自由の向こう側   作:雲龍紙

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 【Miqveqs】ミクヴェクス――意訳するなら、『夢見る蛇』あるいは『ただそこに佇立するもの』。不変性の蛇。セラの左身。移ろわざる者。




【stig 06:夢見る蛇 -Miqveqs-】

 

O ric ole wi, pile noi myizis egic

 夢、理想の空隙へ沈み

O ric shel wi, cross Kyel solit lef Miqis I

 願、現世の孤独へ帰る

 

 

 一滴の雫のようにその旋律は紡がれ、一面の闇の中、白く輝く波紋となって広がっていく。

 透明な涙にも似た詠に闇はざわめき、戸惑うようにじわりと謳い手の周囲に仮面がいくつも出現した。

 

「――【夜】よ」

「真なる敗者の王よ」

「音を紗る者よ」

「空白の名詠者よ」

 

 狼面衆の声に応じるようにシャオは微笑み、しかし詠を紡ぎ続ける。

 

 

clar dackt, mihas r-madel, elmei valen lihit vel yulis

 歌潰え、絆は絶たれ、祈りの一切空虚を望み

Sera, Sew ele slin Kyel cielis cley

 そしてまた わたしも彼方の地へ旅立とう

 

 

「邪魔をするか」

 

 

xeoi loar kis flan-l-keen, Uhw kis hiz tinny lef riris ende Zarah

 夜の風は冷たく、鋭く それは約束と福音の物語

 

 

「敗者の王と冠する貴様が敗者を邪魔するか」

 

 

kamis wire r-gorn uc nazarie rei

 罪色の雨は 記憶の筐を錆びつかせ

yupa hiz loar nec cross-Ye-yulis noi missis ciel

 もはや帰ることのない風は 遥かなる彼方へ消えていく

 

 

「忌々しい」

「忌々しい」

「我等の行く手を阻むのならば」

 

 狼面衆が一糸乱れぬ動きで錬金鋼を抜き、復元させた剣を構える。

 それを見守るような眼差しで眺めるシャオは、未だ微笑みを浮かべたまま。その様はどこか、殉教する聖者を連想させる。

 攻撃の意思も、撃退の意思も示さず、ただ全てを受け入れるような眼差しで、ただ詠い続ける。その行為こそが、狼面衆を無意識に躊躇させていた。

 攻撃すれば、甘んじてそれを受けるような。そんな姿を予感させる。

 では、こちらに引き込めばどうか? ――――それも、受け入れるような気がする。

 わからない。

 だが、そう。

 わからないのだから、不確定要素を排除する為に、その芽は摘まなければなるまい。

 総意を定め、摘み取る意思を明確にする。剣を片手に走り出し、肉薄する。

 

 

O hepne Sec yahe,

 眠れよ我が身

ria ole fert et dackt stery

 全て千々に潰えた夢のため

 

 

 近付く無数の刃を前に、それでも【夜】は微笑んだまま。

 緩慢に瞼を下ろし、瞑目する。

 

 

O iden Sec virse,

 沈めよ我が詩

ria elmei valen

 全て一切の祈りのために

 

 

 軽く両腕を広げて佇む姿は、迷い児を抱擁しようとする慈母像にも似ていた。

 

 

O kills Sec haul,

 凍れよ我が灯

ria mihas r-madel zayxus

 全て永劫に絶たれし絆のために

 

 

 無防備な【夜】に向けて剣を振り下ろした瞬間。

 高く澄んだ硬い音と共に、剣が弾き返された。

 

「――あまり、調子に乗るなよ狼面衆」

 

 精緻な刺繍が施された鮮やかな深緋の衣が、眼前で翻る。

 

「大人しく時が来るまで待っていればいいものを。――自ら救済の手を取らないことを選んだのだから、せめて黙って見届けろ。それが嫌なら、慈悲深い神霊が手を差し伸べた時に素直に手を取れ。それ以外で手を出すな、干渉するな、何より邪魔するな。お前らがこの世界を恨むのは、そもそもお門違いなんだよッ!」

