雪が一つの決心を決めてから数日後。
「今回は申し訳ありませんでした」
きれいな金髪を頭から下げるのは絵里。最上級生で生徒会長でもある絵里は倒れた穂乃果の事を多少なりとも責任を感じているのだろう。後ろには他のミューズのメンバーの姿も見える。
「何言ってるの?あなた達のせいじゃないわ。どうせあの子が一人で気負い過ぎたんでしょ。昔からちっとも変わんないだから」
しかしそれを店のカウンターで笑いながら否定するのは、穂乃果の母親。穂乃果のお店は平日の夕方ということもありお客は少ない。
「それより上がって行って。きっと穂乃果退屈してると思うから」
指で上の階をさす穂乃果の母親に、一言謝辞を述べ、上がって行く。流石に八人は狭いので今回は三年生と幼馴染である二年生が上がることになった。一年生である三人は店の前で待機する。
「穂乃果」
ノックをして扉を開けた。
「海未ちゃん!」
ベットに横たわっていた穂乃果は、みんなが来るとすぐさま起き上がった。勢い余って額にはった冷えピタがとれかける。
「もう起き上がっていいの?」
「ことりちゃんも!うん、もう熱は下がったから。ほら!プリン三つ食べていいって」
冷えピタを直しながら笑顔でプリンを掲げる穂乃果。
「元気そうやね」
後に続いた希が微笑む。
「ほんと心配して損した」
「・・・・ごめんね、にこちゃん。みんなも。せっかく最高のライブになりそうだったのに」
見るからに気落ちする穂乃果に絵里が言葉を返す。
「あなたのせいじゃない。気付けなかった私たちも悪いわ」
「でも・・・・」
その顔は、明らかに責任を感じていた。いまだ納得していない表情を見せる穂乃果だが、何かに気づいたのか、あっと声を上げる。
「じゃあさ、埋め合わせって言うわけじゃないけど、ライブしようよ!まだラブライブまでぎりぎり時間はあるし――――――――」
その途中で、皆の空気が重くなったのに気がつく。その様子を不審に思いみんなの神妙な面持ちの顔を見上げた。
「どうしたの?」
「・・・・・穂乃果。私たちはもうラブライブに参加しない。理事長に言われたの、こういう事態を招くためにアイドル活動を認めたわけじゃないって、管理ができていなかったんじゃなかったのかって」
絵里の言葉を海未が引き継ぐ。
「だから、ラブライブのランキングに、もうミューズの名前はないんです」
「・・・・・・・え?」
つまり、ラブライブ参加を辞退したということ。
呆けたような表情を見せる穂乃果に、他のメンバーも重々しい表情になる。それもそうだろう。これまで頑張ってきたのはラブライブに出場して、学校を存続させるためだったのだから。そのために、朝早くから起きて、練習して、放課後も時間を費やして。友達と遊びに行くことも減り、合宿へも行って。一日中、いやラブライブを目指そうと決めてからこれまで、ラブライブの事が、アイドル活動が、生活の中心となっていた。
そうやってようやく、その背中が、ラブライブ出場への尻尾がつかめそうだったというのに。
「――――――――――私のせいだ」
頭を抱え込む穂乃果。重々しい口調で自らを責める。
「それは違うわ。確かに、体調管理を怠った穂乃果も悪いけど、それに気付かなかった私たちも悪い。誰のせいでもない、みんなのせいなのよ」
「でも!私が倒れたりしなければ、調子に乗っていなければ、ラブライブに出られたのに・・・・」
絵里の言葉は、穂乃果には届かない。でも、やもしもなんていう言葉は、この世界では意味がない。それを言ったところで、過去がなかったことになることも、改竄されることもないからだ。ただ一つ、タイムマシンもタイムスリップもできない現代人ができることは、次、同じ失敗を繰り返さないことくらい。ただし、次があればの話だが。次も同じ状況だったのならの話だが。
「そんなこと言ってもしょうがないでしょ」
にこちゃんが窓の景色を見ながら、声だけはことさら明るく諭す。
重くなった空気。そこでそういえばと思い出したように海未ちゃんが穂乃果に質問した。
「そういえば、雪は、お見まいに来ましたか?」
「雪ちゃん?いや、来てないけど・・・」
「ていうか、よくよく考えたらここ何週間かあいつとまともに会って話もしてないんだけど」
不服そうに口をとがらせるにこちゃん。
「そういえばそうやね、最後に会ったのは・・・・・・・合宿?」
「いや、練習に一回顔を出してたよ?」
「文化祭のライブには来てたわよね?」
