日が暮れるまで何体かの巨人を捕まえては様々なアプローチをしたところ、とりあえず人と同じように強固な自我は持っていないように見えること、個体によって性能の差があるらしいこと、基本的に自分は食餌の対象にはならず、カナギの方に注目が行くこと、コアの有無までは確認できなかったが、弱点はうなじであり、弱点以外をいくら攻撃しても基本的にはいずれ再生して傷が塞がってしまうということが判明した。
とりあえず、その間にカナギとやりとりした突っ込みはもはや数知れず、疲労感だけが残ったことも追加しておく。
【viega 03:美しき世界の痛み】
壁の内側に侵入してから七日が過ぎた頃、遠くに馬を駆って移動する団体の影を見た。その一団の動向を探るようカナギが『鳥の神』に頼むのを横目に、左翼側が乱れているのを確認する。後続の方を確認すれば、何頭かの空馬が見えた。さらにその後ろに、比較的小型の巨人。
「――やっぱり、普通の人間の方を食べ物だと認識するのか」
「――まぁ、あなたも『普通の人間』とは言い難いしね。俺よりは肉体的に人間に近いってだけで。この距離で純人間種がいるならそっちに行くみたい」
「助けないのか?【狼呀】は『人間の守護者』なんだろう?」
「ちょっと皮肉入ってます? ――すでにあの距離が開いてて、かつ一団さんがあの速度を維持できるなら、追いつかれないから大丈夫。それより」
ちらり、と一団が通り過ぎて来たらしい森に目を向ける。馬の死骸と人間の残骸らしきもの、それから数体の巨人が見えた。
「まだ生存者がいるかも。――どうします?」
「――そうか。…………往け。昨日の泉で待つ」
「了解」
応えて、立っていた岩から跳び下りる。一応、護衛の対象でもあるのだが、本人が命じたのであれば、後で単独行動がばれても厳重注意くらいで済むだろう。……あれ。【守人】は【カムイ】と同じ立場のはずなのだが、その程度で済みそうな気がするのはどういう事だろう。ちょっと問題である気がする。
それとも【カムイの民】が過保護なだけなのだろうか。はたまた、民の気性とか文化の違いなのだろうか。
そうこう考えているうちに馬の死骸が散らばる地点にまで辿り着いた。食べられた訳では無く、単純に潰されたり骨が折れたりで絶命したらしい。
散在する人間の四肢や頭部を眺め、逡巡する。だが、一瞬脳裏をよぎった事は後回しにすることにした。とりあえず傍に座り込んで『何か』を咀嚼していた巨人のうなじを抜刀と同時に削ぎ落とし、森を見る。小型の巨人が何かを追っていくのを確認し、再び駆け出した。
実のところ、森を駆け回ったことは、あまり無い。そもそも、【狼呀】の領域には全てを喰らい尽くす【アラガミ】がいるのだから、むろん森も食事の対象である。だから、森というモノがこんなにも多くの小さな生命の気配を内包するモノだという事さえ、壁の内側に来るまで知らなかった。非常に、気配が読みづらい。
その事実に思わず舌打ちし、『東北の樹海』に棲む【守の民】であるカナギならば苦労はしないのだろう、とも思う。
生命たちの音に満ちている森では、自分の聴覚は音を拾い過ぎて当てにならない。視覚も微妙だ。森の中での視覚の使い方にまだ慣れていない。唯一、確実な判別が可能なのは嗅覚くらいだ。それをカナギに言えば、「なるほど。確かに狼の名に相応しい」と頷かれた。
だがしかし、その『狼』すら、自分は映像や画像でしか知らない。ああ、くそ。知らないことが多すぎる。
大気の匂いを吸い込み、人間の臭いを辿る。
声が、聞こえた。
高い声。罵声。
見つけた人影と巨人の距離を見て、後先も考えず飛び掛かって巨人の首を刎ねる。【ミリアン】は意識せずともキレイに巨人の頭部をうなじごと焼き払ってくれた。
とりあえず間に合ったことに息を吐き、ゆっくりと振り返る。
(――さて)
ここから先のことを、まったく考えていなかったのだが、どうしようか。
ついでに想定し忘れていたが、永い間『壁』を隔てて交流の無かった人種である。当然、『言葉』は通じないだろう。
(……とりあえず、出来るだけ刺激しない方向で)
僅かに首を傾げて、反応を窺う。どうやら助けた相手は黒髪の女の子だったらしい。ついでに自分と同じような服装――つまりは軍服らしきものを着用している。
ふと、視線が合った。意志の毅い澄んだ眼差しに、思わず仲間を思い出して気の抜けた笑みを浮かべる。
「――――■■、■■■、■」
「ちょっと待って」
片手を挙げ、言葉を遮った。少女は怪訝そうに眉を寄せる。ただ、その動作と雰囲気でなんとか察してくれたようだった。
「やっぱり、言葉は通じてないか」
どうしようか、と少し考える。が、なんかだんだん少女のまとう気配に険しいものというか、緊張、のようなものが滲みだしてきた。
「■■■■……■■■?」
緊張と、不審が入り混じったような様子で、おそらくは何かを問いかけて来る少女に、まいったなぁ、と思いながら微笑み、頬を掻く。いくら話しても伝わらなければ恐怖しか与えないだろうし。多くの人間にとって未知のモノとは恐怖にしかならない。
不意に、少女が袖で両目をこする。どうやら、相当に追い詰めてしまっているらしい。
(――ほんと、まいったなぁ)
普段は殆ど足音なんか立てないが、今はあえて砂を鳴らして意識をこちらに向かせる。とりあえず、これで不意打ちにはならない筈だ。
そっと少女の前に膝を着き、目線を出来るだけ近づける。顔を上げた少女はそれに驚いたのか、息を呑んだ。
「ユウ」
一言、告げる。
自分の手のひらを自らの胸に当て、もう一度同じ音を告げた。
「ユウ。ユウ・カンナギ」
自分の胸に当てていた手を、今度は少女に向ける。
「――君は?」
「――■■……」
名を告げ、そして問う。
少女も意図を察してくれたようで、一拍後に慌てて声を詰まらせながらも、応えてくれた。
「■■、■■■■、イルゼ。――イルゼ・ラングナー」
「――イルゼ?」
声に出して、確認する。
少女は何度も頷き、肯定してくれた。それに安心させるように微笑み掛ければ、少女も僅かに笑みを零す。
(――大丈夫、かな?)
とにかく最初の意思疎通は何とか出来た。なら、そう身構えることも無いだろう。
そう思いながら、そっと少女に手を差し出した。
とりあえず、今日は此処まで。