 

 そう言って『鳥の神』の使いである【守人】は動きの止まった狼面衆を手にした刀で切り伏せた。流血は無い。ただ、再び闇の中へと溶けるように霧散する。

 

 

wi mille-l-pelma pheno

 さあ 生まれ落ちた子よ

wi E kiss hiz qelno, nifit elmei iden

 見届けなさい 世界の全てが沈んでも

ria-ia sophia, Sew ele dia Kyel ririsis laphia

 それでもなお、約束の丘へと私は歩く

 

 

 紡がれる詠が、終わりを迎える気配。

 ふわり、と。

 大気が動き、風が流れた。

 詠と共に足下に広がる波紋が、白く透明な輝きを増す。

 

 

 

 

O sia Sophit, Riris ele, Selah pheno sia-s Orbie Riris

 全ての約束された子供たちのために

 

 

 

 

 圧倒的な白い神威が、空間を突き破って顕現した。

 

 

 

 

 

【stig 06:夢見る蛇 -Miqveqs-】

 

 

 

 

 ――――そもそも、いわゆる神霊という存在は、殆ど人前に現れることは無い。そういう『いと貴き神聖な存在』は、軽々しく人助けだとか、人の世に干渉するとか、そういうことは基本的にしないのが不文律である。

 ――が。

 同時に、それをあっさりと破って好き勝手するのも、神霊の性である。故に、現在まで生き延びた人類の大半は神霊たちを畏れ、敬うことで、その些細で――しかし人類にとっては絶大な加護や庇護に与かっているのだ。

 つまり、何が言いたいのかというと。

 

「……なんかオレ、すげぇ場違いじゃね?」

 

「……言いたいことはわかる」

 

「いや。アンタも向こう組だろ」

 

 『向こう』と言って、いわゆる『神様』たち+αが和やかに話している方を指させば、隣に佇む【守の民】の青年――に見える『鳥の神』の巫覡(かんなぎ)は嫌そうに顔をしかめた。

 

「――俺はソラのせいで不老不死なだけだぞ。しかも不老不死というよりはただの不老で、『死んだら練り直して蘇らせますね』って感じだし。これって脅されてないか?」

 

「いやいや、それが『神』ってやつの愛情表現っていうか――こう、色々と人間基準だとぶっ飛んでんだよなぁ……」

 

 しみじみと今まで出逢った神霊たちを思い返しつつ、深く嘆息する。――まぁ、人類を守ってくれている連中である。基本的には人間臭いが、稀にある価値観や視点のズレを、どうしても理解できない人間が悲嘆する場面も何度か見た。

 そもそも、生きる時間も世界の見え方もまったく違う次元の存在が、何故こうも人間臭いのかを考えれば、人間にそんな些細なズレを悲嘆する権利なんか既に無いと思うのだが。自らの本質を歪めてまで、人類を守ろうとしてくれている相手に、大変失礼な話だと思う。

 

『――それは仕方ありません。根本的に、わたしたちとあなたたちは異なるのだから』

 

 するり、と約10メートルくらいはありそうな白い大蛇の形をした神霊が、横から現れた。何年か前にも逢っているが、その時はこんなサイズでは無く――とまで考えて、思わず息を吐く。サイズなんか突っ込むだけ無意味だ。

 

「――アンタが動いて良かったのか? ミクヴェクス」

 

 言いながら手を伸ばし、白い大蛇の滑らかな額を撫でた。それに応えるように、ふふふ、と女性的で柔らかな笑い声が響く。

 

『我らが母に頼まれたのです。良いも悪いもありません。――セラは、彼の方をとても案じていますから。そして、我らもまた、彼の方に感謝しています』

 

 ――『彼の方』というのが夜刀の事であるのは、知っている。ただの同胞、というには妙に【セラの民】の『守り神』たちは夜刀に敬意をもって接しているが、具体的にどういう知り合いなのかまでは、訊いたことがなかった。だいたい、【セラの民】の領域は遠く、北西の果てにある湖の畔である。いくつかのレギオスは時折その付近を通ることもあるが、基本的には特定のレギオス以外は近付かない。