皆が記憶をさかのぼる。しかしなぜそんな質問をするのか不思議に思った絵里が海未に訪ねる。
「でもなんでそんなこと聞くの?」
「・・・・・・いえ、ちょっと気になったものでしたから」
海未の頭の中にあるのは、ライブの日、穂乃果が倒れた瞬間にいた雪の表情だった。不安げに揺れ動くその顔は雨に濡れていて、ひどく印象的だったのだ。揺れ動く瞳と目があった瞬間、走り去って行ってしまったが何かを抱え込んでいるような気がした。今の穂乃果や、
海未の言葉を最後に、穂乃果の部屋は沈黙に包まれた。狭い部屋にさまざまな感情が入り乱れる。
「今日は、もう帰りましょうか」
その言葉に皆が頷き、穂乃果の部屋を後にする。
電車が通って行く音が響き渡る橋の上で、空を見上げているのはにこちゃん。傍には一年生組がいる。穂乃果にラブライブ出場を辞退したということを告げたと報告したのだ。
「そっか、穂乃果ちゃんやっぱり落ち込むよね」
「まだ黙ってるのかと思ってたけど」
「いずれわかるんだから黙ってたってしょうがないでしょ」
一年生組が言葉を交わす。その傍で依然、空を見上げながら誰に聞かせるわけでもなくにこちゃんがつぶやく。
「・・・・・・もうちょっとだったのにな」
そんな、にこちゃんの横顔を見ながら、三人もまた同様に、空を見上げた。すぐそこにあるかに思えた空を。しかし、決して届かない空を。
みんなが帰って、一人になった穂乃果の部屋。
ベットの上には一台のパソコン。液晶が無慈悲にも映し出しているのはサイトのランキング。絵里や海未の言うとおりそこには冷酷なまでの現実が、ミューズという名前が、消えていた。
「お姉ちゃんー、今日はご飯下で食べるの?」
階段を上がってくるのは雪穂。返事がないのを気にして扉を開けようとする。しかし隙間を開けることで漏れ出てくる嗚咽。
そこで気づく。姉が声を押し殺して泣いていることに。
見ているものを笑顔にする、かつてにこちゃんはアイドルの事をそう断言した。しかし、目の前で泣いているのは、苦痛に顔をゆがませているのは、もうアイドルではなく、ただの少女であった。
同じ時、部屋の荷造りをしながらことりはあることをいつ親友に吐露するか迷っていた。あと二人の親友に。それぞれ特別な親友に。
もう決断の時は過ぎ、事後報告にしかならないと知りながら。
そして、親友が唯一打ち明けた悩みを知る海未は、最後の幼馴染に電話する。色々なことが積み重なり、一人ではどうしようもないと判断したからだ。
いつだって、彼は彼女の味方をして、彼女を受け入れてくれた。
きっと今回もそうやってどうしたらいいか相談を受けてくれると思っていた。そして彼の相談にも。
いつも助けてもらっていた。心の支えになってもらっていた。その彼が少しおかしいと気付いた。
「・・・・・・・出ない」
何度もコールしているものの、一向に出る気配がない。もう一度コールをする。一度・・二度・・・三度・・・・そして留守番電話に切り替わる。仕方ないのでメッセージを残し、メールを打つ。
しかし、そのメールはもう、彼には届いていない。
熱も下がった穂乃果が登校できるようになって数日が経っていた。
そしてようやく今日から、ミューズの練習が再開されることになっている。
学校の前の階段を登る途中、ふと一つのポスターが目に留まる。そのポスターはラブライブの宣伝ポスターだった。映っているのはアライズ。
そのポスターをじっと見つめる穂乃果。一緒に登校していたことりは、その背中を見て声をかけようとする。
「・・・・・穂乃果ちゃん、あのね」
しかし、何かを伝えようとすることりに穂乃果は気付かない。穂乃果の意識は完全にポスターに注がれていた。
その様子を、たまたま通りがかった三年生三人が呆れた様子で見つめる。
「あの子復帰してからずっとあの調子じゃない」
希!と一声かけるにこちゃん。
「任せといて」
そう宣言して、両手をわきわきさせながら悪い笑みを浮かべる希は、そのまま穂乃果の後ろにくっつく。そして穂乃果のお胸を思いっきりわしわしした。
「の、希ちゃん!」
びっくりした様子の穂乃果は、それでもなおわしわしを続ける犯人の名前を呼んだ。
「穂乃果ちゃん、そんなぼーっとしてたらわしわしマックスやで?」
「や、やめてー!」
「そうそう、そうやって元気にしてたら誰も気にしないわ」
「え、絵里ちゃん」
「それとも、気にしてほしいの?」
