偽書魔法少女アヤメ☆マギカ PSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI AYAME MGICA 作:ジャックノルテ
「じゃあ朱奈さん。私は学校に行くから留守番をお願いね」
「巴さん。ぼく、1人でいたくない・・・」
寝巻き姿のぼくは可愛らしい制服を見に纏った巴さんの手を握って懇願する様に見つめていた。
優しくぼくの手を離した巴さんは両手で僕の手を握ってこう言った。
「朱奈さん。わがままを言っては駄目よ。私は学校に行かなければ行けないの。でも、学校から帰ったら必ず一緒にいてあげるからそれまでは我慢してね」
優しい笑顔で巴さんにそう言われるとぼくも引き下がるしかなかった。
「はい・・・」
「お昼は台所に用意したからそれを食べてね。じゃあ行ってきます」
手を振ってドアを閉めると巴さんは学校に行ってしまった。
ぼくは1人で巴さんのマンションに取り残されてしまった。
正直、1人でいる事が怖かった。ぼくはずっとベッドの上で蹲っていた。
ベッドの上にはクマのぬいぐるみがあってぼくはクマのぬいぐるみを抱きしめて寂しさを紛らわせていた。
「1人・・・。怖い・・・」
それまでぼくは、ずっと1人でいたけれど巴さんと会ってから1人になる事に物凄い恐怖を感じていた。
どうしようもない恐怖感に数時間耐えているとお腹が減ってお昼になった事に気が付いた。
「お昼・・・。食べなきゃ・・・」
ぼくは台所に向かうと用意されていた昼食をテーブルに持って行き、1人で食べた。
美味しいのに余り美味しく感じられ無かった。
食べ終わってぼくはお皿を台所にある流しに置いた。
その時、ぼくは巴さんにお世話になりっぱなしだからお皿を洗ってあげようと思った。
蛇口を捻って水を出すとスポンジに水を含ませると洗剤を少量だけ含ませた。
スポンジからは泡が出て来たのでぼくはスポンジでお皿を擦って汚れを落とし始めた。
「これなら大丈夫かな。あっ!」
泡でぼくは手を滑らせてしまいお皿を地面に落としてしまった。
大きな音を立ててお皿は割れてしまった。
「お皿。割れちゃった。どうしよう!?」
お皿が割れてしまった事でぼくは暗くなってしまった。
蛇口の水を止めると割れたお皿にぼくは右手を伸ばした。
「痛い!」
けれどぼくはお皿の破片で右の人差し指を切ってしまった。指先から血が流れてぼくはとうとう泣き出してしまった。
「ぼく・・・。何も出来ない。役に立てない・・・」
痛む指を押さえてぼくは唯一の逃避場所とも言えるベッドに戻ると泣きながらクマのぬいぐるみに顔を埋めた。
何も出来ない自分が酷く恥ずかしく酷い無力感にぼくは苛まれていた。
どれだけの時間が過ぎたのか分からなかった。
やがて玄関が開く音がして巴さんが帰って来た事にぼくは気が付いた。
でもぼくは顔を上げる事が出来なかった。巴さんにたいして申し訳無くてぼくは顔を上げる事が出来なかった。
暫くすると駆け足でベッドに巴さんが近付いて来るのが分かった。
「朱奈さん!お皿が割れているけど大丈夫なの!」
巴さんが強くそう言ったのでぼくは顔を上げた。
「泣いているのね。何処かケガをしたの?」
制服姿の巴さんにそう言われてぼくは右の人差し指を巴さんに見せた。
「切れているわね。血は止まっているけど・・・。待っていて。すぐに手当てをしないと!」
そう言って巴さんは駆け足でリビングに戻ると救急箱を持ってぼくの前に戻って来た。
「少し染みるけれど我慢してね」
巴さんは手早くぼくの人差し指に消毒液を垂らした。
「うぅ・・・」
染みたけれどぼくは我慢した。
巴さんは怪我をした人差し指をティッシュで綺麗に血と余分な消毒液をふき取るとぼくの指にバンソーコーを張ってくれた。
痛みが和らいだ様に感じる事が出来た。
「これでもう大丈夫。朱奈さん。他にケガをしたりして無いの?隠しちゃ駄目よ」
真剣な表情の巴さんを見てぼくはコクリと頷いた。
「良かったわ。じゃあリビングに来て。あなたのその髪型を何とかしなくちゃね」
巴さんと手を繋いでぼくはリビングに降りてお風呂場に向かった。
お風呂場には椅子が置かれている。
「さあ朱奈さんこっちに来て」
巴さんに促されてぼくはお風呂場の真ん中に置かれた椅子に座った。
座ったぼくに巴さんは更に丸く上に沿っている布をかぶせて来た。
(なんだろう?)
