ことりが日本を旅立つまで、後一日しかない。けれど、やらなければいけないことは山積みで、それを考えるとくじけそうになる。
もちろん、自分の責任で自業自得なのだけれど。
まずは一つ一つ、目の前の事からやって行こう。
「それで、どうするの?」
赤く目を腫らしながらも、落ち着いた声で訪ねてくるのは絵里先輩。
二人しかいない教室で、向かい合って今後の事を話しあっていた。
「まずは、さっき海未にひどいこと言っちゃったんで謝りたいんです。許してくれるかは分からないけど」
そして、穂乃果を説得する。このままお別れなんて、そんなの絶対だめだ。
「それなら、きっと大丈夫。心から話せばきっと伝わるわ。私も、海未も、みんなあなたの事が好きだから」
「―――――――俺もです。絵里先輩」
さっきまでの不安定さはもうない。猜疑心でいっぱいで、疑心暗鬼になっていた俺の心は、絵里先輩が晴らしてくれた。気づかせてくれた。俺は独りじゃないのだと。
気持ちが変わったわけじゃないけど、俺はまだ日向に憧れているけれど、そのままの俺を受け入れよう。日向に憧れる俺も、日陰で生きる俺も、どちらも俺だ。変わることも、変わらないことも、俺は俺を容認する。
携帯を操作して何百もある不在着信から、一番新しいものを引っ張り出した。もうしばらく使われていないはずなのに滑らかに動く携帯。
「――――――――――なんですか?」
凛としていて、まるで透明な青の様に、海の様に澄んだ声。先ほど聞いた声なのに、なぜかひどく懐かしく感じる。
久しぶりに、自分から電話をかけた緊張で、一瞬頭の中が真っ白になる。
深呼吸を、一回、二回。そして。
「海未。あのね、最初に出会った公園で今から待ってる。絶対に来て欲しい」
意識して、語尾を強める。きっと来てくれると信じて。願いを込めて。
「――――――――」
返事はなく、電話が途切れる。
けれど俺は確信した。海未が来てくれることを。なぜかは説明できないけれど、でも確信したんだ。
「それじゃ、絵里先輩、俺行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい。穂乃果とことりのこと、頼んだわよ」
優しく微笑む絵里先輩に見送られて、俺は俺の人生を変えた公園に向かった。
「やっぱり来てくれた」
「・・・・・・・」
公園に到着してわずか数分後。絶対に来てと呼び出した人物が顔を出す。
その顔は絵里先輩と同様に、目が厚ぼったくなっていて、何度もこすったような跡がついていた。
そんな顔をさせたのは、俺だ。
「――――――私、知らなかったんです。雪があんな風に考えていたなんて、何も知らなくて、それなのに―――――――私はあなたに色々と押しつけてしまっていた」
再び目に涙がたまって行くのを、今度はしっかりと両方の眼で捉えた。辛いけれど頭に焼き付ける。二度と忘れないように、同じ過ちを繰り返さないように。失敗した俺が出来ることはそれだけ。
「あの時言ったのは、本当の事だよ。俺は、みんなに憧れていたし、羨んでいたし、妬んでた。今でも、多分その気持ちはある。みんなと対等になりたいって気持ちが。でもね、それ以上に今はことりと離れたくない。穂乃果ともっと笑っていたい。みんなとまだ、同じ時を、同じ空間を過ごしたいんだ」
みんなと別れるのには、未練があって。その未練を後悔に変えたくない。
「それは、私も同じです。ことりと離れたくありません。雪に無視されたくありません。みんなでもっとアイドル続けたいです」
「うん。俺ももっとみんなのアイドル姿みたい!だからごめん!本当に貧乳って言ったことも謝る!」「それはホントに謝ってください!!」
気にしてるんですから!!と顔を真っ赤に染めて謝罪を求められる。なので誠心誠意謝った。これまでの事を洗いざらい全部。
そして、新たにこれからの事を誓う。今度は自分の中だけの閉じた誓いじゃなくて、声に出して、相手に伝える。
そこで一瞬、父親の事も話してしまおうかとも思った。けれどやめる。今は時間がない、ことりを止めることが最優先だ。
「聞いてくれ海未。俺は、昔ここで、穂乃果を傷つけてしまったときに誓ったんだ。もう二度と誰かを傷つけないって、もう二度と誰かを泣かせたりしないって」
「!!あれは雪のせいでは――――――」
「うん、今は分かる。でも俺が全く悪くないわけじゃない。だけどその誓いはもう破ってしまった。見届けるだけじゃダメなんだって思い知らされた。だからここに誓う。見知らぬ誰かじゃなくて、ミューズのみんなを、アライズのみんなを、大切な人を、傷つけないことを。日陰からもう一歩を踏みこむことを」
