「まだ怒ってるのかい?生徒会長」
「怒ってませんわ」
先ほどまで千歌ちゃんたちとやりあっていた生徒会長は今は生徒会室で一人、自分のテリトリーである机に座っている。
その綺麗な黒い後ろ髪を見ながら僕はなぜだが謝罪していた。
空気がそう言ってたからね!空気を読める大人になったんだ!
「先生は、あの子達に甘すぎます」
「そうかなあ?」
「そうです!」
こうも力強く返されると僕としては目線を逸らすしかない。
事実として多分、彼女の言う通りだと思うし。
「でもそれは、似てるからだよ。”君達と”」
「・・・・・・」
僕の言葉に、黒澤ダイヤは反応しない。
「だからどうしても、ね。肩入れしてしまうんだ」
二年前のことがどうしても頭から離れなくて。
もう終わったことだというのに。こういうところは昔から変わらなくて嫌気がさす。
「わかってます。先生は、本当は優しいってこと。嫌というほど知ってますわ」
「・・・・」
今度は僕が黙る番だった。
振り返った彼女の顔があまりにも可愛らしく笑うからか、それとも予想外のその言葉に面食らったからか。
「教師をからかうんじゃありません」
「本当のことですのに」
「じゃあ、素直に受け取っておくよ。ありがとう」
きっとそのどちらもなのだと思いながら、僕は感謝の意を示す。
そうここで動揺しないのが大人だ。ここで目線がバチャバチャ泳がないのが大人だ。ポーカーフェイスを決め込むのが大人だ。
「・・・ホント、大人になりたいよ」
夕日も海に飲み込まれていく時間、いつまでも学校に残っていても仕方がないと黒澤さんは下校していった。
その後に続くように、さて僕も帰るかと帰り道である砂浜を歩いていた時。
「あれ?どうしたの?津島さん」
「あ、先生」
砂浜の上、道路側から向かい合うように津島さんはトボトボと歩いていた。
顔は俯いてどこか寂しげだったから、思わず声をかけてしまったけれどよかっただろうか。
「今、帰り?」
「うん」
「そっか、気を付けて帰ってね」
「・・・あ、あの!先生!」
「ん?」
思い切って言った。まるでそんな風に僕を呼び止める津島さんは、どこか深刻そうで。
「・・・・あの、その、えっと・・・・」
だけど中々次の一言が出てこない。
「・・・海」
「え?」
「ここの海ってさ、本当に綺麗だよね。僕初めてここに来た時ちょっと感動したんだ」
砂浜から階段を上がって、道路側に降り立つ。
そのまま帰ろうかと思ったけれど、どうもそういうわけにもいかないらしい。
津島さんが横にいて、僕らはやっと目線が合った。
横目に見える海は今まさに太陽を飲み込まんとその大口を開けているようで。
「好きなんだ」
「・・・へ?」
「ここの景色。最初は気付かなかったけれどね。だからわざわざ歩いて帰ってる」
東京にいたら知らない景色だった。知らないままでもよかったかもしれない、だけど知ってしまった今はもうそんなことは言えなくなってる。
知れてよかった、そう思ってる。
「津島さんはさ、好き?ここの景色?」
「・・・うん。好き」
俯いていた顔は、自然と正面をとらえている。その視線はまっすぐにキラキラした水面を映していた。
「あのね、先生。話、聞いてくれる?」
さっきみたいな、深刻そうな表情ではなくて。
穏やかなその言い方に僕は言葉なく頷いた。
「私、もう満足なんだ。皆が私の趣味を可愛いって面白いって言ってくれて。一緒に堕天使にまでなってくれて。満足なの」
それは今までのムキになって辞めようとしていた彼女とはまた違う言葉で、違う気持ちだった。
「だから、堕天使はもう辞める」
「・・・そう」
「皆にもね、言ってきた。アイドルにも誘われたんだよ?でも、やっぱり私じゃ無理だと思うし」
なんとなくそれはわかってた。千歌ちゃんのことだ、絶対に誘うだろうと。
僕としては津島さんなら皆の中でも上手くやっていけると思ってた。いや、実際に今だって思う。
居場所、それにあの子達はなってくれるだろうと。
「ね、先生も思うでしょ?私がアイドルなんて」
乾いた笑いで僕を見る彼女、その顔はどこか寂しげだと思うのは僕のエゴだろうか。
「・・・僕は見たかったけどね。君のアイドル姿」
「え?」
「きっと君に似合うと思った」
「————————————————————。」
「でも、決めるのは君自身さ。なんだって最後に決めるのは自分なんだから」
そうだ、他人の意見なんて所詮他人の意見でしかない。それ以上でも以下でもなく。
だから自分の芯と言えるべきものを僕らは長い時間をかけて作り出さないといけないんだ。
