けて一歩を踏み出した夜刀を慌てて袖を掴んで引き留め、しかし言うべき言葉が思い浮かばずに視線を泳がせた。

 

「あー……いや。その、な? なんつーか、意外っていうか」

 

 悪気は無い。それはもう、まったく無い。というか、むしろ、こいつは人間を嫌ってると思ってた。だから、必要以上にこちらから絡もうとはしなかった訳で。

 

「えっと……理由が、解らないんだが」

 

 本当に。言ってしまえば、この一言に尽きる。

 嫌われているならば理解できる。そっちの理由は、見当もつく。だが、嫌われていないどころか、一応多少は気に掛けてくれているらしい。しかし、その理由は見当もつかない。

 

 ――ん? いや、待てよ?

 ひょっとして、見方を変えれば、ありかも知れない。こう、前提条件が違うというか。

 

「……ひょっとしてお前、オレが無条件でお前を助けた、とか思ってるか?」

 

「――――いけないか」

 

「いやいや。いけなくはない。けどな? オレはオレで目的があって、それに合致したから助けたんだよ。ついでだ、ついで。そんなんで感謝されたり、恩義感じたりされても居心地悪いだろうが」

 

「お前の事情など知った事か」

 

 ――はい?

 

「俺は――誰かの助けを必要としていた。この、砕けた力のひと欠片程度では、出来ることなどたかが知れている。誰かの手が必要だった。現状を動かすために、自分以外の手が」

 

 凍えるような冷たい声で、淡々と言葉が紡がれる。

 

「――――誰でも良かった」

 

 だが、その言葉は何故か、懺悔のようで。

 

「誰でも良い――そんな馬鹿げた声に応えてくれた馬鹿は、お前だけだった。それに感謝して何が悪い」

 

「悪いとは思わない、けど……」

 

 不意に、夜刀の紅い眼差しが揺れた。ざわりと空間が揺らぎ、威圧感が増す。

 

 ――あ、やべ。完全に怒らせた。

 

「――そうか。そうだろうとも。だが、今はそんなことはどうでもいい。ただ、これだけは言っておく。――ああ、だが、そのまま言っても通じないようだから、お前にも理解しやすく噛み砕いて言ってやろう」

 

 軽く鼻で笑って、口元に嘲笑を浮かべる。――が、無論の事、眼は笑っていない。

 正直、やっぱ美人だなぁとか、今日はよくしゃべるなぁとか、そんなことが脳裏に浮かぶが――解っている。これは、現実逃避の一種か、むしろ現実を直視しないことで精神の安寧を得ようとしている無意識の行為に他ならない。

 

「――お前は、俺の【剣守】だろう。ならば、この程度の塵に侮られることなど、俺が許さない」

 

 いっそ清々しいほどに、傲慢な言葉。

 だが、そうだ。『かつて人間だった神格持ち』など、そういうモノ。自らの覇をもって他を支配する。そして、――そんなことは、どうでもいい。

 自分もずっと夜刀に対して遠慮している部分があったが、どうも夜刀も長らくオレに対して遠慮していたらしい。そして今、その遠慮を切り捨てた。

 思わず嘆息し、そうして笑う。

 

「―― Yes, My lord. 」

 

 芝居がかった所作で一礼してみせれば、夜刀は呆れたように息を吐いた。

 

 

―――――





 肩が痛くて、PCツライ……です……(泣)

 てか、マジで痛すぎて首肩動かせない……。どうしよう。整体にまた通うべきなのか……?


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