俺一人の、閉じた力じゃ誓いは守れなかった。だから今度は海未に頼ろう。みんなに頼ろう。道を違えようとしたら立ちふさがって止めてくれる。そんなみんなに。
「――――――じゃあ私も誓います。これからはもっともーっと、雪の事をちゃんと見ます。雪の手を引っ張ってもう二度と、離したりなんてしてあげません♪」
よかった。どうやら一つ俺は前に進めたみたいだ。
海未の晴れやかな笑顔を見てそう思った。
「それで?どうするんです?もう日も暮れてしまったことですし、ことりが日本を立つのは明日の午後ですよ?」
「うん。まずは穂乃果を説得する。そのためにはにこちゃん達にも力になってもら―――――――」
話の途中で、携帯が鳴る。それも二人同時にだ。
気になったので、話をいったん中断し、携帯に目を移す。どうやらメールを受信したようだった。差出人は穂乃果。
内容は、明日、講堂に来て欲しいという旨のものだった。見ると海未にも全く同じメールが送られている。
「これはいったいどういうことでしょう?」
「わからないけど、行かないわけにはいかないね」
海未と二人して眼を合わせる。辺りも薄暗くなっていったこともあり、明日講堂で再開することを約束した。
家に帰って、もう一つ、やれなければならないことを済ませる。
ずっと返せていなかった、お隣さんのマグカップ。今なら返せる。
マグカップを手に取りお隣へと向かう。向かうといっても文字通り隣なのだが。
今まではなんだかひどく億劫だったインターホンのボタンをいともたやすく押せた。
出勤前なのだろうか、出てきたのは会った時より全体的に若々しく、また目も生き生きとしたお隣さんだった。ぶっちゃけまるで別人のようだった。
「―――――――なんだ、ようやく返しに来たの?」
「―――――――はい」
手元に持っていたマグカップを見る。底に残っていたカスは綺麗さっぱり取れていた。
「なにかいいことあった?」
「―――――――はい」
「そう」
それだけ言うとお隣さんは満足そうな笑みを浮かべる。
「私のお節介も少しは役に立てた?」
「―――――――はい」
きっと、この人がいなければ今これほど晴れ渡ったすがすがしさは味わえていなかっただろう。あのときもし、自分をごまかして、だましだまし関わっていたら、きっと今ここにはいない。俺は本当に役立たずになるところだった。もちろんそれもすべて、明日ことりを引きとめられたらの話だが。
だから―――――「感謝してます」
その一言が言いたくて、今日今この瞬間、マグカップを返す。俺から感謝の言葉を聞くなんて予想していなかったのだろう。お隣さんは呆けた顔で、思わずマグカップを落としそうになる。
「――――――――そっか」
そう言ってお姉さんは家に引っ込む。数秒して再度出てきたとき、その右手にはマグカップではなく、一枚の紙が握られていた。
「これ、私の名刺。何かあったらここに電話して。あ、店に来てもいいわよ?サービスするから」
「だから、俺まだ未成年ですってば」
差し出された名刺を受取る。俺の周りの大人はもうちょっと俺の年齢を理解してほしいものだ。
この人がなぜ俺にここまでしてくれるのかは分からない。何か彼女なりの事情というものがあるのかもしれないし、ただの彼女の人となりなのかもしれない。
だけど、そんなもの何でもいいと思った。現実、俺は救われたのだから。そこに理由なんて野暮だ。
「それじゃ、お休みなさい」
「ええ、お休み」
お隣さんと、いや
そして朝がやってきた。また変わり映えのしない日常に戻るために、今日を過ごそう。
早速、メールを打つ。相手はあんじゅ。内容は、今日は学校途中でサボるからうまくごまかしといてくれというものだった。勤勉な学生であるところの俺としてはあるまじき行為である。
だけど、今日だけ。今日だけは、許してもらう。
「―――――はやっ」
メールを送ると瞬間的に返信が来た。
「頑張れ」
周りをきれいな絵文字でかわいくデコりながらも、内容はしっかりと伝わってくる。頑張れ、と。
あんじゅにことりの事は言っていない。それでも、何か感じ取ったのだろう。頑張れとその一言に、勇気をもらう。
またみんなで笑いあうために。
あんじゅにメールで送った通り、俺は昼休み前に抜け出して、音ノ木坂の講堂にいた。
音ノ木坂には絵里先輩がこっそり入れてくれた。またもや生徒会長権限だと言っていた。生徒会長さまさまだ。
本当に、絵里先輩には頭が上がらない。いや、他のみんなにもたくさんお礼を言わなければならない。そう、お礼を言うんだ。
講堂の扉を開く。するとそこにはもう、海未も、穂乃果もいた。