「そういうわけじゃ・・・」
「それに、私たちの目標は、この学校を存続させることでしょ」
絵里が静かに学校を見つめる。その視線に、穂乃果も頷いて。穂乃果の表情に、段々と光がともる。淡い光が。
「おーい。穂乃果ー、昨日言ってたノートはー?」
「あ、今持ってく―。じゃ、私行くね」
階段を駆け上がって行く姿に、三人は安堵する。ようやくいつもの穂乃果が戻ってきたと。ただ一人、憂鬱な視線を彷徨わせることりを除いて。
「ゆ、夢じゃないよね?」
「夢じゃない」
「これって、つまり、学校存続ってこと!?」
朝のやり取りの数時間後。つまり放課後の練習もひと段落した時だった。一年生組の三人が、屋上に切羽詰まった様子で走ってきたので何事かと聞いてみると、どうやら渡り廊下に一枚の張り紙が張り出されているらしく、見て見ると、学校の存続が決定した旨を伝える張り紙だった。
「後輩ができるってことだにゃー」
「良かったね」
「ら、来年は分からないけどね」
みんな手と手を取り合い、それぞれの方法で最大限喜びを表す。なかには目に涙を浮かべて喜んでいる者も。
これで、ミューズの目的は、一応の達成を成し遂げたのである。
「あ!ことりちゃん」
一人、遅れてやってきたことりに、穂乃果は抱きつく。ことりは何事かと慌てていたがそれが学校の存続が決まったことを知ると、ことりの顔にもいつもの笑顔がともる。
「そうだ!雪ちゃんにも知らせなきゃ!」
穂乃果は早速携帯をとり出し、お気に入りに登録してある番号を呼び出す。
しかし、何度コールしても、出る気配はなかった。
「おっかしーなー、いつもはこの時間は出るのに」
「まぁ、また改めて電話しましょう」
「・・・・・・そうだね」
「打ち上げするにゃー」
「ええやん。あ、そんときに雪君は呼べばええんやない?なんならサプライズとか」
みんなで一通り盛り上がる。後日、部室で料理や飾り付けをして打ち上げをすることが瞬く間に決定し、そこに雪を招待しようということでわずか数分の打ち合わせは終了した。
そして校門の前、絵里の妹である亜里沙も、学校存続の報を聞きつけてやって来ていた。
「ホントに学校存続が決まったんですか?」
「ええ。つい先ほど」
海未の肯定の言葉を聞くと、満面の笑みが広がる。感情が勢い余って海未に抱きつくほどに。
「来年からよろしくお願いします!」
どうやら亜里沙の中ではもうすでに音ノ木坂に入学することが決定しているみたいだ。
「その前に。ちゃんと受験勉強しなきゃね」
「お姉ちゃん」
海未の後ろから現れた絵里に頭を撫でられる。
「あ!そういえば、雪さんは今いる?」
「雪?いないけど?」
なぜそんなことを?と絵里が目で問う。
「あ、ちょっと。ライブの日に傘もささずに凄い勢いで走り去って行くのが見えて、なんか変な雰囲気だったから。ああ、確か穂乃果さんが倒れた後だったと思うよ?」
先ほどまでの笑顔が曇る亜里沙。その様子を見て海未はより一層危機感を募らせる。電話に出ないことと、海未達の前に顔を見せないことと何か関係があるように思えて。
しかし、なにか良くないと思いつつも、何もできない。ただ忙しいというだけかもしれないと、タイミングが悪いのかもしれないとそう思い直した。胸にあるざわめきを押しこんで。
そして、日が暮れ、また昇り、その打ち上げパーティーが開かれる放課後。
「それじゃ、学校存続を祝して、カンパーイ」
「「「「「「「「カンパーイ」」」」」」」」
紙コップを掲げて乾杯の音頭を取るのは、部長でもあるにこちゃん。
簡易机を部室の真ん中に置き、その上には所狭しと料理が並べられている。
「ね?アイドル、やってよかったやろ?」
「―――――――――どうかな、私がいなくても、同じ結果になったようにも思うけど」
「そんなことないよ。ミューズは9人じゃなきゃだめやって、カードも告げてる。本当は雪君も・・・」
いなきゃだめなんやけどね、と小さな声で続きを口にした。
「―――――――うん」
絵里と希がそんな話をしている傍ら。にこちゃんが紙コップの中身を一気に飲み干すと、不満を露わにする。
「で、なんであいつ来ないのよ!?」
その不満に絵里が答える。
「電話したんだけどね。なんでか出ないのよ」
「凛もしたけど、同じだったにゃー」
「わ、私も」
おずおずといった様子で花陽も手を上げる。どうやら、全員連絡してみたものの誰にも応答はなかったようだ。