ぼくは不思議に思って巴さんの方を見た。
「これは散髪ケープよ。朱奈さんの髪を切り揃えようと思って買って来たの」
巴さんは微笑を浮かべながらハサミを取り出した。
「じゃあ動かないでね。ちゃんと切り揃えてあげるから」
それから暫くしてぼくの髪の毛は巴さんの手で綺麗に切り揃えられていた。
「巴さん。ありがとう。お皿を割っちゃったのに髪の毛まで切ってくれてありがとう」
またちょっとだけ涙ぐみながらぼくは巴さんにそう言った。
「良いのよ。朱奈さん。でもこれからは私の事を名前で呼んで欲しいのだけど。私は朱奈さんに名前で呼ばれたいわ」
それを聞いてぼくは迷った。
巴さんはぼくより年上の人だからマミなんて呼び捨てには出来ないよ。
でも巴さんは名前で呼んで欲しいとぼくに求めて来た。
だからぼくはこう呼ぶ事にした。
「はい・・・。えっと・・・。マミさん・・・」
これがぼくに言える精一杯の呼び方だった。
名前にさんを付けて呼ぶ事がぼくにとって出来る最大の答えだった。
「ありがとう。朱奈さん。私はとっても嬉しいわ」
そう言ってマミさんはぼくの頭を撫でてくれた。
「さあ。お風呂は沸かしてあるからそのまま入って。お風呂場にある石鹸やシャンプーは使って良いから」
マミさんはそう言って頷いたぼくから散髪ケープを取ってそのままお風呂場から出て行った。
1人、お風呂場に取り残されたぼくは物凄く心細さを感じていた。
その場に1人、取り残された事が怖かった。
ぼくはどうしたら良いのか分からなくなっていた。
その為にぼくはお風呂場から洗面所に向かうと洗面所のドアを開いてリビングの様子を見ていた。
マミさんは散髪ケープに入っていたぼくの髪の毛を捨てていた所だった。
「マミさん」
ぼくが声を掛けるとマミさんは少し驚いた顔をしたけれど直ぐにぼくの方に来てくれた。
「どうしたの?朱奈さん」
「ぼく・・・。1人になるのが怖いの・・・。だから一緒にお風呂に入って・・・」
マミさんと視線を合わせることが出来ずにぼくはそう言った。
マミさんは直ぐに答えなかった。
暫くの間、ぼくとマミさんの間に沈黙が訪れた。
ぼくはマミさんの方に視線を戻した。
マミさんは恥ずかしそうに頬を染めていた。
懇願する様にぼくはマミさんの目に視線を合わせた。
やがて・・・。
ぼくの懇願に観念した様にマミさんは頷くと洗面台に向かって来た。
「しょうがないわね・・・。折角だから一緒に入ってあげるわ。でも明日からは1人でもお風呂に入れる様にならなきゃ駄目よ」
「マミさん・・・。ありがとう」
恥ずかしさと嬉しさが入り混じってぼくはモジモジとしていた。
「さあ。冷めない内に入ってしまいましょう」
マミさんは、ぼくの手を引いて洗面所のドアを閉めた。
○
お風呂から上がるとマミさんはリビングでぼくの髪の毛を櫛で丁寧に梳かしてくれた。
「ねえ朱奈さん。あなたはどうして《ぼく》と言い続けるの?その言い方は強要された物なのでしょう?」
マミさんは、ぼくの髪の毛を梳きながら問い掛けて来た。
「えっと・・・。《ぼく》・・・。だって世の中は物騒だし、ニュースを見ていると女の子が一人で歩いていると犯罪に巻き込まれるって聞いたからずっと男の子の振りをして《ぼく》と言い続けてたの。だから《ぼく》と言うのが癖になっちゃったの・・・」