「良かった。来てくれたんだ雪ちゃん」
「・・・・穂乃果の願いなら聞かないわけにはいかないよ」
「さぁ、揃いましたよ。穂乃果」
「うん。――――――あのね、私、ここで初めてライブした時に思ったの。歌うこと、踊る事ってこんなに楽しいんだって。・・・・・アイドルって、こんなに楽しいんだって。だから諦めきれなかった。学校存続の為とかじゃなくて、私、アイドルがやりたいの!だからごめん!これからもいっぱい迷惑かけると思う!周りが見えずに一人で突っ走っちゃう事も!だけど私、アイドルがやりたいの!!」
精一杯、ステージで自分の言葉をつづる穂乃果。そんな穂乃果に、また俺も自分の言葉で返そう。
「穂乃果――――――大丈夫。穂乃果が周りを見れないときは、俺が見る。穂乃果が躓きそうになったら海未が支える。穂乃果が立ち止りそうになったらことりが背中を押す。逆もそうだ。だから大丈夫。俺らは独りじゃない」
そう、独りじゃないんだ。
「雪の言うとおりです。だから、穂乃果はそのまま走って、引っ張って行ってください。私たちがまだ見ぬ世界へ、連れて行ってください」
「―――――――海未ちゃん」
「だいたい穂乃果に迷惑かけられることなんて今に始まったことじゃありません」
「そうそう。何回穂乃果に教科書貸したことか。体操着貸したこともあったよ」
「私はノート担当でした。それでことりは穂乃果を起こす担当で――――――」「うわー!!もういいじゃん今その話は!」
顔を真っ赤にして抗議する穂乃果に海未と俺は笑う。つられて穂乃果も笑った。久しぶりに、三人で笑った。
だが、まだ足りない。
「さて、じゃあ最後の一人を迎えに行きますか」
「今から間に合うの?」
「ぎりぎりですね」
大丈夫、間に合うさ。世界は案外、都合良くできてんだ。
「ことり!!」
ほらね。間に合った。
ことりの名前を叫ぶ。空港で、今まさにフライトしようとしている周りの人が何事かとこちらを見るが、それでも気にしない。
急いできた所為か、呼吸が乱れ、頭がうまく働かない。ことりがもうすぐ行ってしまうという事実が、俺を焦らせ、脳をふやけさせる。
「雪、君」
ゆっくりと振り返ることりの腕を掴んで、まとまらない言葉をそれでも吐きだした。
「行くなよ。行かないでくれ!俺はもっとことりと一緒にいたい!留学はきっとことりの将来の為になるんだろうけど、そんなの知るか!俺の傍にいろ!俺の傍にいて、泣いて、笑って、怒ったり。そんな当たり前の事をしよう!一緒に!だから―――――――行くなよ!」
勝手なことを言っている。わがままなことを言っている。でもそれでいい。わがままも自分勝手な理由も、今だけは押しとおそう。貫こう。じゃないときっと、俺は後悔する。ことりが引き留まる理由になら、俺がなる。
俺の為に、行かないでくれよことり。
「――――――――雪君」
見上げた顔は、泣いていて。でもそれでも、ことりの足は動かない。もう一歩が、踏み出せない。
やはり、俺じゃダメなのか。日蔭者の俺じゃ。
いや、そうじゃない。そうじゃないと気付いただろ。
「ことりちゃん!!」
「―――――――――――穂乃果ちゃん!!」
遅れてやってきた穂乃果が、叫ぶ。他の誰でもない幼馴染の名前を。替えの効かない幼馴染の名前を。
どうやら、ヒーローは本当に遅れてやってくるんだそうだ。
もう片方の腕を、穂乃果が掴む。
「ことりちゃんダメ!行かないで!私、もっとことりちゃんとアイドルやってたいの!!みんなと一緒にアイドル続けたいの!!たとえいつか別れの日が来るとしても!!――――――だから、行かないで!」
ことりの眼の前に回り込み、抱きしめる穂乃果。後ろからは見えないけど、ことりの表情は、たやすく想像がついた。
「―――――ごめんね、穂乃果ちゃん。雪君。私、知ってた。自分の気持ち、知ってたのに」
震える声に、震える体に、穂乃果は、抱きしめる力を強くする。
これで、やっとミューズは一つになった。本当の意味で、一つに。
瓦解して、壊れて、それでも再生した。
「それじゃ早く行かないと、ライブに間に合わないよ!」
「え?ライブ?」
「そう今からライブだよことり」
今講堂には、ミューズのみんなが、衣装を着てスタンバっているはずだ。昨日、絵里先輩にお願いしておいた。
「でもどうやって学校に行くの?今から普通に行っても間に合わないんじゃ?」
「―――――――それは、ほら。あれだよあれ」
・・・・・・しまった!!!完全に行きの事しか考えていなかった。ことりを引きとめることにいっぱいいっぱいで帰りの事考えてなかった。俺の役立たず!