「いくらメールしても返信すら来ないし」
言いながら今一度、真姫ちゃんが携帯を取り出し電話するも、やはり出ない。
「もうー。せっかくのパーティーだって言うのに、雪ちゃんったら」
今度は穂乃果が、頬を膨らませながら不満を垂らす。
そんな中に加われない人が一人。そして傍にももう一人。
「言うと決めたのでしょう?」
「・・・・・・うん」
海未の催促に返事はするものの、それでもことりから言う気配は感じない。
「―――――――――――。」
このままじゃいけないと思った海未は、自らの口からことりの代弁をすることにした。
「みなさん、聞いてください。突然ですが、ことりは2週間後留学することになりました」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・・留学って」
突然の事に、皆自体が呑み込めていない。そんなみんなに、せきをきったかのように今度はことりの口から続きが発せられる。
「前から、服飾に興味があって、それでお母さんの知り合いがうちにこないかって」
俯くことりの声は、震えている。
「・・・・・なんで言ってくれなかったの?」
「穂乃果ちゃん・・・・・」
「学園祭でまとまっている時に、水を差すのは良くないと」
「海未ちゃんは知ってたんだ」
隣にいる海未に視線を向ける。だがその視線は合わない。
「行ったきりもう帰ってこないの?」
絵里が聞く。
「うん。少なくとも、高校卒業するまでは」
先ほどまで賑やかだった部室を、沈黙が支配する。
「分かんないよ。なんで言ってくれなかったの?私たち親友なのに」
重々しい雰囲気のなか穂乃果が口を開ける。しかしその内容は、この空気を変えるものではなかった。
「言おうと思ったよ?でも、穂乃果ちゃんがあんな風になって、雪君は忙しそうだったし。言いたかったよ?聞いてほしかったよ?穂乃果ちゃんにも、雪君にも。だって、私に初めてできた友達だもん。そんなの決まってるよ!」
そう言い残して、ことりは部室のドアを思い切り開け走り去って行ってしまう。その瞬間の顔は、泣いていた。
後日、昼休みに、穂乃果は机に突っ伏していた。すると絵里から声がかかる。ついて行ってみると屋上にみんな揃っていた。ことり以外は。
「みんなで話し合ったんだけど、やっぱり9人最後のライブをしようってことになって」
絵里が穂乃果に伝える。その声色も表情も明るいものだった。
「ことりちゃんの門出を祝うにゃー」
凛ちゃんもはしゃぐ。しかし、穂乃果の顔は優れない。
「――――――――私が、もう少し周りを見ていればこんなことにならなかった」
「・・・・・穂乃果ちゃん」
「それを言って、どうするの?誰も良い思いをしないし、意味なんてないわ」
「そうよ。ラブライブだって、また次があるじゃない」
絵里の言葉に真姫ちゃんが賛同する。
「次ってなに?出場してどうするの?もう学校は存続するのに」
それにと、穂乃果は言葉を続ける。
「アライズみたいになるなんて、いくら練習したって、無理だよ」
「――――――――それ本気で言ってんの?」
「やめて!!」
俯き、生気が感じられない穂乃果の顔に、にこちゃんが突っかかっていく。しかし、それを真姫ちゃんが止めた。
「あたしはあんたが本気でアイドル目指してるって思ったからミューズに入ろうって思ったのよ!ここに賭けようって思ったのよ!それをこんなところで諦めるの!?」
にこちゃんの叫びに穂乃果は答えない。
「―――――――――じゃあ穂乃果はいったいどうしたいの?」
代わりに絵里が問いかける。すると虚ろな目で俯いたままぼそりと呟いた。
「―――――――――――やめます」
その言葉は思ってもみないものだったのだろう。皆一様にあんぐりと口を開け面喰っている。
そんなみんなには一瞥もくれず、穂乃果はゆっくりと屋上から去って行こうとする。皆がショックで動けずにいると、一人、穂乃果の手を掴むものがいた。
そして――――――――。
パシッ!
屋上に乾いた音が、頬をたたいた音が虚しく響き渡る。
「あなたがそんな人だとは思いませんでした。―――――――最低です」
そして瞳に涙を浮かべ、ぐぐもった声で親友を否定した。
こうしてミューズは瓦解していった。
どうも一週間フレンズ高宮です。
もうゴールデンウィークですね。ぼーっとしてるとすぐ寿命が来てしまうような時の流れの速さ。これはもう異能と呼んでも差し支えないのでは?