《ぼく》はそう言って少し俯いてしまった。
「なら、朱奈さんはもう《ぼく》と言い続ける事は無いわ。自分の事は自分の言いたい様に称すると良いわ。私は私を私と言っているわ。朱奈さんは《ぼく》と言う前は自分の事を何て言っていたの?」
《ぼく》は少し悩んだ末にマミさんに答えた。
「《ぼく》・・・。《ぼく》は前、自分の事を・・・。わたしって言っていたの!」
《ぼく》じゃなくてわたしは久しぶりに自分の事をわたしと言っていた。
男の子の振りをしてから、ずっと我慢していた呼び方だった。
「もう男の子の振りをする事は無いのよ。朱奈さんは自分の事を自分の好きな様に呼んで良いのよ。私は朱奈さんの自由にして良いと思うわ」
マミさんにそう言われて《ぼく》じゃなくてわたしは凄く嬉しかった。
「マミさん。ありがとう。わたし・・・。もう女の子に戻っても良いんだよね?」
わたしは後ろを振り返ってマミさんの方を向いた。マミさんは微笑んでいた。
「良いのよ。朱奈さんはもう女の子でいて良いのよ」
マミさんは笑顔で優しくわたしに語り掛けてくれた。
○
夕食を終えると寝巻き姿のマミさんはリビングで宿題をしていた。
マミさんから少し大きい寝巻きを借りて着ているわたしはテーブルの向かい合う席でうつらうつらとしていた。
「朱奈さん。眠いのなら寝ても良いのよ」
「はい。マミさん。おやすみなさい」
「おやすみなさい。朱奈さん」
マミさんにそう言われてわたしはベッドのあるロフトに向かった。
ベッドで横になった私だったけれど眠いのに何故か眠れなかった。
目を閉じると暗くなってしまう。
わたしは暗闇が怖かった。
1人で彷徨っていてもずっと暗闇に怯えていた。
暗闇には得体の知れない何かがいる様にわたしは感じていたから。
どうしても怖いと言う感じから抜け出す事が出来なかったわたしはベッドから起き上がるとリビングに目を向けて見た。
マミさんはリビングでまだ起きて宿題をやっていた。
「マミさん」
「どうしたの?朱奈さん」
マミさんは宿題から目を離してわたしの方を向いた。
「あのね・・・。変なお願い何だけど・・・。1人で寝るのが怖いの。寝るまで一緒にいて欲しいの」
わたしの精一杯のお願いを聞いたマミさんは少し苦笑したと思うと直ぐにベッドに上がって来た。
「朱奈さんは甘えん坊さんね。でも今日だけは寝るまで一緒にいてあげるわ」
そう言ってマミさんはわたしと一緒に横になった。
わたしの直ぐ前にマミさんの顔があり体が密着している。
少しドキドキした。
「マミさん。ありがとう。でもどうして今日だけなの?」
「明日からは私もこの街を守る為のパトロールを再開するわ。だって私は《魔法少女》なんですから。朱奈さんもこの街も私は守って見せるから。ね?」
そう言ってマミさんはわたしの手を握って来た。
とても暖かい手だった。
「はい。わたし・・・。1人でも眠れる様になるから・・・。でも今日だけは・・・」
「良いのよ。さあ。もう子供は寝る時間よ」
まるでお母さんの様に優しく語り掛けるマミさんの声に包まれてわたしは目を閉じた。
同じ様な暗闇だったけれど今度は安らぎを感じる事が出来た。
だからわたしは暗闇への恐怖から逃れる事が出来たのだった。