じゃないと、ほら、僕みたいなダメ人間が育ってしまう。
「君はどうしたいんだい?どう、したかったんだい?」
「私は———————————————————いいのかな?」
「悪いことなんてないさ、なんにもない」
その彼女の言葉に、全部が詰まってる。あとはもう行動するだけだ。ただ一歩を踏み出すだけ。
それが一番難しいことだってことも僕はわかる。
たまにそんなことないんじゃないかって思わせてくれるような人もいるけれどね。
「だから、好きなことをするしかないんだ。幸せになるにはね」
自分にしかわからないんだから、幸せの定義も好きなことだって。
「先生・・・・」
少し、授業っぽくなってしまっただろうか。大人になるとどうも説教臭くなっていけない。
でも少しでも伝えられることがあるのなら、伝えたいことがあるから。
だから、僕は教師になったんだ。
「私、本当は———————————————————」
津島さんは思い切った表情で口を開く。
けれど。
「それを伝える相手は、他にいるんじゃない?例えばそう、そこにいる人たちとか」
「・・・あ、皆」
いつの間にか僕らが話してる間に千歌ちゃんたちは僕らを見つけていた。
きっと津島さんを探しに来たんだろう。その息は上がっている。
伝えたいことがあったのはどうやら津島さんだけじゃなかったらしい。
「先生・・・」
少しだけ心配そうにこちらを見る津島さんに僕の顔は緩んでいた。
「大丈夫、大丈夫だよ」
と。
「・・・皆!私、本当は友達が欲しかった!私のことを認めてくれる受け入れてくれる仲間が欲しかった!」
心の叫び、それはきっとずっと思い描いていた願いだろう。
「善子ちゃん、アイドルやろう!」
千歌ちゃんは笑う、まるで太陽みたいに輝く笑顔で。
きっとそれが全ての答えだった。千歌ちゃんが言った一言が。
「いいの?変なことをするよ?変なことを言うよ?それでも、いいの?」
「いいー!それでも!いいよ!」
大きな声、強い意志が伝わってくる一言に津島さんの顔は泣きそうな切ない表情になる。
みんな本当はわかってるんだ。この結末が一番いいんだってことは。
でも選べない。意地で、事情で、恥で、現実で。
そんな中その全部を乗り越えて一緒になった彼女たちはきっと強い。
アイドルとしても、人間としてだって。
笑いあい、輪の中に入っていく彼女たちを見て、そんなことを思った。
「で?先生は顧問にはならないの?」
「・・・千歌ちゃん、言ったでしょ。もう僕は生徒会の顧問なんだって」
そんなこんなで正式に津島さんがメンバー入りした夜。
僕の部屋でぐーたれる千歌ちゃんに言われた僕は何度目かの説明をしているところだった。
「だぁってー、本当に先生しかいないんだってー」
梨子ちゃんも善子ちゃんも言ってたよ。
そう押してくる千歌ちゃんの顔はこのまま押し通してしまおう、そんな気概を感じる。
「いや別に僕だって嫌なわけじゃないけどさ」
そう、嫌なわけじゃないのだ。どころか、僕はやりたいとも思っている。
きっと楽しいだろうと、過去の自分に重ねてそれはきっと楽しいことなのだろうと。
「じゃあやろうよ!」
けれどことはそう単純ではないのだ。
昔ほどには。
「やろうよ、でやれれば苦労はしないのさ。大人はね」
大人になるにつれて、しがらみも世間も事情も変わってくる。
どんどんと選択の重みが増してきて。足の重さが変わってくる。
「えー?変わんないと思うけどなあ。大人だって一緒だよ」
そういう千歌ちゃんの顔は多少なりとも拗ねていた。
「やれる環境があって、やりたいって想いがあって。他に何がいるの?」
純粋な顔でそう言われて、僕は何も返せなかった。
なにか、見知らぬところから心の奥底をずぶりとやられたような。引っぺがされたようなそんな感覚に陥る。
・・・時々鋭いことを言うから、千歌ちゃんは侮れないんだ。
たまに穂乃果と被るのはそういうところだろうか。
「千歌ちゃん」
「ん?なに?先生」
「君は、その鋭さをテストでももうちょっと出せたらいいのにねえ」
「ううう!な、なに!?急に!テストは今関係ないでしょ!?」
ふふふ、と笑いながら。僕の心は決まってしまった。
奇しくも、千歌ちゃんに背中を押されたような形になってしまったことは本当に不服だが。
さて、後はあの生徒会長をどうやって説得するかだけど。
大人の頑張りってやつを見せるとしますか。
どうも!アポクリン汗腺!高宮です。
九月、もう今年もあと少しですね。頑張りましょう。
ということで次回もまたよろしくお願いいたします。