「おおおお、落ち着いて。落ち着いてどこでもドアを探そう」
「穂乃果ちゃんが落ち着いて」
やばい、どうしよう。このままじゃ、ライブが――――――。
あたふたしていると、不意に、後ろから声がかかる。
「よう。お困りの様だな。元従業員」
「は、班長ーー!!」
振り返ると、なぜかそこには、私服の班長。いや、元班長の姿が。
「なんでここに!」
「そんなことはどうでもいい。強いて言うなら作者の都合だ」「おい!!」
「この人だれ?」
穂乃果とことりが不安がって不審がっているので、説明しようとするも、元班長に止められる。
「まぁまて、お前ら急いでんだろ?乗ってきな」
くるくると手元でぶらつかせるのは、多分車のカギ。
「いいんですか?」「いいも悪いもねぇ、ほら急いでんだろ。早くしろ」
元班長に急かされる形で、三人とも車に乗り込む。
「ていうか、元班長。車の免許持ってたんですね」「いや、持ってない」
「は?」
一度も車に乗っているところなど見たことなかったからそう聞いたのだが、予想外すぎる答えが返ってきた。
「大丈夫。俺はゲーセンに行ってまず始めにするのは頭文字Dだから」「なにが大丈夫なのそれ!?」別に峠とかいかないからね!?
すでに発進してしまっている無免許運転車。かなり不安になる。無事につけるんだろうかと。
「大丈夫なんだよ。いいか、大事なのは自分のルールだ」
いや法律も十分大事だと思います。俺が言うのもなんですけどね!
「それで誰なの子の人?」
穂乃果が訝しんだ眼を送るので、弁明する。
「この人は、俺のバイト先の班長だよ」
「いや、今この時だけは、社長と呼べ」
あんたの中での違いが分からん。
「すごーい。社長さんなんですか?」「おうよ」
がっはっはと笑う元班長。ならぬ社長。あ、この人女の子の前でかっこつけたいだけだ。
「ていうか、前見てまえ!マジで!」
どうやらハラハラしていたのは俺だけの様で、だからということはないかもしれないが、無事に学校についた。
「―――――あの、社長。ありがとうございました」
「ああ?やめろよ、まだ終わってねーだろ」
その通り、まだ終わっていない。心の中でもう一度、礼を言いつつ講堂へと走った。二人はもうすでに、車内で衣装へと着替えている。みんなに誓うよ。着替えの最中は見ていない。
「―――――ことり!」
一番先に見つけたのは海未だった。
「ちゃんと間に合ったわね。雪」
「絵里先輩のおかげです」
「というか、雪!あんたなんで電話無視してんのよ」「ご、ごめんふぁふぁい」にこちゃんに頬をつねられる。
「雪ちゃん久しぶりだにゃー」「久しぶり」凛には抱きつかれる。
「それより、早くしないとお客さん待ってるわよ」「そうだね」真姫ちゃんは目を合わせてくれない。
「それじゃ、みんな!いくよ!1!」「2!」「3!」「4!」「5!」「6!「7!」「8!」「9!」
みんな揃って、掛け声を聞く。感慨に耽っていると、俺に視線が集中しているのに気づく。
「ほら、雪くんも早くせな、お客さん待っとるよ?」
そこでみんなが何を言いたいのかわかってしまい、慌てる。
「い、いや俺は――――――」「もう、雪君こんなときに意地張らないの」
花陽に怒られる。そこでようやく、おずおずと躊躇いながらみんなの上に掌を重ねた。
「ミューズ、ミュージック「「「「「「「「「スタート!!!」」」」」」」」」」
重ねた掌が、空に突き上げられる。見上げても、明るい照明に照らされて天井は拝めない。欲深い俺は、それでもめげずに手を伸ばすけれど、やっぱり手は届かない。
でももういいんだ。一緒に手を伸ばしてくれる人がいると知ったから。手を引っ張ってくれる人がいるとわかったから。
「みんな!」
ステージに出ようとするみんなを呼び止める。
「――――――――――ライブが終わったら話したいこといっぱいあるんだ」
「私も」
穂乃果が光に照らされて笑う。他のみんなも穂乃果に頷いていた。
ステージで歌い、踊る彼女達を見て俺はやっぱりミューズのファンで良かったと誇りを持って。このライブを楽しもう。
「なーに終わった気でいるのよ」
「つ、ツバサさん!?」
後ろから手を回して体重を預けてくる。なぜツバサさんがここに!?
「絢瀬さんには、借りがあるのよ。生徒会長権限でね」
俺の顔をみて、言いたい事が解ったのかそう教えてくれる。手に掲げるのは証明カード。そういえば生徒会長といっていたっけ。
ツバサさんと共にステージ袖でライブを見守る。これからも、俺は日向に憧れよう。
どうも24高宮です。
一期がようやく終わって次から二期です。これからも頑張るぞい。