 ――その特定のレギオスのひとつが、サーヴォレイドである訳なのだが。

 

「……ところで、ここは?」

 

 さっきまでいた空間――狼面衆によって引きずり込まれた場所とは違って、ここはどこまでも白い世界だった。目の前にいる大蛇――ミクヴェクスと同じ色。

 

『ここは、『わたし』という『世界』の中です』

 

「……もうちょっと具体的に。今の状況が知りたい」

 

 たぶん、神霊同士の会話であれば、それだけでも通じるんだろう。だが自分は一応、人間である。もっと具体的な情報が欲しい。

 そう伝えれば、ミクヴェクスは小首を傾げるようにして、こちらを見返して来た。

 

『――あなた方を保護するのに、もっとも確実かつ安全な方法を用いたのです。それが、ゼロ領域とは別の世界に移動させること。ゼロ領域そのものは、ただ世界と世界の狭間に出来た空間ですから、さほど問題もありませんが、そこに漂うオーロラ粒子という物質は大半のものにとって有害です。特に、あれがあると、わたしたちは自らの力を制御しにくくなるのです。わたしは性質上まだマシですが、彼の方にとっては下手に動けなくなる。――なので、わたしの名詠者と『守人』と、そしてあなた方お二人を『わたし』が呑み込むことで、ゼロ領域から『わたし』の世界へと隔離しました』

 

「……その説明、かなり翻訳が入ってるか?」

 

『――はい。翻訳が入っていることが前提ですね。解りやすい言葉を使いましたので、実のところ、語弊があることが前提です。あなたも、だいぶわたしたちとの距離感が掴めているようですね。彼の方が選んだのも納得です』

 

 それは、褒めているんだろうか。――褒めているんだろうな、たぶん。少なくとも、そのつもりなんだろう。

 ちらりと夜刀へ視線を向ければ、どうやら『鳥の神』の話を聞いているらしい。面倒臭そうにしながらも時折、相槌を打っているのが見えた。【夜】も柔らかい微笑と共に話を聞いている。

 

「……アンタんとこの神サマは、おしゃべりだな」

 

 端から見ていても良く判る、あのマシンガントーク。別に激しい勢いがある訳では無いが、滔々と淡々と、滑らかにしゃべり続けている。

 それを眺めて、隣に立つカナギは居心地悪そうに視線を泳がせた。

 

「……なんか、スマン……」

 

 その反応で、どうやらあの神は『自重』というモノを覚えないらしいことを知ってしまった。おそらく長い年月の間で、おしゃべり癖を矯正しようとして何度となく失敗してきたのだろう。……正直、本来はとてつもなく奔放な神霊相手に、この巫覡はよく頑張ったと思う。

 

「――それはそうと、ミクヴェクス」

 

『なにか?』

 

「オレはここから、どう帰ればいい?」

 

 ミクヴェクスは再び小首を傾げると、そっと窺うようにおしゃべり中の『鳥の神』と【夜】へ目を向けた。そうして、申し訳なさそうに項垂れる。

 

『――ここから名詠門を開くのならば、シャオに。道を作るのならば、『鳥の神』に』

 

 ――――つまり、どちらにせよ『鳥の神』がおしゃべりをやめるまでは、どうにもならないということらしい。思わず恨みがましく『鳥の神』の巫覡であるカナギへ視線を向ける。

 カナギは視線を逸らすと、もう一度、今度は噛みしめるように言葉を紡いだ。

 

「……本当に、スマン」

 

 

 






 書いたりチェックしたりしていると思うのですが、やはり神話が絡むストーリーでは、蛇の神性は強いなぁ、と。

 本当に……蛇の神格が非常に多い気がしています、はい。偏らせる気はなかったんですが……偏らざるを得なかった……。


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